エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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24話 その2《カヲルとレイ》

 

 予定よりも大幅に遅れて帰宅したシイを、仁王立ちしたアスカが玄関で待ち構えていた。

「おっそ~い!」

「うぅぅ、ごめんなさい……」

 眉がつり上がった顔から、アスカの不機嫌度合いが伝わってくる。

「本当にごめんね……直ぐに夕食作るから」

「あんた馬鹿ぁ? んな事で怒ってんじゃないの」

「え?」

「遅れるなら遅れるって連絡しなさいって、あたし言ってたわよね?」

「うん……」

 シイは母親にしかられた子供のように、申し訳なさそうに俯く。連絡を怠った自分が全面的に悪い以上、もう何の言い訳も出来なかった。

「あんたはね、もう少し自分の立場を自覚しなさい。あたし達がゼーレと戦おうとしてるのが、もし相手に知られてたら、真っ先に狙われるのはパイロットなのよ」

「……そうだね。本当にごめんなさい」

 先程会った少年にも言われた自覚の無さ。シイはますます恐縮してしまう。そんなシイの様子から反省を感じ取ったのか、アスカは表情を和らげる。

「はぁ、分かったんなら良いわ。あんま心配かけさせるんじゃ無いわよ」

「あ……うん」

 大きくため息をつきながら、アスカはシイの髪をグシャグシャと撫でる。そんなアスカの親愛表現にシイは不謹慎だが、自分を心配してくれた事を嬉しく思ってしまうのだった。

 

 

「はぁ? じゃあ何? 見ず知らずの男に声かけられて、あまつさえ会話までしたって~の?」

「う、うん」

「あんた馬鹿ぁ? どうしてもっと警戒心ってのを持たないのよ!」

 夕食の席でシイはカヲルと出会った事を話したのだが、アスカの反応は予想以上に大きいものだった。

「でもでも、いい人だったし」

「あま~い! 男はみんな狼って言うでしょ。……変な事されなかったでしょうね?」

 急に声をひそめるアスカに、シイは首を傾げながら問い返す。

「変な事って、何?」

「そ、それは……だから……」

「??」

(衣服の乱れは無かったし……シイは隠し事なんて出来ないだろうし……大丈夫みたいね)

 アスカは勝手に混乱して、勝手に納得してしまう。表情がコロコロ変わった彼女に、シイは心底不思議そうな視線を向けるのだった。

 

「で、そいつは何者なの?」

「分からないけど、うちの学校の制服を着てたから転校生かも」

 シイが知っているのは、彼が渚カヲルと言う名前だと言う事だけ。自分の学校の制服を着ていたが、学校で姿を見たことが無いので、転校生では無いかと思われた。

「ふ~ん。どんな感じの奴だったの?」

「興味があるの?」

「べ、別に無いわよ。ただ一応聞いておこうってだけで」

 アスカにしてみればカヲルに興味があるわけではなく、シイに言い寄ってくる男に、警戒心を抱いているだけだった。それは妹に変な虫が付かないようにする、姉のような心境かもしれない。

「どんな感じって……ん~、鼻歌が上手かったかな」

「はぁ?」

「最初に会った時にあれを歌ってたの。えっと……モーツアルトの喜びの歌」

「……ベートーヴェンよ」

 頭痛を堪えるようにアスカは額に手を当てて、シイの間違いを正す。前々から不安に思っていたシイの学力を、どうにかしなくてはと真剣に考え始めた瞬間だった。

「第九を鼻歌で、か。そいつ変人確定ね」

「あ、あはは、ちょっと変わってるのは確かかも」

 ズバッと切って捨てるアスカに、シイはカヲルを思い出しながら苦笑する。

「まあそれは良いとして、顔は? あんたのタイプだったりする?」

「タイプ? ……よく分からないけど、綺麗な顔だったよ」

 珍しい銀髪と赤い瞳と、穏やかな笑みを浮かべる整った顔立ち。世間的には格好いいと呼ばれる部類なのだろうが、シイは特別な感情を抱く事は無かった。

「あ、それとね、綾波さんに似てたの」

「レイと?」

 何気ないシイの言葉にアスカの目がすっと細められる。

「目も綾波さんと同じ赤色だったし、ひょっとして親戚なのかも」

「……馬鹿。あの子に親戚なんて居るわけ無いじゃん」

 厳しい口調でシイの失言を戒めるアスカ。生まれが特殊なレイには親戚が存在しようが無い。もし今の発言をレイの前ですれば、意識せずに彼女を傷つける可能性がある。

 アスカの言葉は、シイとレイの二人を思っての事だった。

「ごめん……」

「別に良いわ。それにしても、ますます持ってそいつは怪しいわね」

 銀髪はともかく、赤い瞳を持つ人間は極めて珍しい。と言うよりもアスカはレイ以外に知らなかった。だからこそ、赤い瞳の少年に強い警戒心を抱く。

(レイと同じで造られた存在? ネルフ以外にそんな事するのは……やっぱゼーレ?)

