エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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19話 その6《天使と悪魔》

 

「シイ……」

 ゲンドウは少女の名を呟いた。病院から抜け出してきたのであろうシイは、水色の病衣を纏った姿で荒い呼吸をつきながらゲンドウの前に歩み寄る。

「何故ここに居る? お前には無期限の入院とエヴァへの搭乗禁止を命じたはずだ」

 厳しい声色でゲンドウはシイを問い詰める。この状況でとるべき行動では無いのだが、娘を前に虚勢を張ってしまう不器用さが滲み出ていた。

「お父さん……私、初号機で出撃します」

「必要ない。早く病院へ戻れ」

「嫌!」

「また命令違反をするのか、お前は」

「嫌ったら嫌なの! 私は……みんなを守るって決めたんだから」

 真っ直ぐな視線を向けるシイに、ゲンドウは呆れ混じりのため息をつく。意気込みはともかく、左腕が使えないシイが使い物になるとは思えなかった。

「今のお前に何が出来る?」

「分からないよ! でも何もしないなんて、私は我慢できない!」

「……お前の我が儘で初号機を失う訳にはいかない」

「使徒を倒さなきゃ初号機だって、お母さんだってなくなっちゃうんだよ!」

 シイの絶叫にゲンドウは思わずたじろぐ。機密中の機密である碇ユイの存在。それをシイが知っている事に驚きを隠せない。

「シイ。お前どうしてそれを」

「そんなこと話してる場合じゃ無いでしょ。男が細かい事を一々気にしないで下さい!!」

「ユ、ユイ……」

 病衣姿の小さな娘に一瞬妻の面影が重なり、ゲンドウは二、三歩後ずさりする。冗談交じりに冬月が言っていた夫婦関係も、あながち間違いではないらしい。

「出撃します。いいですね?」

「し、しかし……」

「お母さん。一緒に戦って!」

 この期に及んでまだ決断できないゲンドウに痺れを切らし、シイはやり取りを黙ってみていた初号機に呼びかける。すると首筋の装甲が開き、エントリープラグが外部へと排出された。

 乗りなさいと無言で告げる初号機に、シイは小さく頷くとプラグへ向かって走り出す。

「……シイ!」

「??」

 背後から聞こえるゲンドウの声に、シイは足を止めずに顔だけ振り返る。

「拘束具を強制排除して出撃しろ。施設を破壊しても構わん。カタパルトへ急げ」

「あ……うん!」

 ゲンドウから告げられた助言。それが自分の行動を認めてくれたからだと理解し、シイは嬉しさのあまり緩みそうになる頬を引き締め力強く頷いてみせた。

 

 

 再三放たれた使徒の攻撃によって、遂にネルフ本部を守っていた装甲板が全て突破されてしまった。装甲板の下には巨大な縦穴、メインシャフトがその姿を現す。

「最終装甲板、融解」

「メインシャフトが露出」

「使徒。メインシャフトへ向けて進行を再開」

 ジオフロントの地表から最下層のターミナルドグマまで、ネルフ本部内にはメインシャフトと呼ばれる縦穴が走っていた。離れた位置から光線を放っていた使徒は障害が取り除かれた事を確認し、ゆっくりと縦穴へ近づいていく。止める手立てが無い今、ネルフ本部は完全に無防備だった。

「ここに来るわ! 総員退避。第二発令所へ移動しなさい」

『総員退避、第二発令所へ移動せよ。繰り返す。総員退避、第二発令所へ移動せよ』

 ミサトの指示に従い日向が大声でアナウンスを繰り返すと、発令所からスタッフ達が一斉に脱出を始める。丁度その時、大きな衝撃が発令所に伝わってきた。

「何事なの?」

「内部施設が破壊されています……これは、エヴァ初号機です」

「初号機? ダミー……いえ、まさかシイちゃんが」

 メインモニターに映し出される初号機は、隔壁を力任せに破壊しながら本部の中を移動して、一直線に射出カタパルトを目指していた。

「通信繋いで。シイちゃん聞こえる? シイちゃん!」

『ミサトさん!』

((シイちゃんだ!))

