エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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残り少なくなってきたアホタイムです。


小話《心の補完?》

~ゲンドウ歓喜の日~

 

 ネルフ本部司令室で、対ゼーレの業務に勤しむゲンドウの元に、とある来客があった。

「失礼します。お父さん、ちょっとお話しても良いかな?」

「……ああ」

 遠慮がちに伺うシイに、ゲンドウは無愛想に答える。油断すれば愛娘の来訪に顔がにやけてしまうため、あえて素っ気ない対応をしなければならない。とことん不器用な男だった。

「ごめんね。お父さん忙しいのに」

「問題ない。それで何の用だ?」

「あ、うん。あのね……もし都合が良ければ、今日の夕食を一緒にどうかなって……」

(お、おぉぉぉぉ)

 恥ずかしげに告げるシイに、ゲンドウは心の中で歓喜の雄叫びをあげた。それでもポーカーフェイスを崩さないあたりは、流石司令と言ったところか。

「……今夜か」

「あの、都合が悪ければ良いの。もし時間があればって、思っただけだから……」

 実の所ゲンドウに暇な時間は無い。元々の仕事に加えて、対ゼーレの工作を行う多忙な日々。そんな事情を察してか申し訳なさそうに俯くシイを見て、何を躊躇うことがあろうか。

「いや、問題ない」

「本当!? じゃあ、どうかな?」

「……良いだろう」

 ゲンドウの答えに不安げだったシイの表情が、心底嬉しそうな笑顔に変わった。これ程自分との食事を楽しみにしてくれて居る娘に、ゲンドウは今すぐ抱きしめたい衝動に駆られる。

(落ち着け……私は沈着冷静な男……シイのイメージを崩すわけにはいかん)

 頼りがいのある父親像を見せたいという強靱な精神力で、ゲンドウは見事煩悩を御して見せた。

 

「……店は決めているのか? まだなら私が予約をするが」

「その……実は私の料理を食べて欲しいんだけど、駄目かな?」

(て、手料理だとぉぉ!!!)

 予想外の展開にゲンドウは喜びを隠しきれず、僅かに眉を動かしてしまう。それがシイにはゲンドウが、自分の提案に不満を感じていると見えた。

「ごめんなさい。そうだよね……私の料理なんかより、ちゃんとしたお店で食べた方が良いよね」

「い、いや、問題ない」

「でも……」

「シイ、私は問題ないと言った。反対する理由は何も無い。存分に料理を作れ」

 仮面を被ろうとして、つい仕事のような口調になってしまうゲンドウ。シイは少し驚いた様子を見せたが、ゲンドウが嫌がっていない事を理解し、直ぐに笑顔を浮かべて頷く。

「うん。それじゃあ、今夜七時にミサトさんの家に来てね」

「……ああ」

「じゃあ待ってるから」

 シイはスキップしそうな程の上機嫌で、司令室を後にした。

 

 

「ふっ、ふふふ」

 誰も居なくなった司令室で、ゲンドウは笑いがこみ上げてくるのを堪えられなかった。思えば誰かの手料理など、ユイが生きていた頃以来長らく口にしていない。

 それが食べられる。しかも愛する娘の手料理が。嬉しくないはずが無い。

「……楽しみだ」

「何がだ?」

 ポツリと漏らしたゲンドウの呟きに、丁度司令室のドアから姿を見せた冬月が問い返す。

「……いや、何でも無い」

「そうか? まあ良い。例の件だが、ドイツと中国はこちら側に着きそうだな。米国は少々難航しているよ」

 何かあったのは明らかだが、冬月はあえて突っ込まずに仕事の話を始める。ゲンドウの元へと歩み寄りながら、手にした書類をぱらぱらと捲っていく。

「松代は既に押さえてある。おおむね良好と言えるだろう」

「……そうか」

「日本政府には加持監査官があたっている。機密情報開示のお陰で順調だそうだ」

「……そうか」

「エヴァ参号機の右腕復元も間もなく終わる」

「……そうか」

「時田博士による本部防衛設備の強化も、三日で目処が立つそうだ」

「……そうか」

「食道のラーメンが値引きしていたぞ」

「……そうか」

「実は俺、結婚するんだ」

「……そうか」

 冬月は小さくため息をつくと書類を挟んだバインダーで、思い切りゲンドウの後頭部を殴打した。一番固い角の直撃を受けたゲンドウは、あまりの痛みに悶絶する。

「はぁ。上の空にも程があるぞ。今がどれだけ大事な時か、分からぬ訳ではあるまい」

「ふ、冬月……角は駄目だろ」

「お陰で目が覚めただろ?」

「……むぅ」

 冬月の話を全く聞いていなかった事は事実。ゲンドウは言い返せずに唸るしか無い。

「やれやれ。シイ君からの誘いに喜ぶのも分かるが、せめて仕事中はしゃんとしてくれ」

「なっ、何故それを知っている!?」

「今そこでシイ君とすれ違った時に、嬉しそうに話してくれたよ。今夜お前に手料理を食べて貰うとね」

「そうか……嬉しそうに、か」

 ニヤニヤと口元に笑みを浮かべるゲンドウ。とても他様に見せられない姿に、冬月はまたもため息をついた。

「まあ、お前とシイ君の仲が改善されたのは喜ばしい事だが、仕事をおろそかにするなよ」

「分かっている」

「なら約束の時間まで、しっかり働け。使徒は後一体。残された時間は僅かなんだからな」

「……ああ」

 シイと親子で居るためには、補完計画の阻止は必要不可欠だ。ゲンドウは浮かれた気持ちを引き締め、冬月と共に仕事を再開するのだった。

 

