「どうかしましたか? ネギ先生」
千雨が振り返るとネギがいた。隣には明日菜もいる。
「少しお話があるのですがいいでしょうか?」
「どんなお話ですか?」
もちろん先ほどからの襲撃のことだろう。しかし、千雨の突き放すような発言を聞いて次の言葉を言いよどむネギ。
「うぅっ……」
「何やってるのよネギ、千雨ちゃんと刹那さんに聞くんでしょ? ねぇ、二人とも魔法関係者なんでしょ?」
「そうでぃ! ネタはあがってるんだ!」
明日菜とネギの肩に乗っているオコジョがネギの代わりに問い詰めてきた刹那はそれに対してうなずき、千雨は嫌そうな顔をして目をそむけた。
その反応に一人と一匹は反応する。
「刹那の姉さん、この人も関西の人間だって言ってましたね。本当に敵じゃねえんですかい?」
「えっ……敵ではありません。それは今確認しました」
「味方でもねぇから手伝いもしないけどな」
相手の反応を見て釘をさす千雨。
千雨にとっては厄介ごとが舞い降りてきたことに他ならないのだ。
「ちょっとなんでよ! このかなんて攫われそうになったのよ!?」
「それに関してはお前等には関係ねぇよ。それに関係あったとしても非があるのはそっちだ」
「どういうことよ」
詰め寄らんとする明日菜。
千雨はそれを見て手で制した。
そしてその手をそのまま後ろにやってロビーを指す。
「あんまり話したかないが話してやるよ。一旦座って落ち着けや」
千雨は明日菜を座らせてなだめながら他の人を含めリクエストを聞く。そして近くに合った自販機へと買いに向かった。
その作った時間の中で考える。
どこまで話すか。
どこまで話すのが最善か。
次々に落ちてくる缶を拾いながら考える。
相手の立場、考え。相手が自分の言葉をどれだけ受け入れるのか、どれだけ信じるのか。そして、それを受けてどう行動するのか。
戻るころには幾分かの整理もついた。ロビーに戻ると明日菜は人差し指でテーブルを叩きながらもう片方の腕で肘をついて千雨を見ていた。それを気にしながらも千雨は全員に飲み物を渡した。
「で、アンタたちは何を話したいんだ?」
「あ、あの! 妨害をやめてほしいんです!」
缶ジュースを両手で持ったネギが詰め寄るように言葉を発する。
「なんで?」
「なんでって、あんなことしておいて!」
落ち着かせるために席に着かせたのに、明日菜は勢いよく立ち上がる。
「落ち着け神楽坂、今はネギ先生と話してんだ。先生、妨害をやめたらどうしますか?」
「やめたら? やめたら何もしませんけど……」
「親書を渡すことも?」
ネギは勢いよく首を横に振る。ネギとしては任された仕事だ。やらないわけにはいかないだろう。
「親書を渡したいから妨害をやめろということですね。では先生、親書を先生が渡したらどのようなことになるかわかりますか?」
「えっと……関東と関西が仲良くなるんですよね」
迷いもなくそう答えるネギ。千雨は思った通りの答えにため息が出そうになった。
ネギがいっている仲良くなるということは友好関係を持つということだ。上の采配で、下の気持ちも考えずに。
「ではなんで関西の人間が妨害をしようとしてると思いますか?」
「えっ……?」
ネギは考えてもみなかった言葉に驚きの声と表情をした。ネギにとっては親書とは仲良くなるための手段というところで話が止まっていたのだ。自分がやっているのはいいことであり、正しいことだと思っている。
「例えばですね、ネギ先生」
千雨は立ち上がり明日菜の前に立って――勢いよく殴り飛ばした。
明日菜はその拳を受け、飛ばされ勢いよく壁へとぶつかる。
ネギは立ち上がって呆然と千雨を見る。千雨はそのまま明日菜のほうへ向かってこういった。
「仲良くしてやるよ。これでおしまいな」
痛みでうなだれていた明日菜はそれを聞いて眼孔が開いた。
間をおかずに立ち上がり千雨を標的にとらえて殴り返す。それを千雨は護符で受け、受けようとしてとっさによけた。
「ッ何すんのよいきなり!」
「お前らがやろうとしてることを行動で示しただけだ。まぁ、神楽坂を殴る意味はないと言えばなかったんだが」
