千雨降り千草萌ゆる   作:感満

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3話

 

 大戦の英雄、戦火の少女。

命の重さは皆同じなはず。

 しかし、命とは何を指すのか。

 生物学的な論点からいえば意識がなくとも生きていれば命というものはある。しかしそれは生きているとは言えないだろう。

 では動いていればいいのか。

それも違う。奴隷のように働かされている人間に命の重みを感じる人は少ない。憐れみを持ったとしても命を尊ぼうと思うものは同じ立場の人間くらいだ。

 では楽しく過ごせていればいいのか。

傀儡としても。

利用されても。

自分たちが盾にされてようとも。

 

「これはないよな、瀬流彦先生?」

「何が言いたいのかな? 長谷川さん」

 

 修学旅行当日、長谷川千雨はいるはずのない人物に声をかけていた。魔法先生は一人と麻帆良学園は通達していた。それは嘘偽りないことだ。そうでなくてはならない。

 

「言わなきゃわかんないのか? 魔法使い」

「ここでその言葉は言わないでくれないかな?」

「そう思うんだったら、ネギ先生からこれ見よがしに担いでいる杖を没収して障壁解除させたうえに身体能力向上の魔法使わせないでくれ。それと労働基準に合った年齢まで教師にさせずに義務教育受けさせろよ。ここはすでに麻帆良じゃねえんだぞ」

 

 さらに心の中で麻帆良であっても当然のことだと付け加える。

千雨に認識阻害は聞かない。

しかし慣習というものは人としてあるので逐一異常なことに関しては心の中で常識と照らし合わせるようにしている。

 

「しょうがないじゃないか、ネギ君は子供なんだから」

「問題をすり替えるなよ先生。ネギ先生が子供なのは本人の問題で生徒がいる時点で言い訳なんてできない。それに今の問題はアンタがここにいることさ」

「急遽決まったんだよ。引率の先生が足りないとかで」

「じゃあ既に連絡は取ったんだよな? お決まりの認識阻害で別の先生にもできただろう。それすらしないでこっちに報告をしてないなんてことないよな」

 

 瀬流彦はあからさまに言葉を濁した。連絡をしてないのだろう。

 もちろん、するつもりがあったができなかったというわけでもない。

 

「魔法先生が一人だって? 龍宮や春日に長瀬にも、ネギ先生はもうばれてんだったか? 神楽坂はパートナーだしな。先生じゃないって言い訳でもきついってのに、親書をだす相手に報告する誠意も見せないで形だけの親書を渡すのか。ご立派だな」

「きみだって仲が良くなるほうがいいだろう? なんでそんな否定的なことばかり言うんだい?」

 

 確かに千雨の生活では東西が仲良くなったほうが過ごしやすくなる。

麻帆良にいる必要性もなくなるので高校にでもなるときに京都に行けば今の心配もほとんど消える。

 符も売りやすくなり理想の生活にまで戻れるのだ。

 

「対等な関係で仲が良くなるとかだったら何人かは肯定派もいただろうけどな。

誰もそっちの属国になる気はねぇよ。誠意なんてどこにもないでガキに親書持たせてる組織と付き合いましょうなんて考えられないね。亀裂を作っているのはこっちだが、原因はアンタらなんだ。被害者面してんじゃねえよ」

 

 しかし、自分が自分であるための境界線をすら突き破っているのが今の状況だった。

仲が良くなる人間に嘘をついて子供にお使いにしかならない手紙を出してくる相手。

ごめんなさいも言わずにいい加減機嫌なおせやと言うのはないのではないのかと。

しかもネギ自身にはその意味も意図も伝えていないのだ。あなたのお父さんが英雄になった戦争にあなたのお父さんの仲間に上がたまたまいたから……いや、上になる予定の人間がいたから関係のない呪術協会の、日本を守る人間たちが違う世界に連れてこられて戦火に巻き込まれました。

それに対し何もしないで呪術協会を下に見てくる魔法世界側に怒っています。そんなことをネギに言えない魔法使いたちは隠した上で喧嘩を売るような親書を託している。ネギにとってお父さんという存在は理想の英雄でなければならないから。

