ネルフは使徒の襲来をいち早く察知する為、様々な監視設備を持っている。陸海空だけでなく宇宙からの監視も加わり、第三新東京市は厳重な監視網によって守られていた。
勿論それは使徒に限った事では無い。
「こちらに向かって、高速で飛行する物体があります」
「データ照合……エヴァンゲリオン専用輸送機です。数は九つ」
「おいでなすったわね」
報告を受けたミサトの表情が険しくなる。これまでのゼーレの攻撃は、事前に対策を練っていたお陰で、比較的余裕を持って対応出来た。だがエヴァ量産機との戦いだけは小細工出来ずに、シイ達に託すしか無い。
「到達まで、およそ600秒」
「既にエヴァの発進準備は出来ているわ」
「……碇司令。宜しいですね?」
ミサトは振り返り、司令席のゲンドウへ最終確認を行う。
「勿論だ。この戦いに勝利しない限り、我々に未来は無い」
かつてシイが初出撃したときと同じやりとり。だがそこに込められた思いは大きく異なっていた。
「エヴァンゲリオン零号機、初号機、弐号機発進。地上にて量産機を迎え撃つわ」
全ては十四歳の子供達に託された。
地上に射出された四機は、それぞれ武器を手にしながら量産機との戦闘に備える。
「うぅぅ、何だか緊張するね」
「ま、エヴァと戦うちゅうのは初めてやからな」
「……そうね」
「それでミサト。なんか情報は無いの?」
相手は正体不明の使徒では無く、人間が造り出したエヴァ。一筋縄でいかない事を理解しているアスカは、戦いを前に少しでもデータを欲していた。
『エヴァンゲリオン量産機は全部で九機よ。その全てがこちらに向かっているわ』
「へー、全機投入か。向こうも分かってるみたいね」
「四対九か。ちいときつい戦いになるな」
出し惜しみをしてくれれば少しは楽になるのだが、流石にそう上手くはいかない。
『そうね。相手はS2機関を搭載してるから、ケーブル不要、活動限界無しのおまけ付きよ』
「えぇぇ! じゃあ、凄い大変じゃないですか!?」
「あんたね……今更何言ってんのよ」
思い切り動揺するシイに、アスカは呆れたように肩をすくめる。驚くほど勇敢な時もあれば、こうしてちょっとした事で怯える。つくづく不思議な少女だとアスカは思った。
「まあ、活動限界無しってのは厄介ね。長期戦はこっちが不利か」
「数も不利やしな。どないする?」
使徒は必ず一体ずつやってきた為、今までは数的不利になる事はなかった。だが今回は逆。それぞれが最低二機を相手にしなくてはならない。
「一機ずつ確実に仕留めたい所だけど、囲まれたら不味いし……動き回って各個撃破がベターね」
『それが良いと思うわ。とにかく動いて、一対一、あるいは複数対一の状況を作るのよ』
「で、出来るかな……」
自信なさげに呟くシイへ、リーダーのアスカが活を入れる。
「あんた馬鹿ぁ? 出来るかどうかじゃなくて、やるのよ」
「そやな。今回ばっかは、わしも惣流に賛成するで」
戦う前から弱気でいたら、どんな戦いも勝つことは出来ない。特に今回は数で勝るエヴァが相手。決して諦めない強い気持ちが必要不可欠なのだ。
「……大丈夫。私達ならやれるわ」
「そう、だよね。うん。やるしかないもんね」
共に戦う仲間が居る事実は、シイの心に勇気と安心感を与える。瞳からおびえの色が消えたシイを、ミサトは頼もしげに見つめるのだった。
『目標到達まで、180秒です』
「……葛城三佐。量産機の搭乗者は?」
『え? あ~それは~……』
『ダミープラグだよ』
困ってしまったミサトに替わりレイに答えたのは、通信に割り込んできたカヲルだった。
「あぁ! あんた一体何処で油売ってんのよ」
『ふふ、少しやる事があってね。因みに量産機のダミープラグは、僕のデータが使われている筈だよ』
最終決戦の場に居ないことを悪びれず、カヲルは自分の知っている情報をシイ達に提供する。
「カヲル君の?」
「それは厄介そうやな」
「……必ず殲滅させる」
敵対心からか闘志に火の付いたレイに、一同は苦笑を漏らす。とことんカヲルの事が嫌いらしい。
『僕も時が来ればそちらに赴くよ』
「はん。あんたが来たときには、全部やっつけてるわ」
『ふふ、期待しているよ』
言いたい事だけ言って、カヲルは通信を一方的に終了した。結局何処で何をしているのか説明しなかったが、アスカは気にもしない。
(まあ、悪い事にはならないでしょうね。あいつはシイに甘い……てか、べた惚れだから)
カヲルの事を頭の片隅において、アスカは目の前の戦闘に集中する事にした。
『目標、エヴァの直上に到達』
第三新東京市の上空を旋回する九つの輸送機。搭載されている量産機の首筋に、赤いダミープラグが挿入されると、そのまま輸送機から純白の身体を空へと踊らせる。
肩からパラグライダーの様な羽を広げ、ゆっくりと地上へ降下する量産機。九つの影は円の陣形を維持したまま、徐々に接近してくる。
「あれが量産機か。飛翔機能まで付いてるなんて、随分と金がかかってるじゃないの」
「なんか……かっこわるいね」
「ゲテモノみたいやな」
「……不細工」
モニターが捕らえた量産機の姿に、シイ達は好き勝手言い放題。ただそれは、発令所のミサト達も全くの同意見だった。
『イメチェンしすぎじゃないの、あれ?』
『無様ね』