千雨は治癒符を取り出して明日菜の頬へと当てる。明日菜はイラつきながらもそれを受け入れた。
「で、どうだった? あんなことをして仲良くなりたいか?」
「なれるわけないじゃないそんなの!」
「じゃあそれを今から押し付けに行くお前等はなんなんだ?」
何を言っているのかわからないといった二人にさらに細かく説明する。
西の人間は東の人間を快く思っていない。その原因は東にある。
西が溝を深めているのは東が西を下に見ているからだ。その立場は西の長と東の長の血縁関係のものになり、組織としてのものではない。
今回の修学旅行のついでに親書を渡すという情報は、さらに西の人間の怒りを強めた。
修学旅行のついでという手段をつかって一般人を盾にした卑怯者の文書を長は無条件で受け入れる姿勢を持っている。その理由が
「西の人間の敵であるサウザントマスターの息子が持ってくるからだってんだからよ。その時点でおかしいんだ。日本の組織に魔法世界のネームバリューなんて関係ねぇんだからよ。それが通用すると思ってる時点で長が魔法よりってことだな」
「どういうことですか! お父さんが敵って!」
サウザントマスターという単語に反応したネギが声を荒げる。自分の父であり英雄である男が敵呼ばわりされるのはネギにとって許しがたかったのだ。
「ネギのお父さんって大戦の英雄とかじゃなかったの? なんで恨まれてるのよ」
「殺された人間の親類がいるからだよ」
「お父さんはそんなことしません!」
ネギが千雨を睨みつける。自分の父親に絶対の信頼を持っているのだろう。
「戦争だったんだ。人を殺さなきゃ勝てないし英雄にすらなれない。それがいいとかわるいとかの問題じゃない。それに関西の人間を意図的に殺したのは帝国の人間であってサウザントマスターはそうじゃなかった」
「どういうことよ」
「たとえば……旅館内には既に20人の術者が入っている」
それを聞いた3人が立ち上がり、周囲を警戒する。
「まぁこれは嘘だが、そうなった場合にサウザントマスターがとる行動は旅館ごとぶっとい魔法で丸呑みにするってことだ。そうなると今ここにいる私たちはどうなる? もちろん死ぬよな。神楽坂もそのくらいのことが魔法にできるってことは知ってるだろう?」
明日菜はその言葉を聞いて青ざめた。思い出しているのだろう。ネギとエヴァンジェリンの戦いを。
「そもそも大戦は魔法世界のことだ。
それになぜ関西呪術協会がかかわらなければいけない?
その理由は今の長にある。今の長のは紅き翼のメンバーだった。つまりネギ先生の親父さんの仲間だ。そいつらが戦争に加担するから関係ないけどこっちに来て戦争しろよって命令された上に後ろから殺されてんだ。たまったもんじゃないだろうぜ。
お前等学園長にちょっと中東で戦争して人殺して来いって言われて納得できるか?
神楽坂、今の西の連中はその殺された連中の親族と目の前で理不尽で不必要な死を見せつけられた仲間なんだ。お前は行く必要もないのに高畑先生が戦争に駆り出された挙句に後ろから殺されたら納得できるか?」
「できるわけないでしょそんなもん!」
「んじゃその戦争に駆り出した相手を許せるか?」
「許せないわ!」
「じゃあ、そいつがすべて水に流してやるって言って手紙をよこして、しかもネギ先生のように関係ない人がもってきたらどうするよ。しかもこんな内容で」
そう言って写メを見せる。そこには近衛近衛門が書いた親書の中身があった。襲撃を予想するような文面を。
「自分たちは悪くないよ。過去どんなことしても、挑発しても今襲ってきたのはそっちだからね。全く婿どのは何をしているのか、手間をかけさせるんじゃない。そういってんのさ学園長は」
「ちょっと待って! 学園長はこのことを知っていたの!?」
「だからこの文面になるんだろう?」
軽く肩をすくめて刹那を見る。刹那は何も答えない。
証拠としてそれが奪われ、見せられている以上、もう隠せないし言い訳もできない。
「殺された奴は何も言えない。上は何も言わない。むしろ相手を手伝っている。さて、下はどうすればいい。阻止するしかないだろうが」
