エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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25話 その5《決着》

 戦闘が始まって、どれほど時間が経ったのだろう。傍目には一方的な戦いが続いていたが、それでも相手の数は全く減らない。蓄積する疲労と焦りが、徐々にシイ達を追い詰めていく。

「ったく、いい加減きりが無いわね」

「終わりが見えんマラソンちゅうのは、勘弁して貰いたいのう」

「……敵に有効打は認められず。状況は不利ね」

「はぁ、はぁ……どうすれば良いの」

 意味が無いと分かっていても、恨み言を言わずに居られない。特に四人の中で一番体力の無いシイは、既に限界を迎えつつあった。

 

「エヴァ量産機、未だ再生速度に衰えは認められません」

 日向の絶望的な報告に、発令所は重苦しい空気に包まれる。再生に上限があると思われたが、少なくとも今のところその予兆は無い。

「頭も駄目。コアも駄目。まさにパーペキな決戦兵器ね」

「S2機関の情報を独占したがる訳だわ」

「無限に再生するエヴァ。パイロットが不要だから連続戦闘も耐えうるか」

「悔しいですが、流石はゼーレと言った所ですね」

 モニターの向こうで繰り広げられる激しい戦闘を見ながら、ミサト達は拳を握りしめる。子供達が全力で戦っているのに、自分達は打開策すら見つけられない。

 歯がゆい思いを全員が抱いていた。

「……老人達の切り札、予想以上だな」

「ああ」

 ゲンドウは必死に戦う子供達から目を逸らさず、冬月の呟きに答えた。

「どうする碇。槍を使うか?」

「……あれが向こうに渡れば全てが終わる。まだ早い」

 かつて南極で回収したロンギヌスの槍は、ネルフ本部の地下に保管されている。それを用いればS2機関を搭載した量産機といえども、殲滅することは可能だろう。

 だが同時にロンギヌスの槍は、ゼーレが目指す補完計画の鍵でもある。万が一奪われれば、それこそゼーレの思うつぼ。切り札を切れない状況だった。

 

 

「こいつら本当に疲れ知らずね」

「人が乗っとる訳や無いからな」

「ダミープラグなんて巫山戯たもんに、負けられるかっつーの」

 疲労を打ち消すようにアスカは気を吐く。ギリギリのバランスで成り立っている戦闘。自分達が少しでも弱気になれば、一気に形成が逆転される事を理解していたのだ。

「ま、こうなりゃとことんやるだけやな」

「……渚カヲルのダミープラグなんかに、負けない」

「…………あれ?」

 不意にシイは気づいた。相手は使徒ではなく同じエヴァ。ならば弱点も同じではないかと。

「ひょっとして……うん!」

 シイは小さく頷くと、目の前の量産機へ向かい突進する。大剣を振り下ろそうとする量産機だが、やはり動きの速さでは初号機に軍配があがる。マステマにコアを貫かれ、一時的に動きを止めた。

「今のうちに」

 コアに突き刺したマステマを手放すと、初号機は素早く量産機の背後に回り込む。そして首筋の装甲板を引き千切り、挿入されているダミープラグを強引に引きずり出した。

 そのまま初号機は右手の赤いプラグを、力任せに握り潰してみせた。

 

 シイの予測は当たっていた。プラグを失った量産機は再生すること無く、糸の切れた人形のように大地へと倒れ込んだ。

「やっぱりそうだ。みんな! ダミープラグを壊せば倒せるよ!」

「全くあんたは……とんでもない事考えつくんだから」

「ようやったで、シイ」

「……いける」

 シイが見いだした活路にアスカ達の瞳は再び強い光を宿す。身体の疲労などすっかり忘れて、アスカ達は量産機と対峙する。明確な目的を得た彼女達は、全身に力がみなぎるのを感じていた。

 

「まだ頑張れる。みんなが居れば…………っ!」

 シイが気合いを入れ直した瞬間、初号機の右側から量産機の大剣が飛んできた。咄嗟に右手を伸ばしてATフィールドを展開し、どうにか直撃を防ぐ。

 間髪おかずに反対側から飛んできた大剣も、ATフィールドを張った左手で止める。

「くぅぅ。ATフィールド全開!!」

 両手を広げた姿勢で最大出力のフィールドを展開する。水平に襲いかかる大剣は暫しフィールドと拮抗していたが、何の予兆も無く突然その姿を変形させ始めた。

「な、何なの!?」

 平べったい大剣が形状を変化させ、やがて二股の細長い槍が現れる。それはゲンドウ達が南極から回収した、ロンギヌスの槍に酷似した姿だった。

 槍は更に姿を変える。二股の先端が捻れるように一つにまとまると、初号機が最大出力で展開していたATフィールドをあっさりと貫通した。

「っっっっっっ!!」

 広げた手の平に刺さった槍は、そのまま腕の中を抉って肩へと突き抜けた。運良くエントリープラグへの直撃こそ避けられたが、両腕の神経がずたずたにされた激痛に、シイの悲鳴は声にならない。

