「―――ふむ、俺も悪くはないな」
姿見に映る自分の姿を確認する。そこに映るのは一人の男の姿だった―――ただしきわめてフォーマルな、パーティー用のタキシード姿をしていた。こういう時の為に用意した一張羅である為、しっかりとフィットしているし、値段もそれなりにかかっているが、社会人としてはこれぐらいの用意は当然の事だし、必要でもある。故に少し髪を弄ったりし、鏡に映る自分の姿を見て、満足する。これなら他人に見せても大丈夫だな、と。
「お似合いです」
「当然、俺だからな。それよりもガキどもの方はどうだ?」
「たぶんそろそろ終わる頃です」
黒尾にそう言われ、姿見から視線を外し、振り返る。足音からすると向こうも準備が終わったのだろう、廊下、それぞれの部屋から出てくるナチュラルとヒガナの姿が見えた。氷花、カノンに着付けを手伝われた二人はパーティー用のドレスコードを守る、立派な姿をしていた。ナチュラルの方は自分と同じようにタキシードを、しかし髪の毛はちゃんと梳いており、普段見せている髪のややもじゃっぽさがなくなっている。そしてヒガナの方は薄青色のドレス姿であり、慣れない様子でヒールの方を何度も何度も確認している。その落ち着きのなさがなければ似合って見えたものの、その態度が完全に台無しにしている。
「そんな落ち着きのなさじゃ着ているんじゃなくて着られているぞ。もっと胸を張れ。そして自信満々に振る舞え」
「無理」
「というかなんでそんなに似合ってるの? 貫録があり過ぎるんだけど」
「そりゃあ決まってるだろう? 仕事でパーティーには何度も出席しているんだ、慣れなきゃ恥を晒すだけだ。そして名目上、お前らは俺のアシスタントとして雇ってるって事になってるんだ。俺に恥をかかせるような真似はするなよ」
その言葉にヒガナとナチュラルが文句を言いたそうな表情を浮かべるが、色々と懸念事項がある現在、こいつらを視界から外す事は出来ないし、何より便利だから手元において教育したいという思惑も存在する。その為、これからは仕事にも積極的に絡めて行く所存だ。と、そこで考えを一旦切り離す。ドアにノック音が聞こえた。氷花が扉を開けた向こう側に立っていたのは雇われのサイキッカーだった。此方で手配した者だ。
「戻れ」
ポケモンたちを全員ボールの中へと戻してから、自分と、ナチュラルと、そしてヒガナを指さす。
「三人だ、いいか?」
「料金は既に貰っている。何時でも」
「えっ、待って待って。どこに行くのかまだ聞いてないんだけど」
ナチュラルのその言葉に、被っている帽子を押さえながら答える。
「―――Casino」
「お疲れ様フーちゃん。それじゃあ帰りの時は適当に連絡を入れてくれ」
「あぁ、お疲れ」
そう言うとメガフーディンのトレーナーであるサイキッカーが再びメガフーディンと共にテレポートでその場から消えた―――キンセツシティに到着した自分と、ナチュラルとヒガナを残して。十年前から大規模な開発が始まり、キンセツシティは大きく発展、富裕層の住まうキンセツヒルズという高所得者向けのエリアが存在する。今、己たちがテレポートで到着したのはそのキンセツヒルズの入口に当たる場所だった。いきなりテレポートで出現した此方の姿を見てキンセツヒルズ入口のガードが警戒を見せるが、トレーナーカードを取り出して見せる。
「っ! これはセキエイチャンピオン殿!」
「話は聞いています、到着をお待ちしておりました!」
「ようこそキンセツヒルズへ、キンセツロイヤルカジノへの案内は必要でしょうか?」
「不要だ、職務ご苦労。後ろの二人は俺のアシスタントだ」
「は! 了解しました! お通りください」
見事な敬礼によってガードマンが道を開け、その先にあるセキュリティロックが解除され、キンセツヒルズエリアに入る。巨大な建築物に様々な店舗や住居を収容したキンセツヒルズは街サイズのホテルと表現して良いような場所であり、普通の街や村とはまるで格が違う。金さえあれば何でもできるのがここ、キンセツヒルズであるとさえ言われている。
「態度にドン引きだよ」
「忘れがちだけどこのおっさん、頂点の一人なんだよね」
「まだオッサンじゃない。まだ」
これだから若造は、と呟きながらポケモンマルチナビを取り出す。ロトムとしての性質を失っていないシドがその中から地図のアプリを引っ張り出し、こっちだ、と道を示してくれる。改めて思うがこのポケモンマルチナビ、本当に便利だ。もっとこういう機械が増えれば更にトレーナーの育成や旅路の安全性の向上が図れるんだろうなぁ、と後進の事を考えつつキンセツヒルズ内を歩けば、ひときわ巨大で、輝き、賑わっている建造物を見つける。
「これがキンセツロイヤルカジノか。流石に俺も来るのは初めてだな」
