二手に分かれたエヴァは不意の攻撃を警戒しながら、使徒の両側から回り込み少しずつ距離を詰めていく。
「……目標地点に着いたわ」
「こっちもです」
『使徒は未だ動き無し、か。……アスカ、シイちゃん。タイミングを合わせて射撃して』
ミサトの指示で弐号機はパレットライフルを、初号機はマステマをそれぞれ使徒に向けて構える。反撃に備えて身体を盾に隠しながら、二機のエヴァは照準を使徒に合わせた。
「行くわよシイ。三、二、一」
「いけぇ!」
パレットライフルとマステマのガトリングが一斉に火を噴いた。四機のエヴァによってATフィールドを中和された使徒は、全くの無防備で無数の弾丸をその身に受ける。
細いリング状の身体に着弾を示す爆煙が立ち上る。だが使徒は何事も無かったかの様に回転を続けていた。
「効いてないって~の!?」
「ATフィールドは中和してるのに」
「……あの使徒と同じ」
「強度がアホみたいに高いっちゅうことか」
チルドレン達に焦りの色が浮かぶ。射撃が有効打になった事は無いが、それでもここまで無反応を貫かれると、流石に動揺を隠せない。
「接近戦で行きたいけど、どうも嫌な予感がするのよね」
「近づかないで、もっと強い攻撃…………あっ!?」
使徒の特殊攻撃を警戒して接近戦を躊躇うアスカ。その呟きを聞いていたシイは、不意にある事を思い出す。かつて分裂する使徒を焼き払った、マステマ最強の威力を誇る武器、N2ミサイルの存在を。
「リツコさん! この盾なら耐えられますよね?」
『爆発を直接浴びなければいける筈よ』
「了解です。みんな、今から凄いの撃つから盾に隠れてて」
シイは弐号機が零号機の後ろにしゃがむのを確認すると、使徒に照準を合わせてN2ミサイルを発射した。着弾までの僅かな時間を使い、自身もどうにか参号機の盾の影に滑り込む。
それとほぼ同時にN2ミサイルが着弾し、辺り一帯は激しい爆発に包まれた。
※
エヴァ二機分のATフィールドと特別製のシールド。この二つが合わさった結果、灼熱地獄とも言える巨大なクレーターの中でも、シイ達はどうにか耐え抜く事が出来た。
とは言え流石に無傷では済まなかった。盾は大部分が融解してしまい、既にその役割を果たしていない。またそれぞれのエヴァも、表面装甲に軽度の損壊が見られた。
「シイちゃん達は?」
「四機とも健在。パイロットの無事も確認しました。ただ電波障害の為通信は繋がりません」
マヤの報告を聞いて発令所は安堵のため息に包まれる。以前使用したときに比べ、N2ミサイルの威力は格段に向上していたのだ。攻撃したネルフ側が焦る程に。
「あんたね、あの時以上に威力を増やしてどうすんのよ!」
「怒鳴らないで。……一番怖かったの、私なんだから」
その言葉を証明するかのように、リツコの顔には大量の冷や汗が浮かんでいた。一歩間違えればあの悪夢が再び起こる。内心気が気でなかったのだろう。
「はぁ……。てかN2兵器って威力が増すもんなの?」
「時田博士のエネルギー理論を取り入れたんだけど、これは予想以上だわ」
「実測値で以前の五割増しです」
専門分野の時田はまさに水を得た魚の様に、その才を遺憾なく発揮したらしい。事エネルギー分野においては、時田はネルフにおいても並ぶ者の無い程優秀な科学者なのだ。
「もはや思わぬ拾いものでは済まなくなったな」
「……ああ」
山が一つ消えた光景をモニターで見て、ゲンドウは呆れとも感嘆ともつかぬ呟きを漏らすのだった。
※
「ぷはぁ~。あんた達、無事でしょうね?」
「……問題ないわ」
「私も大丈夫」
「こっちもや」
アスカの呼び声に三人が通信で無事を告げる。エヴァに若干の損傷はあるものの、モニター越しのシイ達には大きな負傷が無いと確認し、アスカはほっと胸をなで下ろす。
