エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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23話 その2《四つの力》

 

 ネルフ本部発令所ではこの日、MAGIの大規模なシステムアップが実施されていた。急遽予定に組み込まれたイレギュラーな業務だったが、リツコの指揮によって技術局のスタッフ達が総出で作業に挑む。

「順調ね」

「はい。作業は後一時間で終了の予定です」

「そう……」

 マヤの報告にリツコは小さくため息を漏らす。今回のシステムアップは、MAGIへ外部から侵入する事を防ぐ防壁、ファイアーウォールの強化が目的だった。

 元々MAGIのファイアーウォールは極めて強固で、並のコンピューターでは侵入すら不可能だったが、リツコは更なる強化をゲンドウに進言していた。

(ゼーレが他の支部を掌握したら、最悪全てのMAGIコピーと戦う事になるものね)

 ネルフの支部にはそれぞれ本部のMAGIを元にした、俗にMAGIタイプと呼ばれるコンピューターが導入されている。それぞれの性能はオリジナルに劣るが、束になって攻めて来られたら少々厄介な事になるだろう。

(皮肉なものね。人類を守る為の発明に対しての備えがいるなんて)

 リツコが自嘲気味に笑う間にも、人間を相手にする為のシステムアップは進んでいった。

 

「バルタザール、作業終了。システム障害ありません」

「メルキオールも同じく」

「……カスパーも完了。全システム問題無し。MAGIのシステムアップは終了しました」

「了解。みんなお疲れ様。順番に休憩に入って頂戴」

 リツコがオペレーター席から声を掛けると、緊張から解き放たれたスタッフ達は一斉にのびをしたり、大きく息を吐いてリラックスモードに入る。

 ネルフの中枢であるMAGIに手を加えるのは、想像以上のプレッシャーが掛かるのだった。

「日向君と青葉君もありがとうね。お陰で大分早く済んだわ」

「いえ。これくらい何でもありませんよ」

「それに使徒がまたMAGIに侵入する可能性もありますし。備えあれば憂い無しっすよ」

「そうね……」

 ゼーレの事は最重要機密。リツコは右腕のマヤにすら真実を告げていなかった。今回のシステムアップも、表向きは使徒への対策となっている。

(全てを話すのは、最後の使徒を殲滅してからになるわね)

 以前は感じなかった人をだます事への罪悪感に、リツコは人知れず胸を痛めていた。

「あの、先輩。大分お疲れみたいですし、少し休憩した方が」

「ありがとうマヤ。そうね……ちょっと休ませて貰おうかしら」

 心配そうな目を向けるマヤにリツコは優しく微笑んで頷き、発令所から出て行こうとする。だが突然鳴り響く警報がその足を止めさせた。

「何事? MAGIのシステムエラー?」

「いえ、これは……正体不明の物体が接近中」

 日向の報告にリツコの顔が一気に引き締まる。

「波長パターン照合。使徒とは断定できません」

「直ちに司令と副司令、葛城三佐に連絡を。第一種戦闘配置を申請。民間人の避難を急がせて」

 現時点では使徒と判断できない。それでも指示を出すリツコに迷いは無かった。常に最悪の事態を想定して、無駄足になろうとも準備を整える。これまでの経験から彼女が学んだ事だ。

「了解」

「シイさん達にも非常招集を掛けて。エヴァの発進準備も同時に進めなさい」

「はい」

 度重なる使徒との戦闘によって、シイ達だけでなくスタッフ達も成長していた。各方面への連絡、民間人への避難指示、チルドレンの本部招集、全てがスムーズに進行していくのだった。

 

 

 暗闇の空間に浮かぶモノリス。彼らに囲まれるように配置された席には、ゲンドウが机に肘をつく、いつもの姿勢で座っていた。

「計画は大詰めだ。残る使徒は後二体」

「手札も全て我らの元にある」

「左様。ロンギヌスの槍、リリス、そしてエヴァ。もはや計画の成就は時間の問題だよ」

 現在の状況を確認し合うようにモノリス達は口を開く。

「碇よ。これまで良くやってくれた」

「……使徒はまだ残っています」

 褒めるゼーレに対しても、ゲンドウは普段通りに対応する。ネルフの総司令として使徒と戦ってきた彼にとって、油断など考えられなかった。

「謙遜するな。エヴァ四機を有する君なら、苦も無く殲滅出来るだろう」

「初号機は凍結中ですが」

「それについては君に一任する。必要と思えば解除すれば良い」

 シナリオ通りに物事が進んでいるせいか、ゼーレの言葉にはいつもの刺々しさが感じられなかった。もし先の戦闘でロンギヌスの槍を使用していれば、間違い無く集中砲火を浴びたのだろうが。

 あまりに現金なゼーレの態度に、ゲンドウは内心で苦笑する。

「約束の時は近い。人類の悲願が叶う時は間もなくだ」

「……失礼。冬月、会議中だぞ。…………分かった、直ぐに向かう」

 机に備え付けられていた電話に出たゲンドウは、冬月の話を聞いてすぐさま表情を引き締める。

「第三新東京市に、使徒と思われる物体が接近しています。これにて失礼します」

「朗報を期待している」

 気持ち悪いほど友好的なゼーレに見送られ、ゲンドウは暗闇の中へと消えていった。

 

「豚もおだてれば木に登るか」

「左様。最後の使徒を殲滅するまで、彼には精々働いて貰うとしよう」

 ゲンドウが姿を消した後、ゼーレは皮肉交じりに言葉を交わす。

「死海文書に記された使徒は後二体だ。だが」

「アレは既に我らが手の内にある」

「碇が此度の使徒を殲滅すれば、自ずと目覚めるだろう」

「アダムの魂を受け継ぎし最後の使徒。切り札は全て我らが握っている」

「もはや碇が何を考えていようが、どうする事も出来まい」

「「全てはゼーレのシナリオ通りに」」

 モノリス姿のゼーレは自分達の計画成就を確信し、声を揃えていつもの言葉で会議を締めるのだった。

 