 絶望的な状況下で発令所に響くシイの声。それは諦めかけていたスタッフ達の気力を蘇らせる。

『私がリフトに乗ったら使徒の下に射出して下さい!』

「奇襲をかけるのね、分かったわ。使徒の移動速度を算出。直下にある射出口にルートを設定して」

「了解」

 マヤが端末を操作する間にも、初号機は右拳で壁を粉砕して強引に本部内を移動する。そして射出カタパルトが並ぶターミナルへと到達した。

「ルート確保。使徒の直下には五番で行けます」

「シイちゃん、五番カタパルトに乗って。使徒の直下に出るわ」

『はい!』

 初号機が待機しているカタパルトに飛び乗ると同時に、勢い良くカタパルトが射出された。

 

 

「うぅぅぅ」

 身体を固定されていない初号機は射出の振動と衝撃を直に受ける。片手で必死にバランスを取りながら、シイは歯を食いしばって頭上を見上げる。

 ゆっくりと開かれる射出口。そこをメインシャフトを目指し飛行する使徒が通過しようとする瞬間、初号機の身体はリフトからはじき飛ばされる。

「いけぇぇぇ!!」

 勢い良く飛び上がる初号機は使徒に向かって右手を突き出した。

 

 奇襲は成功した。直下から予想外の変則アッパーカットを喰らった使徒は、その身体をジオフロントの空に舞い上がらせる。その無防備な姿を見逃さず、初号機は両足で使徒の胴体をかにバサミすると、マウントポジションを維持して落下する。

「っっっっっぅぅ」

 完全有利な体勢を確保したが、これだけの衝撃を受けては初号機の右腕も無事では済まない。指と手首、肘と肩の関節部は砕け散り、筋肉繊維もズタズタに千切れて体液が外部に溢れ出す。

 左腕の修復が間に合わなかった初号機は、これで両腕を失ってしまった。だがそれでもシイの闘争本能は、僅かな陰りすら見せなかった。

「あぁぁぁぁぁ!!」

 眼下に見える使徒の胴体中央にあるコア目掛けて、思い切り頭をぶつけ始めた。

 

「頭突き!?」

 あまりに原始的な攻撃手段にミサトは驚き戸惑う。他に手が無いとは言え、あのシイがここまで感情を昂ぶらせて戦う姿が想像出来なかったからだ。

「初号機、頭部装甲板に亀裂発生」

「パイロットの脳波にも乱れが……これ以上は危険です!」

 象徴的だった角は折れ、亀裂が幾筋も初号機の頭部に広がる。相当の痛みがフィードバックしているはずだが、シイは全く攻撃の手を緩めようとしない。

『あなたがぁ、あなたがぁ、あなたがアスカをぉぉ』

 発令所に響くシイの叫び。それは泣き声にも聞こえた。

「シイちゃん、見たのね」

「恐らく。彼女の病室からなら丁度見えたでしょうね。弐号機が蹂躙される姿が」

 大切な人を傷つけられた怒り。それが使徒を目にして憎悪へと変わった。感情をむき出しで戦うシイを、ミサト達は悲壮な顔で見つめるしか出来なかった。

 

 

 初号機の頭部装甲が剥がれ始め内部素体が露出する。パイロットであるシイも、頭部への強い衝撃を繰り返し受けた事で、脳震盪に近い状態に陥っていた。

 だがダメージを受けているのは使徒も同じ。弱点であるコアには少しずつ亀裂が入り始めていた。

「後……少しで……」

 薄れる意識を必死に呼び起こし再び頭突きをコアに叩き込む。すると使徒の身体がビクッと震えた。攻撃は着実に通っている。それを確信したシイは止めを刺すべく、思い切り頭を振り上げる。

