エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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3話 その2《綾波レイとの出会い》

 

「ミサトさん、もう朝ですよ」

「ん~今日は昼から出勤だから……もう少し寝かせて~」

 布団にくるまるミサトを見て、シイはため息をつく。

「分かりました。食事は机に用意してありますから、食べたら食器を水につけて置いて下さいね」

「は~い」

「それじゃあ、私は学校に行って来ますから」

「行ってらっしゃ~い」

 布団から手だけを出して振るミサトに、シイは再度ため息をついて部屋のドアを閉めた。

 

 葛城ミサトという女性は基本的にだらしない。いや、仕事はキチンと行うため、生活能力が不足していると言い換えた方が良いだろう。炊事洗濯、とかく家事が出来なかった。

 その為、一度は公平に半々でやることになった家事は、今や全てシイの担当となっていた。

(ミサトさんにはお世話になってるし、家事は嫌いじゃ無いから良いんだけどね)

 シイは制服の上に羽織っていたエプロンを外すと、鞄を手に学校へと向かうのだった。

 

 

 第三新東京市第一中学校。そこの二年A組がシイの通うクラスだった。転入から大体二週間が過ぎ、元々人付き合いが苦手で無いシイは、すっかりクラスメイトとも打ち解けて、仲の良い友人も出来ていた。

「おはよう」

「あ、碇さん、おはよう」

「シイちゃんおはよう」

 クラスメイト達と軽く挨拶を交わしながら、シイは教室の中へと入っていく。

「碇さんおはよう」

「あ、洞木さん。おはよう」

 学級委員長である、そばかすの少女……洞木ヒカリとも挨拶を交わす。彼女は委員長と言うこともあり、転入したシイの面倒を良く見てくれた。そのお陰で、今ではすっかり仲の良い友達になっていた。

 そして、

「綾波さん、おはよう」

「……おはよう」

 隣の席に座る、青い髪をした少女……綾波レイと挨拶を交わして、自分の席へと着いた。

「あ、左手の包帯取れてるね?」

「……ええ、先日取れたわ」

「右手のギプスも、そろそろ外せそう?」

「……ええ、後三日位で」

「そっか~良かったね」

「……ええ、問題ないわ」

 一見ぶっきらぼうな返事だが、それでもシイは満足だった。何せこの綾波レイと言う少女、とことん無口で無表情。出会って直ぐの頃は、まともに会話する事すら出来なかったのだから。

 

 そう、シイと綾波レイの出会いは、もっと前。シイが第一中学校に転入する前まで遡る。

 

 

