エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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毎度お馴染みアホタイム。
今回は少し趣向を変えて、過去エピソードのショート・ショート形式となっています。


小話《思い出ぽろぽろ》

 

~冬月VSユイ~

 

「あの人はとっても可愛い人なんです。みんな知らないだけですわ」

「想像もしたくないな」

 秋の山道を歩きながら、冬月とユイはゲンドウの話をしていた。

「一つ、聞いても良いかね?」

「何でしょう」

「あの男のどんなところが可愛いのか、具体的にあれば教えて欲しいね」

 皮肉交じりに冬月はユイに問いかけた。軽い冗談のつもり、おそらく『全部』か『知らないところ』でお茶を濁されるだろうと、予測していたのだが。

「…………」

 何故かユイは黙ってしまう。それも頬をほんのりと赤く染めながら。

「ど、どうしたのかね?」

「その……私の口から言わせるのですか?」

「え゛!?」

 もじもじと恥ずかしがるユイに冬月は激しく動揺する。あまりに想定外の事態だ。

「その、何だ。そんな言いにくい事だったりするのかね?」

「冬月先生。私にも人並みに恥じらいがありますわ」

「…………なっ!?」

 可愛いところ。みんなは知らない。言うのにためらいがあり、恥じらいを感じるもの。冬月は『あれ』を想像し酷く狼狽する。普段の冷静な彼からは想像も出来ない慌てっぷりだ。

「い、いや、違うんだ。ユイ君、私は決して、そんなつもりでは……」

(ふふふ、冬月先生も可愛いですわ)

 とっても良い笑顔を浮かべ、ユイは冬月の慌てる姿を堪能するのだった。

 

 

~冬月VSユイ2~

 

「冬月先生。お注ぎいたしますわ」

「おお、すまないね」

 恒例行事となっている研究室の飲み会で、カウンター席に座っていた冬月はグラスを差し出し、ユイからお酌を受ける。透明な日本酒がぎりぎり一杯、表面張力限界まで注ぎ込まれた。

「さあどうぞ。ぐいっと」

「はは、頂くとするよ」

 溢さないようそっとグラスを口に運び、小さなグラスを一気に空にする。元々お酒は好きだが、ユイにお酌されると一層美味しく感じるのは、気のせいでは無いだろう。

「流石冬月先生。惚れ惚れする飲みっぷりですわ」

「そうかね」

「さあ、もう一杯」

 空になったグラスに再び日本酒が注がれた。小さなグラスだが一気飲みをすると、それなりに来るものがある。冬月は一瞬躊躇したが、ユイに微笑まれては飲まないわけにはいかない。

(まあこれくらいなら大丈夫か)

 先程と同じように一気に日本酒を飲み干す。食道と胃がカァッと熱くなり、顔もほんのりと赤く染まる。

「ふぅ、うまい酒だよ」

「冬月先生は本当に美味しそうにお飲みになりますね」

「そ、そうかね?」

「あら、グラスが空ですわ。お注ぎいたします」

 三度冬月のグラスに日本酒が注がれる。そしてさあどうぞと、微笑みながら冬月を見つめるユイ。グラスを持つ手が僅かに震えたが、それでも冬月は見事に飲み干して見せた。

「ふ、ふぅ」

「男らしいですわ。さあ、どうぞ」

 手にした一升瓶を掲げて見せ、再びお酌をしようとするユイに、流石に冬月は待ったを掛ける。

「い、いや……少しペースを落としてだね」

「あら、そうですか? ごめんなさい。あの人はいつもこの位楽に飲んでしまうので、つい」

(あの人……六分儀か! 奴め……)

「人には人のペースがありますものね」

「……ごくごく、ぷはぁ~」

 ガッカリするユイの目の前で、冬月はグラスを垂直にして飲み干す。正直辛かったが、ゲンドウを引き合いに出されては引くわけには行かない。これは男の戦いなのだ。

「ゆ、ユイ君。次を頼む」

「大丈夫ですか?」

「はは、これしき。六分儀に出来て、私に出来ない事は無いよ」

「素敵ですわ。では一献」

 まるでわんこそばのように飲んでは注がれ、また飲んで注がれを繰り返す。結果冬月は酔いつぶれ、滅多に見せない寝顔をさらす羽目になった。

(ふふふ、本当に可愛いですわ。私、先生のファンになりました)

 嬉しそうな笑顔を浮かべ、ユイは冬月の寝顔を堪能するのだった。

 

 

~ゲンドウVSユイ~

 