マルチナビをしまいながらそんな事を呟く。何せ、ギャンブルとかはそこまで手を出さない―――というか、そこに手を出すほど余裕のある人生だった訳でもないのだ。とはいえ、別段嫌いという訳でもない。一般的なカジノ程度だったら何度か遊んだ事はある。だがここまで本格的なのは初めてだ。ちょっと、心が躍る。ガキどもの方はどうだろうか? そんな事を考え乍ら振り返れば、ナチュラルもヒガナも完全に白い顔をしていた。
「おい、大丈夫か?」
「吐き気がしてきた」
「何時もの服に着替えたい」
「……本当に大丈夫かお前ら? 何時もの威勢はどうした」
「ぶっちゃけヤベルタルを相手している時の方がまだマシな気分」
ヤベルタルの入っているマスターボールが揺れている。破壊チャンスだと見たのだろうか。お前はそこで引っ込んでいろ。意外とナチュラルとヒガナがこういう雰囲気に弱いとは思ってもいなかった。まぁ、社交界デビューだ。良い経験になるだろう―――それにお小遣いを渡して遊ばせていれば、その内勝手に元気になるだろう。おら、行くぞ、と声をかけながらカジノの入口へと続く幅広い階段を駆け上がって行く。こういう所は初々しくて面白いんだけどなぁ、と思いつつカジノの前に来ると、出迎える様に老紳士が頭を下げた。
「これはこれは、セキエイチャンピオン・オニキス殿、どうぞいらっしゃいました」
「いえ、此方こそお呼びいただき光栄ですイグニス氏」
モノクルを装着した老紳士―――キンセツロイヤルカジノのオーナーであるイグニス氏と握手を交わす。しかし、握手を交わしながらも苦笑を零す。
「なにもオーナーが迎えに来る必要は……」
「あぁ、いえ、すみません。遠い地方のチャンピオンと会えるとなるとどうしても心が逸ってしまいまして。ささ、中へどうぞ。後ろのはアシスタントさんでしょうか? 纏めて歓迎しますよ」
ガードが申し訳なさそうな視線を向けてくる中で苦笑しながらオーナーと肩を並べ、ロイヤルカジノの中へと進んで行く。その名で解る通り、ロイヤルカジノはこのキンセツヒルズに住まう者だけではなく、この世界に存在するあらゆる富豪、高所得者層が遊ぶ為の世界最高のカジノだ。それに合わせ最少レートもあり得ないと言えるレベルであり、そもそもからしてキンセツヒルズに入る事が出来る人間しか遊びに来れないという超高級カジノだ。中に入った所で感じる賑わい、そして大量に消費される金の気配に、経済の動きを感じる。
「と、ちょっと宜しいでしょうか」
「えぇ、何でしょうか」
「少々アシスタントの方を」
「あぁ、はい」
笑みを浮かべ乍らイグニスから視線を外し、視線をナチュラルとヒガナへと向けた。こっちへ来い、と手招きしながら懐からカードを取り出す。
「良いかクソガキ共。ここに本日のお小遣いを入れてあるから、好きなだけチップに変えて遊んで来い。失敗するのも成功するのもいい社会勉強だ。使うのは俺の金だからそこまで気にするな。俺も本当ならちょっと遊びたかったけど、オーナーに捕まってそれどころじゃないから、俺抜きで遊べ。あまりマナーとかそういうのは暴れない限りは気にしなくていい。精々田舎者とみられるだけだ」
「あ、私田舎者だからダメージないや」
「早速身内に裏切られたんだけど」
「うるせぇ、俺が知るか。そんなガチガチに緊張してないで遊んで来い。渡した分はやらんが、儲けた分に関しては自分の取り分として取っておいていいから。それで好きに遊んで来い。ここにはスロットも、ブラックジャックも、バカラもルーレットも何でもあるからな。これでちょっと社会と経済と金持ちのボンボンに関して学んで来い」
「わぁーい! 金だー!」
「聞いちゃいねぇ」
ヒガナがヒャッハー、と言いながらカードを強奪するとそのままそれをチップに変えてくる為に去って行く。本当は走ろうとしたのだろうが、ヒールが原因で完全に失敗しており、ヒャッハーと言いながらも歩いている。それを見てナチュラルが仕方がないなぁ、と諦めの溜息を吐きながら、軽く此方に頭を下げてヒガナを追いかける。まぁ、あの二人に関しては大丈夫だろう。なんだかんだでナチュラルにはゼクロムがいるし、ヒガナもヒガナでリアルファイトが異常に強い。何よりも、こういう施設の警備は厳重だ。何かが起きる心配はない。それよりも、
「お待たせしましたイグニス氏」
「いえいえ、お二人の事を良く想ってらっしゃる事が伝わりますとも。アシスタントと言いましたが……」
「あぁ、少年の方は本人に気があればその内後継者として育てようかと考えています。私の世代はポケモンバトルにおいて実験的な部分が多かったので、その分無駄も多かった。彼の時代になれば、その無駄も省かれた、もっと洗練した優秀なトレーナーとして燃えるようなバトルを見せてくれるでしょう」
「なんと、それほどの期待を向けられ、彼は幸運でしょうなぁ……さ、では此方へと」
