エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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21話 その2《レイ、心の向こうに》

 

「……君が碇よりも先に、私に声をかけた理由が分かったよ」

「はい。冬月先生は人類補完計画に反対なんですよね?」

 自嘲気味に笑いながら冬月は頷く。本心では計画に反対しながらも計画実行の為に尽力している。その矛盾をシイに知られ、何とも言えぬばつの悪さがあった。

「例え罪にまみれようとも人の生き続ける世界を望む。私はそんな弱い人間なのだよ」

「違います!」

 自虐的な冬月にシイは立ち上がって声を張り上げた。

「お父さんもゼーレもみんな逃げてるだけです。本当にこの世界が好きなら、大切な人達と一緒に居たかったら、絶対に諦めないはずですから」

「シイ君……」

「だから冬月先生。私に力を貸して下さい。私は最後までみんなと居る世界を諦めたく無いんです」

 子供の理屈と言われればそれまでだがシイは迷わない。何が出来るかも分からないし、この選択の結果人類は滅びてしまうのかもしれない。それでも自分の未来を勝手に決められる事は我慢できなかった。

 

 黙り込む冬月から発せられる言葉をシイはじっと待つ。例え拒否されたとしても受け入れるつもりでいた。それは冬月の意思。生きる事を望む自分の意思と同じく尊重されるものなのだから。

「……ゼーレは巨大な組織だ。対抗するにはネルフだけでなく、それこそ世界中の力が必要だな」

「え?」

「まずは情報戦か。隠し事の多い奴らだ。表に引きずり出してやれば良い」

 戸惑うシイに冬月は次々にゼーレへの対策を口にする。恥ずかしさを隠す為の遠回しなそれが、協力承諾の合図だと理解してシイの顔がみるみる笑顔に変わる。

「冬月先生」

「選ばせて貰ったよ。私にとっても君が居るこの世界に、まだ未練があるからね」

「先生!!」

 感極まったシイが思い切り冬月へと抱きつく。胸に飛び込んできたシイに、冬月は見えないように小さくガッツポーズをとるとその背中に手を回す。

(碇……私は今を選ぶよ)

 ニヤニヤと頬を緩ませながら冬月は天国を味わっていた。

 

 

「シイさん!!」

 モニター越しにその光景を見たリツコは、悲鳴混じりの声をあげる。

「ミサト! リョウちゃん! 今すぐ突入してあの爺を射殺するのよ!」

「お、落ち着きなさいって」

「そうだぞりっちゃん。微笑ましい光景じゃ無いか」

 顔を真っ赤にして物騒な言葉を発するリツコを、ミサトと加持は必死になだめる。アスカとトウジも呆れ返った視線をリツコへと向けた。

「バッカじゃ無いの? ハグくらいで」

「愛情表現やな。副司令はんにとってシイは孫みたいなもんやろ」

「何言ってるのよ! これはシイさんの貞操の危機なの!」

 激高するリツコだったが幸いにもこの場には、彼女に同調する者は居なかった。ここにいる面々もシイを大切に思ってはいるが、リツコほど極端でも無い。

「ま、副司令はこっちの味方って事で良いのかしらね」

「だろうな。色々楽になるぞ。何せあの人は保安諜報部以外にも、主要部門の統括しているからな」

 ある意味司令であるゲンドウよりも冬月がネルフの実務を担っていた。それが味方についた今、ネルフという組織を味方にするに等しい。

 相手はキングだけ。こちらは他全ての駒。チェックメイトは時間の問題と言えた。

 

「あぁぁ、シイさんが……私のシイさんが……」

「ねえ、止めなくて良いの?」

 アスカはため息をつきながら、モニターにしがみつくリツコを親指で示す。彼女もシイが抱きしめれらた姿に不思議と怒りを覚えていたが、反面教師の様なリツコのお陰で冷静で居られた。

「ほっときなさい。病気みたいなもんだから」

「りっちゃんはおいておくとして、俺たちも副司令に挨拶しておくか」

「そうね。アスカ達も一緒にいらっしゃい……って、あれ?」

 チルドレン達を連れて行こうと視線を向けたミサトは、ある異変に気づいて動きを止めた。

「何よ、アホ面しちゃって」

「トラブルですかいな?」

「いえ、その、レイと時田博士は?」

 さっきまでは確かに居た。だが今ここに、レイと時田の姿は何処にも見えなかった。ミサトに言われアスカとトウジも不思議そうに周囲を見回す。

「あれ、さっきまで居たわよね?」

「おったで。何や、トイレかいな」

「二人同時にかい? そりゃ少し変だろ」

「……ひょっとして」

 嫌な予感にミサトの背筋がぞっと凍る。レイは表にこそ出さないがシイが大好きだ。そんな彼女があの光景を見たらどんな反応をするのか。最悪の想像がミサトの脳裏に浮かんでしまう。