「明日、調査隊に参加する」

「では私も」

「君は駄目だ」

「…………」

「痛っっっっ! つ、抓るな」

 ぶーたれたユイに腕を思い切り抓られ、ゲンドウは情けない声を上げる。

「なら私も」

「駄目だ」

「…………」

「ひ、引っ掻くな!」

 無言でユイに腕を引っ掻かれ、ゲンドウは泣きそうな顔でユイを引き離す。碇夫妻の力関係はこの時点で既に確立していたのかもしれない。

「い、良いか。シイはまだ幼く連れて行けない。君が参加したら誰が面倒をみるんだ?」

「貴方が残って、私が行けば解決ですわ」

「……シイ。お父さんは泣きそうだ」

 布団で寝ているシイを抱き上げ、ゲンドウは寂しさを紛らわすように顔をこすりつけた。睡眠を邪魔されたシイは、むずがる様に小さな身体をばたつかせる。

「や~や~」

「もう貴方ったら。シイが嫌がっていますわ。ほらシイ、お母さんですよ」

「きゃはは」

 ユイがゲンドウからシイを受け取り軽く身体を揺すってやると、シイは楽しそうに笑い声を上げた。

「こ、これで分かっただろう。シイには君が必要だ」

「……致し方ありませんわ。可愛いシイの為なら」

 納得いかなかったが、ユイの暴走を止められてゲンドウは胸をなで下ろす。

「そう言えば、調査隊には冬月先生が参加されるのですよね?」

「ああ」

「なら貴方。これを冬月先生に渡してきて下さい」

 ユイは二人が結婚したときに作った、結婚報告の葉書をゲンドウに手渡す。冬月は居場所が分からなかったので、送ることが出来なかったのだ。

「口頭で報告すれば十分だと思うが」

「駄目です。こういうのはちゃんとしないと。それともまさか、嫌だと仰るのですか?」

「い、いや。喜んで引き受けよう」

 微笑むユイに気圧され、ゲンドウは冷や汗をかきながら葉書を荷物に加える。

「渡せば良いんだな?」

「ええ。ちゃんと私を妻と呼んで下さいね。それと子供が居ることも伝えて下さい」

「……冬月教授に嫌われそうだな」

「あら、あの人はそんな小さな人ではありませんわ。きっと祝福してくれるわよ」

「だと良いが」

(冬月先生……またお会いできる時を、楽しみにしてますわ)

 きっと良い反応をするであろう冬月を思い浮かべ、ユイは心底嬉しそうに微笑むのだった。

 

 

~ゲンドウVS冬月~

 

「そう言えば子供は男の子か? それとも女の子か?」

「ああ、女の子です。シイと名付けました」

 調査船の中で冬月とゲンドウは世間話に興じていた。決して仲良しな訳では無いのだが、冬月にとって知り合いがゲンドウだけとあって、話し相手は限られてしまう。

「シイ……碇シイ。良い名前だな」

「ありがとうございます」

「何か由来があるのかね? それともユイ君の名前から貰ったのか?」

「そ、それは……」

 自分が考えた名前を一文字ずつ取って付けた。説明するのは簡単だが、小さなプライドがそれを邪魔する。

(何か、何か無いか。シイ……恣意。意味は確か……駄目だ)

 恣意=気まま、偶然。名付けられた経緯を考えればある意味ぴったりだが。

(示威、私意、くっ、駄目だ。この人をあっと言わせる理由にはならない)

 ポーカーフェイスを崩さずに、頭をフル回転させるゲンドウ。別に素直に答えても何の不利益も無いのだが、どうしても冬月を前にすると、意地を張ってしまう。

「……ユイの名前に、新時代を幸せに生きて欲しいと望みを込めて、『シ』の文字を与えました」

「ほう、なるほど。親の願いは子供の幸せ。君達の想いが込められているのだな」

「え、ええ」

 適当にも程がある理由だが、冬月が納得したのなら余計な口出しは不要だろう。

「それにしても女の子か」

「何か問題が?」

「大した事では無いよ。ただ、ユイ君に似る事を祈らずにはいられないな」

 それに関しては全面的にゲンドウも同意する。男の子にせよ女の子にせよ、自分よりもユイに似てくれた方が、多くの人に愛される筈なのだから。

「私も同感です。しかし冬月教授」

「ん?」

「くれぐれも手を出さないで下さいね」

「…………勿論だ」

 何故か一瞬間があった返答に、ゲンドウは冬月の顔をじっと睨む。この時からゲンドウと冬月の関係は始まったのかも知れない。

 