 シイはネルフの食堂で、ミサトと共に昼食を摂っていた。直属の上司であるミサトからは、業務に関わる事から全く関係の無い事まで、とにかく色々な話が聞けた。

「あの子が綾波レイさん、ですか?」

「ええそうよ。ファーストチルドレンで、エヴァ零号機のパイロット」

「そうですか……じゃああの怪我は、やっぱり」

 痛々しい怪我をしていた青い髪の少女を思い浮かべ、シイの表情が曇る。

「あ~それはちょっち訳ありで」

「え?」

「私がここに来る前の事だけど、零号機の起動テストがあったの。その時に怪我をしたらしいわ」

「ミサトさんって、ずっとネルフに居たんじゃ無いんですか?」

 驚いたようにミサトへ尋ねる。

「ネルフには結構長いこと居るわよ。ただ別の支部で働いてたの」

「……チェーン店の店員さんが、本店に呼ばれたみたいにですか?」

 シイの例えに、ミサトは苦笑しながらも頷く。

「だからこっちの配属になってからは日が浅いのよ。まだ一ヶ月位かしら」

「あ、だから道に迷って……ん!」

 咄嗟に口を塞ぎ、恐る恐るミサトの顔を伺う。

「ん~ギリギリセーフね。ま、不慣れなのは確かだし」

「ふぅ」

 失言を見逃されたシイは、ホッと胸をなで下ろす。何気ない一言がきっかけで、ミサトに頭を乱暴に撫でられる事数十回。ようやく自分の失言に気づけるようになってきていた。

「まあ、その時の実験で怪我をしたらしいわ。リツコなら立ち会った筈だし、もっと詳しいと思うけど」

「あ、いえ、良いんです。ちょっと気になっただけですから」

「……レイの事、気になる?」

「気になる……うん、そうかもしれません。何だか、不思議な気持ちがするので」

「へぇ~どんな?」

「口で言うのは難しいんですけど……初めて会った気がしないんです」

 ミサトの知る限り、シイとレイが接触した事実は無い。記録上一度も第三新東京市外に出ていないレイと、一般人だったシイでは当然とも言えるが。

「ふ~ん、興味があるなら会ってみる?」

「良いんですか?」

「怪我は大分良いみたいだし、お見舞いがてらちょっち話すくらいなら平気でしょ……多分ね」

「ありがとうございます。早速今日、行ってみます」

 ミサトの最後の言葉が聞こえなかったシイは、嬉しそうにミサトへお礼を言った。

 

 そして、ネルフからの帰りにシイは病院に向かったのだが。

「……ミサトさんの嘘吐き~」

 レイの病室目前で、ネルフの黒服さん達に見事足止めされしまった。

「済まないがファーストチルドレンとの面会は、許可が無いと駄目なのだよ」

「うぅ、一応ミサトさんは良いって言ってくれましたけど」

「碇司令か冬月副司令、もしくわ赤木博士の許可が必要なんだ」

「そ、そんな~」

 面識こそあれど、三人ともネルフでは偉い人ばかり。一パイロットのシイには連絡先など知るよしも無かった。

「う~どうしても駄目ですか?」

((ぬぅぅ))

 上目遣いで潤んだ瞳を向けるシイに、黒服二人は思わずたじろぐ。絶大な破壊力に、彼らの鉄壁の意思がグラグラと揺らいだ。だが、流石は特別な訓練を積んだプロのスタッフ。

 耐震構造の精神力で、どうにか耐え抜いて見せた。

「……ごめんなさい、我が儘言ってしまって。出直します」

((む、胸が……痛い))

 落胆した様子でとぼとぼと引き上げるシイの背中は、黒服達の良心に大打撃を与えた。小さな背中に何か声を掛けてあげたいと黒服が思った、そんな時だった。

「あら、シイさん」

 シイの進行方向から、白衣姿のリツコが歩いてきた。

「どうしたのこんな場所に? 何処か具合でも悪いのかしら?」

「いえ……ちょっと綾波さんに会いたかったのですけど」

「ああ、そう言うこと」

 瞬時にリツコは状況を理解する。つまりは門前払いされたのだと。

「……シイさんは、どうしてレイに会いたいの?」

「別に理由は無いんですけど、ただ少し話をして見たかったんです」

 シイの言葉に、リツコは少し悩む仕草をみせる。

(危険性はゼロじゃ無いわね。ただ、いずれ学校で会うでしょうし……)

「……良いわ。レイとの面会、私が許可します」

 パァッとシイの表情が笑顔に変わる。

「ありがとうございますリツコさん」

「良いのよ。パイロットである貴方の望みは、出来る限り叶えてあげたいもの」

(ふ、ふふふ……堪らないわね)

 喜びのあまり抱きつくシイにリツコは内心涎を垂らしながら、それでも黒服の手前表には出さずに、クールな女科学者の姿を演じ続けるのだった。

 

 

 シイに与えられた時間は十分。軽くノックをしてから、緊張した面もちでレイの病室へと足を踏み入れた。

「こ、こんにちわ」

「…………」

 笑顔で入室するシイに、ベッドで横になっていたレイは冷たい眼差しを向ける。吸い込まれそうな赤い瞳に、ドキッとシイは思わず立ち止まった。

「あ、綾波レイさんだよね。私は碇シイって言います」

「…………」

 自己紹介するシイに、しかしレイは答えない。ただ無機質な瞳でシイを見つめるだけ。

「突然でごめんなさい。ちょっとお話したくって」

「…………」

「一応、リツコさん……赤木博士から面会の許可は貰ってるから」

「……そう」

 たった一言だけだが、レイが返事をしてくれた事にシイは喜びを感じた。

「ここ、座っても良い?」

「…………」

 レイが小さく首を縦に振ったのを見て、シイはベッドサイドの椅子に腰を掛ける。

 時間が限られている為、色々話さなくてはと思ったのだが、

(……あ、何話すのか決めてなかった)

