エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

127 / 221
24話 その3《生まれる迷い》

 

 レイと別れたカヲルは、シンクロテスト開始前に実験管制室を訪れた。

「失礼しますよ」

「あら、早かったのね。他の子達は着替えてるから、戻ってきたら挨拶して貰うわ」

「ええ」

 朝に顔合わせをしていたミサトに言われてカヲルは軽く頷く。するとリツコが作業を中断して、カヲルの元へと近づいてきた。

「初めまして。私はE計画責任者の赤木リツコよ。よろしくね」

(この子がゼーレの秘蔵っ子……油断できないわ)

「渚カヲルです。こちらこそよろしく」

(ふふ、随分と警戒されてしまってるね。まあ当然かな)

 表面上は友好的な挨拶を交わしつつも、リツコはカヲルに探るような視線を送る。だがそんな不躾な視線を受けても、カヲルは微笑みを崩さない。

「今のところ貴方が搭乗するエヴァの配備計画は無いの。当分はテストも見学して貰う事になるわ」

「ええ、構いませんよ」

「結構。……あの子達が戻ってきたわね」

 二人の会話が終わるとほぼ同じタイミングで、管制室にプラグスーツに着替えたシイ達がやってきた。

 

「みんな。今日から配属になったフィフスチルドレンを紹介するわ」

「渚カヲルです。よろしく」

「…………あぁぁぁ!!」

 軽く頭を下げるカヲルの姿を見て、シイは思わず驚きの声をあげる。その反応を楽しむように、カヲルはクスクスと笑いながらシイに近づく。

「ふふ、また会えたね。碇シイさん」

「か、カヲル君が……フィフスチルドレン?」

「黙っていてごめんよ。ただこうして君と再会出来てとても嬉しい」

「ちょっとシイ。あんたこいつと知り合いなの?」

 アスカは近づくカヲルからシイを守るように立ちはだかると、訝しむ様な視線をカヲルに向けたまま、シイへと尋ねる。

「あ、うん。ほら、昨日話した男の子」

「……へぇ~。あんたが初対面でシイを口説こうとした、すけこましって訳ね」

「「なっ!?」」

 嫌みたっぷりなアスカの言葉に、スタッフ全員がカヲルに視線を向ける。そこに込められた嫉妬や敵意と言った感情に、流石のカヲルも僅かに動揺してしまう。

「いや、それは誤解だよ。そうだよね、碇シイさん?」

「そうだよアスカ。もっとお話したいって言われただけだもん」

((ぎろっ!!))

 全くフォローになっていないシイの発言で、カヲルへの敵意は一層強くなる。その中には無表情ながらも一番怖い、レイの視線も含まれていた。

「……それが、貴方の答えなのね」

「い、いや、違うよ。少し落ち着いた方が良いんじゃ無いかな」

 何故自分が責められているのか全く理解出来ないカヲルは、とにかくこの場を落ち着けようと呼びかける。だがそんな言葉が通じるほど、ネルフスタッフは聞き分けが良くない。

「テストは開始時間を遅らせましょう」

「やむを得まい。今はこの問題を解決するのが、何より優先すべき事だからな」

 既にテスト開始時間が迫っているのだが、テスト責任者の二人があっさりと開始時間延長を決める。気づけばカヲルは、周りを完全に包囲されていた。

 困惑しているカヲルに、ミサトが軽く牽制を入れる。

「さ~て、ちゃっちゃとはいて貰いましょうか。ずばり、シイちゃんの事狙ってるの?」

「邪推は止めて欲しいですね。僕はそんなつもりありません」

「ふ~ん、つまりシイには魅力が無いって言いたい訳?」

((じぃぃぃぃ))

(一体どうしろって言うんだ……僕にはリリンが理解出来ないよ)

 理不尽な出来事に、リリンとの壁を感じてしまうカヲルだった。

 

 シイの説得によって、かろうじて質問と言う名の尋問から抜け出したカヲル。冷や汗を流すカヲルに、唯一冷静だったトウジが近寄りそっと耳打ちをする。

「ここで長生きしたいんやったら、シイの扱いだけは気をつけた方がええで」

「その様だね……忠告ありがとう」

「男はわしとお前だけやからな。ま、仲良くやろうや」

「……そうだね」

 カヲルにとって唯一まともに会話が成立するリリンである、トウジの存在は大変貴重な存在だった。

 

 

 トラブルによって開始時刻こそ遅れたものの、四人のシンクロテストは順調に進んでいった。

「全員問題は無いようね」

「はい。アスカの数値が飛び抜けて高いですが、鈴原君とレイの数値も着実に伸びています」

 モニターに表示される四人のシンクロ率は、リツコを満足させるに十分な値を示していた。ミサトと冬月も頼もしげにテストに挑む子供達を見守っていたが、カヲルだけは複雑な表情を浮かべる。

(エヴァ……アダムより生まれし、人間にとって忌むべき存在。それを利用してまで生き延びようとするリリン。僕には分からないよ)

 目を閉じてテストを続けるシイ達に、カヲルは寂しげな視線を向けるのだった。

 

 

