~ダイエット~
葛城家のリビングでは夕食を終えたシイとミサトが、テレビを見ながらくつろいでいた。ミサトはビールを、シイはチョコを食べながら過ごす心休まる一時だ。
「ぷはぁ~。やっぱ夕食後の一杯は最高ね」
「夕食後のチョコも格別です」
「……ねえシイちゃん。ずっと気になってたんだけど」
「はい?」
「どうしてそんなにチョコが好きなの?」
板チョコを小さく砕いて食べるシイに、ミサトは何気なしに聞いてみた。シイは食べ物の好き嫌いが無く、お菓子も全般に好んでいるが、チョコに関しては妙な執着があるように思えたのだ。
「そうですね……美味しいからと言うのもありますけど、ちょっと思い出がありまして」
「思い出?」
「実は――」
「いやぁぁぁぁぁ」
紡がれようとしていたシイの言葉は、洗面所から響くアスカの絶叫にかき消されてしまった。
「み、ミサトさん。今の」
「ええ。アスカ! 何があったの!」
先の使徒との戦闘で、アスカは精神攻撃を受けてしまった。予後は良好で精神汚染も心配無かったのだが、それも100%とは言い切れない。二人は焦りながら洗面所へと向かう。
そこでシイ達は、バスタオルを巻いたアスカがショックを受けて尻餅をついている姿を目撃した。
「アスカ。一体何があったの!?」
「使徒は居るわけ無いし……まさかゼーレの諜報部が?」
不測の事態を想定して緊張する二人に、アスカは無言のままそっと右手である物を指さす。シイとミサトは視線をそこへと向けて同時に首を傾げた。
「え? 体重計?」
アスカが指さしたのは、体脂肪も計れるごく一般的な体重計だった。何処の家庭にも一台はありそうな、何の変哲も無い体重計。一応ミサトが注意深く調べてみるが、罠が仕掛けられている様子も無い。
「異常は無いみたいだけど……」
「ねえアスカ。体重計に何かあったの?」
「…………てたの」
「え、何が?」
「だから……増えてたのよ! 体重が!」
思い切り絶叫するアスカを、ミサトとシイはぽかんと口を開けて見つめるしか出来なかった。
「えっと、つまり何? 風呂上がりに体重計に乗ったら、増えてたと」
どうにかアスカを落ち着かせてから、二人は事の次第を聞いた。何とも馬鹿らしい理由なのだが、当本人が真剣である以上茶化すわけにもいかない。
「このあたしが……デブになるなんて……」
「どれくらい増えてたの?」
シイの問いかけに、アスカは無言で指を二本立てて見せる。2kg増量していたようだ。
「ご飯食べた後だからじゃない?」
「だからって、2kgは増えすぎよ」
「ん~でもアスカは全然太って見えないけど」
シャツにショートパンツ姿のアスカは、同い年のシイとは比較にならない程スタイルが良い。出るところは出て、引っ込むところは引っ込むスタイルは、クラスメイト達の羨望の的であった。
なのでシイはアスカの気にしすぎでは無いかと思っていた。
「甘いわ。こういうのは一度気が緩めば一気に太るの。最初の行動が重要なのよ」
「何するの?」
「あんた馬鹿ぁ? ダイエットに決まってんじゃん」
シイの問いかけにアスカは、拳をぐっと握りしめて力強く言い放った。
※
翌日、アスカはミサトとシイを引き連れて、ネルフ本部発令所へとやって来た。彼女の目的は勿論、スーパーコンピューターMAGIの助けを借りる事だ。
「て事だから、ちゃっちゃと調べちゃってよ」
「あのね。今は大切な時期なのよ。そんな個人的な目的で、MAGIを使うわけには行かないわ」
現在MAGIはゼーレとの対決に向けてフル稼働している。個人的な目的、それもダイエットというリツコからすれば下らない目的で、余計な仕事を増やす訳にはいかなかった。
「大体何? たかが2kg増えただけでしょ? そんなの日常生活での誤差と言えるわ」
「私もそう言ったんだけどね」
「はん。こちとら花も恥じらう十四歳なの。あんた達みたいに女を捨てて無いのよ」
アスカがタブーを口にした瞬間、ぷつんっと何が糸が切れるような音がした。ミサトとリツコは無言で頷き合うと、アスカの両腕をそれぞれ掴み、発令所の外へと彼女を引っ張っていく。
「ちょ、ちょっと何すんのよ!」
「アスカ……少しお話しましょう。日向君、後よろしく」
「マヤもお願いね。私は少し席を外すから」
名指しされた日向とマヤは上司のかつて無い迫力に押され、ただ首を何度も縦に振るしか無かった。
「アスカの奴、命知らずっすね」
「ああ、あの二人に年齢とかの話題はタブーなのにな」
「葛城三佐はともかく、先輩は本気で気にしてますから……」
発令所から強制的に退場させられたアスカを、オペレーター三人組は神妙な表情で見送った。この後アスカがどうなるのか、想像するに恐ろしい。
「ん~やっぱり女の人って、年齢とか体重とか気にするんですか?」
「え? まあ、やっぱり多少は気にするかな。シイちゃんは全然気にならないの?」
