エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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22話 その2《使徒の進化》

 ネルフ本部発令所に駆けつけたミサト達は、使徒襲来の連絡をくれた日向達から状況の報告を聞く。

「使徒は衛星軌道上に突然現れました」

「……サーチ衛星が使徒の姿を捉えました。主モニターに回します」

 青葉の報告と同時に、巨大スクリーンに使徒の姿が映し出される。全身が白く発光した使徒は、まるで光の鳥の様な形状をしていた。

「動く気配は無し、か」

「判断が難しいわね」

 以前衛星軌道上に現れた使徒は、サーチ衛星を認めると即座に攻撃を加えた。だがこの使徒はそこに存在するだけで何の動きも見せない。

 情報収集も難航しており、ミサトは頭を悩ませる。

「降下の機会を伺ってるのか……あるいはあの場所から、こっちを攻撃できる手段を持ってるのか」

「MAGIは判断を保留しています」

 マヤの報告にミサトは一瞬間を置いて、リツコへと問いかけてみる。

「……ねえリツコ。最近MAGIが仕事してないんじゃない?」

「呆けたのかしらね」

((あんたが言うのか……))

 じーっと発令所中の視線を浴びて、リツコは冷や汗を流す。それでも責任者である以上、役に立たないと言われたままではいられない。

「こほん。使徒が進化しているのかもしれないわ」

「進化?」

「ええ。MAGIがデータを得る以上の速度で、進化をしているのかもしれない」

 これまでの使徒のデータは、MAGIにも蓄積されている。それでも判断できないのであれば、使徒がデータの元となった前の個体よりも進化を、それもMAGIの予想を超える速度で行っていると考えられた。

「とは言え、こりゃ迂闊に動けませんね」

「そ~ね……市民の避難は?」

「完了しています。第三新東京市も戦闘態勢に移行済みです」

「どうするのミサト? エヴァの発信準備は出来ているわよ」

 決断を求められたミサトは、ちらりとゲンドウへ視線を送る。司令席のゲンドウは普段通りの様子で、口を出す事はしなかった。全て任せると言う無言の指令だ。

「使徒が動かないと仮定して、攻撃手段は何かある?」

「あそこに届く可能性があるとすれば、ポジトロン・スナイパーライフルね」

 かつて第五使徒を超長距離から狙い撃った、ポジトロン・スナイパーライフル。現物は戦自研に返却したが、得られたデータから独自に研究開発に成功していた。

 もっとも日本中の電力を集めたあの時とは比較にならない程、攻撃の威力は落ちてしまうが。

「……今は無い物ねだりしてる場合じゃ無いか。使徒は?」

「依然、沈黙を守っています」

「徹底的に待ちの姿勢って訳ね。出来ればこっちも様子見をしたいところだけど」

 使徒出現の報は世界各国の政府と、人類補完委員会にも伝わっている。もしこのまま使徒を放置すれば、被害の有無に関わらずネルフへの圧力が高まるだろう。

「エヴァ全機を地上に射出。指定ポイントに配置の後、狙撃を試みるわ」

「了解」

 遙か高みにそびえる使徒を見つめ、ミサトは迎撃の決意を固めた。

 

 

『三人とも。使徒があの位置に居る以上、こちらからは迂闊に手は出せないわ』

 スナイパーライフルを手に狙撃ポイントへ移動するアスカ達に、ミサトが通信で指示を伝える。肉眼で確認できない目標に、エヴァの中の三人は戸惑いを覚えていた。

「こいつでもあかんのですか?」

『射程距離が足りないわ。例え届いたとしても、ATフィールドを突破できる可能性は極めて低いの』

 トウジの問いかけにミサトはMAGIの計算結果を答える。第五使徒戦以上の超長距離射撃なのに、ライフルの出力はそれを大きく下回る。

 今回の使徒のATフィールドがどれ程強力かは不明だが、貫通は難しいと予想されていた。

「ならどうすんのよ?」

『全員の狙撃準備が整った上で、使徒に動きが無ければ一度攻撃を加えて』

『使徒に何らかのリアクションがあればそれに対応。無ければエヴァを輸送機で空中に移動させて、より目標と近い距離からの攻撃を試してみるわ』

 ミサトとリツコの言葉から、今回の作戦が本当に手探りであるのだと三人は理解した。

「……葛城三佐。碇さんは?」

『初号機は凍結命令中だから、今回は出撃できないわ』

「ふん。またあんな事になったら面倒だし、丁度良いんじゃ無い?」

 皮肉るようなアスカの言葉に、トウジは言い過ぎだとたしなめる。

「惣流。そない言い方あらへんやろ」

「うっさいわね。別にシイが居なくたって、あたし一人で十分なのよ」

 ぶっきらぼうに言い放つと、アスカはそれっきり通信を切ってしまった。あまりに辛辣な物言いに、トウジは思わず言葉を失ってしまう。

「な、何なんやあいつ」

『あの子なりの優しさなのよ。初号機が不安定なのは確かだし、シイちゃんにリスクを背負わせたく無いのね』

「そやけど、もちっと言い方っちゅうもんが……」

「……余裕が無いわ。いつものアスカじゃない」

 一見ワンマンでわがままに見えるアスカだが、リーダーとしての資質は備えていた。時に自分が黒子に徹して、勝利を優先する意志の強さも持っている。それが今のアスカには感じられない。

