エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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21話 その5《冬月昔語り~赤き海の再会》

 

 夏が終われば秋が来る。四季の変化は人の感性を刺激し、インスピレーションを生み出す。それは芸術家だけの特権では無く、科学者や学者もまた同様の恩恵を受けていた。

 見事に色づいた紅葉を眺めながら冬月は山登りを楽しむ。趣味で始めた山登りは本格的な登山ではなく、軽いハイキング程度のものだが、気分転換には最適だ。

「ふふ、綺麗ですわね」

「緑の山も良いが、私はこの季節の山が一番好きだよ」

 冬月の隣にはユイの姿があった。研究室に入って以来、彼女は冬月と個人的な付き合いを持ち、こうして山登りを一緒に楽しむ事も当たり前になっていた。

「冬月先生。ご報告したいことがあります」

「おや、何かね。次の論文にしては随分と早いと思うが」

「実は私、六分儀さんとお付き合いをさせて頂いています」

「なっっ!?」

 予想の遙か上を行くユイの報告に、冬月は思わず足を止めてユイの顔を凝視する。穏やかな微笑みを浮かべる様子は、とても冗談を言っている雰囲気では無かった。

「ほ、本当かね?」

「はい」

「君があの男と……か。一体どうやって知り合ったのだ?」

「街を歩いていたら『お茶でもどうですか』と声を掛けて頂きました。丁度喉が渇いていたので」

(あの男、随分と古風な手を使う……)

 ゲンドウの顔を思い浮かべ、冬月は険しい表情を浮かべる。ユイは男女問わず人気のある女性なので、いつかは恋人も出来るだろうと思っていた。だがその相手がゲンドウと言う事に冬月の心は苛立った。

「喫茶店でお話したら、とても可愛くて面白い人でした。ふふ、本当に子供みたいな人なんですよ」

「……想像もしたくないな」

 ユイ独特の感性なのだろうが、少なくとも冬月はゲンドウを可愛いとは到底思えなかった。

「その時先生の事を紹介したのですが、ご迷惑だったでしょうか?」

「少々驚いたがね。面白い男と言うのは認めるが、私とはそりが合わなそうだ」

 冬月はあれからゲンドウの事を調べてみた。悪い噂はさておいて、学生としての六分儀ゲンドウはそれなりに優秀な男の様だ。ただ研究へのアプローチなどから、自分との相性は良くないと結論づけた。

「先生は反対でしたか?」

「……君が決める事だ。人の恋路に口を挟むとろくな事が無いからね。素直に祝福させて貰うよ」

「ありがとうございます。今度六分儀さんと二人で、きちんとご挨拶させて貰いますわ」

「よしてくれ。腹に穴が空きそうだ」

 ユイとゲンドウの交際は冬月の心に深い陰を落とした。それが何の感情によるものなのか、本人にも分かってはいなかったのだが。

 

 

「お父さん、積極的だったんですね」

「使い古された手だが、ユイ君には何故か好印象だったらしい」

 碇家の一人娘として育てられたユイにとって、男性から声を掛けられた経験はほとんど無いだろう。二人の間にどんな会話が交わされたのかは分からないが、ユイがゲンドウに好意を持ったのは間違い無い。

「良いな~お母さん。私なんか誰にも声を掛けて貰えないだろうし……」

「その言葉は、他の人の前では言わないようにな」

 首を傾げるシイに冬月は真剣に心配して助言を行った。

「でもやっぱりお母さんは魅力的だったんですね。あのお父さんが声を掛けるくらいだから」

「今思えばね。ただ当時の大学では、あまり良くない噂が広がっていたよ」

「噂?」

「碇がユイ君に近づいたのはその才能とバックボーンにある組織、つまりはゼーレが目的だったのではと」

 冬月の言葉を聞いた瞬間、シイの表情が悲しげな物へと変わる。両親がお互いに愛し合っていた事を、本人達から直接聞いていた彼女にとって、心ない言葉がとても辛かった。

「そんなの酷いです。だってお母さんとお父さんは本当に愛し合って……」

「僻みや妬みも混じっていたのだろう。それ程ユイ君は人気があったんだよ」

 優秀でお淑やかなお嬢様。才色兼備の美女と言う言葉が良く似合う大和撫子。そんな女性を変な男にとられてしまった。良い感情を持てないのも無理も無い。

「まああの二人はどちらも変わり者だったから、そんな周囲の声はまるで気にしていなかったが」

「ほっ」

「そして翌年。あれが起きた」

 胸をなで下ろすシイに冬月はあの出来事を語る。

 

 

 二十世紀最後の年、後にセカンドインパクトと呼ばれる悲劇は起こった。大質量の隕石衝突に伴う天変地異が世界中を襲い、この世は地獄と化した。

 海の水位が急上昇した結果、消え去った大陸と多くの人々。食糧難による紛争、内戦、戦争が世界の各地で行われ、難民が増えてまた食料が不足。日に数万、数十万と言った人が死んでいった。

 この事態を招いたセカンドインパクトの調査を国連が実施できるまでには、実に一年の時が必要だった。

 

「これが南極……かつての氷の大陸なのか。まるで見る影が無い」

 防寒服に身を包んだ冬月は調査船の窓から外を見渡し、目の前に広がる光景に驚きを隠せなかった。赤い海とそこに生える白の柱からは、ペンギン等の動物たちが生息していた氷の楽園など、まるで想像出来無い。

