「そ、装甲板が全て破壊されました!」
「22層の特殊装甲を、たった一撃で……」
使徒の放った攻撃は第三新東京市の大地をえぐり、ジオフロントへ繋がる大穴を開けた。第五使徒が十時間以上かけて開けた穴よりも大きな物をたったの一撃でだ。
「化け物……アスカは!?」
「確認出来ました! 無事です。ギリギリで回避した模様」
「現在弐号機はジオフロントに向かって降下中」
あの攻撃を咄嗟に回避したアスカの技量は、流石としか言いようがない。だが回避に精一杯だった為に体勢が崩れてしまい、使徒が作った巨大な穴から逃れることが出来なかった。
足場を失った弐号機はジオフロント内部へと落下を続ける。
「弐号機、ジオフロント地表到達まで後20」
「いかん! あの高さで落下すればただでは済まんぞ!」
「パイロットの脳波に異常。恐らく意識を失っているかと」
直撃こそ回避したとは言え、あの爆発の近くに居て無傷である筈が無かった。無数の破片と共に落下する弐号機は、糸の切れた人形の様にその身を慣性に委ねている。
「弐号機のシンクロを全面カット。急いで!」
「は、はい」
必死に端末を操作するマヤ。その間にも弐号機は地面へと近づいていく。やがて真紅の巨人は大量の土煙を上げながら地表へと身体を沈めた。
「アスカ……は?」
「ギリギリで間に合いました」
マヤの報告にミサト達は安堵のため息をつく。落下の衝撃はあるだろうが、エヴァの中に居れば少なくとも命は守られる。もしシンクロ状態であったなら最悪の事態が有り得ただろう。
使徒は数度光線を放って地上の迎撃設備を破壊すると、ゆっくりとジオフロントに降下を始める。その眼下には活動を停止している弐号機が横たわっていた。
「不味いわ。零号機と参号機を緊急回収。ジオフロントで迎撃させて」
「だ、駄目です。使徒の攻撃で地上へのリフト機能が麻痺しています」
ネルフ本部とジオフロント、そして地上の間は全てリフトで移動する。それが使えない今、地上に残されたエヴァ二機は完全に足止めされてしまっていた。
「復旧は?」
「少なくとも、後数十分はかかります」
「……急がせて」
間に合うとは思えない。それでもミサトは万に一つを賭けて指示を下した。
※
「あ、アスカ……」
窓越しにジオフロントを見つめるシイの視線は、ピクリとも動かない弐号機に釘付けになっていた。そして遅れて降下してきた使徒が、ゆっくりと弐号機へ近づく姿に背筋を凍らせる。
それは使徒の姿に恐怖したのでは無く、もっと別の恐れ。
「何……するの?」
口が渇き声が震えるのが分かる。シイは本能的にこれから起きるであろう惨劇を予測していた。
少し離れた位置で停止して、弐号機をジッと見つめる使徒。目の前で横たわる巨人に抵抗する力が無いと判断したのか、使徒は折り畳まれた帯状の両腕を伸ばすと、勢いよく弐号機目掛けて突きだした。
「あ、あぁ、ぁぁぁぁ……」
二つの帯は無抵抗な弐号機の身体から、両腕をいとも容易く切り裂いた。切り口から吹き出す鮮血がシイの心を激しくかき乱す。
そんな彼女をあざ笑うかの様に、使徒は次なる目標を定める。それは弐号機の首。
「やめて、やめてよ! アスカが……アスカが死んじゃう!!」
シンクロカットされていると知らないシイは、泣き叫びながら窓ガラスを叩く。それは虚しく室内に響くだけで使徒には届かない。いや、仮に届いたとしても結末は変わらないだろう。
使徒は折り畳んだ両腕を再び弐号機へ突き刺し……弐号機の頭は胴体から離れていった。
「……嫌だよ……こんなの嫌だよ……」
目の前で大切な友人を、家族同然の少女を失い、それを見ているだけで何も出来なかった自分。シイの心は絶望感で一杯だった。
涙を流すシイは、使徒が弐号機を通り過ぎてネルフ本部へ向かって移動するのを見た。
「駄目……あそこには、ミサトさんが、みんなが……みんなが居るの」
もう見ているだけなのは嫌だと、シイは病室のドアへと駆け寄り必死に硬いドアを叩く。外からロックされているドアは中から開ける術は無い。
非力な自分がドアを壊せる筈無いと理解しているが、シイは諦めずにドアを叩き続けた。
「開けて、開けて、開けてよ! このままじゃみんな死んじゃう!」
何度も硬いドアを叩いた為、右手の皮がむけて血が滲む。だがそれでもシイはドアを叩くのを止めない。もう何もしないで大切な人を失うのは耐えられなかった。
「お願いだから、開いてよ!!」
渾身の力を込めて右手をドアに叩き付ける。するとその祈りが通じたように、固く閉ざされたドアが開いた。
「え……」
「すまない。遅くなったね」
「お待たせしました。シイさん」
開いたドアの向こうには、加持と時田が優しい笑顔で立っていた。
※