首から下は既存のエヴァと変わらない。ただ頭部パーツはあまりに特異的だった。鰻や蚯蚓を思わせる頭部には瞳が無く、代わりとばかりに巨大な口がついていた。
まるで笑っているかのように真っ赤な唇を半開きにし、そこから閉じられた白い歯が覗いている。
『こりゃ子供が見たら泣くぞ』
『そうっすね。しかも九体全部が同じ顔って……』
『……気持ち悪い』
『あまりに美しくない』
『ま、機能性を重視したんだろうさ』
『ゼーレの趣味か……』
『老人達に美的感覚を求めるのは酷だろう』
散々な言われようだった。誰一人フォローを入れないのは、フォローのしようが無いからだろう。参号機までの勇ましさは何処へやら、量産機には何処か間抜けな印象すら感じられた。
諸刃の大剣を手にした量産機は、旋回行動をしながらシイ達の上空を舞う。それはまるで鳥が地上の獲物を狙う動作にも見えた。
「なかなか降りてこないわね」
「警戒しとるんとちゃうか? 着地の瞬間をわしらが狙うと思うて」
「ん~」
「……どうしたの碇さん?」
あごに指を当てて何かを考えるシイに、レイが尋ねる。
「えっと、降りてこないなら、これ使ったらどうかなって」
シイは手にしたマステマを皆に見せた。彼女が言わんとしている事を理解したアスカは、ニヤリと笑みを浮かべてその考えに賛同する。
「へぇ、あんたにしちゃ過激な事考えるじゃない」
「あんだけ離れとれば、いけるやろ」
『そうね。少なくともこちらにデメリットは無いし、やってみたらどうかしら』
『シイちゃん。ズバッとやっちゃいなさい』
「はい。それじゃあ、行きます!!」
みんなの賛同を得たシイは、マステマを上空へと向ける。そして旋回行動を続ける量産機めがけて、N2ミサイルを発射した。接近する物体に気づいた量産機は、手にした大剣でミサイルを切り落としてしまう。
そして、雲一つ無かった青空は一瞬にして夕焼けよりも赤く染まった。
第三新東京市上空に灼熱地獄が広がる。地上に居るシイ達にも伝わる熱量が、爆発の威力を物語っていた。
「相変わらず、えげつないわね」
「う、うん」
これこそが広範囲攻撃、N2ミサイル本来の性能。こんな物を今まで自分達の近くで使っていたのかと、シイ達は改めて驚愕する。
「こりゃ、決まったんとちゃうか?」
「……落ちてきた」
今なお燃えさかる空から、こんがり焼けた量産機が地上に落下してきた。傷ついた羽では姿勢制御もままならず、次々に地上へ激突する。
あの高さから落ちれば、いかにエヴァといえども無事では済まないだろう。
「えっと、マジで終わっちゃったの?」
「どう……なんだろう」
立ち上る九つの土煙を警戒するシイ達。先の使徒戦では、同じ状況で不意を突かれたのだ。四人は決して油断する事無く不意打ちに備える。
『……エヴァ量産機、健在です』
『やっぱ、これで終わってはくれないか』
『でもダメージは与えた筈よ』
『四人とも、こっからが本番よ。作戦通りに、エヴァ量産機を殲滅して』
「「了解」」
シイ達は互いに背中を隠すように、四方を警戒する。そんなエヴァ四機を囲むように落下した量産機は、ゆっくりとした動作で立ち上がって見せた。
するとその内の一機、N2ミサイルを切り落とした量産機は、右半分の身体を失っていたにもかかわらず、みるみる再生していった。まるで初号機が左腕を復元したときの様に。
「な、何よあれ……」
「再生しよった」
「ずるいよ」
「……そうね」
呆気にとられるシイ達。その間に他の量産機も、N2ミサイルによる損傷を再生してしまった。
『リツコ、どういう事なの!?』
『S2機関による再生能力……そう考えるのが妥当ね』
『エヴァ量産機、ATフィールドを展開』
『仕切り直しか。みんな、MAGIが弱点を分析するから、それまで凌いで』
ミサトが指示を出すと同時に、量産機が再生した羽を広げシイ達に襲いかかった。
「んなろぉぉぉ!」
飛びかかってきた量産機の腹を、アスカがソニックグレイブで一刀両断する。だが上半身と下半身がお別れしたにも関わらず、何事も無かったかの様に再生し、再び弐号機へ襲いかかってくる。
「どたまかち割ったる」
トウジがスマッシュホークで、量産機の頭部を粉砕する。が、一瞬動きを止めた量産機は、直ぐさま頭部を再生してしまう。
「……コアを狙えば」
レイがライフルで正確に量産機のコアを撃ち抜いていく。これまで唯一にして最大の弱点と思われていたコアだが、それすらも量産機は再生して見せた。
「な、なんでこっちに来るの~」
そしてシイは、何故か複数の量産機に集中的に狙われてしまい、防戦一方だった。N2ミサイルの恨みなのか、執拗にシイを狙い続ける量産機。振り回したマステマで量産機の手足を切断するが、効果は無かった。
エヴァ量産機の動きはシイ達のそれに比べて酷く緩慢だったが、圧倒的な再生能力は動きの鈍さを補って余りある利点だった。
一見優勢に見えるシイ達であったが、終わりの見えない戦いに徐々にだが押されつつあった。
みんなのトラウマ、エヴァ量産機との戦闘が始まりました。驚異的な再生能力と無限の稼働時間、スペック的には極悪ですよね。
これとたった一機で戦ったアスカは、冗談抜きで最強のチルドレンだと思います。
人類の行く末を掛けた最終決戦、次で決着となります。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。