 

~リツコVSミサト&加持~

 

「で、何? このところ大学を休んでたのは、部屋でずっと寝てたからって言うの?」

「えへへ」

 悪戯がばれた子供のように苦笑するミサトに、リツコはため息しか出てこない。大学に入って知り合った友人が、連絡も無しに一週間も休んだ理由がそれなら、当然の反応とも言えるだろう。

「はぁ、呆れた。彼氏と部屋で寝てるなんて良いご身分だこと」

「こいつは手厳しいな」

 ミサトの隣になっていた青年が、軽く微笑みながら頭を掻く。リツコは視線をミサトに向けて、初対面の男性の紹介を無言で求めた。

「改めて紹介するわ。こいつが加持リョウジ。で、こっちがリツコ。私の友達なの」

「赤木リツコです」

「ども。加持リョウジだ。今後ともよろしく」

 軽薄な印象が気に入らないリツコは、少し距離をとって小さく会釈だけした。それを察したのか加持も無理に近寄ろうとはせず、苦笑して会釈を返す。

「それにしても、一週間も無断で休むなんて。貴方の意外な一面を見たわ」

「いや~ちょっち理由があって、ね」

「話してないのか?」

 意味ありげに視線を交わすミサトと加持に、リツコは訝しげに眉をひそめる。

「どうせ二人でイチャイチャしてたんでしょ?」

「だったら良かったんだが……実は俺たち二人、寝込んでたんだよ」

「はぁ?」

 てっきり恋人とよろしくやってると思ったリツコは、思い切り間の抜けた声を出してしまう。

「葛城の手料理を食ったらそのまま腹を下してね。こうして動けるまでに一週間かかったってわけさ」

「ミサト……貴方まさか」

「な、何もしてないって。ただどうしてか具合が悪くなっただけで……」

 慌てるミサトだったが、全ての元凶である事は誰の目にも明らかだった。

「赤木はまだ葛城の手料理を?」

「幸い食べてないわ。そして今後も食べることは無いと思うけど」

「何よりだ」

 軽薄と堅物。性格こそ正反対の二人だが、思慮深く理性的な面は共通しており、案外と相性は悪く無かった。

「も~二人して。良いわ、加持君に美味いって言わせるまで、徹底的にやってやるんだから」

「……ご愁傷様。貴方が生き残れたら、今度一度飲みましょう」

「努力するよ。美人と飲める機会なんて、そうそう無いからな」

(母さん。料理は時に毒物になりえるそうです。世間は謎と不思議で一杯だと初めて知りました)

 後日書かれたナオコへの手紙には、リツコの素直な気持ちが書き綴られていた。そしてこの時の事をすっかり忘れ、毒物を摂取してしまうのは、これから十年ほど先の話になる。

 

 

~シイVSゲヒルン~

 

「ここがゲヒルンだよ」

「うわぁ~おっき~」

 白衣を着たゲンドウが、小さな女の子を連れてゲヒルン本部を歩いていた。少女は大きな目をキラキラ輝かせ、物珍しそうに周囲をキョロキョロと見回す。

 すると二人の前に、白衣を着た一人の女性が現れた。

「あら所長。その子は?」

「ああ、赤木君。娘のシイだよ。ほらシイ。ご挨拶するんだ」

「はりめましれ。いかりしいれす」

 舌っ足らずながらも、きちんと自己紹介をして頭をぺこりと下げるシイ。それを見た瞬間、ナオコはシイの身体を思い切り抱きしめていた。

「も~良く出来ました~。私は赤木ナオコよ。よろしくね、シイちゃん」

「あい」

「はぁ~お肌もちもちで柔らかくて……ねえ所長。この子私に――」

「却下だ」

 ピシャッとナオコの申し出を断るゲンドウ。ただ娘を褒められて悪い気はしないのか、顔はにやけていたが。

「残念です。……シイちゃん、何時でも遊びに来てね。今度はお菓子をあげるから」

「わ~、ありらと~おね~さん。らいすき」

 ナオコのほっぺにシイは親愛表現のキスをする。ただそれだけの行為で、ナオコは夢見心地のまま倒れた。

(赤木君を一撃で……シイ、我が娘ながら恐ろしい)

 倒れたナオコを不思議そうに突っつくシイを見て、ゲンドウは冷や汗を流していた。

 