 だが次の瞬間、突然プラグ内の電源が落ちた。

「な、何!?」

 パニックになり視線をあちこちに彷徨わせるシイ。そして彼女は見つけてしまった。内部電源稼働時間を示すタイマーがゼロを示しているのを。

「どうして!? まだ五分経ってないのに」

 ネルフ本部を破壊しながら移動し最大出力で戦闘を行った結果、初号機は通常時よりも大量の電力を消費してしまい、後一撃を、最後の一撃を加える時間は失われてしまった。

「動いて、動いて、動いて」

 右手で必死にレバーを前後に動かすが、沈黙した初号機がそれに応える事は無かった。

 

 

 頭を振り上げた姿勢で停止した初号機に、使徒は容赦なく反撃を始める。帯のような腕を頭に巻きつけると、思い切りネルフ本部へ向けて放り投げた。

 糸の切れた人形の様に本部の装甲板に激突した初号機は、三角形の本部外壁をずり落ちる。座るような姿勢の初号機に使徒は遠距離から光線を放つ。

「シイちゃん!!」

 発令所の主モニター内で繰り広げられる一方的な攻撃に、ミサトはたまらず叫び声をあげた。冬月もリツコも他のスタッフも、今にも叫びたい気持ちを抑えてじっとモニターを見つめている。

「……あれは、コア?」

「使徒のコピーたるエヴァ。当然構造は酷似しているから、コアもあるわ」

 リツコの声が聞こえた訳では無いだろうが、使徒は初号機の腹部に露出したコアを見つけると、ゆっくりと接近していく。

 そして杭を打ち込むように、両腕の帯で規則正しくコアを叩き始めた。まるで先程のお返しだと言わんばかりに執拗に攻撃を繰り返す。

 一方的に蹂躙される初号機の姿にミサト達が唇を噛み締めていると、

『ミサトさん。もう我慢出来まへん。わしら今からそっち行きますわ』

 地上で待機していたトウジから緊急通信が入った。

「無理よ。まだリフトは復旧していないのに」

『直通ルートがあるさかい、近道させて貰います』

「まさか!?」

 ミサトがトウジの考えを理解すると同時に、零号機と参号機は使徒が開けた大穴へと飛び込んだ。

 

『綾波、しっかり捉まっとき』

『……了解』

 参号機は零号機を抱っこした体勢で、落下しながら身体のバランスを取る。初陣の彼がここまで参号機を操れるのは、ひとえにリツコのお陰だろう。

『多分わしは動けへん。お前さんに任せる事になってすまんが』

『……問題ないわ』

 二人は最初から落下によるジオフロント突入をミサトに提案していた。だがたとえ着地が成功しても、両足のダメージが大きすぎて戦闘不能になるとMAGIが試算した為、却下されてしまったのだ。

 例え今のように一機が犠牲になってもう一機を送り届けたとしても、単機であの使徒に対抗するのは難しい。それが二人に決断を躊躇わせてしまっていたが、今は状況が違った。

『シイがあそこまで根性見せたんや。わしらが気張らんでどないするねん』

『……必ず助ける』

 使徒が弱っている為単機でも対抗できる事も理由だが、何よりもシイの命が危ない。それが二人の背中を押して独断での行動に繋がった。

 夜の闇を切り裂きながら、二機のエヴァはジオフロントへと降下を続ける。

 

 

「ここは……あの二人に賭けるしか無いか」

「今の使徒なら、零号機単機でも殲滅できる可能性が高いわ」

「後は着地さえ上手くいけば……」

 初号機へ攻撃を続ける使徒の映像と並んで、降下する二機のエヴァが映し出される。どちらも全く予断を許さない状況。発令所スタッフは固唾を呑んで見守る。

「エヴァ両機。まもなくジオフロント地表に接触します」

「ATフィールドを二機が最大にすれば……」

「接触まで、後五、四、三、二、一、零!」

 参号機は零号機を抱えたまま、直立の姿勢でジオフロントへ着地した。

 

「がぁぁぁぁぁぁ」

 漆黒のボディが腰まで埋まり、トウジは初めて受けるフィードバックダメージに苦悶の声を漏らす。だが腕に抱えた零号機の身体を離すことは最後までしなかった。

「……鈴原君」

「わ、わしは無事や。はよシイんとこ行ったれ」

「了解」

 拳を振り上げる参号機に零号機は小さく頷く仕草を見せると、シイの救出へと駆け出した。

 

