俺がポケモンマスター   作:てんぞー

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コミュニケーション ナタク

 ―――えんとつやまの頂上は本来()()()()()()()()()()()()()()()()。当たり前の話だがえんとつやまは活火山であり、いまだに活動を続けているホウエン最大の危険地域の一つでもある。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、先代フエンジムリーダーによって何とか追い払われ、それ以来えんとつやまの平和は保たれているらしく、ポケモンも大分大人しくなったらしい。とはいえ、それでも火口へと簡単に近づくことが出来る地形は非常に危ない。テーブル型の頂上からは火口を覗き込むことが出来る上、なまじ割と安全に火口に近づける分。

 

 例年、馬鹿なカップルや観光客がいい写真を取ろうとしたり、酔っぱらったりで覗き込んで死ぬという事件が幾度か発生している。その為、えんとつやまの頂上、特に火口付近は立ち入り禁止となっている。許可のない存在が中に入れば逮捕される、そういう場所になっている。

 

 そのほかにも伝統としてフエンジムのジムリーダーや、一人前と認められたジムトレーナーはここで強い炎タイプを持つポケモンを捕まえて来るのが通例となっているらしい。

 

 ともあれ、

 

 ―――そんなえんとつやまの頂上に自分はいる。

 

 上半身には何も装着しておらず、裸の状態、下は動きやすさを重視して少し余裕のあるスラックスを、足はごつごつとした荒れた火口付近―――その熱を感じられる足場に立ち、口を開けて煙を吐き出す火口がガンガン体力を奪って行く。しかしそんな中でも、横にいる姿が動きを止めない。白と紫のグラデーションの服装、ヒラヒラとした服なのに不思議とそれは彼女の動きを阻害せず、流れる様にその体の動きを見せつけて来る。それをそっくり、そのままトレースする様に自分の動きを重ねて行く。

 

 呼吸も無論、彼女に合わせてある―――呼吸を完全に合わせ、揃える。難しい技術ではあるが、トレーナーなのだから、自分のポケモンと呼吸を完全に合わせる事等当たり前の話なのだ。だから彼女の呼吸をそっくりそのまま自分に合わせ、足元に水たまりを作るほど汗を流しながらも、ゆっくりと体を動かして行く。

 

「―――」

 

 酒や肉を食ってつけた無駄な脂肪を一気に燃焼させる様に、えんとつやまのマグマの熱を肌で直接感じながら、流れる汗を振り払う様にゆっくり、しかし鋭く拳を、流れるような動きで叩き込んで行く。仮想敵は存在しない。しかし、そこでただ無言、横にいる彼女と完全に動きをシンクロさせ、トレースする様に何度も何度も繰り返してきた動きを繰り返す。

 

 極み、一日にして成らず。

 

 極めるつもりではないが、何事も極めるつもりで取り組まないと成せることもなくなってくる。その為、一つ一つの動きに魂を込める様に体を動かして行く。体力を消耗し、水分が体から流れ出して行く。疲労が段々と体にのしかかってくる感覚が解る。だがそれさえも心地よい。体を動かすのはずっと昔から嫌いじゃなかった。だからこうやって、体を動かすのは―――楽しい。

 

 右足を前に、右半身を前に出して右腕を前へと、それを流す様に左側へと引っ張り込む長柄回り―――と、一つ一つの動きを連動させる様に体を動かし、それを一つの演舞として流しながら体を動かし、鍛える。が、これは、人間用の動きではない。

 

 ―――彼女―――天賦のコジョンド、ナタク用の動きだ。

 

 光を映す事のない目は閉じられている。その代わりにほかの感覚が発達しており、彼女には光がなくても生きていけるだけの力がある―――それを望んで得た、天賦の中でも特に変わり者の天賦だった。彼女のこうやって動きをまねて、鍛錬し始めたのは今から一年ほど前―――ナタクをスカウトした時になる。

 

 こうやって体を動かしていると、今でも鮮明に思い出す、彼女との出会いを。

 

 

 

 

 チャンピオンは強くなくてはならない。

 

 心持云々ではなく、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。故に、そのポケモンも最強と呼べる領域にならなくてはならない。それ故、チャンピオンがほかの地方へと遠征やスカウトで向かいたいと言えば、リーグはそれに賛同し、現地の調査員から報告を貰って、スカウトをスムーズに行えるようにする。今、ここではこんなポケモンが、こんなところでこんなことが、ネットワークを広げて天賦や変種の動向をある程度監視しているのだ。

 

 ナタクはそのネットワークに引っかかったポケモンだった。

 

 正確に言えば監視員を見つけ、そして自ら外の世界の競技場で最高の修羅と戦い続けたいと申し出たのだ。

 

