エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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25話 その2《嵐の前の静けさ》

 

 ネルフ本部司令室では、ゲンドウが疲れ果てた様子で机に突っ伏していた。そんなゲンドウに、傍らに立つ冬月がねぎらいの言葉をかける。

「ご苦労だったな」

「……ああ」

「なかなか見事な開き直りっぷりだったぞ」

「……ああ」

「概ね好意的に受け入れている様だ。賛同できない者は、残念ながら離れて貰う事になるな」

「……ああ」

 ゲンドウがここまで疲れているのは、先程まで行っていた釈明会見のせいだった。

 先の食堂での一件は、単なる爆発騒ぎで済ませられなかった。カヲルがATフィールドを発生させた事で、優秀な探知機が彼の存在を素早くキャッチ。スタッフ達は本部内に使徒侵入と大騒ぎになった。

 保安諜報部が事態の鎮圧に奔走したが、流石にもみ消す事は出来ずに、ゲンドウはこの機会にスタッフ達全員に全てを伝える決断を下したのだ。

「司令直々の会見。想像以上の賑わいだったな」

「……もう二度としないぞ」

「あら、それは残念です」

 丁度司令室にやってきたリツコが、からかうようにゲンドウに声を掛ける。言葉数が少ないゲンドウが、珍しく喋り続けた姿が面白かったようだ。

「警報の件は安心を。MAGIに細工しておいたので、外部への自動連絡は作動しておりませんわ」

「一安心だな」

 今回の一見を内々で処理出来る事に冬月は安堵した。

「……スタッフの様子はどうだ?」

「司令の真摯な言葉が通じたのでしょう。今のところ受け入れている様ですわ」

 リツコにクスクスと笑われ、ゲンドウは表情をしかめる。

「災い転じて、だな。これで憂いは晴れた訳だ」

「ええ。今のネルフは、ゼーレの支配下から完全に離れました」

 所属する人間が一丸となった組織は強い。団結こそがリリンにだけ許された力なのだから。

 

「……シイ達はどうしている?」

「今は学校へ。せめて一時でも、殺伐とした世界を忘れて欲しいですから」

 既にゼーレとの戦いが秒読み段階に入っている為、本来ならチルドレンは本部待機させておきたい。だがシイ達には、ギリギリまで普段通りの生活を送らせたいと言うリツコの配慮もあって、特別な待機命令は出していなかった。

「渚君もかね?」

「ええ。何か問題がありまして?」

「……何事も無ければ良いが」

 カヲルがやってきて以来、色々な意味で冬月の気が休まるときは無かった。

 

 

 同時刻、ネルフ本部のヘリポートに一機のVTOLが着陸した。開いたハッチから姿を見せたのは、長らく本部を離れていた加持リョウジだった。

「やれやれ、日本はやっぱり暑いな」

「おかえりなさい、加持君」

「や、暫く」

「随分と長旅だったじゃない」

 そんな彼を出迎えるミサトが、風圧でなびく髪を押さえながら微笑む。加持が行っていた仕事が危険なものだと知っていた為、無事に戻ってきてくれた事を本心から喜んでいた。

「ま、癖の強い連中が相手だ。時間がかかるものさ」

「いけそうなの?」

「表向きはな。ただ人の心は移ろいやすい。こっちが弱みを見せれば直ぐに手の平を返すだろう」

 今はネルフに協力すると言っていても、劣勢になれば裏切るのが目に見えている。誰だって自分の事が一番大切なのだから。

「そうね……でも、当面の敵にならないだけマシかしら」

「傍観者が一番楽だからな」

「まあね。あ、そうそう。報告受けてると思うけど……」

「フィフスの少年、渚カヲル君だな。正直信じられなかったが」

 流石に使徒が味方になるとは、加持も予測していなかった。だがシイならばあり得るかもしれない。それが今までシイを見てきた加持の率直な思いだった。

(博愛主義、か。彼女にとって種族の壁など、存在しないのかも知れないな)

 加持とミサトは並んで、ヘリポートから本部の中へと移動する。

「ところで噂の渚君は居るのか? 司令への報告が終わったら、是非会ってみたいんだが」

「あ~今はちょっち、学校に行ってるわ」

「学校?」

「本人の強い要望でね。彼が居ればシイちゃん達の安全も確保出来るし、正直反対する理由が無いわ」

 カヲルが一緒に居れば、もしゼーレの刺客が襲ってきたとしても、問題無く撃退出来るだろう。カヲル転入の裏には、そんな打算も含まれていた。

「……せめて一時でも安らぎを、か」

「今はそれが限界だけど、いずれあの子達も普通の生活が送れる日が来るわ」

「そうだな」

 加持は小さく頷くと、報告を行うために司令室へと向かうのだった。

 