「ったく、どこの馬鹿がこんな武器作ったのよ」
「……赤木博士の自信作」
「通りで欠陥品な訳ね。威力が強すぎて撃った方までやられてちゃ、話にならないわ」
本来マステマは全領域に対応した兵器として設計された。N2ミサイルは広範囲攻撃。今回の様に目標と近い距離で使用する事は想定していないのだが、それが当事者に伝わるかは別問題。
絶大な威力を誇るN2ミサイルも、アスカには欠陥兵器としか認識されなかった。
「ま、使徒は消滅したみたいだし、これで作戦終了ね」
「ほな、とっとと戻るとするか」
使徒の姿が見えなくなった事を確認して、アスカ達が本部へと戻ろうとしたその時、クレーターの中心から光る何かが飛び出す。
それは身体の大部分を失い、短い紐の様な姿になった使徒だった。
「……まだ!?」
「え?」
唯一それに気づいたレイの声に、気を抜いていたシイは一瞬反応が遅れてしまう。その結果自分に向かって真っ直ぐ飛びかかってきた使徒に、抵抗する事が出来なかった。
「シイ! 避けなさい!!」
「碇さん!」
「あ……」
もう戦いは終わったと言う油断はあった。事故や凍結で出撃の機会が無く、実践の感覚が鈍っていたのもあったのだろう。以前ならば無様でもどうにか避けられるレベルの攻撃なのだが、今のシイには棒立ちのまま使徒の突進を見つめる事しか出来なかった。
目前に迫った使徒に戸惑い、思わず目を閉じるシイ。だが予想していた衝撃は訪れない。不思議に思ったシイが恐る恐る目を開いてみると、
「す、鈴原君!?」
参号機が初号機の前に右手を差し出し、使徒の突進からシイを守ってくれていたのだ。漆黒の上腕部には短い紐状の使徒が突き刺さり、零れ出る体液が大地を濡らす。
「ぼさっとすんなや。家に帰るまでが遠足やで」
軽口を叩くトウジだが、その表情は苦しそうに歪んでいる。参号機の右腕に突き刺さった使徒が浸食を始めたからだ。神経への異物の侵入は激痛と不快感を伴う。
脂汗が額に浮かぶが、それでもトウジは泣き言を一切吐かなかった。
「鈴原君! 手が、手が!」
「ええんや。わしの右手が人を傷つけるだけやなくて、誰かを守る事が出来たんやから」
「はん、馬鹿にしちゃ上出来よ」
「……葛城三佐」
レイの言葉に頷くと、ミサトは現状を把握して即座に指示を下す。
『参号機の全神経接続を解除して。終わり次第右腕をパージ。急いで』
『はい!』
テスト中とは異なり、実戦中のエヴァとパイロットの神経接続を解除するには時間がかかる。その為トウジを救出した時のシイは、使徒の侵食に神経接続カットが間に合わず、接続の解除を待たずに左腕を切断した。
だが今回のケースは使徒がダメージを受けた為か侵食速度が鈍く、神経接続を解除した参号機の右腕は使徒を捕らえたまま、肘から先をパージ出来たのだった。
使徒は切断された右腕の中で、逃げる事も抵抗する事も出来ずに、エヴァによって殲滅された。
回収されてケージに格納された初号機から降りると、シイは大急ぎでトウジの元へと向かう。身体はくたくただったが、ふらつく足に鞭打って全力疾走する。
「はぁ、はぁ」
体力の無い自分が情けなくなったが、どうにか参号機のケージへとたどり着く。そこには医療スタッフに囲まれるトウジと、先に駆けつけていたアスカとレイの姿があった。
「はぁ、はぁ、鈴原君……」
「おっ、何やシイ。そない息を切らして」
「あんたね。いい加減ちっとは基礎体力着けなさいよ」
「……体力馬鹿」
「な、何ですってぇぇ」
予想に反した和やかな空気にシイは困惑を隠せない。それを察したのか、アスカはレイとのじゃれ合いを止めて、あきれ顔でシイに状況を告げる。
「この馬鹿の心配なら必要無いわよ。だってこいつ、怪我一つしてないもの」
「え?」
「……神経接続は解除されてたから」
