「透けて見えるぞ―――手に取る様に解るぞ、お前の絶望がなぁ!」
グラエナがマツブサのボールの中へと戻り、それと入れ替わる様に前に出ていたアオギリがモンスターボールを放つ―――その中から登場するのはサメハダーの姿だった。苦虫を潰したような表情からアオギリがそのポケモンを繰り出さざるを得ない状況だったのは目に見える事だった。亜人種のサメハダーは登場し、大地に両足で立ち、シンカの光に包まれる。その姿はアオギリの持つメガイカリと共鳴し、姿をメガサメハダーへと変化させる。
が、
「かっ―――」
場に出た瞬間、メガサメハダーがまるで酸素を求める様に首を、そして体を押さえ、苦しむ。競技レベルに落とされている為それで即死する事も即座に瀕死になる事もない。だがこの特性、終わりの大地は本来ゲンシグラードンという古代の怪物が保有する特性となっている。そう、世界を亡ぼすことが出来るレベルの能力だ。その能力はシンプルに水分の完全蒸発だ。ゲームという環境内では水技の発動完全阻止だったが、
果たして水分の蒸発というレベルに達する為に必要な温度はいくつだろうか? 理屈で言えば100℃以下でも水分は蒸発する、蒸発し続ける。ひでりによるひざしの強い状態になれば水技を半減させるほどの高熱が発生する―――だが終わりの大地はそれを更に極悪化させたものだ。水分の瞬間蒸発。それが水技の完全封印という現象に対する答えだった。ひでりでさえ真夏の猛暑日の様な超熱帯になるのだ。
終わりの大地クラスとなるともはや拷問を超える。水は蒸発し、草木は枯れる。まさに大地に終わりを与える為の特性としか表現のしようがない。水ポケモンにも、そして草ポケモンにも、この終わりの大地に立つのは拷問を超える苦しみとしか表現のしようがないだろう。
―――それを天賦とメガ個体の才覚を経て、アッシュは再現した。
「エースならこの程度こなさないとね」
「ッ、戻れ!」
陽射しが凄まじい状況、ソーラービームに必要なエネルギーは一瞬でチャージを完了させ、更に過剰な日光の供給により強化すら果たされる。一瞬で戻された苦痛に喘ぐメガサメハダーの代わりに、ベトベトンが受けとして繰り出される。その姿にソーラービームが叩き付けられ、一瞬でベトベトンが瀕死に追い込まれ、倒れる。アオギリがそのダメージに歯を強く食いしばり、
マツブサが前に出た。
そうやって前に出たマツブサの雰囲気が一変していた―――端的に言えば
「……マタドガス―――爆裂なさい」
マタドガスがだいばくはつの光を見せる。それに素早く反応し、アッシュをボールの中へと戻しながら、殺意を込めて、
―――結ばれた主従の絆でボールを手元へと手繰り寄せた。
バチバチと竜のオーラが弾ける。戦意が込められた殺意と反応を起こしてボールを震わせる。もはやそれが手を傷つける様な未熟な事はない―――そのまま、止める事もなく、ボールを前へと向かって繰り出し、その中で出番を待ち望んでいた姿を繰り出す。叩き出された姿は王の盾を前に突き出す様に登場し、放たれただいばくはつを一瞬で完全に無効化しながら着地し、それによって生み出された埃を右手で握る剣で切り払い、
咆哮した。
「―――」
彼女の―――サザラの口から言葉は出ない。こだわりスカーフを首に巻いて出現した彼女はその凶暴な種族値と天賦の才覚を合わせ、ありえないほどの速度で常に先手を奪い、そして叩き潰す事を宣言した。そこにもはや言葉はいらず、アッシュの置き土産である終わりの大地の中、一人でその中心に立ちながら残りを全抜きする事をその気迫だけで宣言していた。
「舐、めるなぁ―――!」
アオギリがその挑戦状にキレた。それに対して放ったのは―――メガサメハダー。アオギリのその気迫を受けてかメガサメハダーに海王の気質が侵食する―――終わりの大地による干渉を軽減し、最低限の苦しみで大地に立った。だがそれを一切気にする事もなく、サザラが空へと向かって王の盾を投げ捨てた。左足で踏み込み、左半身を前に倒す様に剣を後ろへと構えた。刀身に光が宿った。
