エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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25話 その1《大切な一歩》

 

 ジオフロントでの騒動の後、一同はネルフ本部司令室へとやってきた。盗聴盗撮の心配が無いこの部屋で、カヲルはシイ達と向かい合う様に立つ。

「渚カヲル。お前が使徒と言うのは間違い無いな?」

「ええ。あれだけ大暴れした後に、確認されるとは思いませんでしたが」

 威厳を込めて尋ねるゲンドウに、カヲルは苦笑しながら答える。ジオフロントで大立ち回りを繰り広げ、カヲルはATフィールドまで展開したのだから、もはや疑う余地も無いだろう。

「改めて。僕こと渚カヲルは、タブリスと言う名を与えられた使徒です」

「ふむ。タブリスと言えば確か『自由意志』を司る天使の名前だったね」

 一通り聖書にも目を通していた冬月が、あごに手をあてながら記憶を呼び起こす。

「流石は副司令、博識だ。シイさんが先生と呼ぶのも分かりますよ」

「ま、まあ常識だよ」

 カヲルのよいしょに冬月は平静を装うが、その顔は嬉しそうに緩んでいた。だがリツコ達女性陣に冷たい視線を送られ、慌てて厳しい表情へ戻る。

「こほん。君はゼーレから送り込まれてきた。彼らは使徒を生み出す術を持っているのかね?」

「いえ。彼らは単に、僕の魂をサルベージしたに過ぎません」

「詳しく聞かせてくれる?」

 食いつくリツコに、カヲルは小さく頷くと話の続きを語る。

「僕の身体は、アダムに人の遺伝子を融合して生み出されました」

「じゃあカヲル君は使徒と人のハーフなの?」

「ふふ、シイさんは面白い表現をするね。まあ両方の遺伝子を持つと言う意味では、その通りだよ」

「ではその身体に、使徒である貴方の魂を宿したのね?」

 確認するように尋ねるリツコにカヲルは優雅に頷く。目の前の少年、使徒を生み出したのが人間であるとわかり、一同は何ともやり切れない気持ちであった。

 

「渚カヲル。ネルフ司令として改めて君に問う。今の君が望む事は何だ?」

「改めて答えましょう。僕は君達リリンと共に生きたい。それは偽りない僕の本心です」

「それがゼーレを裏切る事になってもか?」

「僕は彼に造られた存在ですが、仲間ではありません。裏切りにすらなりませんよ」

 これはカヲルの本心だった。彼らゼーレはカヲルを、自分達の目的を果たすための道具として、利用しようとしていた。そこに友好的な感情などありはしない。

 今までの経緯とカヲルの発言を聞き、冬月は満足そうに頷きながらゲンドウへ声を掛ける。

「決まりだな、碇」

「……ああ。渚カヲル、我々は君をフィフスチルドレンとして、改めて受け入れる」

「ふふ、ありがとうございます」

 微笑みを浮かべながら優雅に一礼するカヲル。この瞬間、彼は正式にネルフの一員として認められたのだ。

 

 

 カヲルがシイ達と共に司令室から出て行くと、冬月は困り顔で口を開く。カヲルの加入はネルフにとって最高の出来事だが、それが想定外の事態を生んでいた。

「少々難しい状況になってきたな」

「ああ。使徒を全て倒せば生命の樹が出現する。それが死海文書の予言だった」

 生命の実を守る使徒を全て殲滅した後、エヴァによる儀式を行うことで生命の樹が出現する。それこそが人類補完計画の要だったのだが。

「でも渚君は生きている」

「当然、ゼーレの望んでいたサードインパクトも起こらない」

「これは流石に予測していなかった展開ですな。勿論ゼーレにとってもでしょうが」

 時田の言葉はこの場に居る皆の心の代弁だった。今までは最後の使徒を倒した後、ゼーレの補完計画を阻止する為に、秘密裏に動いてきた。だがそもそも補完計画自体が起こらないとしたら……。

