エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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23話 その1《トウジの気持ち》

 ネルフ本部司令室にはゲンドウ達と打ち合わせ中の、ミサトとリツコの姿があった。ゲンドウの協力を得て以来、彼女達は対ゼーレに向けた準備を秘密裏に進めていた。

「ではやはり、エヴァの量産は進められているのだな?」

「はい。世界各国で製造が行われているのを確認しました」

「予想通りですわね」

「……ああ。儀式に必要な数を揃えるつもりなのだろう」

 ゼーレのシナリオは死海文書に従ったもの。ゲンドウには全てを開示されていないが、贖罪の儀式にエヴァが多数必要だと言う情報は得ていた。

「加持君……いえ、加持監査官からの情報では、それら全てにS2機関を搭載していると」

「抜け目ない奴らだ。どうせ四号機事故のデータを極秘裏に回収して、実験を進めていたのだろう」

 ミサトの報告に冬月は忌々しげに表情を歪める。支部消滅の調査は米国政府によって妨害されていた。それもS2機関のデータを独占するために、ゼーレが手回しをしていたのだろう。

「現状ではかなり不利ですわね」

「……ああ。しかし僅かだが、我々には時間が与えられた」

「既に加持監査官と時田博士はそれぞれ動いている。エヴァも全機健在だ」

「白旗をあげるのはまだ早い、ですね」

 彼我の戦力差はいかんともし難い。それでもミサト達に諦めの気持ちは無い。使徒の殲滅とゼーレの計画を阻止と言う明確な目的が、彼女達の気力と活力を充実させていた。

 簡単な打ち合わせを終えると、それぞれが自分の役割を果たすために動き出すのだった。

 

 

 第三新東京市の繁華街は使徒による損害を免れた事もあり、今も変わらず人で賑わっていた。休日の昼間で特に人通りが多い道を、シイ達チルドレンは歩いている。

「すまんの。どうもわし一人じゃ入る勇気が無いんや」

「ううん、気にしないで」

 微笑みながら手を振るシイにアスカは肩をすくめた。

「お人好しよね、あんたは。人のために買い物に付き合うなんて、信じらんないわ」

「……なら帰れば?」

「うっさいわね。センスの欠片も無いあんた達だけじゃ、ろくなもん選べないじゃない」

 レイの突っ込みにアスカは腕を組んで言い放つ。あんまりな言いようだが、この中で一番おしゃれや流行に敏感なアスカに、シイ達は言い返せなかった。

「まあ、お前らに頼んだんもそれが目的やからな」

「そう言えば女の子にプレゼントするって聞いてたけど、妹さんにあげるの?」

「い、いや……それはやな」

 頬をほんのり赤らめて言いよどむトウジに、シイは不思議そうに首を傾げる。

「はぁ~。あんたね、鈍感も程ほどにしときなさいよ」

「……妹への贈り物なら、私達に頼まないわ」

 家族ならば好みも把握しているはず。わざわざシイ達に頭を下げて、プレゼント選びに協力してもらう必要は無いのだ。

「なら誰に贈るの?」

「あんた、本当に気づいてないの?」

「アスカは知ってるの?」

「ウルトラ馬鹿ね。この馬鹿が家族以外でプレゼント贈る相手なんて、一人しか居ないでしょ」

 言われてシイはあごに指を当てて暫し悩み、やがて答えに行き着いた。

「あ、ひょっとしてヒカリちゃんに?」

「ま、まあそう言うこっちゃ」

 トウジは頬を掻きながら、照れたようにそっぽを向いて答える。同い年の女の子にプレゼントを贈ると言うのは、彼にとって相当恥ずかしい行為のようだ。

「でもヒカリちゃんなら、何を貰っても喜ぶと思うな」

「そうか?」

「うん。だって恋人からプレゼントされたら、きっと凄い嬉しい筈だもん」

「なっ、なななな」

 無邪気なシイの言葉に、トウジは勢いよく後ずさりする。遠目に見てもはっきり分かる程、浅黒いトウジの顔は真っ赤に染まっていた。

「何を言うとるんや!」

「え、鈴原君とヒカリちゃんは恋人さんなんだよね?」

 疑問と言うよりは確認の口ぶりでシイはトウジに言う。

「誰がそない事言っとるんや」

「クラスのみんなだよ。相田君もお似合いだって言ってたし」

「……ケンスケ。今度会ったら覚えとき」

 情報の発信源と思われる裏切った友人に、トウジは恨みがましく拳を握るのだった。

 

「ええか。今回ヒカリにプレゼント贈るんは、いつも弁当作って貰うてる礼や」

「そうなの?」

「そや。毎日弁当食わせて貰ってて礼の一つもせなかったら、わしの気が済まんからな」

「ん~そうなんだ……」

「ほら、話は終わりや。ちゃきちゃき行くで」

 不満げなシイに背を向けて、トウジは三人の先へと歩いて行ってしまった。

「ヒカリちゃんは鈴原君と居ると、嬉しそうなのに……」

「あの馬鹿の照れ隠しよ。どう考えてもヒカリの事好きに決まってんじゃん」

「……鈴原君、洞木さんを名前で呼んでたわ」

「あっ!?」

 レイに言われてシイはようやく気づく。委員長ではなくヒカリ。それは二人の関係が今までとは違う形に変わった事の、何よりの証であった。

「あの馬鹿の面倒見るのはしゃくだけど、他ならぬヒカリの為なら一肌脱いであげますか」

「……そうね」

「うん」

 三人は小さく頷き合ってトウジの後を追った。

 

