ネルフ本部発令所に駆けつけたミサト達は、使徒襲来の連絡をくれた日向達から状況の報告を聞く。
「使徒は衛星軌道上に突然現れました」
「……サーチ衛星が使徒の姿を捉えました。主モニターに回します」
青葉の報告と同時に、巨大スクリーンに使徒の姿が映し出される。全身が白く発光した使徒は、まるで光の鳥の様な形状をしていた。
「動く気配は無し、か」
「判断が難しいわね」
以前衛星軌道上に現れた使徒は、サーチ衛星を認めると即座に攻撃を加えた。だがこの使徒はそこに存在するだけで何の動きも見せない。
情報収集も難航しており、ミサトは頭を悩ませる。
「降下の機会を伺ってるのか……あるいはあの場所から、こっちを攻撃できる手段を持ってるのか」
「MAGIは判断を保留しています」
マヤの報告にミサトは一瞬間を置いて、リツコへと問いかけてみる。
「……ねえリツコ。最近MAGIが仕事してないんじゃない?」
「呆けたのかしらね」
((あんたが言うのか……))
じーっと発令所中の視線を浴びて、リツコは冷や汗を流す。それでも責任者である以上、役に立たないと言われたままではいられない。
「こほん。使徒が進化しているのかもしれないわ」
「進化?」
「ええ。MAGIがデータを得る以上の速度で、進化をしているのかもしれない」
これまでの使徒のデータは、MAGIにも蓄積されている。それでも判断できないのであれば、使徒がデータの元となった前の個体よりも進化を、それもMAGIの予想を超える速度で行っていると考えられた。
「とは言え、こりゃ迂闊に動けませんね」
「そ~ね……市民の避難は?」
「完了しています。第三新東京市も戦闘態勢に移行済みです」
「どうするのミサト? エヴァの発信準備は出来ているわよ」
決断を求められたミサトは、ちらりとゲンドウへ視線を送る。司令席のゲンドウは普段通りの様子で、口を出す事はしなかった。全て任せると言う無言の指令だ。
「使徒が動かないと仮定して、攻撃手段は何かある?」
「あそこに届く可能性があるとすれば、ポジトロン・スナイパーライフルね」
かつて第五使徒を超長距離から狙い撃った、ポジトロン・スナイパーライフル。現物は戦自研に返却したが、得られたデータから独自に研究開発に成功していた。
もっとも日本中の電力を集めたあの時とは比較にならない程、攻撃の威力は落ちてしまうが。
「……今は無い物ねだりしてる場合じゃ無いか。使徒は?」
「依然、沈黙を守っています」
「徹底的に待ちの姿勢って訳ね。出来ればこっちも様子見をしたいところだけど」
使徒出現の報は世界各国の政府と、人類補完委員会にも伝わっている。もしこのまま使徒を放置すれば、被害の有無に関わらずネルフへの圧力が高まるだろう。
「エヴァ全機を地上に射出。指定ポイントに配置の後、狙撃を試みるわ」
「了解」
遙か高みにそびえる使徒を見つめ、ミサトは迎撃の決意を固めた。
※
『三人とも。使徒があの位置に居る以上、こちらからは迂闊に手は出せないわ』
スナイパーライフルを手に狙撃ポイントへ移動するアスカ達に、ミサトが通信で指示を伝える。肉眼で確認できない目標に、エヴァの中の三人は戸惑いを覚えていた。
「こいつでもあかんのですか?」
『射程距離が足りないわ。例え届いたとしても、ATフィールドを突破できる可能性は極めて低いの』
トウジの問いかけにミサトはMAGIの計算結果を答える。第五使徒戦以上の超長距離射撃なのに、ライフルの出力はそれを大きく下回る。
今回の使徒のATフィールドがどれ程強力かは不明だが、貫通は難しいと予想されていた。
「ならどうすんのよ?」
『全員の狙撃準備が整った上で、使徒に動きが無ければ一度攻撃を加えて』
『使徒に何らかのリアクションがあればそれに対応。無ければエヴァを輸送機で空中に移動させて、より目標と近い距離からの攻撃を試してみるわ』
ミサトとリツコの言葉から、今回の作戦が本当に手探りであるのだと三人は理解した。
「……葛城三佐。碇さんは?」
『初号機は凍結命令中だから、今回は出撃できないわ』
「ふん。またあんな事になったら面倒だし、丁度良いんじゃ無い?」
皮肉るようなアスカの言葉に、トウジは言い過ぎだとたしなめる。
「惣流。そない言い方あらへんやろ」
「うっさいわね。別にシイが居なくたって、あたし一人で十分なのよ」
ぶっきらぼうに言い放つと、アスカはそれっきり通信を切ってしまった。あまりに辛辣な物言いに、トウジは思わず言葉を失ってしまう。
「な、何なんやあいつ」
『あの子なりの優しさなのよ。初号機が不安定なのは確かだし、シイちゃんにリスクを背負わせたく無いのね』
「そやけど、もちっと言い方っちゅうもんが……」
「……余裕が無いわ。いつものアスカじゃない」
一見ワンマンでわがままに見えるアスカだが、リーダーとしての資質は備えていた。時に自分が黒子に徹して、勝利を優先する意志の強さも持っている。それが今のアスカには感じられない。