途中からガードと合流しつつ、イグニスに案内されてそのままカジノの奥、オーナーの部屋へと案内される。シック調で統一された室内はカジノ全体の雰囲気とマッチしており、落ち着いた大人の気配を感じさせる室内となっていた。悪くない―――いや、寧ろ共感できるセンスだった。来客用のソファに案内されて座ると、その反対側にイグニスが座った。
「改めまして、貴方をこうやって拝見出来て光栄です、チャンピオン殿」
「どうぞオニキスとお呼びください、貴方にそこまで敬われるとむず痒いものがあります」
「はっはっは、いえいえ、チャンピオンはトレーナーが目指す名誉の頂点。貴方やダイゴ殿はその頂点に立つ全トレーナーの憧れですぞ? トレーナーではなくとも、私はポケモンバトルにこの魂を魅了されている! 貴方達の戦いのファンなのです。ですので、これは払うべき敬意なのです。貴方達チャンピオンという存在はそれだけの輝きがあるのです」
「流石にそこまで言われてしまうと照れてしまいますね、ははは……」
ロックのウィスキーを用意されながら、改めてイグニスと相対する。キンセツロイヤルカジノのオーナー―――つまりは、この世界有数の大富豪となる。ありえない程に金を持っており、そして同時にポケモンバトルマニア。
イグニス本人はトレーナーではない。トレーナーではなかった。だからこそ、ポケモントレーナーに憧れた。そしてこうやって金を多く得た今、彼は個人でいくつもの大会を開催したり、多額の寄付をポケモン協会へと行う事で、環境の維持やトレーナーの支援を行っている人物でもある。
つまり、バトルオタクなのだ。
ちょっとした社会の有名人でもある。ビジネスではなく、完全な趣味でポケモンバトル界を支えようとする老人として。
―――ちなみに、自分の給料の一部もこの老人の寄付を通してポケモンリーグから支払われている。
その為、ポケモンリーグ側からはくれぐれも、粗相を働くなと厳重に注意されていたりする。そこまで俺が何かをやらかす様に見えるのだろうか? 少し前にえんとつやまを削りながらヤベルタルの捕獲に成功しただけではないか。
そんな事を考えながらイグニスと他愛のない話をする。
話題にするのは現在のバトル環境、レギュレーション、四天王やチャンピオンだからこそ発生する制限や、経験したバトルの話。そういう話をこのご老体は求めているのは事前に知っていたため、幾つかネタを用意して話している。酒に酔わされない様に話しつつ進めた所で、
「―――ご老体、それでそろそろ本題に入りませんか?」
「おぉ、そうでした。楽しすぎてどうも忘れてしまいまして……」
申し訳ない、と謝ってくるイグニスにいえいえ、と答えつつも、聞き出す。このご老体がただの道楽で人を呼び出すようには思えない。その為、何らかの理由がある筈なのだ。故に其れを聞き出す。何故、俺を今日、ここに呼び出したのか。
「えぇ、実は最近、マグマ団とアクア団の活躍による治安の悪化を考えまして、やや暗いニュースが多い中、大規模な大会を開催して、明るい方へと話題を持っていこうと思っているのです」
「ほう、それは」
「総当たりでマスターズランクの大会を開催しようと思いまして、そこにゲストとして是非とも、今はホウエンに遠征している貴方をお呼びしたかったのです」
「それは―――実に光栄です。丁度練習試合の回数を増やそうと思いまして、こうやってお声を頂けるのは願ってもない事です」
「おぉ、本当ですか! ならばチャンピオン殿、貴方に是非とも紹介した人物がおるのです」
パンパン、とイグニスが両手を叩いた。それに従う様にガードが頭を下げ、何かを呼び出すような動きを作った。紹介したい人物、と言われて軽く首を傾げる。それを見てイグニスが悪戯をする子供の様な表情を浮かべる。
「ほっほっほ、いえ、実は私もPWCの話は聞いていたのです。ですので興味を持ったのですよ、アローラ側のポケモンバトル、その文化に。調べてみればなんとも異なる環境が構築されており、これは此方の環境と、彼方の環境で一回勝負させなくてはと思いましてな」
「それはつまり―――」
と、言葉を紡いだ所で扉にノックが鳴った。それを聞いてイグニスがえぇ、と頷きながら扉を開ける様に指示を出した。それに従い、扉が開いた。
「―――失礼します」
そう言って中に入ってきたのは半裸の上から白衣を着た男の姿だった。それはこのロイヤルカジノという場所を考えればまずありえない格好だが、日に焼けた褐色肌はこことは違う地域の人間である事を如実に語っていた。そうやって出現した男は、両手を広げた。
「アローラ! アローラ地方から遠征してきたポケモン博士にしてトレーナー、ククイです」
ニヤリ、とククイは笑みを浮かべた。
「アローラ代表として今回は出場させて貰います」
久々の更新。こっちもちょくちょく再開の予定で。
という訳で戦闘予約:マスターズランク・キンセツロイヤルカジノ杯
確定出場枠にククイ、テッセン、ギーマ(カジノで遊んでた)。君も、この大会で出す選出8体を考えてみよう!