エース対決に決戦場が震えあがる。頂点にして最強のエースの自覚が君臨者として絶望を心に刻む。タイプワイルドが黄金の剣に刻まれ、殺意に染まって七色の極光が反転する。
ダーク属性の一撃が希望を欠片も残さず根こそぎ奪い去ってメガサメハダーを瀕死へと叩き込んだ。悪竜の女王の矜持がさめはだを握り殺した。決戦場に悪竜の女王を称える竜達の声が木霊し、その体力を回復させる。
「―――さあ、次だ」
「がっ、ぐ、ぐぅ―――」
アオギリがクロバットを繰り出した。良く育成された、リーグでも通用するレベルのポケモンだ。そしてクロバットであるという事はそのポケモンにそれだけの愛情が注がれたという意味でもある。だがそれを一切気にすることもなく、王の盾が落下してくる前に、二発目のダークエッジが放たれる。悪竜の女王がその才覚で優先度の概念を握り潰し、純粋な速度勝負に持ち込む。
こだわりスカーフの後押しを受けて最速で闇の技を叩き込む。
―――クロバットは倒れた。
「なんだこいつは、次元が……違いすぎる……」
アオギリが震える手でクロバットをボールの中へと戻しながら、撃破するたびに回復し、そして強化されてゆくサザラの姿に恐怖の表情を見せ始める。そんなアオギリの様子が伝播したのか、次に出現するグラエナは気丈にもアオギリを守ろうとその前に立つが、サザラの一撃で一瞬で倒され、ボールの中へと戻された。
アオギリには戦えるポケモンがもういない。それはつまり、
「クソ……がっ……」
強制的な敗北感がアオギリの心を蝕み、決戦場から解放されながら目の前を真っ暗にし、それがアオギリを大地に倒した。モンスターボールを片手で握った状態、体に気力を込めて立ち上がろうとしているのが見える。それでもそのアオギリの意志に反する様にその体は一切動かず、アオギリは動けなかった。
落ちてきた王の盾、キングシールドを左手で装着する様に掴みながら、サザラが右手の剣を真っ直ぐ正面へと向けた。挑発する様な視線をマツブサへと向けるが―――何も口にしない。それはただただ簡単な事だった。
見るものが見れば、もはやサザラの姿は悪鬼としか映らないだろう。
ここまでくれば詰みだ。ここから巻き返す方法はほぼ存在しない。その為、マツブサをもう恐れなくてもいい筈なのだが―――そうも行きそうになかった。不気味に動きを止めるマツブサは対応する様にモンスターボールに手を伸ばし、手に取り、そして動きを完全に停止させた。
―――その顔に、紋様が浮かんだ。
「く、ふ―――」
マツブサの口から不気味な笑い声が漏れる。それは先ほどまでのマツブサからは決してありえない、まるで異次元の生命体を見るもののような感覚だった。だがその正体も、マツブサの顔に浮かび上がった顔の紋様を見れば一瞬で氷解した。明るく浮かび上がる光の紋様はとあるポケモンの体に刻まれたシンボルだった。
その名は、グラードン。
「サザラ―――!」
終わりの大地が原因―――という訳ではなさそうだ。或いは敗北しそうな事がトリガーだったのかもしれない。マツブサとアオギリが消えれば蘇れない―――その事実に対して歯車が動き始めたのかもしれない。そう判断し、一番信頼を置くエースに敗北させる様に指示を繰り出す。その指示を誰よりも現実へと変える力を持ったポケモンが左足を踏み出し、剣を振るう為に構えた。反応する様に正面にグラエナが出現する。マツブサの姿にグラエナが困惑し、その一瞬を突いてサザラの一閃が入る。出現したばかりのグラエナがいかくを入れる事すら出来ずに倒れる。
これで残り一体―――追い込んでいるはずが、そう思えなくなってきた。嫌な感覚だ。
「これで最後―――」
「トレーナー……? 大丈夫ですかー……?」