 

 仕事を終わらせたゲンドウは、黒塗りの車に乗ってミサトの家へと向かっていた。本部を出る前に連絡を入れたため、今頃シイは自分を出迎える為の準備に追われているだろう。

(服装は完璧だ。髭も整えた。お土産も買った。問題ない筈だ)

 隣の座席には高級チョコレートを納めた白い箱が置かれている。人気店の入手困難な一品だが、ネルフ司令の立場をフル活用して、どうにか手にする事が出来た。

(しかしチョコレートか……。私もユイもあまり好まなかったが)

 ゲンドウは甘い物が苦手で、ユイは洋菓子よりも和菓子を好んでいた。だからシイの大好物がチョコだと聞いた時、少しだけゲンドウの胸にチクリと棘が刺さる。

(碇の家では、大切に育てられたのだな)

 きっと碇家で沢山与えられたのだろうと、ゲンドウは何とも言えぬ感傷に浸るのだった。

 

 

 マンションに到着したゲンドウは、ミサトの家の前で足を止めた。表札を何度も確認してから、大きく深呼吸を繰り返す。この先にシイが待っていると思うだけで、ゲンドウの胸は鼓動を早める。

「す~は~す~は~……良し」

 意を決してインターフォンを押し、シイの返事を聞いてからドアを開ける。

「いらっしゃい、お父さん」

「……あ、ああ」

 エプロン姿のシイに出迎えられ、ゲンドウは思わずどもる。かつてユイと暮らしていた日々の記憶が、シイの姿を見て一気に蘇ってきた。

「来てくれてありがとう。さあ、上がって」

「……ああ」

 上手く言葉を紡げないゲンドウは、シイに促されるまま家の中へと入っていった。

(ほう、綺麗にしているな)

 シイが居ない葛城家は人の住む場所では無いと、リツコから報告を受けていた。だから今目にしているぴかぴかの部屋を見て、ゲンドウはシイの家事スキルに本気で感心する。

 やがて二人は美味しそうな食事が並ぶ、ダイニングへとたどり着く。ゲンドウは上着をハンガーに掛けると、シイと向き合う形で椅子に座る。

「私は和食しか作れないけど、お父さんは和食好き?」

「ああ。そう言えばユイも和食が得意だった」

「そうなの?」

 頷くゲンドウに、シイは嬉しそうに笑顔をつくる。

「……食べても良いか?」

「あ、うん」

「頂きます」

「頂きます」

 親子は手を合わせ、別れてから初めて食卓を同じにした。

 

 まず最初に煮魚を口に運んだゲンドウは、一瞬驚いた表情を見せてシイに尋ねる。

「……シイ。お前はユイに料理を習っていたか?」

「え? ううん、習ってないけど」

「そうか……」

 箸を止めてしまったゲンドウを見て、シイの表情が曇る。

「美味しく無かった?」

「いや……ユイと同じ味付けだ。懐かしい……味だ」

 直接料理を教わらなくても、幼い頃食べた母親の味は娘に受け継がれる。ゲンドウはそれを自らの舌で確信し、サングラスで隠した目を潤ませるのだった。

 

 親子の食事に会話はほとんど無い。だが自分の料理を食べる父親の姿に、シイの胸は暖かい気持ちで一杯になっていた。油断すれば溢れそうな涙を必死に堪える。

 まだ彼女は目的を果たしていない。父親を食事に誘ったもう一つの目的を。

 

「……ねえ、お父さん。一つ聞いても良い?」

「ああ」

「お父さんはあの時、私が邪魔だから捨てたの?」

 絞り出すようなシイの声に、再びゲンドウの箸がぴたりと止まった。ゆっくり視線を上げれば、泣き出しそうなシイが自分を真っ直ぐ見つめている。

「どんな答えでも良い。ちゃんと受け止めるから……本当の事を教えて」

 ユイの墓参りでゲンドウは、シイの事を嫌いでは無いと告げた。ならどうして自分を捨てたのか。シイは真実を教えて欲しかった。

「……言い訳になる。お前の元を去ったのは事実だ」

「それでも良いから聞かせて」

 覚悟を決めた顔をするシイに、ゲンドウは小さな声で語り始めた。

 

 元々ゲンドウとユイの結婚は、碇家に祝福されていなかった。彼らからすれば、大事な娘を素性の知れぬ男に奪われた様なものだから、仕方の無い事だとゲンドウも理解していた。