 両腕を槍で貫かれた初号機は、まるで貼り付けにされた罪人の様な体勢で動きを止めた。

 

 

「シイ!!」

 冷静に戦況を見守っていたゲンドウは思わず立ち上がり、人目も気にせずに叫び声をあげる。だがそれを気にする者は発令所に居ない。 

 この場に居る全員が、ゲンドウと同じ気持ちだったのだから。

「な、何なのよあの槍」

「ロンギヌスの槍……でもあれは地下にある筈」

「恐らくそのコピーだろうが、ATフィールドをああも容易く貫くとはな」

 想像を絶する威力を見せた槍に、加持は冷や汗を流しながら呟く。

「伊吹さん。シイさんは?」

「無事です。槍の先端はプラグをギリギリ外れました」

 腕を貫いた槍の角度が僅かでも違っていれば、エントリープラグは貫かれていただろう。紙一重での悲劇回避に、時田達は背筋が凍る思いをした。

「とにかく、シイちゃんの安全確保が最優先よ。回収ルートはどう?」

「ルート63が最も近いです」

 彼我戦力差が3対8になるのは辛いが、シイの命には代えられない。ミサトは即座にシイの撤退を決断する。

「シイちゃん聞こえる? 辛いだろうけど、何とかリフトの射出口まで……」

「りょ、量産機二機。初号機に接近!!」

 青葉の悲痛な叫びに、ミサトはメインモニターへ慌てて視線を向ける。そこには戦闘不能の初号機に近づく量産機の姿が映し出されていた。

 これから起こるであろう惨劇を予感し、スタッフ達の表情は一気に青ざめていく。

「だ、誰か! シイちゃんのフォローに回って!」

 

 

 ミサトの指示を受ける前に、既にシイの元へと駆け寄ろうとしていたアスカ達。だが量産機に行く手を阻まれてしまい、思うように接近できない。

「このぉ、どきなさいよ!」

「うっとうしい奴らやな」

「……碇さん」

 一体を倒しても、直ぐさま次の量産機が行く手を阻む。それを倒したと思えば、先に倒した量産機が再生してくる。プラグを破壊する手段は時間が掛かるので、この状況では使え無かった。

 焦るアスカ達をあざ笑うかの様に、槍を投げつけた二体の量産機は無防備な初号機の元へと近づいて行く。

 

 あまりの激痛に失神していたシイは、量産機接近の警告音で意識を取り戻した。同時に激しい痛みが蘇り、全身から絶え間なく汗が噴き出てくる。それでもシイはまだ下を向くつもりは無かった。

「まだ……生きてるもん。手が動かなくても、足があるもん」

 挫けそうな自分を奮い立たせる為、シイは強がりを口にしながら視線を量産機に向ける。槍は自分に刺さっているので武器は持っていないが、今の初号機なら問題無く倒されてしまうだろう。

『シイちゃん、逃げて!』

『何やってんのよ。距離を取りなさいって』

『シイ、あかん。痛いやろうが、辛抱して走るんや』

『……碇さん。私達が行くまで逃げて』

『『お願いシイちゃん。逃げて』』

 スピーカーからは、自分を心配してくれる声が絶え間なく聞こえてくる。だがシイは足を大きく踏ん張り、その場から動こうとしなかった。

 腕のダメージが大きすぎて、その場に立っているのが精一杯。回収口まで移動しようとしても、二機の量産機から逃げ切れないと自分で分かっていたのだ。

 

『シイ、お前約束したやろ。自分も守るって。約束破るつもりかぁ!』

「ううん、違うよ鈴原君。私はみんなを信じてるの。少しでも時間を稼げば、きっとみんなが助けてくれる。だから頑張ってみるよ。自分が生きる為に、最後まで諦めないんだから!」

 シイの気迫に呼応するように、初号機の両眼に鋭い光が宿る。シイは仲間の助けを信じて、その場でATフィールドを張りながら、量産機の攻撃に耐える決断を下したのだ。

 そんな初号機に二体の量産機は、翼を広げて空から飛びかかる。だが襲いかかる純白の悪魔は初号機に触れる事すら叶わず、不意に出現した光の壁に弾き飛ばされてしまう。

「え?」

『ふふ、どうやら間に合った様だね』

 困惑するシイの耳に、穏やかなカヲルの声が届いた。

 