「碇、何をやっている。実験はお前待ちだぞ」

 そんなところに、こちらも白衣を着た冬月がやってきた。時間に厳しい冬月は、ゲンドウが遅刻したことでご機嫌斜めの様だ。

「シイに施設の案内をしていたところだ」

「娘が可愛いのは分かるが、せめて仕事はきちんとやってくれ」

 呆れたようにため息をつく冬月を見て、シイは首を傾げながらゲンドウに尋ねる。

「おと~さん、このひとはられ?」

「冬月先生だよ。ご挨拶しなさい」

「は~い。はりめましれ。いかりしいれす」

 笑顔のシイがペコリと頭を下げた瞬間、冬月は目を大きく見開いて思わず後ずさった。

(こ、この子が……何と言う……破壊力だ)

 はっきりとユイの面影を宿しながら、純真無垢な笑顔を向けるシイ。ファーストコンタクトを果たしたこの時、冬月は既に自分が限界に追い込まれた事を察した。

「おや冬月先生。どうなさいましたか?」

「ぐっ、何でも無い」

 ニヤニヤと嫌らしく尋ねてくるゲンドウに、冬月はどうにか平静を装って答える。この男にだけは弱みを見せてはいけないと、男のプライドが彼を奮い立たせた。

 気力を振り絞って背筋を伸ばすと、礼儀正しくシイへと初対面の挨拶を行う。

「初めましてシイ君。私は冬月コウゾウ。君のお父さんの補佐をしているんだ」

「ふゆちゅきてんて~?」

(ごふっ)

 可愛らしく首を傾げるシイに、冬月の最終防衛ラインは一撃で突破された。夢見心地で倒れそうになる瞬間に立て膝を付き、ダウンを拒否するのが彼の最後の意地だった。

「ねえおと~さん。ふゆちゅきてんて~、おぐあいわるいの?」

「くっくっく、ああ、そうだね。悪くなるといけないから先に行こう」

「は~い。ふゆちゅきてんて~、おらいじに」

(碇……貴様……ごふ)

 ばいばい、と無邪気に手を振られてしまえば、耐える事など出来るわけが無い。冬月は二人の姿が見えなくなるのを確認すると、力尽きたようにその場に倒れた。

 

 その後も施設内を歩くシイに、ゲヒルン職員達はろくな抵抗も出来ずに撃沈して行く。ゲンドウがシイを連れて実験室へたどり着いた時には、実に過半数の職員は行動不能に陥っていた。

(ふっ、シイの可愛さの前には、科学の粋を集めたゲヒルンといえども無力と言う訳か)

 自分の部下が倒れていったというのに何故か満足げなゲンドウ。だがそんな心地よい満足感は、実験室で待ち構えていたユイの姿を見て一瞬で消え去った。

「所長。一体何をなさっているのですか?」

「ゆ、ユイ……」

「おか~さん」

 シイはとてとてと頼りない足取りでユイの元へと駆け寄る。ユイは微笑みながらシイを抱き上げると、手慣れた手つきで背中を優しくさする。

「……むにゃむにゃ」

 歩き回って疲れたシイは、母親の胸の中で安らかな眠りへとついた。

「それで所長。この子を連れて、一体何をなさっていたのかしら?」

「い、いや。誤解だ。私は決して……」

「今日の実験は中止です。理由はおわかりですよね?」

 冬月やナオコを始めとする主要スタッフが、軒並みシイに撃沈されてしまった為、大切な実験は中止にせざるを得なかった。ユイは穏やかな口調ながら明らかに怒っていた。

「実験は中止なので、時間がたっぷりあります。言い訳は所長室でじっくり聞かせて頂きますわ」

「違うんだユイ。私はただシイを見せびらかしたかっただけで……」

「ふふ、お説教の時間も十分ありますから」

「許してくれ、ユイ。ユイぃぃぃ!!」

 ユイに引きずられながら、所長室へと連行されていくゲンドウ。その日所長室からゲンドウの悲鳴が途切れること無く聞こえたのは、ゲヒルンの闇に葬り去られるのだった。

 

 

 人は過去を捨てることは出来ない。良い思い出も悪い思い出も。時にそれは心に傷を残すが、それでも人は前に進む。だって生きているのだから。

 




短編集をイメージしてみましたが、如何だったでしょうか。過去のエピソードはどれもネタが豊富で、小話を選びきれなかったので、この様な形式にしました。

本編はそろそろ、スパートをかけ始める段階に突入しました。因みに25話、26話はTV版ではなく、旧劇場版の流れになります。

小話ですので、本編も本日中に投稿致します。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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