「冬月教授」

「おや、君か」

 背後から掛けられた声に振り返ると、そこには同じく防寒服を着たゲンドウが立っていた。セカンドインパクト前にユイに紹介されて以来の再会。当然嬉しくも何とも無かったが。

「調査隊に貴方の名前を見つけまして。確かモグリの医者をなさっていたとか」

「職業柄、人の身体には多少詳しかったからな。たいした事は出来なかったが」

「あの地獄を生き延び、かつ人を助けていたのです。それは誇る事ですよ」

「君に褒められるとどうも落ち着かないな」

 冬月はセカンドインパクト後、大学を離れて小さな診療所を開き、医者の真似事をしていた。満足な医療物資が無い状況下であったが、簡単な怪我の治療などを精力的にこなしていた。

「そう言う君こそ良く無事だったな。ユイ君から葛城調査隊に参加すると聞いていたが」

「連絡任務の為、運良く事件の前日に日本に戻っていたので悲劇を免れました」

 偶然が生死を分けるのは良くある事だ。嫌な男とは思いつつも、顔見知りである男が無事だった事を冬月は素直に喜ぶ。

「そうか……。何にせよ無事なのは喜ばしい事だ。それで六分儀君……」

「おっと失礼。今は名前を変えておりまして」

 冬月が言い出すのを待っていたとばかりに、ゲンドウはポケットから一枚のはがきを取り出して冬月へと差し出す。名刺かと思った冬月は、少し訝しんではがきを手に取り目を見開いた。

 

『結婚しました。碇ゲンドウ、碇ユイ』

 

 葉書に記された結婚報告に、冬月は驚きの表情でゲンドウを見つめる。隅にユイの直筆で『お久しぶりです、お元気ですか?』と書かれている以上、これは疑いようのない事実なのだろう。

「結婚……。碇、碇ゲンドウが君の名か」

「ええ。妻がこれを冬月先生に渡しなさいと。貴方のファンだそうです」

「それは光栄だな。……早速尻に敷かれているのか?」

「……ノーコメントで」

 そのゲンドウの反応で、冬月は自分の考えが正しい事を察した。

「ユイ君はこの調査隊に参加していないのか? 真っ先に志願しそうなものだが」

「着いていくと聞かず、説得に骨が折れましたが……今は子供が居るので、自重して貰いました」

「子供か。ユイ君に似ることを祈るばかりだな」

「珍しく意見が合いましたね。私も同感です」

 嫌な男。その印象は変わっていない。だが以前に比べて碇ゲンドウは何処か人間味があり、少しは付き合っても良いと冬月に感じさせた。

 

「……君の所属する組織、ゼーレと言ったかな。悪い噂が絶えないね」

「そうですか?」

「理事会を力で押さえ込むのは正直感心できないな」

「ふっ、相変わらず潔癖主義者でいらっしゃる。この世界で綺麗な組織など生き残れませんよ」

 からかうようなゲンドウの物言いに、冬月は少し眉をひそめたが反論はしなかった。認めたくは無いが今の世界は、ゲンドウの言うとおり力が物言う世界なのだ。

「今回の調査隊も大分ゼーレが介入したんだろう。ただゼーレの人間だけで行えば色々と問題がある。私はそのための数あわせと言うわけだ」

 冬月の突っ込みにゲンドウは無言だったが、それが答えだと言わんばかりに口元に笑みを浮かべている。秘密をばらせない彼にとって、ある意味で正直な対応だったのだろう。

「……まあ、それでも構わん。私は私なりにやらせてもらう」

「どうぞお好きに。私も貴方のファンですから」

 二人と調査団を乗せた船は、セカンドインパクトの中心地へと進んでいった。

 

 

「セカンドインパクト……そんな酷い状況だったなんて」

「言葉で伝えられるものでは無い。あれは体験した者にしか分からぬ地獄だよ」

「沢山人が死んだんですよね」

「公表されているだけでも、数十億人は下らないな」

「…………」

 ユイから聞かされたセカンドインパクトの真実。それは隕石の衝突という天災ではなく、一部の人間による人為的な災害。あまりに救いが無かった。

「ミサトさんのお父さんも、犠牲になったって」

「葛城博士とは私も面識があった。人格面はともかく、きわめて優秀な科学者だったよ」

「そうですか……」

「葛城三佐とも南極で会った。ショックを受けた彼女は失語症に近い状態でね、言葉は交わせなかったが」

 冬月の言葉にシイは驚きを隠せない。ミサトがセカンドインパクトの時に南極に居たのは教えて貰ったが、その後については何も聞いていなかったからだ。

 あれだけ明るいミサトが言葉を失った。どれだけの地獄を見たのか想像すら出来ない。

「ミサトさんが?」

「ああ。だが彼女は今、それを乗り越えて生きている。人は生きていれば変わることが出来るのだ」

 冬月の言葉は何処か自分に言い聞かせているようにも聞こえた。

 

「結局セカンドインパクトは大質量隕石の落下と発表され、真実は闇の中へと葬られてしまった」

「ゼーレ、ですね」

「そうだ。そこで私は独自に調査を続け、セカンドインパクトの真実の一端を掴んだ。あの悲劇を起こした者達を許せなかった私は、碇の居場所を突き止めて乗り込んだ」

 冬月は一息つくと、その後の出来事を話し始めた。

 

 




引き続いて冬月の過去話でした。恐らく彼にとって主役を張れる最初で最後の機会ですので、後一話だけご勘弁下さい。

続きは本日中に投稿致します。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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