「あんたの時みたいな事は無いって事よ」
「ま、そう言うこっちゃ」
当の本人が苦笑する姿を見て、シイは張り詰めていたものが切れたように、その場にへたり込んでしまった。目の前で参号機の手が切断される光景に、自分の事を重ね合わせていたのだ。
安堵からかシイの目に涙が浮かぶ。
「良かった……本当に……良かった」
「あ~も~、いちいち泣くんじゃ無いわよ」
「だって……」
「なあ、シイ。ちょいとマジな話するで」
レイに肩を抱かれるシイに、トウジは真剣な顔で話しかける。
「今回わしはまあ、一応お前を守った訳や。で、お前はどう思った?」
「どうって……凄い心配で……私の為に鈴原君が怪我するのは嫌だって思った」
「それや。自分を守ってくれた奴が傷つくっちゅうのは、守られた側にしたらホンマ辛い事やで」
アスカもレイも余計な口を挟まずに、トウジに話を続けさせる。彼が何をシイに言わんとしているのか、それを察したからだ。
「だからな、シイ。お前が守りたいって思っとるみんなに、お前自身も入れたれ」
「私も?」
「そや。今のお前みたいに、シイが傷ついて悲しむ奴がおるって事は、忘れたらあかんで」
「……うん」
トウジの真剣な言葉にシイは小さく頷く。みんなを守る為に自分を犠牲にしていた少女が、ようやく自分を大切にする事を認めた。それはアスカとレイにとって、いや、ネルフ全職員にとって大変喜ばしい事だった。
「馬鹿もたまには役に立つのね。ちょっとは見直してあげるわ」
「……グッジョブ」
アスカには貶されてばかりだったトウジは、珍しく褒められて居心地悪そうに頬を指で掻く。
「何や惣流と綾波に褒められると、こう背中がむず痒くなるのう」
「そうね~、特別にあんたを馬鹿からジャージにランクアップさせてあげる。光栄に思いなさい」
「お前な……そこは名前で呼んでやるっちゅうとこやろ」
「……ジャージ馬鹿」
「あ、それ良いわね」
「勘弁したってや」
戦いが終わった開放感と全員無事だった安堵感から、アスカ達は上機嫌で軽口をたたき合う。
(こんな楽しい時を……守りたい。その為には、私自身も守らなきゃ駄目なんだ)
じゃれ合うアスカ達を楽しそうに見つめながら、シイは静かに決意を固めるのだった。
※
使徒が殲滅されてから数刻後、暗い部屋に一人の少年が訪れた。見事な銀髪とレイと同じ赤い瞳が印象的な少年は、何処か神秘的な印象を見る者に与える。
「来たか」
「……ええ」
部屋で少年を迎えたのはゼーレの01、キール・ローレンツだった。穏やかな微笑みを浮かべる少年に、キールは重苦しく口を開く。
「先程、十六番目の使徒が滅びた」
「その様だね」
「お前をフィフスチルドレンとして、ネルフに派遣する。後は好きなようにやるが良い」
「それはどうも」
少年は形ばかりの礼を告げる。元より目の前の老人に言われるまでも無く、彼は自分の目的を果たすつもりだった。それが彼の存在理由なのだから。
「話は終わりかい? なら僕はもう行くよ」
「ああ。もう会う事もあるまい」
「ふふふ、そうだね。ではさようなら」
「さらばだ……アダムの最後の子よ」
キールの言葉は、少年に届く事無く闇の中へと消えていった。
自己犠牲精神は立派ですが、残された者の悲しみを考えると少し考え物です。シイは少なからずそう言った面がありましたが、今回自分が初めて残される者の立場になった事で、意識の改革がありました。第四使徒からのジレンマ、少しは解消されたでしょうか。
そして、色々な方面で人気の彼が姿を見せました。自由意思の塊ですので、行動の予測がつきません。原作通りか……はたまた別の結末を迎えるのか。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。