マツブサのボールから放たれたのは亜人種のバクーダだった。だが彼女も何か感じるものがあり、バトルを放棄する様に此方へと背を向けて、マツブサへと視線を向けた。それを受けてもマツブサは無言でメガメガネを輝かせ、バクーダナイトと共鳴させる。バクーダの姿がメガバクーダへと変化し、
「あっ、あっ―――」
マツブサの紋様がメガバクーダにも浸食した。それに素早く反応し、キングシールドを蹴り飛ばし、メガバクーダの動きをその打撃で止めながら前へと踏み込み、ダークエッジをメガバクーダへと素早く叩き込み、それ以上の変化が発生する前にメガバクーダを倒し、ボールの中へと蹴り戻した。
「さ、これで私達の勝ちよ」
後ろへとステップを取りながらサザラが距離を開けた。その動きは警戒の動きだ。勝負に負けたマツブサは敗北感をその心へと流し込まれ、
強制的に敗北して倒れる―――そのはずだったが、マツブサはメガバクーダをボールの中へと回収し、そこからまるで幽鬼の様に動かず、此方へと視線を向けていた。
「おいおい、大丈夫か? 目的がポシャッた事にショックを受けて頭をおかしくしたか?」
「……」
マツブサに返答はない。嫌な予感しかしない―――ポケモンバトルという手段を取った手前、なるべく殺人に手を出したくないのは事実だ。マツブサとアオギリは危険人物だが、更生の余地がある事は既に理解している。だからなんでも殺してそれで解決……という訳には出来ない。しかし今、こうやって見るマツブサは自分の全く知らない展開、そしておぼろげに理解できる状態へと突入している。故に意を決し、口を開く。
「―――グラードン……か……?」
その名を口にした直後、マツブサから鋭い視線と、殺意の入り混じった眼光が此方へと向けられる。直後、即座に殺す事を判断する。そしてその命令を下そうとして、マツブサへと向けさせようとしたサザラを素早くボールの中へと戻し、
「メルト!」
後ろへと向かってメルトを放った―――直後しんそくの黒い巨体がメルトと衝突し、両者が弾かれた。メルトをボールの中へと戻しながら、入れ替える様にスティングを繰り出す。視線の先に存在するのは黒いウインディ、
―――そしてその向こう側にはぼろぼろのローブ姿のトレーナーと、フーパの姿が見えた。
「てめぇ……俺の邪魔をしたな……!」
「……」
トレーナーは答えない。だがウインディを横に戻し、そしてその隣にフーパを浮かべている事が答えの全てだ。逃げられない様に決戦場を即座に展開しようとしたところで、
フーパの輪っかが出現し、輝く。
「お・で・ま・し!」
光る輪っかの向こう側から暴威が放たれる。それと同時に一瞬で体力を根こそぎ奪われるような感覚を覚える。ふら、っと体が揺れるのを気合いで留めれば、輪っかの向こう側から出現しようとするポケモンの姿が見えた。
それはまるでYの字の様な形をした、巨大な命の悪意の塊だった。
「―――悪意と能力だけを育成された野生の伝説だ。存分に味わって死ね」
変声機を通しているのか、トレーナーの声は機械的なものだった。だがそれだけ言葉を放つとフーパの別の輪っかの中へと潜り込んで逃亡する。だがそんな事よりも状況は今、出現しつつある伝説のポケモンに対する対応だった。軽く後ろへと視線を向ければ、マツブサの姿は完全に消えていた―――逃がされてしまったのだろうか。
「チ……クソ……デスウィング……!」
Yの字の伝説―――イベルタル、そのポケモンが持つ最悪の奥義を思い出し、唾を吐き捨てる。
デスウィング、
それは無差別なドレイン能力―――そして石化能力。
どうしてこんな状況になってしまったのか、それを叫びたかった。
これが完成されたエースというものであった。ナタっちゃんもスティングちゃんもその領域にはまだまだという事である。ともあれ、謎のトレーナーのせいでまっつん逃亡、
次回、vsイベルタルくんで、えんとつやま死す。