エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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20話 その1《少女が消えた日》

 

 闇の中で開かれる会議。それは人類補完委員会会議と類似しているが、明確に異なる点がひとつ。参加しているメンバーは人間ではなく、宙に浮く漆黒のモノリスだと言う事だ。

 モノリス達は先の使徒戦について、意見を交わし合う。

「使徒の殲滅。それは良い」

「死海文書の予言の中でも、力を司るあの使徒は最大の障害と思っていたからな」

「左様。エヴァと第三新東京市の損壊があの程度で済んだのは、寧ろ幸運と言える」

 実際には第三新東京市とネルフ本部は大きなダメージを受けた。エヴァも弐号機が大破し、初号機が中破、参号機が小破と決して軽くない被害を被ったのだが、第十四使徒殲滅はそれらを考慮しても十分過ぎる戦果だったのだろう。

「そうだ。だがあれは頂けない」

「S2機関。本来エヴァシリーズに存在しえないあれを、まさかあの様な方法で取り込むとはな」

 報告にあった初号機による使徒の捕食。無限のエネルギー機関であるS2機関を、使徒から直接奪い取る行為は彼らにとって実に都合が悪かった。

「我等ゼーレのシナリオとは、大きくかけ離れた出来事だ」

「この修正、容易では無いぞ」

「碇ゲンドウ。あの男の存在がシナリオの障害では無いのか?」

「だが彼でなければここまで来れなかっただろう」

 意見を交し合うモノリス達。全て同じ姿をしているが、刻まれたナンバーで判別することが出来る。

「碇……何を考えている」

 ナンバー01、リーダー格と思われるモノリスは、困惑の声を漏らすのだった。

 

 

 ネルフ本部発令所ではスタッフ達が事後処理に追われていた。今回はエヴァだけでなく本部にも大きな損害が出ているため、いっそう慌しい空気に包まれている。

「参号機は腰椎及び両足の損害が酷いですね。ただ中枢部は無事ですので、今週中には何とか」

「二機分のATフィールドのおかげね。それで弐号機は?」

「両腕と頭部の切断、全身パーツへのダメージ。修復には時間が掛かりそうです」

 マヤは端末を操作して被害状況と修復計画をディスプレイに表示する。米国第二支部消滅の影響でエヴァの部品が不足している現状もあり、修復はだいぶ遅れそうだとリツコは脳内でシミュレートした。

「地上の被害は甚大でも、ここが無事なのは不幸中の幸いかしらね」

「ですね。この発令所が破壊されていたらエヴァも第三新東京市の復旧も、もっと遅れていましたよ」

 苦笑しながら会話を交わすリツコとマヤ。それが途切れると気まずい沈黙が二人の間に漂う。意識的に避けていた話。今もっとも大切な話。切り出したのはリツコからだった。

「……初号機はどう?」

「現在第四ケージに拘束中です。今のところ暴走の気配はないそうですけど」

「そう……。本日午後から状況確認を行うわ。シイさんの事も含めてね」

「先輩。シイちゃんは無事ですよね?」

 不安げな顔を向けるマヤにリツコは返答に窮する。シンクロ率400%。その意味と正体を察しているリツコは、シイの状態をある程度予期していたからだ。

「今の段階ではまだ何も言えないわ。ただ」

「ただ?」

「覚悟はして置いた方が良いわね」

 辛そうに告げるリツコの様子でマヤも事態の深刻さを悟り、泣きそうな顔で頷くのだった。

 

 

 エヴァンゲリオン専用格納ケージ。その第四ケージにミサトと日向の姿があった。二人が見つめるのは、頭部装甲板が剥がれ茶色の素体が露になっているエヴァ初号機だった。

「ケージに拘束、か。今は動かないみたいだけど」

「はい。全てのエネルギー反応は完全に沈黙。取り込んだと思われるS2機関も停止しています」

「当てにならないわよ、そんなの。この初号機は何度も信じられない事を起こしたんだもの」

 無人での起動、暴走、ディラックの海からの脱出、そして先の異常行動。初号機が自分達の常識から大きくかけ離れた存在だと、ミサトは理解していた。

「先ほど赤木博士から連絡がありました。状況確認を本日午後より行うと」

「……何時までもシイちゃんを乗せたままって訳にはいかないものね」

 ミサトはエヴァの顔を、緑色の不気味な瞳を見つめて呟いた。

 あの後初号機は一頻り咆哮をあげると活動を休止した。零号機によってケージまで移動されたが、暴走の危険性を考慮して、今まで迂闊に触れる事すら出来なかったのだ。

 搭乗しているシイをそのままにして。

「相当頭部へのダメージがありますからね。早くシイちゃんも治療と検査を受けてもらわないと」

「それで済めば良いけど」

 今までと違う初号機の暴走。ミサトは湧き上がる嫌な予感に表情を曇らせて小さく呟いた。

 

 

「……で、結局使徒はシイが倒したって訳?」

「ええ」

 ネルフ中央病院の病室で目覚めたアスカは、お見舞いに来ていたレイから事の次第を聞いた。使徒の攻撃をギリギリで回避した際に意識を失った彼女にとっては、まさに寝耳に水の展開だった。