 その図々しさと欲望に惚れ込み、直接スカウトしに行ったのが彼女(ナタク)との出会いの始まりだった。

 

 彼女は出会った当初から既に盲目だった。

 

 彼女―――ナタクはコジョフーの頃はまだ原種の姿をしていたらしい。そのころの彼女は天賦として生まれた宿命として誰よりも優れた肉体、誰よりも優れた感覚、そして卓越した才能を保有し、同年代、同じレベルのコジョフーを凌駕するだけの力を得ていた。普通、そこで増長するのが生物というものになる。だがコジョフーだったナタクには優秀な師がいた―――つまり進化系であるコジョンドだった。

 

 そのコジョンドは元はトレーナーの手持ちであり、トレーナーと共にジムを巡った、エリートトレーナーの手持ちの亜人種だった。天賦ではないコジョンドでは限界が来る。そして卓越した育成能力を持たないトレーナーではそのコジョンドを使い続けるのは無理だったらしく、それを察したコジョンドは故郷―――つまりはナタクのいる群れへと戻ってきた。

 

 天賦、即ち種族の希望―――そのコジョンドもまた、ナタクに希望を見出したのだ。

 

 彼女なら……彼女ならきっと、自分が届けなかった星にその手を伸ばしてくれる。

 

 僕が、私が、俺が、無理だった……どんなに努力しても無理だった……超えられない肉体の壁……それを、彼女だけが乗り越える事が出来る。彼女こそが希望を託すのに相応しい種族の救世主なのだ。

 

 勝手ではある、だがある程度人間との付き合いのある、名誉などを気にする種族に関してはある話だった。特に武術に傾向する格闘タイプの種族に関してはそのきらいが本当に強い。その為、ナタクはコジョフーの頃から期待を向けられ、そして師と呼べる人物からコジョンド用の武術をその体に叩き込まれながら育ってきた、天賦の中の天賦だった。その為、その心は慢心する事はなかった。

 

 戦い、勝ち、更に鍛える。

 

 そうやってナタクが鍛錬の日常を繰り返し続ける中で、彼女から欠落していたものがあった―――名誉への欲望だった。

 

 天賦として生まれ、種族の渇望する才能を得た彼女に同族たちの嘆きと苦しみは理解できなかった。ナタクには勝利による名誉というものを理解する事が出来なかった。天賦である彼女にとっては勝利とは当然のことだった。それは驕りでも慢心でもなく、純然たる事実として彼女は勝利の化身だったのだ。故に彼女の中から、

 

 勝利の為に、種族の為に、という目的は消える。

 

 そして鍛えられ、

 

 鍛えられる為に鍛え、戦う為に戦う。それだけがナタクに残された。

 

 鍛え、戦い、鍛え、戦い、そのループがナタクの日常となり、そしてそれが彼女の呼吸となった。闘争とは彼女にとって日常でしかなかった。そこに名誉や意義を求める事自体が無意味だった。戦いとは生活の一部である以上、人間が食事する様に彼女も戦いを求めた。そうやってナタクがやがて、同族の中の誰よりも強くなり、そもそも育成という領域では絶対に人間に勝利できない師のコジョンドから学ぶ事も直ぐになくなった。

 

 そうなってくると、もはや天賦の独壇場となってくる。一人で鍛え、磨き、そして戦いを求める。環境次第ではあるが、基本的に野生のポケモンが到達できるレベルの限界は100となっている。そして天賦の才を持つポケモンが持たないポケモンとの戦いを行えば、明確に能力として大幅な違いが出て来る。その為、

 

 ナタクは勝利するために戦うのではなく、()()()()()()()()()()。その結果、野生で彼女に勝てる者はいなくなった。だがそれでも魚は水を求めずにはいられない。ナタクは戦いの為に鍛錬を求めた。そして戦いは力に集う。力という明確な引力を天賦のコジョンドは信じた、その結果として、

 

 ナタクは自らの目から光を奪った。

 

 奪われた者はそこを埋めようとする分、どこか壊れて突き抜ける。

 

 そこを力で埋めればいい。

 

 まさにキチガイの理論、発想―――しかし彼女は天賦。天賦のサザンドラが思い付きでギルガルドを装備し、こうすれば無敵だと言って実行し、そしてそれを実証したように、天賦には事実を捻じ曲げるだけの意味不明な力を持っている。普通はありえないだろう。目を失ったからと言って急激に強くなる事はない。

 

 だが天賦であるナタクにはそれが可能であり―――彼女はそれを成し遂げた。

 