自分の都合のいいことしか伝えていないため、関西といがみ合ってるから仲よくするために渡すとしか伝わっていない。

はたしてネギは魔法協会と西の長が行った行動を知っていたらどう思うだろうか。亀裂はあった。それを決定的にしたのは前大戦の徴兵なのだ。

 

「ガキって、彼はサウザントマスターの息子で――」

「こっちにとってその名前はな、死神で大量殺人鬼なんだよ。無理やり連れてかれた戦争で死んだ奴の中にはな、後ろから撃たれた奴もいるんだ。極太い雷が都合よく味方を避けるとでも思ってんのか?」

 

 生きて帰った術者から聞いた話だ。彼は結界を作ったり転移をさせたりといったことをしていた。だから前線には出なかった。それでもすぐ横を魔力弾が通っていったりもしたらしい。そして忌々しげに話した内容があった。

 

「あいつらは周りのことを何にも考えない。自分たちの攻撃で誰が死ぬかなんて考えないんだ」

 

 あいつらとはもちろん大戦の英雄のことである。

無理やり連れて行かれた魔法世界の大戦で死んだ理由が連れかれた奴らに殺されたとあっては怒りや恨みを覚えないほうがおかしい。

しかもその息子だからどんなことをしていても許される? そんなことがあるはずはない。

他では許されていたのだろう。魔法使いにとってはまさに英雄なのだろうから。

 千雨は軽く瀬流彦を睨みつけた。

 

「忘れんなよ、お前等と私たちは考えが違うんだ。自分たちがそうだからって価値観押し付けてんじゃねえよ」

「――」

 

 瀬流彦が口を開こうとするが、それを聞かずにその場を立ち去る。

そして駅にあるロッカーから荷物を取り出した。そこにはプリペイド式の携帯電話があった。盗聴されないように用意したものだ。そこからメールだけ打って魔法先生が他にもいることを伝える。

 そしてクラスメイトの集まっている場所へと集まっていった。

 千雨は春日美空と同じ班になっていた。

春日は泣きながらシスターシャークティーに命令されたと言っていたが、春日なら構わないと千雨は思っていた。

特に耐性があるわけではないが、比較的に染まっていないのだ。以前千雨が疑問に思って聞いてみたら自分は自分の生きたいように生きてるから思想とかには興味ないと返してきた。

異常に関してはそれはそれで楽しいから関係ないと。むしろどんと来いと。

それを常識にしているのではなく純粋に楽しんでいる彼女は少し感性が感化されたくらいでは人が変わらず、むしろ羽目を外していたずらをするようになっていた。

そのため、申告してきた彼女に千雨は頑張れよと肩を叩いて慰めた。

他には那波、雪広、村上との5人班だ。3人は同室のルームメイトだから二人はそこに入った形になる。

そのような図式になると、自動的に話し相手というのは春日になる。

しかし、自由行動の比較的許されている情況の千雨はヘッドフォンをして話しかけられないようにしているため、春日は他のクラスメイトのところに行っていた。

 新幹線はまだ発車しない。

今回のように学校の修学旅行などでは基本的に問題児の多いクラスが先に点呼されて電車の中に入れられるから3-Aは真っ先に入れられた。

だからあと20分は発車しないだろう。

後ろの席を確かめて、席を回転させ、千雨の席を背にした状態で対面にして話しているのを確認した千雨はチェアの背もたれを後ろに倒して寝れる体制を作った。

 

「あら、千雨さん。昨日は眠れなかったんですの?」

 

 那波とはなしていた雪広が千雨に声をかける。

 

「いや、ただ単に朝が弱いだけですよ。皆のように元気が有り余っているわけではないので京都に着くまでは休んでいようかと」

「そうですか。明日菜さんのように元気すぎるのもあれですけど、でしたら外の景色を見てるだけでも楽しいものですよ? 場所が変われば見えてくるものも変わりますから」

 

 さっき先生をグリーン車に連れて行こうとした行動は元気だったよなと雪広の奇怪な行動を思い出す。

 