 

「ごめん。遅れたわ」

 戦闘配置発令から数分後、発令所にミサトが駆け込んでくる。作戦部長の彼女が非常事態に遅れるのは問題なのだが、ゲンドウと冬月は咎める事をしなかった。彼女がゼーレに対抗するため、極秘の仕事をしている事を知っていたからだ。

「で、状況は?」

「目標は強羅絶対防衛戦を突破後、大涌谷上空にて滞空。定点回転を続けています」

 これまでとは違い、積極的に本部へ侵攻しない使徒の目的が読めず、ミサトは眉をひそめる。

「パターンは青からオレンジへ。周期的に変化しています」

「固定砲台の攻撃により、ATフィールドの展開は確認できました」

「……こりゃまた、妙なのが出てきたわね」

 メインモニターに映し出された使徒を見て、ミサトは思わず苦笑する。二重螺旋構造の光るリング状の使徒。それがグルグルと回転を続けている姿は、何ともシュールな光景だった。

「光る鳥の次は光る輪、か。流行なのかしらね?」

「さあ? ただ先の使徒みたいに一筋縄じゃ行かなそうだけど」

「……精神攻撃の可能性もあるか。迂闊にエヴァを出撃させるのは危険ね」

 空中を回転する使徒からは攻撃手段の予測がつかない。コアの位置も特定できてない今、エヴァを使徒の付近に出撃させるのは躊躇われた。

 

「どうするのミサト?」

「そ~ね~。一応聞いておくけど、MAGIの判断は?」

「……回答不能を提示しています」

((MAGI……))

 ミサトにすら馬鹿にされてしまったMAGIに、発令所スタッフは内心同情した。ただ結局回答不能だったので、言い訳のしようも無いのだが。

「葛城三佐。委員会からエヴァンゲリオンの出動要請が出ています」

(早く倒せってか。欲望丸出しね)

 ゼーレの隠れ蓑である人類補完委員会の催促に、ミサトは小さく舌打ちする。

「零号機と弐号機、それと参号機を使徒から離れた場所に射出。遠距離武器を装備させて様子を見るわ」

「待て」

 ミサトの指示に、ゲンドウが司令席から待ったをかけた。滅多に作戦への口出しをしないゲンドウだけに、ミサトだけでなくオペレーター達も驚き振り返る。

「初号機も発進させろ。委員会から凍結解除の許可は出ている」

「は、はい。ではエヴァ全機を地上に射出させて」

「了解」

 エヴァ四機による初の同時作戦。それが今、実現しようとしていた。

 

 

 地上に射出されたシイ達は、予測安全距離から使徒の様子を伺う。

「動きは無いわね」

「うん。グルグル回ってるだけで、移動もしないみたい」

「……誘ってるのかも」

「何とも言えへんな。ま、下手に近づきたく無いのは確かやけど」

 エヴァが地上に姿を現しても、使徒は変わらず定点回転を続けていた。その行為自体に何か意味があるのか、それとも攻撃してくるのを待っているのか、シイ達に迷いが生まれる。

『四人とも、使徒の動きに変化は無いわ。ここはリスクを承知で、あえて打って出るわよ』

「気楽に言ってくれんじゃない」

 軽く文句を口にするが、アスカ自身もそれしか無いと考えていた。膠着状態を打破するためには、どちらかが何かのアクションを起こさなければならないのだから。

『ただ相手の攻撃手段の予測が立たない以上、守りは万全にするわ』

「守り?」

『覚えてるかしらシイちゃん。前にレイと二人で使徒を殲滅した時の事』

「勿論です」

 第五使徒との死闘は今もシイの心に刻み込まれている。死への恐怖もそうだが、何より自分を身を挺して守ってくれたレイの姿は、彼女の脳裏に焼き付いて離れない。

『その時使った盾の改良型が二つあるわ。そこでエヴァを二手に分ける事にします』

「ツーマンセルって訳ね」

『ええ。盾を持って防御を担当するエヴァと、攻撃担当のエヴァで使徒の両サイドから仕掛けるの』

 僅かな時間とは言え、あの加粒子砲を防いだ盾なら防御力はお墨付き。それで守りを固めつつ攻撃すれば、リスクは最小限で済むだろう。

 自分達の身を気遣いながら使徒の殲滅を目指すミサトの作戦に、反論が出るはずも無かった。

 

 

 その後チーム分けが行われ、アスカとレイ、シイとトウジがそれぞれペアとなった。

 アスカとレイはシイとペアを組みたがったのだが、どちらも一歩も譲らず作戦に支障が出ると判断され、結局シイはトウジと組む事になった。

 因みに攻撃役はアスカとシイ、盾で防御するのはレイとトウジだ。アスカは言わずもがな、シイも専用装備の新型マステマが完成した事もあり攻撃役に抜擢された。

「決まった事に文句を言うのは、出来ない人間のすることよ。あんた達、分かってんでしょうね?」

「……アスカが一番気にしてる」

「うっさいわね。良いからとっととあの使徒を殲滅するわよ」

「うん。よろしくね、鈴原君」

「任せとき。今度はわしがお前を守ったる」

 かつて少女を殴った手で、今は少女を守る盾を持つ。トウジは力強くレバーを握りしめると、強い決意を胸に使徒へと挑むのだった。

 




ネルフがこそこそとゼーレ対策に勤しむ間に、アルミサエル襲来です。原作では二人目の彼女を死に追いやった、意外と強い使徒ランキング上位の彼。
ただサシで戦った原作と違って、四対一ですので……さてどうなるか。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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