『どう、マヤ?』

『シンクロ率は先日のテストから15マイナスです』

 実践派のアスカはテストでは好不調の波があるが、実戦では常に一定以上の数値を残していた。彼女がここまで調子を崩して戦いに挑むのは、恐らくこれが初めてだろう。

『……朝のあれが尾を引いてるのかしら』

『何にせよ、今は戦力に余裕があるわけじゃ無いし、切り替えて貰うしか無いわ』

 動かない使徒と調子のおかしいアスカ。重なってしまった悪条件にミサト達は不安を抱きつつも、子供達の戦いを見守る事しか出来なかった。

 

 

(アスカ……どうしちゃったんだろう)

 シイはケージに固定された初号機の中で、一連のやりとりを聞いて不安げに眉をひそめた。今のアスカにはいつもの自信と余裕が感じられず、まるで強い言葉で弱さを隠そうとしているように思えたのだ。

 その原因と思われる朝の会話を思い出し、シイは母親の事を頭に思い浮かべる。

(お母さんの夢。辛い夢。悲しい夢……)

 もしユイが自分を見てくれず、人形を愛する姿を見たらどうか。想像するだけで心が張り裂けそうになるのだから、実際に経験したアスカの心の痛みは計り知れない。

(でもアスカ、思い出して。アスカのお母さんはそこに居るんだよ)

 心を開けばエヴァは応えてくれる。シイは祈るように目を閉じ、三人の無事を願った。

 

 

(馬鹿じゃないの。何動揺してんのよ。もう振り切った事じゃ無い)

 狙撃準備を終えたアスカは、弐号機のプラグ内で自己嫌悪する。確かに嫌な夢だったが初めて見る訳でも無い。表面だけでも取り繕えば、他の面々に余計な心配をさせる事も無かった。

 以前ならそれは容易かっただろう。だが今のアスカはシイ達に心を開いてしまっている。それが彼女に仮面を被る事を許さず、せめてもの抵抗があの虚勢。自分の情けなさにアスカは苛立っていた。

(もうあんな失態は無い。あたしが守る。レイも馬鹿も、ミサト達も……シイだって守ってみせる)

 先の使徒との戦いで早々に戦線離脱した事に、アスカはプライドを傷つけられたと同時に負い目も感じていた。自分がもっとしっかりしてれば、シイのあれも防げたはずだと。

 強い決意は時に気負いへと変わる。冷静さを欠いているアスカに、いつもの余裕は全く無かった。

 

 

「エヴァ全機、狙撃準備完了しました」

「目標は?」

「こちらと一定距離を保ったまま、沈黙しています」

「依然射程距離外です」

 日向と青葉の報告にミサトは小さく舌打ちする。ここまで待ちの姿勢を徹底されてしまうと、先に仕掛ける事を躊躇わずにいられない。こちらからの攻撃を待つ理由があるのでは無いかと、どうしても疑ってしまう。

 それでも攻撃を何時までも先延ばしには出来ない。ミサトは覚悟を決めた。

「……やむを得ないわね。使徒の反撃に警戒しつつ狙撃しましょう」

「MAGIによるデータの収集準備は出来ているわ」

「オッケー。出たとこ勝負は趣味じゃ無いけど、しゃーないか」

 ミサトがアスカ達に狙撃命令を出そうとしたその時、今まで沈黙を守っていた使徒から不意に光が放たれた。衛星軌道から地上に向けて、オーロラのような光の帯が降り注ぐ。

 それは回避出来ない速度で、狙撃体勢の弐号機を包み込んだ。

 

「使徒の攻撃!?」

「い、いえ、熱エネルギー反応はありません」

「解析急いで」

 一気に慌ただしくなった発令所にリツコの指示が飛ぶ。スタンバイしていたMAGIが使徒から放たれた、オーロラのような光の解析を行う。

「解析完了。可視波長のエネルギー破です。ATフィールドに似ていますが、詳細は不明」

「弐号機は?」

「損害無し。物理的ダメージは確認できません」

 日向の報告にミサトは困惑する。使徒の攻撃と思われた光だが、直撃を受けている弐号機に損害が無い。使徒の狙いを掴みかねていると、

『いやぁぁぁ』

 不意にアスカが悲鳴をあげる。攻撃では無いと思い込んでいたミサトは、動揺しながらアスカへ呼びかける。

「アスカ! どうしたの!?」

「これは……パイロットの心理グラフが乱れています」

「精神汚染が始まります」

「使徒の心理攻撃……人の心を知ろうとしてるの?」

 かつて初号機を取り込んだ使徒は居たが、初号機に積極的接触を行わなかった。だが今は弐号機へ精神面からのアプローチを行っている。

「使徒の進化?」

「惚けるのは後よ。このままでは……」

『いやぁぁぁ、あたしの中に入ってこないでぇぇ!!』

 悲痛なアスカの叫び声が、発令所に響き渡るのだった。

 




第15使徒『アラエル』以降から、使徒は変わった気がします。今までの様に直接的ではなく、間接的と言いますか……遠回りな戦い方をするようになったなと。
力押し最強の使徒が敗れた事で、使徒も方針変更したのかもしれません。

果たしてアスカはこの危機を乗り越え、セカンドチルドレンとして、エヴァチームのリーダとして今後も戦えるのか。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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