「じゃあ関西に入ったら起こしてください。それまでは少し休みますので」

「わかりましたわ。けれど発車したら連絡事項があると思いますのでその時に一旦おこしますわ」

「じゃあそれで……」

 

 千雨は音楽の海に沈む。

皆の前で聞くものは基本的にオリコンに出ているものだ。自分がオタクだと知られたくないというのもあるし、付き合いをするのが嫌だということでもある。

特に、オタクだとばれる対象がハルナだった場合にどのように巻き込まれるかわかったものではない。

 その対策として、特に好きではない最近のものと好きなJ-POPを混ぜて流している。

 気持ちのいい振動でより深く眠ろうとした千雨だが、雪広に起こされたためネギ先生の挨拶を聞く。

 

「お弁と――あ、すいません」

「おいおい」

 

 後ろから来た販売車に轢かれるネギ。

それを見て呆れ、大笑いしているクラスメイトを見て呆れ、販売車の販売員を見て呆れた。

販売員が自分の知る人物。関西呪術協会の天ヶ崎千草だったからだ。

おそらくネギを轢いたのはわざとだろうとあたりをつける。

自動ドアを開けてから人を轢くまでに気が付かないわけがない。轢かれるまでに気が付けるか。気が付いたとしてどんな反応をするのかを試したのだろう。

まぁ、どうでもいいか。

そう判断をつけてもう一回寝たふりをする。

 

『キャー! カエルー!』

 

 次はなんだと目を開けると、そこには無数のカエルがいた。

すべて式のようで、千雨にはそれが千草の仕業だと分かった。ネギは慌てふためきながらカエルを回収している。

 その様子を眺めていたが、不意に敵意のある視線を感じたのでそこに目を向ける。そこには同僚の桜咲刹那がいた。

 刹那は竹刀袋を担ぎ、あたりに気をくばっている。そのうえで千雨を警戒しているのだ。千雨は両手を軽く上にあげて降参の姿勢を取る。自分のせいじゃないとジェスチャーで示したのだ。

そのうえでネギに目をやった。あっちを注意したほうがいいんじゃないかと。

 ちょうどそのときネギは親書を探しているところだった。

少し千雨を睨みつけたが、刹那は小さくうなずくとネギの近くによっていった。

 

カエルを全て回収したネギ、慌ててスーツの内ポケットにあった親書を取り出して安堵する。

するとその横から式紙のツバメがとびかかって親書を奪い去った。

ネギは一瞬間を起き、杖を構えてその先を追いかけるが、またもややってきた千草に撥ねられた。

 

 今のは……すでに姉さんは親書を取ったな。

 

 そのまま後を追っていくネギ。それを見ながら千雨は刹那に一枚の符を渡す。刹那はそれを受け取り、転移して先回りをした。

 それを確認した千雨はそのまま後ろの車両との間に移動した。

そこには予想通り千草が待っていた。

 

「どうだったんだ?」

「ちょろいもんやあのガキ。普通なら気が付くもんやけどな」

 

 そういって親書を取り出して見せる千草。

 

「破り捨てたろう思うとったけど、おもしろいもんがあったんや」

 

 そう言って親書の中身を見せてくる。

そこには『下もおさえられんとは何事じゃ しっかりせい婿殿』と書かれた一枚が。ご丁寧に絵まで描かれてぷんすかという擬音までつけている。

 

「なめてんな。こんなの親書でもなんでもねえじゃねえか。どこの学生の文通だよ」

「これはコピーして皆に送っといたわ、あんさんも写メでもとっとき。あとでこれは護衛の嬢ちゃんに渡したれ」

 

 そう言って親書を渡してきた。写メを取ったのを確認すると符で封された状態に戻した。

 

「これできまりや。西と東は相いれん。今回の和議は近衛一門のためのものであり、組織間でしたらあかんことや。近衛の歴史はこれで終いや。一般人を盾にしよって、警告はしたで。明日からは覚悟するんやな魔法使いどもめが」

 

 そう言って千草はその場を去って行った。

 


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