 会うことだけを考えすぎて、話す内容まで気が回らなかった。結果、シイとレイは無言で見つめ合う。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 気まずい沈黙。何か話さなければ、と焦るほど上手く頭が回らない。

「…………話、あるのでは無いの?」

「あ、うん。あはは、何話そうか決めてなかったの」

「……そう」

 変わった子、それがレイから見たシイの第一印象だろう。ただシイに悪意が無いと判断したのか、向けている視線から僅かに警戒の色が薄れた。

「……あ、思い出した。あのね、綾波さんと私って、以前何処かで会わなかった?」

「……初号機のケージで」

「ううん、そうじゃなくて、もっと前。私がネルフに来る前に」

「…………無いわ」

 レイはキッパリ断言する。

「そっか……そうだよね。ごめんね、変な事聞いて」

「……何故そんな事聞くの?」

「綾波さんと、初めて会った気がしなくって……こう、懐かしい感じがしたの」

 微笑むシイの顔に、一瞬レイがピクリと反応する。

 そして何かを告げようとした時、

「シイさん、時間よ」

 病室のドアを開けて姿を見せたリツコがタイムアップを宣告した。

「は~い、直ぐ出ます。ごめんね、今日はもう終わりみたい」

「……そう」

 立ち上がったシイは、椅子を元の位置に戻しながらレイへと言葉をかける。

「次はちゃんと、お話の内容を決めてくるから」

「……次?」

 予想外の言葉だったのか、レイは少しだけ驚いた表情を見せた。

「うん。これからもお見舞いにくるね。あ、ちゃんと許可を取って来るから安心して」

「……そう」

「じゃあね、綾波さん。また」

 手を振って去っていくシイを、レイは不思議な感覚を抱きながら見つめていた。

 

 

 

 そんな出会いの後、シイは幾度と無くレイのお見舞いに行った。何故かは本人にも分からないが、綾波レイという少女に不思議と惹かれるものを感じていた。

「私の携帯番号? 構わないよ。何時でも連絡をくれたまえ」

(ふむ……まさか彼女の方からアプローチがあるとは……良い物だな)

「携帯番号? ああ、確かに緊急時の連絡があるかもしれないし、良いわよ」

(うふふ、予期せぬチャンスね。これで何時でもシイさんと連絡がとれるわ)

 冬月とリツコは直ぐに携帯の番号を教えてくれたので、許可自体は問題なかった。

 そうして二人は何度も言葉を交わして(喋るのは殆どシイだが)、今に至る。

 

 レイとの挨拶を終えたシイが授業の準備を行っていると、見知らぬ男子生徒が教室に入ってきた。上下に黒いジャージを纏った、気が強そうな短髪の男子だ。

(あれ、あの人誰だろ?)

 クラスメート達と挨拶を交わしている所を見ると、どうやらここの生徒なのだろう。だが、シイが転入してから二週間、彼の姿を見たことは無い。

 

 その彼は、眼鏡を掛けた男子生徒……相田ケンスケの元へ。

 何やら真剣な顔で会話を交わした後、

「……(ギロッ)」

(えっ!?)

 思い切りシイを睨み付けた。明らかに敵意や憎しみがこもった視線にシイは怯える。

(な、何で……私、何かしたの?)

 

 男子二人の元に、ヒカリが何やら小言を言いに近寄る。そこで何かを聞かされたのか、ハッと表情を曇らせ、複雑な表情をシイに向ける。

(私……何をしたの?)

 

 シイの不安は、教師がやってきて授業を行う間も消えることは無かった。 

 




ファーストチルドレン、綾波レイの登場です。少々複雑な事情がある彼女は、主人公の性転換でどの様に変化していくのでしょうか。

第一中学校は、エヴァ世界で平穏を現すパラメーターの一つだと思っております。この小説でも大切な場所なので、無事に試練を乗り越えて貰いたいです。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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