「奴らはどう動くつもりだ?」

「……まだゼーレの計画が潰れた訳では無い」

「と言いますと?」

「渚君を殺せば人類補完計画は可能なのよ。今の状況は極めて不安定だから」

 今の状態はあくまで先延ばしに過ぎない。不測の事態が発生しカヲルが命を落とせば、使徒は全て滅びる。ゼーレの望みは潰えていないのだ。

「ゼーレは渚君を暗殺するかもしれませんな。出来れば、の話ですが」

「彼を人間がどうにか出来るとは思えん」

「ああ。ATフィールドを持つ使徒である以上、通常兵器では歯が立たんよ」

 人間と同じ姿をしているから忘れがちだが、カヲルも使徒。ATフィールドを展開すれば、N2兵器すら耐えきるだろう。そんな存在相手に暗殺などは、ナンセンスとしか言いようが無かった。

 それ故にゼーレの次の手は自然と絞られる。

「使徒に対抗できるのは、同じ使徒から造り出されたエヴァだけだからな」

「て事は」

「ゼーレがとれる行動は、既にロールアウトしているエヴァ量産機による、直接攻撃ね」

 世界各国を飛び回っている加持から、ゼーレは独自に製造したエヴァンゲリオンを、既に九体完成させていると情報が入っていた。それを使えばカヲルの殲滅も実現可能かもしれない。

「同時にネルフ本部の占拠、あるいは壊滅を実施すれば、奴らにとって一石二鳥だな」

「……老人達はなりふり構わずに来るだろう」

「どうしますか、碇司令?」

「奴らが渚カヲルの叛意に気づくまで、まだ僅かだが時間がある。対エヴァ戦の準備を進めろ」

 全てはゼーレの補完計画を阻止し、人類が自分達で未来を切り開く為の戦い。今更迷いがある筈も無く、ゲンドウの指示にミサト達は力強く頷いて答えるのだった。

 

 

 その頃シイ達は、ネルフ本部の食堂で夕食をとっていた。シイの料理が食べられずアスカは不満そうだったが、流石に今から家に帰って料理をつくる訳にもいかず、渋々納得した。

 五人のチルドレンは食事をしながら会話を交わす。話題はやはりカヲルの事がメインだった。

「にしても、まさか渚が使徒やったとはな」

「ふふ、驚いたかな?」

「そりゃな。まあ、変な奴やとは思っとったし、今更な気もするわ」

 うどんをすすりながら、トウジはあっけらかんと言い放つ。使徒と戦った経験が少ない彼は、四人の中で一番使徒に対しての敵対意識が低く、カヲルを受け入れる事にも抵抗が少なかった。

 

「あんたさ、本当に使徒なの?」

「おや、どういう事かな?」

「何つーかイメージが違うのよ。もっとこう、ぐわーって感じにならないの?」

 アスカは両手を広げて、おどろおどろしい物をアピールする。海やマグマで使徒とデスマッチを繰り広げた彼女には、人型の使徒というのがいまいち信じられないようだ。

「僕はベースの身体に、使徒の魂を宿したものだからね。他の使徒とは少し違うかもしれない」

「ますます疑わしいわね」

「ふふ、なら証拠を見せようか?」

 カヲルは立ち上がると、隣の席でオムライスを食べていたシイにも立ち上がるように促す。そしてカヲルの意図を理解出来ずに首を傾げるシイの身体を、思い切り抱きしめた。

「ふえぇ?」

「な、何してんのよ!」

 目の前で行われた破廉恥な行為に、アスカは顔を真っ赤にしながら拳を握ると、鉄拳制裁を食らわせるべくカヲルに迫る。だがカヲルの前に展開された光の壁が、彼女の突進を容易く止めてしまう。