 

 ネルフ本部発令所では、オペレーター三人組が真剣な表情で端末に向かっていた。高速でのキータッチと、絶え間なく流れるデータをチェックするスキルは、熟練のそれを思わせる。

「よし、こっちはOKだ。青葉の方は?」

「こちらもいけますよ。伊吹の準備はどうだ?」

「データ登録完了。MAGIによる解析を始めます」

 三系統のMAGIが対立しながら結論を導き出す姿が、主モニターに映し出される。発令所の面々は何故か祈るような面持ちで、MAGIの回答を待つ。

「おやおや、何をなさっているんです?」

 そこに現れた時田が、ただならぬ空気を察して不思議そうに尋ねる。

「時田課長。お疲れ様です」

「実は今、渚カヲルの情報を解析している所なんです」

「ほう、彼の情報を」

「俺たちにとっちゃ、油断できない相手っすから」

 青葉の言葉を聞いた時田は、その場の面々に気づかれないよう眉をひそめる。表向きはカヲルの存在を受け入れつつも、やはり使徒に対しての警戒や嫌悪感は残っているのだろうと。

「それで、彼の何について解析を?」

「あ、それはですね――」

「解析結果出ました。主モニターに回します」

 マヤがキーを力強く押すと、巨大スクリーンに解析結果が表示される。それは……。

「シイさんと渚君の……恋愛診断?」

 呆然と呟く時田を余所に、マヤ達は食い入るようにスクリーンに視線を送る。

「メルキオールは……よし。両者間の恋愛関係成立を否定してる」

「バルタザールは……ちっ。条件付きで可能性あり、か」

「カスパーは……えぇ。じゅ、十分にあり得る? 信じられません……」

 三者三様の結論を出したMAGIに、発令所のスタッフは困惑する。だが一番困惑しているのは間違い無く、事態が飲み込めていない時田であった。

「えっと、みなさんは……シイさんと渚君の関係を……気にしていた、と?」

「そうですが」

 何を当たり前の事を、と即答されてしまい、時田は戸惑いながら質問を重ねる。

「もっと他に知りたい事とかあるのでは?」

「何言ってんすか。シイちゃんとの関係が最優先っすよ」

「彼が使徒とか、その辺は?」

「関係無いんです。渚君がシイちゃんと同い年の男の子、それが重要ですから」

(どうやら彼を特別視していたのは、私の方だったようですね……)

 力説する三人に時田は呆れたような表情をしていたが、やがて嬉しそうに微笑むのだった。

 

 

「はっくしょん、はっくしょん、はっくしょん」

「カヲル君、風邪?」

「いや、大丈夫だよ。何処かで誰かが噂でもしているんだろう」

 鼻をずずっとすすりながら、カヲルは優雅に微笑む。その仕草に遠巻きにカヲルを見ていた女子生徒達は、一斉にうっとりと頬を染めた。

「はぁ~、渚君格好いい」

「鼻をすする仕草も、とっても優雅ね」

「くしゃみをしたときの顔、母性本能をくすぐるわ」

 恋は盲目とはよく言ったものだ。そんな女子生徒達の反応に、アスカ達は苦い表情を浮かべる。彼女達はカヲルとシイから、少し離れた位置で様子を見ていた。

 本当ならシイとカヲルを近づけたく無いのだが、レイの暴走を防ぐ為に距離を取る必要があったのだ。

「あ~あ。完全にだまされてるわね」

「まあ、渚のやつは見た目がええからな」

「……中身はポンコツ」

 容赦ないレイの物言いに、アスカとトウジは苦笑いを浮かべる。レイがカヲルに対して異常なまでの敵対心を持っているのは、先日の一件で十分過ぎるほど分かっていた。

 シイが絡むと人が変わるのは前からだが、カヲルには度が過ぎる位だ。

「ねえ。あんたあの変態と何かあったの?」

「……分からない。でも彼を見てると何故だかムカムカするの」

 以前に比べて感情が豊かになったレイだが、それでもここまで明確に敵意をむき出しにするのは初めてだ。

「前世で宿敵同士やったのかも知れんな」

「ふふ、そう言えなくも無いね」

 シイと共に近づいてきたカヲルが、トウジの言葉を遠回しに肯定する。

「みんなで何のお話してたの?」

「大した事じゃ無いわ。ほら、あんたはここに居なさい」

 アスカはシイの手を掴むとレイの隣へと引っ張る。そうしなくては、またあの惨事が再現され無いとも限らない。この面々にとって、シイの扱いは細心の注意が必要なのだ。

 

