エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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20話 その2《ひとのかたち》

 

 ネルフ本部司令室には、ゲンドウと冬月と対峙する加持の姿があった。

「いやはや、この展開は予想外ですな」

 軽い口調でゲンドウ達へ話しかける加持だが、その目は油断無く二人の姿を捉えている。ゼーレの鈴として、真実の探求者として、ネルフのトップ二人に堂々と揺さぶりをかけられる貴重な機会なのだ。

「全くだよ。シイ君は病院で休養中だった筈だったが……」

「抜け出すのを手引きした者が居る」

「それはまた、穏やかではありませんね」

 互いに腹の内を探り合う会話が続く。

「本部と病院の監視カメラを誤魔化し、保安諜報部員を無力化出来る手錬。そう多くは居るまい」

「でしょうね」

 ネルフ中央病院のセキュリティーは、ネルフ本部と近いレベルを誇っている。それを誤魔化し、かつ腕利きの護衛を力尽くで押さえ付けられるとなると、犯人は限られてくるだろう。

「例えば監査部主席監査官である君の様な、優れた人間が関わっていると我々は推察しているよ」

「評価して頂けるのはありがたいですが、買い被り過ぎでは?」

「ゼーレ、日本政府、そしてネルフの三重スパイをこなす君だ。優秀としか言い様が無いよ」

 何気なく加持に正体が割れている事を告げる冬月。そして無言で加持に鋭い視線を向けるゲンドウ。知られていて当然と思っている為、一切の動揺を見せない加持。短い沈黙が三人の間に漂った。

 

「まあ良い。シイ君の件は追々調査するとして、ゼーレが気にしているのは初号機だな?」

「え?」

「違うのかね?」

「あ~え~、まあそんな感じです」

 実際はサードチルドレン、碇シイの問題が最優先だったのだが、流石にそれを素直に伝える訳にはいかず、加持はあいまいな笑みを浮かべて答える。

「S2機関を取り込んでしまった初号機。ゼーレにはどう言い訳を?」

「初号機は我々の制御下に無かった。今回の件は不慮の事故だよ」

「よって初号機は凍結。委員会の別命あるまではな」

 予め対応を検討していたのだろう二人は、角の立たない釈明と対策を加持へ答えた。初号機を制御できない危険な物として、ネルフにかかる責任を全て押しつける算段らしい。

「賢明な判断です。ただそうすると問題がありますよね?」

「シイ君か……」

「ええ。彼女は輝かしい戦果をあげていますから。優秀なパイロットを失う可能性をゼーレは危惧しています」

「ふっ、老人達の道楽だな」

 ゼーレの真意を読みきったゲンドウは、口元に笑みを浮かべて皮肉を言う。彼らが気にしているのがサードチルドレンでは無く、碇シイと言うのは先の査問会で既に承知していた。

「本日午後に行われる初号機の状況確認。全てはその結果次第だ」

「シイの回収が困難であるならば初号機と共に凍結する。ゼーレのシナリオに従うと伝えたまえ」

「……適切な処置です。ではこれで」

 加持は軽く頭を下げると司令室を後にした。

 

 退室する加持を見送ると冬月は大きくため息をつく。

「ゼーレは問題なさそうだな。だがシイ君の件はどうする?」

「言った通りだ」

「やれやれだな。リスクの高いS2機関の捕食。その為のダミープラグだったと言うのに」

 使徒の捕食によるS2機関の確保自体は、ゲンドウのシナリオ通りだった。だがそれは取り込まれるリスクを考慮して、ダミープラグによって行うつもりだったのだ。

 全てはシイの搭乗とユイの意思が大きなイレギュラーとして、ゲンドウのシナリオを狂わせてしまった。

「シンクロ率400%。間違いなく取り込まれただろう」

「……サルベージの資料は残っている」

「全てはシイ君とユイ君の意思次第と言う事か」

 それだけ告げると冬月は、間近に迫った初号機の状況確認に立ち会う為、司令室から出て行ってしまう。残されたゲンドウは一人、心の中で苦悩する。

(ユイ……お前はシイを取り込み、何をするつもりなのだ……)

 

 

 ネルフ本部第一発令所にはミサトやリツコ、冬月だけでなく、アスカ達チルドレンと加持に時田等々、多数のスタッフが詰め掛けている。

 みんなの目的はただ一つ。シイの安否確認と救出を自分の目で見届ける事だった。

「時間ね。では初号機と回路を接続して」

「了解」

 リツコの指示でオペレーター達が一斉に端末を操作し、ケージの初号機との回線を開いていく。だが状況は芳しくなかった。

「駄目です。エントリープラグの排出信号は拒絶されました」

「制御信号もです」

「予備回線と擬似信号でアプローチして」

「……失敗しました。初号機がこちらからの接続を受け付けません」

 次々と状況の悪化を告げる報告を聞き、ミサトはそっとリツコに耳打ちする。

「どう言う事? 初号機にお母さんの魂が宿っているなら、何でシイちゃんを閉じ込めてるのよ?」

「分からないわ。ただユイさんはシイさんを溺愛していたらしいから、悪意があるとは思えないけど」

「何かシイちゃんを初号機から出せない理由があるって事?」

「恐らくは。今はそうとしか言えないわ」

 二人がひそひそ話をする間にも、オペレーター達の必死な作業は続いていた。

 

「先輩! プラグ内のモニター回線が繋がりました!」

「良くやったわマヤ。主モニターに回して」

「はい」

 マヤが端末を操作すると発令所の巨大モニターに、初号機のプラグ内の映像が映し出される。これでシイの安否が確認できるとスタッフ達に訪れた安堵は、一瞬で消え去ってしまった。