 シイ達がテストを行っていた時、ゲンドウは司令室の電話で加持と連絡をとっていた。

『なるほど、フィフスチルドレンですか。ゼーレも随分と直接的な手に出てきましたね』

「ああ。もし今居るパイロットに何かがあれば、彼に搭乗命令が出る筈だ」

『ゼーレは意のままに動かせるエヴァを手に入れられる。最悪その一機だけあれば十分、と』

 加持もゲンドウと同じくカヲルによって、シイ達全員が暗殺される事を危惧していた。カヲル以外のチルドレンを失えば、エヴァはゼーレの手に落ちたも同然。

 万が一それを許せば、ネルフに勝ち目は無くなるだろう。

『……彼女達の護衛は?』

「当然強化はしてある。だが完璧とは言えないだろう」

 ネルフの保安諜報部は優秀だが、ゼーレの秘蔵っ子であるカヲルの力量は未知数だ。チルドレンであるカヲルの行動は制限しづらく、不安要素は多かった。

『少々厄介な状況ですね。こちらの仕事が一段落したら、俺も一度本部へ戻ります』

「君の仕事は順調なのか?」

『ええ。非公式ではありますが、日本政府はこちらの支持を決めました。情報公開が有効打になりましたよ』

 日本政府は今までゼーレの支配下にあった。だがそこにも所属していた加持が働きかける事で、ゼーレからの脱却とネルフの支持を決定したのだ。

 実際には明確にどちらの味方もしないと言うスタンスだったが。

『今はネルフの各支部を回っています。そうですね……一週間以内には戻れるかと』

「ああ、頼む」

 ゲンドウは受話器を置くと小さく息を吐く。加持の報告は朗報なのだが、カヲルの存在がそれを打ち消してしまっていた。ネルフはゼーレによって、喉元に刃を突きつけられているとも言えた。

(一度……腹を割って話してみるか)

 カヲルと直接会話をする事を、ゲンドウは真剣に検討するのだった。

 

 

 シンクロテスト終了後、カヲルはネルフ本部にある大浴場の湯船につかっていた。当然男女別なので男湯にはカヲルとトウジしか居ないが、彼は大きなお風呂に満足していた。

「風呂も良いね。リリンの生み出した文化は、心を癒やしてくれる」

「大げさなやっちゃな」

 カヲルの独特な言い回しに、隣に並んで入浴しているトウジは呆れたように呟く。この少年と出会ってまだ数時間だが、チルドレンらしく一筋縄でいかない奴だと認識していた。

「どや、あいつらの印象は。面食らったやろ」

「そうだね、なかなか個性的な子が揃っているとは思うよ」

「物は言い様やな。まあ男一人でわしも肩身が狭かったさかい、渚が来てくれてホンマ助かったわ」

「ふふ、男が苦労するのはどの世界でも同じか」

 楽しげに微笑むカヲルだが、その声色には何処か諦めの色が混じって聞こえた。気になったのかトウジは、カヲルに何気なく尋ねてみる。

「何や、悩み事でもあるんか?」

「どうしてそう思うんだい?」

「何となくや。女の中で生き抜くには、空気を読めんと持たんからな」

「なるほど」

 説得力抜群のトウジの言葉に、クスクスとカヲルは笑みを漏らす。あれだけ個性的な面々に囲まれていたら、それはもっともだと思ったからだ。

 

「……君には、生きる目的があるかい?」

「随分哲学的な話やな」

「僕はある目的を果たすために生まれてきた。でもそれを果たすべきか迷っていてね」

 揺らぐカヲルの赤い瞳に、トウジは彼の本心を垣間見た。

「……なあ、渚。お前の悩みはわしが、無責任にどうこう言えるもんやない」

 だからこそ、トウジは言葉を選びながら真剣に答える。本気の相手には本気で対応するのが、トウジの流儀であった。それが伝わったのか、カヲルは黙って続きの言葉を待った。

「けどな、ほんまに大事なんは、お前がどうしたいかやと思う」

「…………」

「お前の事情は分からんが、少なくとも今ここに居るお前の人生はお前のもんや。他人が決めるもんや無い」

「…………」

「っと、すまんな。柄にも無く、変な事言ってもうたわ」

「いや……とても参考になったよ」

 驚きから微笑みへと表情を変えたカヲルは、トウジへ礼を告げる。それはカヲルにしては珍しい、仮面を被らない素の言葉であった。

 

 

 暗闇に浮かび上がるモノリス達は、今日も飽きずに会議を行っていた。

「既にタブリスはネルフへと入り込んだ」

「後は流れに任せるだけだ。全てが始まり、全てが終わる」

 人類補完計画。ゼーレが長い年月と莫大な資金を投じて計画してきた、人類の救済策。それが間もなく成就するとあってか、彼らはいつになく機嫌が良いようだ。

「左様。悪魔の子から神の子へ」

「それこそが我らゼーレの悲願。人類の望みに他ならない」

「エヴァシリーズも、間もなく数が揃う」

「約束の時は……間もなく訪れる」

 幾つかのイレギュラーはあったが、結果として今の状況は計画の修正範囲内。彼らは全て自分達のシナリオ通りに進んでいると、確信していた。

「碇が何を企んでいようが、既に遅い」

「左様。奴にはタブリスを殲滅する以外に、選択肢は無いのだからね」

「アダムより生まれし者はアダムへ帰る。タブリスも例外では無い」

「もはや我らの計画を妨げる要素は存在しない」

「「全ては我らゼーレのシナリオ通りに」」

 暗闇に男達の声が重なり合い、会議は終わりを告げるのだった。

 




何かと物議を醸し出した入浴シーン。シイとカヲルでは大問題ですので、男性チルドレンであるトウジの出番となりました。
意外とこの二人、相性が良いかもしれません。あくまでlikeであり、loveではありませんが。

地味にゼーレがフラグを立ててしまったので、カヲルの行く末に希望が出てきました。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。