「おやおや、随分と警戒されてしまったね」

「……当然」

(ふふ、まるで娘を守る母親のようだね。まあ、あながち間違いでも無いか)

 レイの身体はユイの遺伝子から造られている。そして宿っている魂も、ある意味で母親と言えるだろう。ただ過保護すぎる態度は、流石に行き過ぎだと思うが。

「てかあんたは、なんでシイにそんな執着すんのよ」

「美しいものを愛でるのに、理由が必要なのかな?」

「あはは、ありがとう。でもそれならアスカの方が美人さんだよ」

 これは謙遜では無くシイの本心だった。だがカヲルはアスカを一瞥すると、皮肉めいた笑みを浮かべる。

「…………ふっ」

「なっ! あんた今鼻で笑ったわね!」

 顔を赤くして立ち上がるアスカだが、クラスメイトが見ているこの場で暴れる訳にはいかない。拳を振るわせながら、渋々椅子に座り直す。

「あんな、渚。そない口が回るんやったら、もうちいと上手く出来へんのか?」

「そうしたいのは山々だけど、生憎と正直者でね。思った事が口から出てしまうのさ」

「あんた……学校終わったら憶えておきなさいよ」

 舌戦ではカヲルに軍配があがった。

 

 友人達と会話をしていて、シイはふとケンスケの姿が見えない事に気づく。エヴァの新しいパイロットが転校してきたら、一番に食いついてくると思ったのだが。

「そう言えば相田君はどうしたの?」

「ケンスケの奴は、ちょいと野暮用があるっちゅうて席外しとるで」

「野暮用?」

「まあ、あんま気にせんとき」

(今頃ケンスケは、渚の写真を売るんに必死やからな)

 転入生がやってきた日は、ケンスケにとって稼ぎ時なのだ。特にそれが美少女、美少年なら余計に。今頃校舎裏には、女子生徒達が長蛇の列を作っているだろう。

 

「鈴原、授業の教材運ぶの手伝って」

「ほら、愛しのヒカリが呼んでるわよ」

「うっさいわ」

 教室の入り口からヒカリに呼ばれ、トウジはアスカにからかわれながらも腰をあげた。その様子を見たカヲルが、興味深そうに尋ねる。

「へぇ、彼女は鈴原君のガールフレンドなのかい?」

「そうだよ」

「なっ、シイ。お前そないはっきりと……」

 一瞬でトウジの顔が真っ赤に染まる。屋上での告白を経て正式にカップルになったが、他の人から恋人だと言われるのには照れがあった。

「ふふ、なかなか可愛い子じゃないか」

「手ぇ出さんといてや」

「勿論さ。僕にはシイさんがっっっっ!!」

 クラスメイトの死角でレイに思い切りすねを蹴られて、カヲルは顔を引きつらせる。それでも女子生徒達の不思議そうな視線に、微笑みで答えるカヲルは流石と言うべきだろう。

「んじゃ、ちょいと行ってくるわ」

 トウジは軽く手を上げて、ヒカリと共に教室から出て行った。

 

「あの二人、良い感じでやってるみたいね」

「そうだね」

「少し羨ましいよ」

 寂しげに呟くカヲルに、シイ達は不思議そうに視線を向ける。

「愛を育む事で、リリンは未来への希望を紡げる。それは僕には許されない事だから」

「カヲル君……」

「でも見届けたいと思う。リリンが紡ぐ未来を」

 愁いに満ちたカヲルの微笑み。それは女子生徒達にとって、耐えがたいものだったのだろう。教室のあちこちで女子生徒達がバタバタと卒倒していく。

「あわわ、大変」

 慌ててシイと無事だった生徒達が、倒れた女子生徒の元へと駆け寄る。渚カヲル、タブリスはある意味で最強の使徒なのかもしれない。こうも容易く人の心を奪ってしまうのだから。

 

(僕はリリンの未来を見てみたい。それを彼らが邪魔するのなら……僕も戦おう)

 騒がしい教室を見つめながら、カヲルは拳を固く握りしめ、決意を新たにするのだった。

 




カヲルがネルフに寝返った事を、まだゼーレは知りません。なので今頃『まだタブリスは……』なんてやきもきしている事でしょう。

決戦前の僅かな平穏。加持も本部に帰還し役者は揃いました。カヲルも一学生として過ごし、自らも運命に抗うために戦う決意をしました。

そろそろ決着の時ですね。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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