ネルフ本部内の一室。そこでシイはリツコから、本日の訓練について説明を受けていた。
「エヴァには様々な装備があるの。今日はそれを扱う訓練を受けて貰うわ」
「分かりました。頑張ります」
「いい返事ね。それでは早速訓練に……」
「あの~リツコさん。その前に一つ聞いても良いでしょうか」
小さく手を上げたシイは、恐る恐ると言った感じで切り出す。
「何かしら?」
「その~この服は一体何なんでしょう。着ろと言われたので、取り敢えず着ましたけど……」
少し恥ずかしげに頬を赤く染めながら、シイは自分の身体を包んでいる服を指さす。今彼女は学生服ではなく、青を基調としたダイビングスーツの様な衣装に着替えていた。
シイのそんな疑問に、リツコは不思議そうに首を傾げる。
「プラグスーツの事? ミサトから何も聞いてないのかしら?」
「はい、何も」
「……ミサト、私は貴方に言ったわよね。事前に簡単な説明をしておいてって」
「え、あれ~そうだっけ……」
「はぁ、呆れた。どうせ飲み過ぎて忘れてたんでしょ」
「ちょ、ちょっとだけしか飲んでないもん」
「そうなのシイさん?」
「缶ビール十四本を、ちょっとと言うのかは分かりませんけど……」
二人にジト目で見られ、ミサトは頬に冷や汗を流しながら目線を逸らす。
「はぁ~もう良いわ。私が改めて説明するから」
リツコは頭痛を堪えるように頭に手をやると、シイに向き直る。
「シイさんが着ているのは、プラグスーツと呼ばれているエヴァンゲリオン搭乗用のスーツよ。エヴァとのシンクロの補助は勿論、外部衝撃からパイロットを保護してくれる役割も持っているの。寒さや暑さを調整する、生命維持機能もついてるわ」
「はぁ~凄いんですね」
感心したようにシイは、身に纏ったプラグスーツをまじまじと見つめる。
「前回はイレギュラーだったから学生服での搭乗になってしまったけど、今後は原則としてエヴァに乗るときには、このプラグスーツを着用して貰う事になるわ」
「はい、分かりました」
「着心地はどう? 貴方の身体データに合わせて調整したんだけど」
「動きやすくて丁度良いです」
軽く身体を動かして見せるシイに、リツコは満足げに頷く。何故自分の身体データをリツコが知っているのか、そこに疑問を持たないあたり、彼女の純粋さがうかがい知れる。
「あれぇ~、でも明らかにシイちゃんの身体に合ってない所があるわよ~」
そんなシイの姿に、今まで沈黙を守っていたミサトがニヤニヤと声をかける。
「え?」
「ほら、胸の所。バストカップ必要無かったんじゃない?」
グサッとシイの胸に言葉の刃が突き刺さる。確かにミサトの言うとおり、シイの胸は限り無く平らに近い。プラグスーツの、胸部保護部位が余っているのも事実だ。
そう、ミサトの言うとおりなのだが……。
「………………」
「あ、あれ、シイちゃん。ちょっと、軽い冗談なんだから、そんな落ち込まないで」
「良いんです……気にして……ません……から」
言葉とは裏腹に一目で分かる程落ち込んだ様子で、シイは無理矢理笑顔を作る。そして肩を落としたままに、エヴァに乗るため部屋を後にした。
「あ、あはは、ちょっちまずったわね」
ミサトからすれば訓練前に緊張を和らげようと、軽いジョークを言ったつもりだった。だが、思いの外的確にシイの急所を打ち抜いてしまったらしい。
「(ピ・ポ・パ)あ、副司令、赤木です。特例Gを申請します」
『許可する』
「ミサト、貴方給料更に10%カットよ」
「え~しょんな~」
都合30%カットとなったミサトの給料。ルノーの破損が大きくのしかかる。
「訓練前にパイロットの精神状態を、どん底に落とす作戦部長が何処にいるの?」
「軽いジョークじゃない」
「人を選んで言いなさい。あの子は良くも悪くも純粋なのよ」
「分かってるわよ」
ミサトの顔は、一気に真剣な物へと変わった。
「今はあの子、ネルフとエヴァを正しい物と信じてる。だから真っ直ぐでいられるし、頑張れる」
「そうよ。でももし、不信感や不安を抱いてしまったら……」
「ちょっち不味いかもね」
ミサトとリツコはその事態を憂慮し、表情を厳しくするのだった。
『シイさん、訓練を始めるわよ』
「はい」
スピーカーから聞こえてくるリツコの声に、シイは頷いて答える。
『まず、これを見て』
「……あ」
プラグのモニターが映し出す映像が、一瞬の間に真っ白な壁から第三新東京市へと変わった。
「これは?」
『バーチャル映像よ。その空想世界に、今から敵の姿を投影するからそれを射撃して』
リツコの言葉通り、モニター正面に先日相まみえた使徒が現れた。作り物の映像だと分かっていても、左腕と右目の痛みが蘇ってきて、思わずシイは身体を強張らせる。
(こ、怖い……けど、頑張らなくちゃ!)