 碇家とは半ば絶縁状態だったが、シイの誕生もあってゲンドウとユイは幸せな家庭を築いていた。しかしその後、実験中の事故でユイは帰らぬ人となる。

 今でこそそれがユイの意思であったと分かったが、当時は本当に事故死だと思われていた。一人娘を失った碇家は、当然ゲンドウに怒りをぶつける。

 彼らは友好関係にあったゼーレを介して、ゲンドウに地位を与える代わりにシイを手放させた。ネルフ司令の立場が無ければユイとの再会は果たせない。断腸の思いでゲンドウはシイと別れたのだ。

 

『おと~さん! おと~さん!』

『ぐっ! ……シイ、すまん』

『いやだよ、いっちゃやだよ! おと~さん!!』

(ぬぅぅぅぅ)

『うわぁぁぁん』

(シイィィィィィィィ)

 ゲンドウは血涙を絞りながら、泣き顔を見せないように振り返る事無く、シイの元から去っていた。

 

 

「地位とお前を天秤に掛け、私は地位を選んだ。お前を捨てた事に言い訳をするつもりはない」

「……私が嫌いだから、邪魔だから捨てたんじゃ無かったんだね」

「お前は私とユイの宝だ。それは今までも、これからも変わらん」

 ゲンドウはサングラスを外してシイに微笑みかける。そこには嘘や偽りは無く、ただ娘を愛する父親の顔があるだけだった。

 シイは無言でゲンドウの胸に飛び込み、ひたすら泣きじゃくる。それを優しく抱きしめるゲンドウには、間違い無く父性が溢れていた。

 

 

 ミサトの家の隣。空き家の筈のそこには、何故かリツコを始めとする面々が集まり、シイとゲンドウの様子を監視カメラの映像をモニターで見つめていた。

「ぐすっ……良かったわねシイさん」

「いかんな……歳をとると涙腺が緩くて……」

「素晴らしい。やはり親子愛は……素晴らしい」

 抱き合う親子の姿にリツコと冬月、時田は涙を惜しげも無く流す。特に冬月はこの中で一番碇家と親交があり、ゲンドウとシイの両者の気持ちを知っていた分、感慨もひとしおだ。

「おめでとう。シイちゃん」

「この親子なら、きっとこれからも大丈夫さ」

 自分の経験から、父親との和解を心の底から祝福するミサトの肩を、加持は優しく抱きしめる。

「ま、良かったんじゃ無いの……ぐすん」

「あかん。わしはこういうのに弱いんじゃ……ずずず」

「……これは涙? 泣いているのは……私?」

 アスカ、トウジ、レイも、今までのシイの想いを知っているだけに、この光景に感動せずに居られなかった。

 元々ゲンドウの暴走を警戒しての監視だったが、思いがけない親子の和解シーンにすっかりそれを忘れ去って、ただシイの幸せを我が事の様に喜んでいた。

 

「どうやら、これ以上の監視は必要なさそうだな」

「ですね。気づかれないうちに撤収しましょうか」

 モニターの向こうでは食事が終わり、シイが片付けを始めていた。もう大丈夫だろうと一同は暖かな想いを抱いたまま、撤収作業に取りかかる。

 そんな時、片付ける寸前のスピーカーから聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。

『シイ……その、何だ。一緒に風呂に入らないか?』

『え?』

「「なっっ!?」」

 洗い物をするシイに向けて頬を染めながら提案するゲンドウに、リツコ達の表情が固まった。折角暖まった心が、一気に冷えていくのが分かる。

『昔は一緒に良く入ったものだ。少し懐かしくなってな』

 

「なな、何言い出すの!?」

「けしからん!」

「これは見過ごせませんよ」

「……はぁ」

「こりゃファンクラブが黙っちゃいませんな。シナリオの内ですか、碇司令?」

「不潔よ、不潔」

「風呂に入るんやから、清潔やろ」

「……司令、殲滅」

 いきり立つ監視者達は暗闇の中、モニターを食い入るように見入る。

 

『私とユイ、お前の三人で……楽しかったな』

『お父さん……』

『まあ、お前も大きくなったから、もう父親と入りたく無いかもしれんな』

『……ううん。良いよ、一緒に入ろう』

 シイの答えを聞いてゲンドウは口元にニヤリと笑みを浮かべる。計画通りと言わんばかりのその嫌らしい笑みを見て、リツコ達は無言で頷き合うと部屋を飛び出した。

 

 その後、突然葛城家に乱入したリツコ達により、親子の時間は強制終了を告げる。リツコと冬月によって連れ出されたゲンドウがどうなったのか……シイに知らされる事は無かった。

 




ゲンドウとシイの関係は、ひとまずこれで片が付いたと思います。
愛していたのにシイを捨てたのは、そうせざるを得ない事情があったと言う事で。

さあ、いよいよラスト3話となりました。
次の話で登場する彼は何とも小話のネタが豊富で……。そう言った意味でも、是非とも未来を掴んで欲しいですね。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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