 初号機の前に一機のエヴァが空から舞い降りる。日を浴びて輝く白銀の機体。それはネルフの誰もが知らないエヴァンゲリオンだった。

『遅くなってしまったね。ごめんよ、シイさん』

「カヲル君……なの?」

『ああ。もう大丈夫だよ』

 通信ウインドウに映るカヲルは、カラス色のプラグスーツを身に纏い優しく微笑む。

『話は後にしよう。少し痛いと思うけど、我慢して欲しい』

「う、うん……くぅぅぅ」

 白銀のエヴァは初号機の両腕から槍を引き抜く。初号機の体液を纏い真っ赤に染まった槍を見て、カヲルの心は暗い怒りに満たされる。

『さあ、お仕置きの時間だ。レディを傷つけた罪は重いよ』

 カヲルは冷たい視線を量産機に向けると、両手に持った槍を思い切り投げつけた。量産機は何の抵抗も出来ずに、コアを槍で貫かれる。

 動きが止まった量産機に白銀のエヴァは素早く近づくと、先の初号機の様にプラグを引き抜いて破壊する。参戦から僅かな間に、カヲルは二体の量産機を活動停止へと追い込んだ。

 

 あまりに圧倒的なカヲルの力に誰もが言葉を失う。

「カヲル君、凄い……」

『ありがとう。腕は大丈夫かい?』

「う、うん」

 槍が抜けても痛みが無くなる訳では無い。今も焼け付くような痛みが続いており、骨が砕けたフィードバックダメージで全く動かせそうに無いが、余計な心配を掛けまいと笑ってみせる。

 そんなやせ我慢を見抜いたのか、カヲルは悲しげな表情を見せた。

『……ごめんよ。僕がもう少しこの子を見つけていれば』

「ううん、カヲル君は私を助けてくれたんだもん。本当にありがとう」

『君という子は……。少し休んでいると良い。後は僕達が片付けるから』

 カヲルはシイに微笑むと、直ぐさま戦闘を続けているアスカ達の元へと駆け寄る。白銀のエヴァが加わった戦闘は、先程までの苦戦が嘘のように一方的な展開となった。

 

 一機、また一機と量産機のプラグが破壊されていき、その度に戦闘が有利になっていく。やがて数的不利から同数、数的有利へと変わり、最後の量産機が活動を止めるのに、さほど時間はかからなかった。

 

「これで終わったのよね?」

「ああ。後は残った機体を完全に破壊すれば、全て終わりだよ」

「かぁ~、しんどかったのぅ」

 あちこちに散らばる量産機の残骸を見つめ、アスカ達はようやく一息つく。終わったと理解した瞬間、溜まりに溜まった疲労が押し寄せ、動く事すら億劫だった。

 そんな中、レイは大急ぎでシイの元へと駆け寄ってその身体を案じる。

「碇さん。大丈夫?」

「うん……平気だよ」

「直ぐに治療を受けなくては駄目」

 零号機は両腕で初号機を抱き上げると、リフトに乗って本部へと帰投していった。

 

「シイは無事……とは言えないか」

「でも生きとる。それもこれも、渚のお陰や。ホンマにありがとう」

「いや。僕がもう少し早く駆けつけていれば、シイさんが負傷する事も無かった。反省しているよ」

 カヲルは心底申し訳なさそうに表情を曇らせる。彼にとってシイを守り切れなかった事は、量産機の殲滅を持ってしても消えない心の傷になっていた。

「そう、それよ。あんた結局、何処で何してたのよ?」

「この子を探してたんだよ」

 カヲルの言うこの子が、白銀のエヴァンゲリオンだと察し、トウジが訝しげに問いかける。

「そいつ、エヴァなんか?」

「この子はエヴァンゲリオン四号機。僕はディラックの海で眠っていたこの子を探していたんだ」

 かつて米国支部と共に消滅したエヴァンゲリオン四号機。カヲルは最終決戦を前に戦う力を得るため、ディラックの海に飲み込まれたそれを迎えに行っていたのだ。

 ただ使徒の力を持ってしても無限の空間から探し出すのには、相当の時間がかかってしまったが。

「とにかく一度戻ろう。シイさんの容態が気になる。ゼーレの動向もね」

「そうね……」

「これで終わってくれるとありがたいんやけどな」

 死闘を終えたアスカ達は、重い足取りで本部へと戻るのだった。

 




カヲル&エヴァ四号機ペアの活躍で、エヴァ量産機の殲滅に成功しました。ダミープラグが弱点と言うのは、作者の勝手な妄想です。
旧劇場版を見てて思いましたけど、コアを破壊しても再生って反則ですよね。

武力による決戦は、ネルフに軍配があがりました。
残り一話。人間の行く末は人間同士で決着を着けて貰いましょう。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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