エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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21話 その6《冬月昔語り~地下での決意~》

 

 人工進化研究所。表向きは国連直属の研究機関だが、研究内容を含めその実態は非公開とされている組織。冬月は研究所のある箱根へ単身乗り込んだ。

 受付で名を名乗ると、予想に反し直ぐに所長室へと通される。最悪の場合荒事になると予想していた冬月は、少し拍子抜けしたものの、気を取り直して研究所の所長室へ入った。

「これは冬月教授。わざわざお越し頂けるとは光栄です」

「碇……所長だったかな。随分と出世したものだ」

「お飾りに過ぎません。ここには私よりもよほど優秀な科学者が揃っていますから」

 机に肘をつきながらもゲンドウは冬月を、友好的な態度で迎え入れる。以前に比べ風格と余裕が漂っているのは、責任ある立場になった事に加えて、父親になった事もあるのだろうか。

「それで本日はどのようなご用件でしょうか? 無論貴方なら見学も歓迎ですが」

「これを見て貰おうか」

 冬月はゲンドウの問いかけには答えず、鞄から取り出した書類の束を机へ乱暴に広げる。それは世間に公表されていないセカンドインパクトの真実。その一端とも言える資料だった。

「この光の巨人。まさか隕石に載ってきた宇宙人とでも言う気かね? 君達は知っていたのだろ。あの時あの場所で、セカンドインパクトが起こることを」

「…………」

 返答をしないゲンドウに、冬月は更に自分の調査結果を突きつける。

「君は運良く前日に日本に戻ってきたと言っていたが、全ての資料を引き上げたのも偶然かね?」

「こんなものはとっくに処分されたと思っていましたよ。驚きました」

 南極で行われていた事。そして光の巨人。隠蔽されたはずの資料を提示する冬月に、ゲンドウは言葉とは裏腹にわずかも動揺せずに答える。むしろ感心したような声色ですらあった。

「君の資産についても調べさせて貰った。個人で持つには少々大きすぎる額だね」

「ふっ、流石冬月教授。経済学部に転向なさっても十分やっていけますよ」

 冬月が年月と労力を費やして得た資料。だがそれすらもゲンドウを揺るがす切り札にはなり得なかった。

「君達ゼーレと光の巨人を世間に公表する。あれを起こした者達を許すつもりは無い」

「どうぞお好きに。ただその前にお目に掛けたいものがあります」

 ゲンドウは立ち上がると冬月を研究所の奥へと誘った。

 

 

 安全ヘルメットをかぶった二人は、地下へと続くモノレールに乗り込む。ゆっくりと下降するモノレールは、まるで終着点など無いかの様に延々と地下へと降りていった。

「随分と潜るんだな」

「もうすぐです。不安ですか?」

「多少ね」

 既に100m以上は進んだだろう。これ程地下に何があるのか、冬月は不安以上に好奇心を刺激された。

 

 暗いトンネルを抜けると、冬月の視界に信じられない光景が広がる。地下に巨大な空間が存在していたのだ。今の技術では不可能な程巨大な空間、緑が生い茂る地上と変わらぬ空間がそこにあった。

「これは……地下空洞なのか?」

「我々以外の誰かが残した空間です。9割は埋まっていますがね」

「元は綺麗な球体と言う事か」

「ええ。そしてあれが目的地。人類が持てる全てを費やした施設です」

 ゲンドウが示すのは、自然の中にそびえるピラミッドの様な建物。周囲の景色と相容れぬ異質な建造物が、冬月の目を捕らえて放さない。

「見せたいものはこれか?」

「その一つではあります。ただ本命はまだ先ですが」

 モノレールはピラミッドの中へと二人を送り届けた。

 

 ピラミッドの中を進む冬月とゲンドウ。正式稼働前のため最小限の明かりしか無いが、暗い通路を歩くだけでもこの場所が外とはまるで異質な建造物だと分かる。

 やがて二人は広い空間に辿り着いた。無数のコードに繋がれた水槽と複数台のPC。そしてそれらを操っていた女性が、冬月達の姿を認めて立ち上がり出迎えた。

「ご無沙汰しています。冬月先生」

「赤木君。君もか」

 女性は冬月の知っている人物だった。万能の天才、早すぎた天才とも呼ばれる女性科学者、赤木ナオコ。若くして幾つもの博士号を持ち、異端とも言える論文を数多く発表していた才女だ。

