エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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21話 その4《冬月昔語り~夏の出会い~》

 夏の日差しを浴びながら、冬月は白衣を纏い大学の中庭を歩いていた。暑さがこもる格好を嫌って服をだらしなく着崩す者も居るが、白衣の下のYシャツとネクタイまで、冬月には一分の隙も無い。

 服装の乱れは心の乱れ。やがては実験への緩みにつながる。それが彼の持論だ。

「センセ、冬月センセ」

「ん?」

 背後から自分を呼ぶ声に振り返るとそこには、教え子の男子学生が数名こちらに向かって走ってきていた。冬月は立ち止まると彼らの方へ向き直る。

「君達か。何かあったのかな?」

「はは、たいそうな事でも無いんですが、どないです。これから鴨川でビールでも」

「またかね。好きだな、君達も」

 ジョッキを傾ける仕草を見せる学生に、冬月は思わず苦笑を浮かべてしまう。

 冬月の研究室では四月の歓迎会から今までに、月に数回のペースで飲み会が開かれていた。冬月自身も酒を好み、若い学生からは時におもしろい発想を得られる事もあって、都合が合えば参加するようにしていた。

 だが先週飲み会を行ったばかりの今日、流石に早すぎるだろと冬月は学生の若さに少々呆れてしまう。

「いえね、亮子らがセンセと一緒なら、飲みに行くゆうとりますねん」

「おや、私をダシにするつもりかね?」

「ははは、センセきついですわ。それに助教授も是非センセに来て欲しいって」

「やれやれ、分かったよ」

 幸いにも今日は予定が空いている。学生の色恋に少し協力してやるかと、冬月は学生達に了承の旨を伝えた。

 

 

 居酒屋で学生達が大騒ぎするなか、冬月は研究室の助教授と並んでカウンターで静かに飲んでいた。若い学生と触れ合うのも悪くないが、こうしてゆっくり飲むことを冬月は好んだ。

「若いってのは羨ましいですね」

「君は彼らとさほど年が離れていないだろう」

「そうは言いますが、こっち側に来たらどうしても」

 若い助教授の男は、日本酒の入ったグラスを手に笑う。同じ大学内とは言え、社会に出た人間と学生では気の持ちようが違うのだろう。

「君の論文、目を通したよ。まだ修正が必要だがなかなか良いね」

「そうですか? 教授にそう言って貰えると嬉しいです」

「この調子で幾つか論文を出していけば、数年後には准教授だな」

「頑張ります。僕も早く教授みたいに、学生に愛される先生になりたいです」

「私がかね?」

 言われて冬月は苦笑する。自分を堅物だと認識している冬月は、学生に敬遠されていると思っていた。こうして飲み会に誘われるのも、あくまで形式上のものだと。

「はい。教授は真面目なのにつきあいも良くて、相談にも親身に乗ってくれるって、学生達に人気あるんですよ。知ってますか? 教授の講義、大学でも出席率が凄く良いんです」

「そう言って貰えるのは光栄だが、過大評価しすぎでは無いかね」

「教授は自分を過小評価しすぎです。僕だって教授に論文を評価して貰ったから、ここに居られるんですから」

 熱っぽく語る助教授に冬月は思わず苦笑する。褒められて悪い気はしないが、真っ正面から言われると流石に照れくさい。

「君の論文が優れていたから、正当な評価をしたまでだ。他の人とは違い着目点が良かった」

「それでもです。……あ、着目点と言えば、教授は碇と言う学生を知ってますか?」

 思い出したかのように尋ねる助教授に、冬月は少し思案してから首を横に振る。

「碇? いや、初めて聞く名だが」

「先日レポートを提出してきたんですが、それがちょっと変わった内容で面白かったんですよ」

「ほう。君がそこまで言うか」

 学生が提出するレポートは、細部こそ異なるが大抵は似偏った内容が多い。冬月の元で多数のレポートに目を通す助教授が面白いと言うレポートに、冬月は少し興味を持った。

「教授の事を聞いていたらしくて、是非会いたいと言ってました。多分後日連絡がくるかと」

「碇君か。覚えておくよ」

 研究室に戻ったらレポートに目を通して見ようと決め、冬月は軽く頷くのだった。

 

 

 数日後、冬月は研究室に一人の女学生を迎えていた。碇ユイと言う名の学生は、知性を感じさせる微笑みを浮かべて冬月の前に立つ。

「これを読ませて貰ったよ。何点か疑問が残るが、刺激的なレポートだった」

「ありがとうございます」

 ユイのレポートは着目点が面白く、冬月を十分満足させるものだった。それだけにこの優秀な学生が、今後どういった道に進むのか興味があった。

「碇ユイ君、だったね」

「はい」

「この先どうするのかね? 就職か、研究室に残るのか。どちらにせよ君の才能を生かせるとは思うが」

「まだ決めていません。それに、第三の選択肢もあるとは思いませんか?」

 ユイの言葉に冬月は首を傾げる。

「家庭に入ろうとも思っています。いい人が居ればの話ですけれども」

「……家庭」

 予想外の答えに冬月は滅多に見せない、間の抜けた顔をさらしてしまう。これ程優秀な学生が、家庭に入るとは考えもしていなかったからだ。

 そして目の前の女性が主婦として過ごす姿も、失礼ながら全く想像出来なかった。

 