 武術は目を使わず、心で見る事によって更に洗練され、舞の様な美しさを持つように至った。だがそれをナタクの周囲のポケモン達が理解する事はなくなった。彼、そして彼女らは盲目というハンディキャップを武器としてみることが出来なかった―――当たり前だ、天賦でない者に天賦の視界は取れない。故に普通に目を失った事して落胆し、天賦を失ったという絶望に落とされた。やがて、最初は歓迎されていたナタクの存在が無視される様になるのは早い話だった。

 

 だが、そうなってもナタクは鍛錬を止めなかった。それだけが彼女の中にある全てであり、彼女は鍛えること以外を理解しなかったのだから。

 

 そして、彼女は接触した―――監視員へと。

 

 ナタクは自身が人間に対して魅力的に映っているのと、そして奇妙に映っているという二つの事実をしっかりと理解し、そして群れの外の世界はもっと広く、さらなる強敵がいる事を理解していた。その為、興味もない名誉や種族の為、なんという事は忘れて自由に、外の競技の世界で本気で打ち合える相手を心の底から求めた。それ故に彼女はあまりにもあっさりと勘だけで見つけ出した、監視員を。

 

 そして、そうやって(オニキス)彼女(ナタク)は出会った。

 

 彼女は初めて出会ったその時から体を動かしていた。まるでそれ以外を知らない純粋な赤ん坊の様に、目を閉ざし、しかし美しい武術の流れを見せていた。その動き全てに欲求が見れた。そう、ナタクは純粋だった。おそらくはどんなポケモンよりも、戦いを求めている等一点においては純粋すぎた。それが全てだと幼少のころから教えられた結果だったのかもしれない。ナタクはその時点で既に戦う者としての頭と心が出来上がっていた。

 

 その在り方が美しく、実に触れ難いものだった―――果たして、本当に触れてもいいのだろうか。

 

 だが同時に無垢なその姿を自分の色に染めたいという下衆な欲求も胸の中に込み上げていた。

 

 だから、

 

 気づけば彼女と並び、体を動かしていた。それが全ての始まりだった。誰かを理解するには並び、ともに時間を過ごし、そして同じことをすればいい。今までそうやってポケモン達とずっと接してきた。だからナタクに対してもそうやって接する事にした。そうやって何時間も横に並んで動きをトレースし、呼吸を合わせる様にひたすらポケモン用の武術というものを人間の体で動かす。

 

 それが数日も続けば、ナタクの呼吸を覚え、完全に合わせることが出来る様になってくる。そうすれば言葉は必要ない。自然と彼女の欲求が、抱えていないものが、見たいものが、それが呼吸を通して伝わってくる。だからそうやって肩を並べ、一日の終わりに鍛錬を終わらせた所で、

 

 ナタクを誘った。

 

 ひたすら絶望的な相手を相手に頂点を極め続けないか、と。

 

 ありとあらゆる理不尽とも呼べる連中が揃った世界の中で世界最強を極めないか、と。

 

 彼女の様にたった一つ、最強の座を埋めるために集った他の猛者と争わないか、と。

 

 ナタクの返答は実にシンプルだった。返答の代わりに彼女はボールに触れ、その中に入って行った。

 

 それがナタクとの出会い、そしてスカウトの全てだった。

 

 

 

 

「―――今日はここまでにしましょう。環境が厳しい上にほかの皆との手合せもありますし」

 

「ふぅー……そうだな。やっぱ環境が厳しいと体に響くもんがあるな」

 

 足元の汗を見て、水分補給はしっかりしておかなきゃ死ぬかもな、なんて事を考え、出会ったころのナタクと今のナタクを軽く見比べる。その姿、所作に変化はない。果たして彼女はその動きだけではなく、生きる者としての成長を行えたのだろうか。育成家ではあるが教師ではないのだ、それだけが気がかりだ。

 

 そう思いながら帰る為に上着に手を伸ばそうとしたところで、

 

「私は―――」

 

 ナタクの声に振り返る。

 

「負けませんよ。スタメンの座を誰にも渡しません。皆と一緒に、貴方に指示されて戦うのが一番楽しいですから」

 

 そう言ってふわりと笑みを浮かべると、ナタクは横を抜けて出口の方へと向かって行った。その背中姿に軽い笑みをこぼし、頭を掻く。

 

 ……これだから、ポケモントレーナーはやめられない。




 殺意の塊スティングさん。戦意と闘争心の塊ナタクさん。理不尽の塊のサザラさん。蹂躙と圧殺の塊のアッシュさん。果たしてスタメンのアタッカー枠を奪うのは誰だろうか、という。ここら辺、キャラの好き嫌いじゃなくて全体の構成を考える必要があるので地味に辛いという。

 と、いう訳でナタクさんコミュ回。次回はそろそろ物語が動くかもしれない? と思いつつ次回。

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