『どう、マヤ?』
『シンクロ率は先日のテストから15マイナスです』
実践派のアスカはテストでは好不調の波があるが、実戦では常に一定以上の数値を残していた。彼女がここまで調子を崩して戦いに挑むのは、恐らくこれが初めてだろう。
『……朝のあれが尾を引いてるのかしら』
『何にせよ、今は戦力に余裕があるわけじゃ無いし、切り替えて貰うしか無いわ』
動かない使徒と調子のおかしいアスカ。重なってしまった悪条件にミサト達は不安を抱きつつも、子供達の戦いを見守る事しか出来なかった。
※
(アスカ……どうしちゃったんだろう)
シイはケージに固定された初号機の中で、一連のやりとりを聞いて不安げに眉をひそめた。今のアスカにはいつもの自信と余裕が感じられず、まるで強い言葉で弱さを隠そうとしているように思えたのだ。
その原因と思われる朝の会話を思い出し、シイは母親の事を頭に思い浮かべる。
(お母さんの夢。辛い夢。悲しい夢……)
もしユイが自分を見てくれず、人形を愛する姿を見たらどうか。想像するだけで心が張り裂けそうになるのだから、実際に経験したアスカの心の痛みは計り知れない。
(でもアスカ、思い出して。アスカのお母さんはそこに居るんだよ)
心を開けばエヴァは応えてくれる。シイは祈るように目を閉じ、三人の無事を願った。
※
(馬鹿じゃないの。何動揺してんのよ。もう振り切った事じゃ無い)
狙撃準備を終えたアスカは、弐号機のプラグ内で自己嫌悪する。確かに嫌な夢だったが初めて見る訳でも無い。表面だけでも取り繕えば、他の面々に余計な心配をさせる事も無かった。
以前ならそれは容易かっただろう。だが今のアスカはシイ達に心を開いてしまっている。それが彼女に仮面を被る事を許さず、せめてもの抵抗があの虚勢。自分の情けなさにアスカは苛立っていた。
(もうあんな失態は無い。あたしが守る。レイも馬鹿も、ミサト達も……シイだって守ってみせる)
先の使徒との戦いで早々に戦線離脱した事に、アスカはプライドを傷つけられたと同時に負い目も感じていた。自分がもっとしっかりしてれば、シイのあれも防げたはずだと。
強い決意は時に気負いへと変わる。冷静さを欠いているアスカに、いつもの余裕は全く無かった。
※
「エヴァ全機、狙撃準備完了しました」
「目標は?」
「こちらと一定距離を保ったまま、沈黙しています」
「依然射程距離外です」
日向と青葉の報告にミサトは小さく舌打ちする。ここまで待ちの姿勢を徹底されてしまうと、先に仕掛ける事を躊躇わずにいられない。こちらからの攻撃を待つ理由があるのでは無いかと、どうしても疑ってしまう。
それでも攻撃を何時までも先延ばしには出来ない。ミサトは覚悟を決めた。
「……やむを得ないわね。使徒の反撃に警戒しつつ狙撃しましょう」
「MAGIによるデータの収集準備は出来ているわ」
「オッケー。出たとこ勝負は趣味じゃ無いけど、しゃーないか」
ミサトがアスカ達に狙撃命令を出そうとしたその時、今まで沈黙を守っていた使徒から不意に光が放たれた。衛星軌道から地上に向けて、オーロラのような光の帯が降り注ぐ。
それは回避出来ない速度で、狙撃体勢の弐号機を包み込んだ。
「使徒の攻撃!?」
「い、いえ、熱エネルギー反応はありません」
「解析急いで」
一気に慌ただしくなった発令所にリツコの指示が飛ぶ。スタンバイしていたMAGIが使徒から放たれた、オーロラのような光の解析を行う。
「解析完了。可視波長のエネルギー破です。ATフィールドに似ていますが、詳細は不明」
「弐号機は?」
「損害無し。物理的ダメージは確認できません」
日向の報告にミサトは困惑する。使徒の攻撃と思われた光だが、直撃を受けている弐号機に損害が無い。使徒の狙いを掴みかねていると、
『いやぁぁぁ』
不意にアスカが悲鳴をあげる。攻撃では無いと思い込んでいたミサトは、動揺しながらアスカへ呼びかける。
「アスカ! どうしたの!?」
「これは……パイロットの心理グラフが乱れています」
「精神汚染が始まります」
「使徒の心理攻撃……人の心を知ろうとしてるの?」
かつて初号機を取り込んだ使徒は居たが、初号機に積極的接触を行わなかった。だが今は弐号機へ精神面からのアプローチを行っている。
「使徒の進化?」
「惚けるのは後よ。このままでは……」
『いやぁぁぁ、あたしの中に入ってこないでぇぇ!!』
悲痛なアスカの叫び声が、発令所に響き渡るのだった。
第15使徒『アラエル』以降から、使徒は変わった気がします。今までの様に直接的ではなく、間接的と言いますか……遠回りな戦い方をするようになったなと。
力押し最強の使徒が敗れた事で、使徒も方針変更したのかもしれません。
果たしてアスカはこの危機を乗り越え、セカンドチルドレンとして、エヴァチームのリーダとして今後も戦えるのか。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。