エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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25話 その3《前哨戦》

 カヲルがネルフ本部に派遣されてから一週間が過ぎた。あまりに進展しない事態にゼーレが疑問を抱き始めた頃、彼らにゲンドウが議会の招集を要請してきた。

 受ける義理は無かったのだが、カヲルの動向を探る意味でも、ゼーレは要請に応じる事を決定した。そして今、暗闇の空間でゲンドウとモノリスが向かい合う。

「我らを呼び出すなど、よほどの事なのだろうな?」

「本来なら、君ごときが議会を招集する権利は無い」

「緊急の用件との事だが、相応の内容なのだろうね?」

 登場するや否や、口々にゲンドウへの文句を告げるゼーレ。ただでさえ送り込んだカヲルに、動きが無い事で苛立っていたのだ。そんな時に、ゲンドウからの招集。矛先が向くのもやむを得ないだろう。

「碇……何事なのだ?」

「はい。大至急、皆様の耳に入れたい報告があります」

 肘を着いて口の前で手を組むいつもの姿勢で、ゲンドウは堂々と発言する。

「下らぬ事なら君の更迭もあり得る。心したまえ」

「……第十七使徒についてです」

 ゲンドウの言葉に、ゼーレの面々は一瞬息をのんだ。カヲルを送り込んだゼーレからすれば、この発言がこの場で出る事を想像だにしていなかったからだ。

「ほ、ほう。それは確かに重大な話だ」

「左様。死海文書に記された、最後の使徒だからね」

「それで、その使徒がどうしたのかね?」

「……その前に、皆様に紹介したい者がおります」

 ゲンドウの言葉と同時に、暗闇の空間に一人の少年が姿を見せた。銀髪赤目の少年が現れた瞬間、ゼーレの動揺は隠しきれない程大きくなっていた。

「フィフスチルドレンの渚カヲルです」

「ば、馬鹿な……」

 優雅に一礼するカヲルに、もうゼーレは気が気では無い。そんな焦りを隠す為か、彼らはゲンドウへ見当違いの叱責を飛ばす。

「どういうことかね、碇君。この場に一パイロットを呼ぶなど」

「そ、そうだ。彼にはこの場に居る資格が無い」

「……おかしな事を仰る。私は先程、第十七使徒について話すと申した筈です」

 ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべるゲンドウ。それを見てゼーレの面々は、最悪の事態を想像してしまう。

「まさか……」

「我らを裏切ったのか」

「ふふ、またおかしな事を言ってるよ。僕は元々、貴方たちの味方では無い筈だけど?」

 ポケットに手を入れたまま、さもおかしそうに笑うカヲル。そんな彼の態度がゼーレの感情を逆なでする。明確な憎悪の感情が、漆黒のモノリス越しにも伝わってきた。

「おのれ……恩を忘れたのか、タブリス!」

「恩? さて、何の事やら」

「造物主に逆らおうと言うのか。人形ごときが!」

「……あまり僕を怒らせない方が良い」

 ぞっとする程冷たいカヲルの赤い瞳に、モノリスが震えたように見えた。見た目こそ少年だが、その本質は使徒。ヒトの身では決して抗う事の出来ない、圧倒的なプレッシャーをカヲルは放つ。

「僕は母たるアダムより生まれた。君達リリンに造物主を気取られるのは気に入らないね」

「ぐ、ぐぅぅ」

「そして僕は自分の意思で動いている。人形と呼ばれるのも不快だよ」

 赤い瞳が不機嫌そうに細められる。それだけでゼーレの面々は何も言えなくなってしまった。

 

 沈黙を破るように、キールがゲンドウへ問いかける。

「碇よ。これがお前の答えか?」

「そうです」

 自分達を裏切り袂を分かつのか、と言うキールの確認にゲンドウは即答で返す。問題は多かったが、それに見合う結果を出し続けたゲンドウとの決裂が決定的となり、キールは残念そうに言葉を紡ぐ。

「君は良き友人であり、志を共にする仲間であり、理解ある協力者だった」

「…………」

「滅びこそが新生への喜び。行き詰まった我ら人類は、全てをやり直すべきなのだ」

 従来から一貫しているキールの主張に、ゲンドウは揺るぐこと無く自らの主張をぶつける。

「……死は何も生み出しません。生こそが未来を生み出すのです」

「死は君達に与えよう」

 ゲンドウとゼーレの会話は両者の関係のように、最後まで交わる事は無かった。そしてこの時をもって、ゼーレとネルフは明確な敵対関係へと変わったのだった。

 

 モノリス達が消え、暗闇にはゲンドウとカヲルが残される。

「やれやれ、彼らは何も分かっていないね。生きる事を諦めない者だけが、未来を手にできると言うのに」

「……ああ」

「ここまで啖呵を切ったんだ。もう後には引けないよ?」

 正面切っての宣戦布告。ゼーレは直ぐにでもネルフに対して、攻撃を仕掛けてくるだろう。負けは許されない大勝負が待っているが、ゲンドウに不安の色は微塵も無い。

「問題ない」

「では行こうか。全てはリリンの行く末の為に」

 もう後戻りは出来ない。するつもりも無い。これから始まるのは、未来を掛けた戦いなのだから。

 

 

 第一種戦闘配置中の発令所では、ゼーレの襲撃に備えての作業が行われていた。保有する四機のエヴァは既にパイロットが搭乗しており、何時でも発進出来る状態で待機している。

「市民の避難は全て完了しました」

「第三新東京市、戦闘態勢へ移行」

「迎撃設備のチェックも問題ありません」

 順調に進む戦闘準備に、ミサトは腕組みをしながら頷く。事前に時間が与えられていた為、ネルフは有利な状況でゼーレを迎え撃つ事が出来る。迎撃戦に十分な手応えを感じていた。