「良くあそこから抜け出せたわね」

「……加持監査官と時田博士が手引きしたらしいわ」

「さっすが加持さんね。出来る男は違うわ」

「……時田博士も」

「あ、それでシイはどうしたの? ひょっとして司令にまた謹慎させられてるとか?」

 さらっと時田をスルーしてアスカは何気なく尋ねる。だが珍しく表情を曇らせるレイを見て、自分の思っている以上に事態が悪いと察した。

「ヤバイ感じなの? 本格的に身柄を拘束とか」

「……碇司令が発進を許可したから、その件はお咎め無し」

「なら何よ。まさか負傷してるんじゃ?」

「……それは、まだ分からないわ」

 アスカはレイの発言に違和感を覚えた。先の説明では使徒殲滅は昨晩。今は翌日の朝だから少なくとも数時間は経過している。だというのに負傷の有無さえ不明と言うのはどう考えてもおかしい。

「どう言うこと?」

「……初号機は先の戦いで暴走。第一級危険指定されたわ。だからまだ誰も初号機に触れる事も、調べる事も、碇さんの無事を確かめる事も許されていないの」

「はぁ? 何よそれ」

 初号機の暴走はアスカも一度目にしている。影の使徒を引き裂き血飛沫の中、雄たけびをあげる悪魔の様な姿。確かに恐怖を感じたが、その時ですら危険指定などされなかった筈。

 ならば他に何か大きな要因があると、アスカは頭の中で論理を組み立てる。

「あんた、まだあたしに話して無い事あるでしょ?」

「……ええ」

「ならそれをとっとと話しなさいよ」

「……上手く説明出来ない」

 茶化している訳でも誤魔化している訳でも無い。あの光景を目の当たりにしたレイだが、危険指定される詳細な理由は分からなかったし、何よりあれを言葉で説明するのは難しかった。

「……本日13時より、初号機の状態確認が行われるわ」

「自分で確かめろって事? ま、その方が手っ取り早いかもね」

 アスカはベッドから身体を起こすと手早く病衣を脱いで、ベッドサイドに用意されていた、自分の服へと着替え始める。

「……良いの?」

「あたしの弐号機は傷物にされたみたいだけど、あたしは怪我なんてしてないもの」

 元気だとアピールするアスカにレイは違うと首を横に振り、後ろを見ろとそっと指差す。

「ん? 何があるって~のよ……」

 下着だけの姿で後ろを振り返り、そのままアスカは硬直した。この病室は個室ではなく相部屋。自分の後ろにはもう一つベッドがあり、そこには非常に気まずそうな笑顔を向けるトウジがベッドに寝ていた。

「よ、よう惣流。昨日ぶりやな」

「……ふんっ!!」

 アスカの足がしなやかに舞い、トウジの顔面に直撃した。対人戦闘の訓練を受けた彼女の躊躇も容赦も無い一撃に、トウジの意識は綺麗に刈り取られるのだった。

 

 

 モノリスによる会議は今もまだ続いていた。

「だが事態はS2機関の取り込みだけに止まらない」

「左様。シイちゃ……ごほん、サードチルドレンの安否確認がまだと言うのは不味いね」

「全くだ。碇め、娘の事が心配では無いと言うのか」

「中間報告によれば、パイロットとエヴァのシンクロ率が400%を超えたとか」

「最悪の場合」

「ユイと……母親と同じ末路を迎えるかもしれんな」

 01モノリス、キール・ローレンツの発言にモノリス達は沈黙してしまう。シンクロ率400%、それは自我の喪失を意味する。かつての碇ユイの様にシイもまた、悲劇を起こすのかもしれなかった。

 絶望感からかモノリスが一回り小さく見える。

「何故だ。何故こんな事態になってしまったのだ……」

「あの男の好き勝手を許していたから、この事態を招いたのでは無いのか」

 モノリス達の怒りの矛先は、やはりと言うかゲンドウへ向けられる。

「そうだ。碇の首に鈴を付けて置かぬから、こんな事になる」

「鈴は付いている。ただ鳴らなかっただけだ」

「ふん。鳴らない鈴に何の意味がある?」

「使えぬ鈴ではない。だとすれば何らかの意図があると思うがね?」

「……では次は鈴に動いて貰うとしよう。果して我等の鈴たる資格があるか、確かめようではないか」

 キールの言葉にモノリス達は器用に石版を傾け頷いてみせる。これを最後に人類補完委員会、いやゼーレの会議は終わりを告げた。




ゼーレが初めて姿を見せました。人類補完委員会のメンバーとは違うらしいのですが、この小説では委員会のメンバーが全員ゼーレだという設定にしています。
そのせいで少々話がややこしくなっていますが。

アスカに関しては、無傷の状態で失神・神経接続解除となりましたので、敗戦のショックが薄いです。多少プライドが傷ついたでしょうが、彼女も精神が成長していますから。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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