 

 四人がやってきたのは、シイが良く通っているファンシーショップだった。店内は結構な数の客で賑わっているが、その全てが若い女性。トウジ一人では確実に入店前に挫折しただろう。

「ほんま、シイ達が居ってくれて助かったわ」

「あたし達が居ても、あんたが目立つのは変わらないけどね」

「……ジャージだから」

「それはちょっと思ったかも」

 シイは苦笑しながら先陣を切って店へと入る。それにレイとアスカに続き、トウジも恐る恐る入店する。途端客の視線が集中するがシイ達の存在のお陰で、どうにかトウジは精神的圧力に耐え抜いた。

「で、何を買うかは決めてんの?」

「わしはヒカリの好みを知らんさかい、お前らにアドバイスして欲しいんや」

 ほぼ丸投げのトウジに呆れつつも、アスカはヒカリの嗜好を考える。

「好みね~」

「ん~ヒカリちゃんの部屋には、ぬいぐるみとかはあんまり置いてなかったよ」

「……殺風景なのね」

「あ、あはは、綾波さん程じゃ無いと思うけど」

 ヒカリの部屋は綺麗に整頓されており、数は少ないが小物も飾られていた。間違ってもレイの部屋と同じ殺風景のくくりには出来ない。

「ならアクセサリー類か、使える小物が良いかもね」

「良いかも。でもアクセサリーは少し高いと思うよ」

「……予算は?」

「わしの小遣い全部つぎ込む。えっと……三千円やな」

 トウジは財布の中身を確認して三人に告げる。中学生にしてみれば三千円という額は大金だ。今回のプレゼントにかける、トウジの意気込みが感じられた。

 

 予算も分かったところで、三人はアクセサリーコーナーへと移動する。大人が買うような本格的なものでは無いので値段は控えめだが、それでもトウジの予算ギリギリの品が並んでいた。

「結構するもんやな」

「こんなの子供だましよ。本物は文字通り桁が違うもの」

「お給料の三ヶ月分だね」

「……碇さん、それは違うわ」

 そんなやりとりをしながら、四人はアクセサリーを物色する。レイは興味なさげにしているが、シイとアスカは大切な友人に贈られるプレゼントとあって、真剣に品定めを行う。

「指輪は……駄目ね」

「うん。ヒカリちゃんは料理をするから、邪魔になっちゃうかも」

「ピアスも論外。とするとイヤリングかネックレス、ブローチなんかが妥当かしら」

「そうだね。でもイヤリングは校則違反だから、学校に着けてこられないよ」

「ネックレスかブローチね」

 二人が意見交換しながら物色する後ろで、トウジはレイの隣にそっと近づいた。

 

「すまんの、綾波。興味あらへんのに連れてきてしもうて」

「……別に良い。暇だもの」

「やっぱり変わったのう。前までのお前やったら、絶対に来んかったやろ」

「……そうかもしれない」

 トウジの言葉にレイは素直に頷いた。以前の自分なら、碇シイと出会う前の綾波レイならば、こうして友人の買い物に付き合う事は無かっただろう。

 だが今のレイにとっては、シイ達と共に居る事が当たり前になっている。僅か数ヶ月の間に、彼女の世界は大きな変化を遂げたのだった。

「……鈴原君は、洞木さんに感謝を伝える為にプレゼントを贈るの?」

「そ、そやで」

「……プレゼントを渡せば、感謝の気持ちは伝わるの?」

「分からん。けど、わしは不器用なさかい、こない形でしか『ありがとう』が言えんのじゃ」

「……そう」

 面を向かって言えない感謝の気持ちを、プレゼントに乗せて伝える。そんなトウジの気持ちが、レイにも少し分かる気がした。

(感謝の気持ち……)

 レイの視線の先には、真剣にアクセサリーを選ぶシイの姿があった。

 

 

 その後、数時間に及ぶシイ達の品選びが終わり、小さなブローチがトウジの手に渡された。

「はぁ、はぁ、これがベストだわ」

「う、うん……きっと良いと思うよ」

 疲れ切った二人にトウジは若干引きながら感謝を告げると、レジでプレゼント用に包装してもらう。予算を目一杯使ったため懐は寒かったが、手にした小箱がそれ以上の満足感を与えてくれた。

「サンキューな、シイ、惣流、綾波」

「別にあんたの為じゃ無いわ。変なもん渡されたら、ヒカリが可哀相でしょ」

「……私は何もしてないわ」

「時間かかっちゃってごめんね」

「んな事気にせんでええで」

 周囲の視線は痛かったが、二人が真剣に選んでくれて居たのは分かる。自分のわがままに付き合ってくれた彼女達に、文句など出るはずも無かった。

「ほんま助かったで。この礼は近いうちにするさかい、ちっと待っとってや」

「……ええ」

「友達が困ってたら助けるのは当然だし、お礼なんていらないよ」

「相変わらずの良い子ちゃんね。くれるって言うなら、素直に貰っとけば良いの。それが礼儀ってもんよ」

 いつも通りのやりとりを繰り広げながら、シイ達は店を出て家路についた。

 

 こんな平穏な日々が、これからも続く事を祈りながら。

 




大人達が色々頑張ってます。ここでは登場していませんが、加持と時田もゼーレとの戦いに向けて準備を進めています。

子供達は対照的に平和な日々を送っています。個人的に子供達まで余裕が無くなれば、そこに幸せは無いと思っていますので、シイ達はこのままで居て欲しいです。
と言っても、使徒はそんな空気を読んでませんが……。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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