 

「これがユイ君との出会いだよ」

「お母さん、お嫁さんになりたかったんですね」

「彼女の真意は分からないが、家庭に対する憧れがあったのかも知れないね」

 シイにはユイの気持ちが分かる。碇家は古風で厳格な家なので、ユイがごく普通の家庭と幸せを望んでも不思議では無いと思った。特にユイは一人娘。シイ以上にその思いは強かったのだろう。

「結局ユイ君は私の研究室に入った。優秀な学生でね、一種の天才とも言えただろう」

「お母さん凄かったんだ……」

 シイが知っているユイは、あくまで母親としての姿でしかない。だからなのか自分が産まれる前の、学生であり科学者である碇ユイの話はとても新鮮に思えた。

「ああ。ユイ君とは個人的にも付き合いがあり、何度か一緒に山にも登ったよ」

「冬月先生、何だか嬉しそうですね」

「楽しかったからね。彼女と話しているだけでも一日つぶせたよ。だがそんな日々にある出来事が起きた」

 冬月は表情をわずかに曇らせ、昔語りを続けた。

 

 

「はい、冬月です」

 研究室の電話を取ると、冬月は相手の名乗りを聞いて眉をひそめた。電話の相手は警察だったのだ。

「六分儀、ですか? まあ名前くらいは。ええ、色々と噂の絶えない男ですから。えっ、私を身元引受人に?」

 思わず立ち上がった冬月を学生達は何事かと見つめる。自分が大声を上げたことに気づくと、冬月は何でも無いと学生達に手をふり椅子に座り直した。

「はぁ……いえ、伺います。いつそちらに伺えば宜しいでしょうか」

 一度も面識の無い男の身元引受人など正直断りたいところだったが、六分儀と言う男は自分の大学の学生。無下にするわけにもいかず、冬月は白衣を脱ぎジャケットを羽織ると、学生に外出の旨を告げて警察署へと向かった。

 

 六分儀ゲンドウは目つきの悪い長身の男だった。やせ形で頬骨が浮き出た頬に、殴られたのであろうアザが痛々しく残っている。

 冬月はゲンドウを一瞥すると、警察官に促されて手続きを行う。大学の教授と言うのは社会的信用も高く、身元引き受けの手続きは何事も無く終了した。

「面識の無い私をご指名とはな。自分の教授を呼び出せば良かっただろう」

「ある人物から貴方の話を聞きましてね。是非一度お会いしたかった」

 警察署を後にした二人は歩きながら会話を交わす。にやりと笑うゲンドウは目つきの悪さからか、冬月に好意的とは言えない印象を与えた。

「私も君の話は聞いているよ。ただ酔って喧嘩とは、案外安っぽい男だな」

「一方的に絡まれました。人に好かれるのは苦手ですが、疎まれるのは慣れてますので」

 自嘲気味に語るゲンドウに、冬月は視線を向けること無く切り捨てる。

「難儀なことだ。まあ私には関係の無い話だな」

「ふっ。冬月先生、貴方は私が期待した通りの人間のようだ」

(……いやな男だ)

 冬月の中でゲンドウの印象は最悪だった。

 

 

「お父さん、六分儀って名字だったんですね」

「奴は入り婿だよ。碇はユイ君の家だ。まあ、君には今更だろうが」

「六分儀シイ……なんか似合わないです」

 笑うシイに冬月も激しく同意する。六分儀シイ。名字が変わっただけなのに、何ともかわいげの無い名前だと感じられた。

「喧嘩してぶたれるなんて、お父さんは不良だったんですか?」

「悪い噂が絶えない男ではあった。破落戸、アウトローと呼ばれる人種だったのは確かだ」

 京都大学の学生である事から、それなりに優秀な男ではあったのだろう。だがゲンドウに関する噂や評判には、必ずと言って良いほど悪い話がつきまとっていた。

「お母さんは真面目だったんですよね?」

「そうだよ。優秀で勤勉で、ただ少し世間知らずなところはあったが」

 碇家と言う箱庭で育ったユイは、文字通り箱入り娘であった。ただその危うさすらも、彼女の魅力の一つでもあったのだろう。事実、研究室内で彼女に好意を持つ学生は少なくなかった。

「ならお母さんとお父さんはどうして知り合って、結婚したんでしょう?」

「……私も知りたいよ、それは」

 冬月は苦虫を噛み潰した様な顔をして、話を再開した。

 




こんな感じで冬月先生の昔語りが少し続きます。過去のことですので、基本的に原作と変わらない展開となります。
普通ならカットの流れですが、原作からの設定変更部分がこの昔語りに入ってますので、投稿させて頂きます。

昔語りは全部で3話。本日中に語り終えて貰う予定です。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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