「私は……どれだけ食べても増えないし……伸びないので」
うつむくシイをマヤは優しく抱きしめた。日向と青葉が心底羨ましそうにそれを見ていたが、マヤはしてやったりと笑顔を浮かべて、暫くの間シイの抱き心地を味わっていた。
「にしても、アスカは全然太ったように見えないけどな」
「そうっすね」
「私も不思議だったんです。それでマヤさんにお願いなんですけど、これを見て貰えますか?」
解放されたシイはマヤに紙の束を手渡す。
「これは……レシピ?」
「はい。一応カロリーなんかは計算してるんですけど、ひょっとしたら私の食事が原因かと思いまして」
ミサトとアスカに料理を任されている身として、シイも栄養には十分気をつけている。だが専門に勉強している訳では無いので、ひょっとして自分の料理に問題があるのでは無いかと疑っていた。
「なるほど。ここにはアスカのパーソナルデータがあるから」
「カロリーの過不足を計算するって訳か」
「お願い出来ますか?」
「任せて。先輩仕込みの技で、ぱぱっとやっちゃうわ」
マヤはウインクをするとシイから受け取ったレシピデータを、高速の端末操作で次々にMAGIへ打ち込み、それをアスカの身体データと訓練による消費カロリー等と照合する。
日向と青葉の手伝いもあって、作業はものの数分で終了した。
「データ照合終了」
「解析結果出ました。主モニターに回します」
「え? それはちょっと……」
シイの制止も間に合わず、発令所のメインモニターにはアスカの個人データが、思い切り表示されてしまった。プライバシーも何もあったものでは無い。この場に本人が居なかったのが唯一の救いだろうか。
突然主モニターに現れたアスカのデータに、発令所のあちこちで感嘆や失笑、羨望の声があがる。
「改めてみると凄いスタイルだよな」
「そうっすよね。中学生とは思えないっす」
「身長体重、全てのデータは正常。例えこれに2kg増加したとしても、何も問題ありません」
「……アスカ、ごめんね」
さらし者になってしまったアスカに、シイは心の中で手を合わせた。
アスカのパーソナルデータで、シイから提供されたレシピのカロリーの過不足を計算してみたが、特に問題は見つけられなかった。
「食事は原因じゃ無さそうですね」
「シイちゃんはアスカと同じご飯食べてるんだろ? 君は増えたのかい?」
「いえ、変わりません」
「なら食事以外に原因があるって考えた方が良いな」
日向の言葉にシイ以外の面々の頷く。同居しているミサトとシイが増えていない以上、アスカ個人に何らかの原因があると考えられる。
「運動不足……無いな」
「訓練だけで、十分過ぎる程動いてますからね」
「間食も、私はアスカと大体一緒に居ますけど、食べてませんし」
「MAGIは回答を保留しています」
((最近MAGI使え無いな~))
ネルフの科学力を持ってしてもアスカ増量の原因が分からず、すっかり手詰まりになってしまった。
「おや、何してるんだい?」
「随分と賑やかですが」
悩むシイ達の元に加持と時田が並んでやってきた。主モニターに映し出されたアスカのデータと、それを前に悩むシイ達を見て二人は不思議そうに尋ねる。
「あ、加持さん、時田さん。実は……」
「アスカが太った?」
「とてもそうは見えませんが」
「でも本人が凄い気にしてて、ダイエットするって言い出したんですけど、原因が分からないんです」
シイの言葉に二人は少し考えてからある考えを伝える。
「それは太ったんじゃなくて、成長したんじゃ無いか?」
「成長?」
「ええ。アスカさんは十四歳。まだ背も伸びるでしょうから。それに伴って当然体重も増えるでしょう」
加持と時田の発言は、シイ達にとって目から鱗が落ちるものだった。考えてみればシイ達チルドレンは、まだ十四歳の子供。成長する事は十分にあり得る話だ。
「えっと……これは解決したのかな?」
「多分。一応アスカに身体検査を受けて貰えば確実かと」
「早速手配しますね」
後日実施された身体検査によって、アスカの体重増加は成長による物だと証明された。上機嫌なアスカとは対照的に、一緒に検査へ参加したシイは終始沈んだ表情だった。
「成長してない……背も……胸も……何も……」
ガックリと肩を落とすシイに、慰めの言葉を掛けられる者は居なかった。
エヴァキャラクターのプロフィールを調べてみたんですが、身長体重などの身体データはどうも見当たりませんで……適当に書かせて頂きました。
もし記されている書籍かサイトがありましたら、教えて貰えると嬉しいです。
パイロットは相当ハードな仕事でしょうし、間違っても太らないと思います。
彼を除けば、使徒もいよいよ後一体。物語も大詰めですね。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。