 初号機のプラグ内。そこに全員が望んでいたシイの姿は何処にも無かったのだ。その代わり搭乗時にシイが着ていたと思われる水色の病衣だけが、所在無さげにプラグ内を漂っている。

「ちょ、ちょっと、どういう事よ! シイは何処行ったのよ!」

「アスカ、落ち着いて」

「だがアスカの言葉はもっともだ」

「そうですね。初号機からエントリープラグは一度も排出されていない。ならば彼女は何処へ?」

 時田の言葉で一同の視線は、沈黙を守っているリツコへと向けられた。答えを求める面々に、リツコは覚悟を決めたように重い口を開く。

「シイさんは……恐らく初号機に取り込まれてしまったと考えられるわ」

「取り込まれた?」

「シンクロ率はエヴァとの同調を数値化したもの。100%が最高と考えられているけど、人は自我を持っている以上、他者と完全にシンクロ出来ない。でもシイさんはそれを超えてしまった」

「つまり……」

「これがシンクロ率400%の正体。エヴァとの完璧な同調。それはエヴァと一体化する事なのよ」

 リツコの発言にミサトもアスカも、レイも加持も、その場にいた全員が言葉を失った。負傷をおして出撃し、自分達を守るため死力を尽くした少女がエヴァに取り込まれてしまった。

 肩を落とし涙を浮かべる者、怒りに拳を震わせる者、唇を噛み締めて無力さを実感する者、反応は様々だが思いは一つ。あまりに酷い結末への憤怒と絶望だった。

 

 もうあの少女に会えない。あの笑顔が見れない。発令所はまるで通夜の様な沈んだ空気に包まれる。

「シイを守れないなんて、何がリーダーよ」

「わしが……わしがもうちょい、早う決断しとれば……」

「……私の動きが遅かったせい」

 自分達が使徒を殲滅していればシイが戦う必要は無かったと、アスカ達は自分を責める。特にアスカは一番早く戦線を離脱した事もあり、人一倍責任を強く感じていた。

「いいえ。貴方達はベストを尽くしたわ」

「うむ。君達の働きが無ければ、今頃は人類全部が滅んでいたよ」

「反省するのは悪いことじゃない。だがその前にすべきことがある」

 チルドレン達に励ましの言葉をかける大人達。結果としてシイが取り込まれてしまったが、使徒を殲滅した初号機を出撃する時間を作ったのは、紛れも無く彼女達なのだから。

 

 重苦しい空気の中、時田はそっとリツコの元へ近寄り、真剣な面持ちで声を掛ける。

「赤木博士。私は専門外なので断言は出来ませんが……シイさんは今、量子状態なのですか?」

「その通りだと思いますわ」

「だとすれば、MAGIのサポートがあれば」

「可能性はあるかと。過去に一度、同じケースでサルベージを行ったデータがあります」

「ちょっと待ちなさいって」

 何やら意味深な会話をしている時田とリツコに、ミサトが慌てて待ったをかける。

「勝手に話進めてないで、私達にも分かるように説明してよ」

「奪われたものは取り返せばいい。そう言うことですよ、葛城三佐」

「エヴァ初号機からのサルベージ。それがシイさんを取り戻す唯一の策よ」

 リツコの力強い発言は、発令所の重苦しい空気を振り払う希望に満ちたものだった。

 

 

「今のシイさんは、自我の境界線を失った為、肉体が量子状態まで分解されているわ」

「じゃあ何? シイはあたし達に見えないだけで、まだあそこに居るって~の?」

「ええ。LCLの成分が変化して、原始地球の海水に酷似していることから、まず間違いないわね」

 リツコの言葉を一句たりとも聞き逃すまいと、スタッフ達は全力で聞き入る。

「プラグが一度も開放されていないから、今もシイさんを構成していた粒子はプラグ内に存在している筈よ」

「だから初号機はエントリープラグの排出を拒絶したのね」

 プラグが排出されれば当然LCLも排水される。もしそうなればシイのサルベージは不可能。ミサトはユイがシイを守る為に、排出信号を受け付けなかったのだと理解した。

「今、シイさんの全てはプラグ内に保存されているわ」

「なるほどな。つまりサルベージってのは」

「シイさんの肉体を再構築して、魂、精神を定着させる作業よ」

 加持の言葉を肯定してリツコはサルベージの概要を全員に伝える。あまりに突拍子も無い、夢物語のような話だが、異議を申し立てる者は一人としていない。

 誰もがシイが帰ってくる事を望んでいるのだ。例えそれがどんな無茶な方法だとしても。

 

「副司令、よろしいですね?」

「もちろんだ。君にサルベージ計画の責任者として、全権を与える」

 ゼーレに約束した初号機の凍結に、シイのサルベージは何も違反していない。寧ろゼーレを刺激しないためにも、自分の為にもサルベージの成功を願わずにはいられなかった。

「では本日現時刻をもって『碇シイサルベージ計画』を開始します。本部の復旧とエヴァの修復との平行作業になるから、相当ハードなスケジュールになるわ。覚悟は良い?」

 確認は不要だった。リツコを見つめるスタッフの目には、力強い光が宿っているのだから。

「詳細なプランは完成次第開示します。みんなの働きに期待するわ」

「「はいっ!!」」

 シイを取り戻すため一丸となったネルフの戦いが幕をあげた。

 




ここまで主役の出番無しです。あんな状態ですのでやむを得ないですが。

加持の三重スパイはとっくにバレていましたが、実際にはシイ達と協力しているので、四重スパイなんですよね。つくづく優秀な人だと思います。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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