「え、ATフィールド!?」

「そう、君達リリンはそう呼んでいるね。何人にも侵されざる聖なる領域。心の光」

「このっ! このっ!」

 アスカが何度も拳を叩き付けるが、ATフィールドはびくともしない。

「君達にも分かっているのだろ? ATフィールドは誰もが持ってる、心の壁だと言う事を」

「なろぉぉ!」

 ついにはフロントキックまで繰り出すアスカだったが、生身の身体でフィールドを突破する事は出来なかった。荒い呼吸をつきながら、仕切り直しとばかりに少し距離をとる。

 それと入れ替わるように、トウジが興味深げにATフィールドに近寄ると、ぺたぺたと手で触れる。

「こりゃ凄いで。ホンマに壁や」

「ありがとう、トウジ君」

「何和んでんのよ! てかあんたもさっさとシイから離れなさいよ! 使徒だって認めてあげるから」

「…………」

 アスカの叫びに、しかしカヲルは抱きしめたシイを離そうとしない。真剣な表情を浮かべていたかと思えば、不意に何かを思いついたかのように軽く微笑む。

「そうか。最初からこうすれば良かったのか」

「はぁ?」

「こうしておけば、何人たりとも僕の邪魔は出来ない。全ては流れのままに」

 カヲルは自分の中で結論を出すと、未だ事情が出来ずにいるシイへ顔を向ける。

「シイさん。君にとって僕は何者なのかな?」

「お友達だよ」

 即答するシイ。それはカヲルにとって嬉しい言葉なのだが、ここは更に一歩先に踏み込む。

「彼女達も?」

「うん、お友達だよ」

「聞き方を変えよう。君にとって、友達以上の存在は居るのかな?」

「ん~えっと……友達以上かは分からないけど……お父さんは大切な人かな」

 僅かに頬を染めて答えるシイに、カヲルは改めて確信した。この子は何も分かっていないと。

 

「残念だったわね。生憎とシイは天然記念物的な存在なの。あんたの戯言なんか効きやしないわ」

「うぅぅ、何だか馬鹿にされたような気がする」

「よく分かったわね」

「うぅぅ」

 アスカにあっさりと肯定されて、シイは軽く凹んだ。

「そういう事だから、さっさとこの壁どけてシイを離しなさいよ」

「いや、無垢な魂に色をつけるのも、それはそれで……」

「なあ渚。悪い事は言わん。シイにだけは手を出さん方がええ」

 暴走し始めたカヲルに、トウジは本気で心配するように声をかける。そのあまりにシリアスな態度に、カヲルは不思議そうに首を傾げた。

「どうしてだい?」

「……あんな、惣流よりも怖い奴が……そこに居んねん」

 トウジの視線の先、そこには全身にどす黒い空気を纏った、レイの姿があった。

 

「あ、綾波……レイ」

 冷や汗を流すカヲルに、レイは無言のまま近づいていく。ATフィールドがそれを阻止しようと輝くのだが、レイは手をフィールドに差し込むと、まるで布を切り裂くかのように、いとも容易く引き千切った。

 信じられない光景と、あまりに凄まじいレイの迫力に、アスカもトウジもただ怯えるしか出来ない。

(れ、レイの奴、マジで切れてない?)

(あかん。こりゃあかんで)

(あんた止めなさいよ。男でしょ)

(無茶言いなさんな。あの綾波を止めるなんて、エヴァでも無理や)

 がたがたと震える二人が見つめる中、レイはカヲルの目の前へとたどり着いた。

「わ、分かった。シイさんは離すから」

 まるで追い詰められた悪役の様に、カヲルは狼狽しながらシイを解放する。だが今のレイは止まらない。

「話し合おう。会話というのはリリンが生み出した文化の――」

「……さよなら」

 カヲルの説得にレイが返したのは短い別れの言葉。そして、食堂に光が満ちた。

 

 突然の爆発音に慌てて駆けつけたゲンドウ達が見た物は、無残に破壊し尽くされた食堂区画と、全身黒焦げになりつつも生き残った、カヲルの姿だった。

 




ネルフの大人達がカヲルの存在を受け入れたのは、やはりシイの影響が大きいです。少しずつではありますが、彼らもまた成長、あるいは変わってきているのでしょう。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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