 アスカはゼーレについて詳しく知っている訳では無い。ただ莫大な資金力と政治影響力を持つと聞いている為、人工的にヒトを造り出す位はやりそうだと思った。

(一応、ミサトに報告しといた方が良さそうね)

 すっかり無口になってしまったアスカを、シイは不安げに見つめる。結局その後はほとんど会話も無く、夕食は淡々と終わってしまった。

 

 

 翌朝、ネルフ本部に初めて訪れたカヲルは、司令室でゲンドウ達に着任の報告を行っていた。

「本日付でネルフ本部に配属になりました。どうぞよろしく」

「ああ、委員会から連絡は受けているよ。随分と急な配属だったがね」

「みたいですね。連絡が遅いのは老人の癖なんでしょう」

 冬月が軽く牽制を入れてみるが、カヲルに軽く流されてしまう。ポケットに手を入れ微笑みを浮かべる彼には、底知れぬ余裕が感じられた。

「着任は受理しよう。だが今ここには、君が搭乗できるエヴァが配備されていない。そこで」

「……君には予備搭乗者に回って貰う」

「構いませんよ」

 冬月とゲンドウの言葉に、カヲルは何も問題無いと頷いて見せる。

「話は以上だ。規則など細かな話については、直属の上司になる葛城三佐から聞きたまえ」

「分かりました。では失礼します」

 ゲンドウ達に一礼すると、カヲルは優雅な足取りで司令室を後にした。その背中を見送った冬月は、姿が完全に見えなくなってから険しい表情で、ゲンドウへと語りかける。

「食えない少年だな。シイ君と接触した事など、おくびにも出さん」

「……ああ」

「MAGIが彼の調査を行っているが、芳しくないようだ」

「ゼーレの秘蔵っ子だ。情報規制は完璧と思うべきだろう」

「ここに単身送り込む程の自信作と言う事か」

 直接カヲルと対面した二人は、カヲルがレイと同じ造られた存在だと感じ取っていた。

「迂闊に手は出せんな。泳がせながら様子を見るとするか」

(まず最初にシイ君に目をつけるあたり、気が合いそうだが……会長として手を出させる訳にはいかん)

「……ああ」

(シイに言い寄る男は、何者であろうとも全力で排除するだけだ)

 ゲンドウと冬月は少しずれたところで、カヲルへの警戒心を高めるのだった。

 

 

 その日の夕方、レイは一人本部の通路を歩いていた。本来ならまだ学校に行っている時間なのだが、彼女は身体のメンテナンスを定期的にする必要があったので、こうして学校を休むことがままあった。

(この後はシンクロテスト。もうすぐ碇さん達も来る……)

 一人で居る時間が寂しいと感じるようになったのは、あの少女と出会ってから。レイはテストが行われる管制室へ移動しながら、シイ達と会える事の喜びを感じていた。

 そんな彼女の行く手を遮るように、一人の少年が姿を現す。

「はじめまして。君がファーストチルドレンの、綾波レイだね?」

「……あなた、誰?」

 突然現れた見ず知らずの少年に、レイは警戒しながら問い返す。

「僕はカヲル。渚カヲル。フィフスチルドレンさ」

「……そう。じゃ」

 興味なさ気に通り過ぎようとするレイを、カヲルは進路を塞いで通せんぼする。僅かに目を細めて無言の抗議をするレイに、カヲルは面白そうに微笑む。

「ふふ、そう邪険にしないで欲しいな。君と僕は同じなのだから」

「…………」

「お互いこの星で生きていく身体は、リリンと同じ形へと行き着いたようだね」

 まるで古い友人に語りかける様に、レイに親しげな態度をとるカヲル。だがレイは少年に向けて、敵意に近い感情を露わにしていた。

「……私は貴方とは違う」

「同じさ。君も知っている筈だよ、僕達はヒトとは違う存在だとね」

「……そう。でも私は貴方とは違うわ」

「ん?」

「私は一人じゃ無いもの。だから……一緒にしないで」

 レイの静かながらも強い意志の籠もった言葉を、カヲルに向けて告げる。それはカヲルにとって、驚きを隠しきれない衝撃的な発言であった。

「一人じゃ無い……それはリリンの事を言っているのかい?」

「……ええ」

「僕達はリリンとは違う存在、共に生きる事は出来ないよ」

「……でも私は碇さんと、みんなと生きるわ」

 互いに赤い瞳を持つ造られた存在。ヒトとは異なる魂を持つ存在。だが今対峙する二人は、まるで別の道を歩もうとしていた。

「それが、君の望みなのかい?」

「……そう」

「叶えられると、本気で思っているのかな?」

「……ええ。一人では無理でも、私にはみんなが居るから」

 使徒とは違いヒトは単体で生きるには、あまりに弱い生き物だ。だがそれ故にヒトは群れる事を知り、互いに弱い部分を補って生きる事が出来る。

 一人では無い。それはヒトにとって、何よりも大切な事だった。

 

「なら訂正しよう。君と僕は似ているけど、違う存在だ」

「……ええ」

「リリンとの共存か……考えもしなかったよ」

 呆れたように呟くカヲルだったが、その表情は何処か嬉しそうでもある。

「……貴方は何を望むの?」

「ふふ、全ては流れのままに、さ」

 そう告げるとカヲルはレイに背を向けて歩き出す。彼にとってレイとの対話は、意味のあるものだったのだろう。顔には満足げな笑みが浮かんでいる。

「ではシンクロテストでまた会おう」

「……ええ」

 レイとカヲルの接触は静かに終わりを告げた。カヲルの心に小さな変化をもたらして。  

 




レイはシイと出会い、人とふれ合い、少しずつですが心を成長させてきました。積み重ねてきたものは、決して偽りではありません。
今のレイは、確固たるアイデンティティを持っているのでしょう。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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