そうしなければ締結されてしまって完全に名実ともに下にされてしまうのだから。
「でも、それでも僕は……」
「任務を果たすってのか? ご立派だな。自分が立派な魔法使いになりたいからか? 他の人を不幸にして」
「話し合えば何とかなるはずです!」
ネギは確信していた。どうにかなると。
「根拠は?」
「ありませんけど……こんなの間違ってます!」
「何がだ?」
「同じ組織なんだから仲良くすべきです! 親書がダメだっていうのなら渡しません。なので話し合いましょう!」
曇りも陰りもない瞳が千雨を捉える。そして動かない。これ以上は何もいっても引かないと千雨は感じた。
「それで、どうやって話し合う? 私に話しても無駄だぜ」
「なんでよ。千雨ちゃんってそっちの人じゃないの?」
「言っただろ? 私は今の現状を話しただけだ。敵でも味方でもないんだよ。けど話さなけりゃお前等は納得して離れていかなかっただろう?」
二人は頷かない。自分の性格を自覚していないのか。
「私は自分の面倒になることは排除する。ここで立場と状況を話さなかったら巻き込まれるからここで話したまでだ。この後はどっちにもつかないし手伝いもしない」
「どういうこと?」
「私はな、麻帆良にかけられている都合のいい認識阻害をレジスト、跳ね返しちまうんだ。その能力のせいで麻帆良で生きられなくてたまたま来た関西の人に助けられたんだ。私がするのは自衛だ。争いを避けることだ。ここで話さなかったらお前等は私を疑うだろう? 刹那を疑ったみたいにな」
二人はバツの悪そうな顔をした。
「そんでもって西の状況を話さなかったらうまくいったとしてもその後の私の生活がダメになる。麻帆良で生活壊されてたんだから当然だわな」
「ちょっと待って。麻帆良で何があったの? そこがわかんないわ」
「ああ、すまねぇな。麻帆良に結界が張ってあるのは知ってるな?」
「うん。エヴァちゃんが言っていたような気がする」
明日菜が頭をうならせながら必死に思い出していた。
「それにはな、麻帆良で都合がいいようになるような認識阻害がかかっているんだ。たとえば神楽坂は国公立の図書館には……いったことがないよな」
「悪かったわね」
「いや、とにかく国立国会図書館は国営の図書館で一番たくさん本があるところなんだが、倉庫があってそこから指定された本を取り出すようになっているんだ。図書館島みたいにアトラクションのようになってない」
「それがなんなのよ」
「盗掘防止目的であんなにする必要がないってことさ。さらに茶々丸なんてありえない。今は受け答えできるAIもしっかりと二足歩行できるロボットも麻帆良以外はいない」
「だからそれがなんなのよ!」
「麻帆良は治外法権なんだよ。
魔法使いによって作られた魔法使いの街。異常を異常と感じないで外とは隔離された魔法使いが満足するために作られた場所。
TVで見るものを普通にとらえてもその中で異常と感じる者を麻帆良では常識と感じる。要するに頭いじくられてんだ。
そこのネギ先生が失敗して魔法漏らしてもばれないようにな」
「えぅっ!?」
「そんなものをレジスト出来て、外の一般常識を吸収した私は小学校のころにいじめにあったわけだ。
非常識が一般常識に変えられてんだ。変な子ってのはいじめの対象だ。本当はいじめをなくすようにもなっているんだが、子供ってのは純粋だからな。悪意をレジストするものに純粋な子供のぶつける言葉は反応しなかった。
それを助けてくれたのがたまたま来ていた関西の術者さ。だから関西がなくなったり傘下になると不都合が出てくる」
「何よ、それって結局千雨ちゃんが自分の都合がいいようにしたいだけじゃない」
千雨は明日菜の言葉を聞いて席を立つ。
「お前らがそう思うならそうなんだろうさ。
結局は皆自分のいいようにしたいのさ。ただ、これ以上私にかかわらせるなよ。
私の領域を侵すなよ。
結局はそれだけが言いたかったんだ。なら、この話はこれで終わりだな。この件をこれからどう解決しようが私には関係ない」
そういって自分の部屋へと戻っていく。
それを追おうとする影もなく、千雨は夢へと旅立つのだった。