ジオフロントの中心にあるネルフ本部に向かって、使徒は遠距離から攻撃を加える。ピラミッド型の本部が光に包まれるが、強固な外壁はそれに耐えて見せた。
「第一装甲板、融解!」
「排熱処理をしつつ第二波に備えて。リフト復旧まで何としても持たせるのよ」
ネルフ本部の防御力は世界最高峰。それに偽り無く本部の外壁装甲板は、使徒の光線を受けてもなおその姿を維持していた。装甲板を改良した時田の努力のたまものだが、それを感謝する者は誰も居ない。
「……初号機はどうだ?」
「駄目です。ダミーを拒絶。プラグ挿入すら出来ません」
「あくまで私を否定するのか……ユイ」
寂しそうにゲンドウは呟くと、司令席から立ち上がり昇降機へと移動する。
「直接説得するしかあるまい。冬月、後を頼む」
「分かった。……アブソーバーを最大にしろ。少しは耐えられる」
ケージへと向かうゲンドウを見送ると、冬月はスタッフを鼓舞するように声を張り上げるのだった。
※
「こっちだ」
「は、はい」
加持と時田に先導されてシイは病室を抜け出し、ネルフ本部へ向かって廊下を走っていた。着替える時間が惜しくパジャマ姿のままだったが、それを気にする余裕はシイにも周りの人間にも無い。
病院を抜けて本部に到着すると、ケージで待機している初号機の元へ向かう為、三人はエレベーターへと乗り込む。ようやく立ち止まる事ができたシイは荒い呼吸を繰り返す。
基礎体力不足に加えて病み上がりの彼女には、長距離走は大分堪えたようだ。
「急かせてしまってすまない」
「はぁ、はぁ、良いんです。急がないと……いけませんから」
「ふふ、私の改良した本部装甲板。そう簡単には使徒に屈しませんよ。ご安心下さい」
ドンと胸を叩き自信満々に告げる時田に、シイは少しだけ落ち着きを取り戻す。そんな彼女に加持は手早くこれまでの経緯を説明する。
「今は地上の二機を移動させるリフトが復旧するまで、何とかみんなで耐えている」
「じゃ、じゃあ、綾波さんと鈴原君は生きてるんですね!?」
頷く加持にシイは心底安堵してその場にへたり込む。弐号機しか姿を見なかったので、地上で最悪の事態が起きたことを考えてしまっていたからだ。
「立場上俺達は君を最後までエスコートできない。ケージに着いてからは、全て君に任せる事になる」
「初号機はまだ左腕の復元が済んでいません。上手く搭乗出来たとしても、厳しい戦いになりますよ」
「……いえ、もう十分助けて頂きました。後は、私の戦いです」
シイは強い意志のこもった目を二人に向けて、右拳を握り締めるのだった。
※
使徒の容赦ない攻撃に耐え続けていたネルフ本部だが、圧倒的な破壊力の前に全ての装甲板が破られようとしていた。反撃手段の無い状態で良く持ったと言うべきだろう。
「だ、第六装甲板融解。残りは最終装甲板だけです!」
「リフトはまだなの!?」
「本部、ジオフロント間は既に。ただ地上までの復旧はまだ……」
マヤの報告を聞いてミサトは渋い表情を浮かべる。地上で待機している二機をジオフロントまで輸送出来なければ、何の策も取りようが無い。
「間に合わない、か。初号機は?」
「……相変わらずダミーを拒絶。未だ起動せずよ」
必死に抵抗を続けるネルフスタッフ達だが、状況は確実にチェックメイトへと近づいていた。
※
初号機のケージではゲンドウによる説得が続けられていた。
「どうして受け入れない……何故レイを拒絶する」
「負傷したシイではろくに戦えない。分かってくれ、ユイ」
「全ての使徒を倒さねば我々に未来は無いのだ。それはお前も知っている筈だろう」
ゲンドウの言葉にも初号機は沈黙を守ったまま。傍目には独り言を言っている危ない人にしか見えないだろうが、ゲンドウは本気で説得しようとしていた。
「何故だ、ユイ。戦わねばシイも死ぬ。お前がそれを望むはずが無い。何を考えている……」
宿っている妻の魂が過保護なくらい娘を溺愛している事は、これまでで痛いほど分かっている。それなのに、この危機的状況でも起動しない初号機。ゲンドウは理解できなかった。
「ユイ……」
「お父さん!!」
手詰まりになったゲンドウの元に、この場にいる筈の無い少女の声が届いた。
少々分かりづらい状況になってしまいました。
整理すると、トウジとレイは無事ですが、リフトが故障しており地上に置き去り状態です。
アスカは意識の無いままシンクロカットされ、弐号機は原作通り破壊されました。
シイは本部に隣接している病院から初号機のケージに到着しました。
もっと状況描写が上手くなりたいと心底思います。色々本を読んで勉強していますが、成果が出るのはまだ先のようで……。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。