 その時、泣き崩れていたリツコが不意に大声を上げた。

「良いわよレイ! やっちゃいなさい!」

 慌ててミサト達がモニターをのぞき込むと、そこにはまるで断罪者の様なレイがただならぬ空気を纏って、今まさに執務室へ突入しようとしていた。

 手に一本のバールを持って。

「……加持君!」

「急ぐぞ葛城!」

 弾かれたようにミサトと加持は駆け出す。せっかく得た協力者をこんなところで失わない為に。

 

 

「き、君達……」

「綾波さん。時田さん」

 突然の乱入者に戸惑う冬月。今彼は椅子に座り、シイを膝の上にのせて抱きしめている体勢。他人に見られると非常にまずい状況であった。

「こ、これは、色々と事情があってだね」

「冬月先生が協力してくれるの。先生大好き」

 ギュッと冬月の首に手を回すシイ。それが引き金だった。レイはバールを床に叩き付けると、無表情のまま冬月との距離を詰めていく。まるでホラーのような光景だ。予想される結末はスプラッタだが。

「碇さん……少し離れていて」

「え?」

「ささ、シイさん。こちらにどうぞ」

 時田はいつも通り温和な笑みを浮かべながら、冬月から素早くシイを引き離す。

「れ、レイ。一体何事かね」

「……エロ爺」

 レイの小さな呟きに冬月の肩がぴくりと揺れる。その反応だけでレイには十分だった。

「ち、違うんだ。これは……そう、シイ君とスキンシップをだね」

「さあさあ、シイさん。ちょっと目を閉じてましょうね」

「え? え?」

 時田は身体でシイの視界を遮ると、苦笑しながらレイにウインクをする。それを受けたレイは細い両腕で、バールを大きく振り上げる。

「……さよなら」

「ま、待ってくれ。話せば分かる」

 冬月の懇願を一切無視したレイは暗い光を瞳に宿し、バールを勢いよく振り下ろす。

 瞬間、室内に銃声が響いた。

 

 飛んできた銃弾は細いバールに命中し、レイの手からバールをはじき飛ばす。

「流石葛城。銃の腕は相変わらずだな」

「ぜ~は~、ど、どうにか間に合ったわ。ホントぎりぎりだったけど」

 荒い呼吸をつきながら、ミサトはドアから姿を見せる。手に握られた銃からは発砲を示す白煙が立ち上っており、彼女が冬月の命を救ったのは間違い無かった。

「……邪魔するの?」

「落ち着きなさい、レイ。こんなスケベ爺だけど、今はまだ必要なのよ」

「そうだぞ。どうしようも無いエロ爺でも、俺たちには大切な人材だ」

 好き勝手言い放題のミサトと加持に、冬月は思い切り凹んだ。自業自得と言われればそれまでだが。

「それにもしやってたら、シイちゃん悲しむわよ」

「……了解」

 渋々レイは頷き冬月から距離をとる。それを見て安堵したミサトは、矛先を時田に向ける。

「時田博士。貴方は何やってるんですか?」

「はは、いや面目ない」

「そう言うな葛城。この人は俺たちが間に合わなかった時、レイを止める為にここに居たんだ」

 加持の言葉に時田はお見通しでしたかと恥ずかしげに頭をかく。ミサト達の身体能力を考えれば、レイの暴走は止められると思っていたが、万が一の時にはと考えていた。

 

「ちょっと、どうなってんの? 副司令まだ生きてるの?」

「リアルスイカ割りは流石に遠慮したいのう」

「……ちっ」

 ミサト達に遅れて、アスカ達も冬月の執務室へ駆けつけてくる。広い副司令執務室とはいえ、これだけの人数が一度に入ると流石に狭い。

「こりゃ、場所を移した方が良さそうだな」

「そうね。副司令、この後お時間宜しいでしょうか?」

「……構わんよ。レイと二人きりで無ければね」

 真っ赤な瞳に睨まれる冬月は、冷や汗を流しながらミサトの申し出を受けるのだった。

 

 




冬月副司令ゲットです。原作でも計画に否定的なスタンスをとっていたので、シイが居るこの物語では、なるべくしてなったかなと。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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