「さてと。そろそろゼーレご自慢の、エヴァ量産機のお披露目かしら?」

「どうだろな。俺なら事前にこっちを混乱させる手を取るが」

 計略はゼーレの得意技。それを加持が警戒していると、不意に発令所に警報が鳴り響いた。

「何事?」

「ハッキングです。MAGIに侵入を試みています」

 だろ? と肩をすくめる加持にミサトとリツコは苦笑する。ネットワーク経由での攻撃というゼーレの奇襲も、既に予想された行動だったからだ。当然、対策はぬかりない。

「マヤ。防衛システム起動。万が一にも侵入を許さないで」

 リツコは事前にMAGIへ組み込んでおいた、ハッキング対策のプログラムを起動させる。

「了解。666プロテクトを展開します」

「……逆探に成功。ハッキング元は、ネルフソ連支部のMAGI八号です」

「あそこはゼーレのお膝元だからな」

 青葉の報告に冬月は小さくため息をつく。世界各国に点在するネルフ支部には、加持を始めゲンドウと冬月も説得交渉を行っていたのだが、ゼーレの支配が色濃いソ連支部だけは、情報漏洩を恐れて説得を行わなかった。

「赤木君、やれるな?」

「勿論です。例え全てのMAGIタイプが敵となっても、ここへの侵入は許しませんわ」

 ゲンドウの確認に力強く答えるリツコ。その言葉を証明するかのように、展開されたプロテクトはハッキングをあっさりと撃退するのだった。

「前哨戦は終了か。ゼーレは慌てているだろうな」

「自分達を過信しすぎた結果だ」

 もし事前に手回しをしていなければ、世界中の支部が敵になっていた可能性がある。そうなれば今回の様に、余裕を持って対処できなかっただろう。

 備えあれば憂い無し。ゲンドウは満足げに頷いて見せた。

 

 ハッキングを防いだ直後に、ゲンドウの元に一本の電話が入った。相手は日本政府首相。大物からのホットラインに、発令所のスタッフが緊張の面持ちで見守る中、ゲンドウは普段通りの対応をする。

「……ええ。……分かっております。……では予定通りに」

「どうだ?」

「ゼーレから日本政府に、戦自による本部占拠命令が出たそうだ。無論、拒否したそうだが」

 ゲンドウの言葉に冬月のみならず、スタッフ全員が大きく息を吐いて胸をなで下ろす。世界最強とも名高い戦略自衛隊が、もしここの占拠に乗り出せば、間違い無く本部は地獄と化していた。

 それは事前に対策をしている、いないの問題では無い。彼らが人間を相手に戦うスペシャリストなのに対し、ネルフはあくまで使徒殲滅機関。

 まともにぶつかって勝ち目のある相手では無いのだから。

「これに関しては、加持君に礼を言わねばならないな」

「大した事はしてませんよ。隠し事をしていれば人に信用されない。それだけの事です」

 加持の力があったとはいえ、日本政府の説得に成功したのは、ネルフが機密情報を開示したのが大きな要因だった。サードインパクトを防ぎたいというのは、彼らも同じなのだから。

「司令、耳が痛いのでは?」

「……ああ」

 リツコの皮肉に、顔をしかめながら頷くゲンドウ。そしてそんなやりとりを楽しげに見守るスタッフ達。前哨戦第二ラウンドを不戦勝で乗り越えた彼らには、ほんの僅かだが余裕が生まれていた。

 

 

 暗闇の中、緊急の会議を開くゼーレの面々だが、そこには焦りと苛立ちが見え隠れしていた。

「碇め……」

「ネルフの各支部に手を回しているとはな」

「日本政府もだ。我らのプランが台無しにされた」

 自分達の手を汚すこと無く、ネルフ本部を占拠してカヲルを殺すプラン。それらがことごとく潰された事で、直接対決へと持ち込まれてしまった。

「穏便に済ませたかったが、やむを得んか」

「左様。彼らが保有するエヴァは四機」

「対して我らは九機のエヴァを手中に収めている。優位は揺るがん」

「……エヴァシリーズを全機投入する」

 キールの決断に異議を唱える者は居ない。もはや彼らに残された手札はただ一つ。しかしそれは状況を一変させるジョーカーだと、信じて疑わなかったからだ。

「エヴァシリーズは既にソ連支部を発った」

「黒き月。約束の場所で決着を着ける事になるとは、皮肉なものだな」

「むしろ好都合と言える」

「左様。タブリスを始末すれば、そのまま儀式を行えるからね」

「少々予定は狂わされたが、最終的には我々のシナリオ通りになりそうですな」

「ああ。間もなくだ。間もなく約束の時が訪れる」

 万感込められたキールの言葉に、他の面々も揃って頷く。

 

 同時刻、九つの輸送機が第三新東京市上空へ向かい、飛行を続けていた。その底部に固定された純白の巨人は、絶望をもたらす悪魔の様にも見えた。

 




ネルフ対ゼーレ、いよいよ全面対決が始まりました。劇場で観客(作者も)を絶望に陥れた、戦略自衛隊の本部占拠はどうにか回避です。
加持さんが味方に残っていれば、この未来はあり得たと思います。

MAGIのハッキングは、各支部への説得工作の甲斐あって、大幅に規模が縮小されてました。そもそもリツコが健在な時点で問題になりませんしね。

前哨戦はネルフの圧勝。ですがもう一つ、みんなのトラウマが残っていますよね。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

※一部名称を変更しました。ご指摘感謝です。

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