『では訓練開始』
ミサトの号令でシイは初号機に持たせられたライフルで、使徒へ射撃を行うのだった。
その様子をミサト達は実験室で見つめている。訓練はあくまで仮想空間で行われている為、実際には白い部屋で初号機が疑似銃を手に、射撃動作を繰り返しているだけ。
だがイメージで操縦を行うエヴァには実戦に近い効果が得られ、コストや安全面の関係もあるので、エヴァの訓練はこうしたシミュレーションが主だった。
「それにしても、シイちゃんがまた乗ってくれて良かったですね」
仮想空間で戦う初号機を見ながら、マヤは嬉しそうに話す。ここにやってきた経緯や、初陣での体験を考えれば、再び搭乗してくれる可能性は低いとも思えたからだ。
「ええ。正直、搭乗拒否される事も考えていたわ」
「あれだけの事があっても、再び戦ってくれる。心が強い子なんですね」
男性オペレーターの言葉に、
(違うわ。無理矢理恐怖を押し込めているのよ、あの子は)
人知れず震えていたシイを思い出し、ミサトは顔をしかめる。
(弱くて臆病なのよ。失うことが怖いんだわ。人からの期待も、人の命も……父親からの興味も)
ある意味、現時点でシイを一番理解しているのはミサトかもしれない。だが彼女は、作戦部長としてシイを戦わせる立場にある。そう言った思いを、外に出すことは出来なかった。
「それで、サードチルドレンの腕前はどう?」
自分の気持ちを抑え込む様に、ミサトはあえて事務的に尋ねた。
「芳しくありません。射撃命中率は七割弱、反応速度もマイナス一秒です」
「ん? シンクロ率は高いのよね?」
「彼女自身の問題ね。元々争い事は嫌いそうだし、銃なんて見たことも無いんじゃなくて?」
「慣れるしかない、か」
それはあの少女を、戦うための存在に鍛えると言うこと。ミサトのジレンマは続く。
「そう言えばシイちゃん、学校にはもう?」
「ま、ね。転入早々は結構な騒ぎだった見たい」
マヤの言葉に、ミサトは苦笑しながら答える。
「まるで珍獣扱いだった、って本人が言ってたわよ」
「無理も無いわね。この街では転入自体が珍しいでしょうし」
((あんな可愛い子が転入してくれば、そりゃ騒ぎになるよな))
実験室のスタッフは同じ事を考えていた。
「今じゃようやく落ち着いたみたい。大分打ち解けて、友達も出来たそうよ」
「良かったですね」
「そうね。同年代の友人は、精神安定の為にも大切だわ」
無駄話をしながらでも、スタッフの誰もが作業の手を止めないのは流石だろう。
こうしている間にも、シイの訓練は進められていた。
「目標をセンターに入れて……スイッチ!」
「目標をセンターに入れて……スイッチ!」
険しい表情で、必死に訓練をこなしていくシイ。恐怖で震える手を誤魔化すように、強くレバーを握り締めて目標に対しての射撃を行う。
歯を食いしばるシイの表情。そこには強い決意が込められいた。
(私が守るんだ。みんなを……守るんだ)
序盤の鬼門である、3話4話がやってきました。コメディタッチで進めている本小説ですが、暫くの間はシリアスモード突入してしまいます。
正直、ここだけは連続投稿して一気に終わらせてしまおうかとも、画策しております。個人的に暗い話は苦手なので……。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。