 

 電源が切れたプラグ内には外部の情報は一切入らない。零号機が向かっている事も知らないシイは、プラグ内に響く衝撃に耐えながら右手で必死にレバーを動かしていた。

「動いて、動いて、お願いだから動いて」

 ガチャガチャと無機質な音だけが響き渡り、初号機は、母は何も応えてはくれない。

「今動かないと、使徒を倒さないと、みんな死んじゃう。みんな居なくなっちゃう。そんなの嫌だよ」

 レバーを動かす手に力がこもる。

「みんなを守るの……独りは嫌だよ……私を独りにしないでぇぇ!!」

 シイの本心からの叫び。それが引き金だったのかもしれない。

 異変は突然訪れた。解除されてしまったシンクロが再び始まる感覚。いや、それとは比較にならない一体感が、今まで感じたことの無い一体感がシイを包み込む。

 心臓が激しく鼓動する音が、静かにプラグに響いた。

「お母……さん」

 

 

 

 突如初号機の両眼に光が戻った。

「しょ、初号機……再起動」

 マヤは信じられないと震える声で報告する。それと同時に初号機の右腕が嫌な音を立てて復元されると、コアに打ち込まれる使徒の帯を防ぐように、前に突き出された。

 開いた初号機の手の平は帯をあっさりと裂く。そのまま手を握り帯を掴むと使徒の身体を引っ張り、思い切り前蹴りを打ち込んだ。

 帯が千切れ勢い良く吹き飛んでいく使徒。それを見下すように初号機は悠然と立ち上がった。

「暴走……なの?」

 ミサトの呟きに誰も答えられない。全員の視線はモニターの初号機へ釘付けだった。

 初号機は千切った使徒の帯をおもむろに左肩へと押し付ける。帯は泡立つように形状を変え、瞬く間に新たな左腕と化した。

「左腕再生!」

「凄い……」

 初陣での暴走時も折れた左腕を一瞬で復元した事があった。だが今は失った手をあっさりと再生して見せた。ミサトは畏怖を含んだ感嘆をもらす。

「え? そんな……あり得ないのに」

「どうしたの?」

「初号機のシンクロ率が、よ、400%を超えています」

 パイロットとエヴァとの同調を数値として表すのがシンクロ率。それは性質上100%が上限で、理論値では90%台が限界とされていた。400%と言うのはどう考えてもあり得ない数値なのだ。

(まさかユイさんがシイさんを取り込んだの? どうして……)

 

 その後の初号機はまさに悪魔だった。

 右手を振るいATフィールドを使徒へ飛ばすと、使徒のATフィールドを容易く破り致命的なダメージを与えた。瀕死状態の使徒は体液を辺りにまき散らしながら大地に横たわる。

 獣の様に四足歩行で使徒へ近づいた初号機は、目を細めながら口を大きく開くと、文字通り使徒の身体を貪った。野生の獣が獲物を喰らう様な姿に、発令所スタッフの多くは耐え切れずに目を逸らす。

 

 やがて食事に満足したのか、初号機はゆっくり立ち上がると遠吠えのような雄たけびを上げる。全身に返り血を浴びた初号機の姿を見て、リツコ達は同じ思いを抱いた。

 もう誰もエヴァを止められない、と。

 




トウジ・綾波ペアが頑張ってくれましたが結果は変わらず、初号機はゼルエルを喰らい尽くしました。ただ原作と違い彼女が元々目覚めていた為、少し状況は異なりますが。

地上とジオフロントの距離ですが、詳細な数値がわかりません。勉強不足で申し訳ありませんが、ATフィールドを張ったエヴァでも損壊する距離と、勝手に設定させて頂きました。

物語も中盤戦が終わり、そろそろ終盤戦に差し掛かります。原作ではここからもう鬱モード一直線でしたが、回避出来るフラグを立てた本作では、果たしてどうなるか。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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