 まだ学生であった彼女と冬月は面識があった。専門が違うため師事をした事こそ無かったが、常人とは違う彼女に興味を持ち、セカンドインパクトの前までは交流を持っていた。

「まさか君がここに居るとは」

「ふふ、ここは目指すべき生体コンピューターの基礎理論を作るのに、最適な場所ですから」

「ほう。ではそれが」

 冬月は視線を巨大な水槽へと移す。三つ並べられた水槽には、人の脳と酷似した物体が収められていた。

「まだ試作段階ですが、完成は遠くないかと。MAGIと名付けるつもりです」

「MAGI……東方の三賢者か」

 大層な名前だとは言えなかった。ナオコが目指している生体コンピューターは、今の技術水準を大きく超える代物。完成すれば人類にとって大きな一歩となるのだから。

「なるほど、これには確かに驚かされた。見せたかったものはこれか?」

「これもありますが、もっと見せたいものがあります」

「私もお付き合いします。……りっちゃん、直ぐ戻るからね」

 ナオコは部屋の片隅に居た少女へ優しく声を掛ける。無言のまま小さく頷く、制服を着た高校生ぐらいの少女に見覚えの無い冬月は、ナオコに尋ねてみた。

「彼女は?」

「私の娘でリツコと言います。まだ学生ですが、確かなものを持っていますわ」

「やがては君の助手かね?」

「さて、どうでしょう。ひょっとしたら、私が助手になってしまうかも」

 暗にリツコが自分を超える人材だと告げるナオコ。自分に自信を持つナオコが親のひいき目とは言え、そこまで評価する少女に冬月は興味を抱いた。

「赤木リツコ君、か」

「……手は出さないで下さいね」

「勘弁してくれ」

 からかうナオコに苦笑しながら、冬月はゲンドウの後に続いて施設の奥へと進んだ。

 

 

「貴方に見せたかったものは、これです」

「こ、これは!?」

 冬月は思わず目を疑った。自分の目の前に五つの目を持つ巨大な頭部と、そこから伸びる背骨の様な棒、血管のようなケーブルを生やした『何か』が現れれば、大抵の人間は同じ反応をするだろう。

「人形の標本……まさか、あの巨人なのか」

「あの光の巨人を、我々ゲヒルンでは『アダム』と呼んでおります。ただこれはオリジナルではありません」

「では、これは」

「アダムより人の造りしもの『エヴァ』です」

 ナオコの説明を聞きながらも、冬月は巨人から目を離せなかった。ジオフロントもMAGIも、これの前では霞んでしまう。それだけのインパクトがあった。

「エヴァ……」

「そうだ。我々のアダム再生計画、通称E計画の雛形たるエヴァ零号機だよ」

「神の……プロトタイプ」

 ゲンドウが敬語をやめた事など気にもせず冬月は呆然と呟く。神のプロトタイプなど、人が口にして良い事では無いのだが、そうとしか表現しようが無かった。

「碇、お前は何を、何を考えている」

「……冬月。俺と一緒に、人類の歴史を作らないか?」

 もはやゲンドウは取り繕わなかった。冬月を対等な人間として力を貸せと要請する。冬月は自分の中で二つの感情がせめぎ合うのを感じ、しばし返答を保留する。

 そして自己問答の末に結論を出した彼は小さく頷き、ゲンドウの誘いを受けた。

 

 

「こうしてゲヒルンに参加した私は、副所長として碇の補佐をすることになった」

「……なんだか、頭が一杯になっちゃいました」

「長話は年寄りの悪い癖だな。もう遅い時間、このまま寝てしまうと良い」

「はい……ありがとうございます」

 冬月に頭をさすられながら、シイは深い眠りへと落ちていった。

「お休みシイ君」

 シイを起こさないよう、冬月はそっと立ち上がり部屋から廊下へと出た。

 

 皆が寝静まった葛城家のダイニングで、冬月は一人物思いにふける。久しぶりに昔の話をしたせいか、気持ちが高ぶり眠れそうに無かった。

「なかなか、興味深い話でしたよ」

 そんな冬月の隣に加持が座る。部屋の壁は厚いわけでは無いので、冬月の話が聞こえていても不思議では無い。そもそも隠す事でも無いため、冬月は特に反応を見せなかった。

「中でも碇ユイさん。彼女は本当に不思議な人ですね」

「否定はしないよ」

「優秀な科学者、子煩悩な母親、エヴァの開発者、そしてゼーレの一員。どれが本当の顔なのやら」

「……何が言いたい?」

「全てはゼーレのシナリオではなく、彼女のシナリオ通りに進んでいる。そんな気がしてなりません」

 ゲンドウも冬月もユイと出会った事で人生が変わった。もしユイが居なければ、冬月はゲンドウと繋がりを持つことも無く、ネルフへ参加する事も無かっただろう。

 ゲンドウにしてもユイが居なければ、ゼーレとパイプを繋ぐことも無く今の立場に居ないはずだ。

「そして今、俺たちは真相に到達して司令とゼーレに挑もうとしている。ユイさんからの情報を元に」

「…………」

「まるでそうするように誘導された気がします。誰にも気づかせず、疑わせず」

「ユイ君が全てを仕組んでいると、そう言うのかね?」

「あくまで想像です。人類補完計画を止める為、俺達を導いてくれたとも言えるので」

 加持は言外に冬月へ伝える。碇ユイは本当に味方なのかと。

「人を疑うのは性分なので、不快にさせたのなら申し訳ない」

「いや……面白い意見だったよ」

「では俺はもう休みます。明日は日本政府にちょいと牽制を入れなくてはならないので」

 立ち上がり部屋へ戻る加持に冬月は視線を向けること無く、一人思考の海を泳ぐ。

 

『最後の悲劇を起こさないための組織。それがゼーレとゲヒルンですわ』

『すべては流れのままにですわ。私はそのためにゼーレにいるのですから。シイの為にも』

『この子には、明るい未来を見せておきたいんです』

 

(ユイ君……私は君を……信じて良いんだね。自ら初号機に残った君の意思を……)

 脳裏に浮かんでは消えていくユイの言葉を噛みしめて、冬月は眠れぬ夜を過ごした。

 




冬月の昔語りはこれにて幕です。次からは通常通りに戻ります。

物語もそろそろ終盤戦。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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