千雨降り千草萌ゆる   作:感満

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外伝7 来訪者

 

 本山で千草は執務を行っていた。連日の魔法世界との交渉と、そのやり取りに疲れ果てている術者の多い中、世界では魔法世界の人間を受け入れる体制を作れずにいた。

 

「あの人たちは交渉する気がないんやろうなぁ」

 

 全てを上からの命令で動き、その権力を使ってきた連合。その外交官は大戦の後は帝国以外は小国と学術都市のアリアドネーのみ。それも仲がいい相手とのみ交渉をしてきた。世界の中心として機能してきた。

 それが、魔法世界の崩壊によって避難民として旧世界に間借りすることになる。そのための魔法の認知であり、世界相手の交渉だったはずだ。

だが、連合はそう思っていなかった。魔法世界が壊れるから旧世界へ移動する。移動してやる。今まで助けてやっていたんだから当然だ。

決定事項を叩きつけるからお前等は準備だけしていればいい。そのような態度と認識だった。クルトが元老院にいると言っても、クルトはたくさんいる中の一人にすぎず、交渉役として立つ人間も、その経歴と就任年数から言って、旧体制の人間の影響を色濃く受けていた。

国連に持っていかれるものも、魔法世界の人間の、麻帆良の人間の言動がさらされた中でなお魔法世界側の人間の肩を持つ者は、その恩恵を疑われた。事実、魔法世界の人間と関係を持っていた。当然だろう、日本の陰陽寮のような立場に魔法世界の人間がいたのだから。しかしそれが立場を持つ理由にはならない。その国の中枢に魔法世界の恩恵があったり、魔法世界での立場を約束されていたりなど、旧世界・地球にとって役に立たない、個人的な、もしくは一国のみが潤い、他を犠牲にするようなものしかなかった。

公平に物事を見ている人間の中で最も好意的な意見は、以下のようになっていた。

 

魔法世界の人間を受けいることに好意的であり、拒否する理由はない。

しかし、その道徳観念と社会的知識を再教育させる必要がある。

残った時間で社会的通念を世界として身に着けることができたなら全力で助力すべき。

 

やはり大手を振って認めるわけにはいかなかった。

大戦の英雄、人殺しの英雄を祭り上げ、戦争の行為自体になんの決着もついていない。停戦だからという問題ではない。帝国と連合が戦争をしていた事実をうやむやにして、戦犯は一人、王女のみ。そんなことありえない。

しかも、その王女は英雄と共に過ごしてたと言う。

人殺しの賞金首が、いつの間にか英雄となっている矛盾。

それだけではない。そうではない。

それを全員が受け入れている。帝国の人間ですら。これは異常だ。

殺されている側がいつの間にか英雄を受け入れ、世界を助けたと言っている。

いつ、どこで帝国の人間がそれを見た。

遺跡の中で起きたと言われていることを誰が知った。

テオドラ第3王女の言葉を信用したのか。ならばなぜ、共に過ごしていたアリカ王女が罪に問われる。

まるで雲の上から見ているように、神が見ているように。

小説や漫画、映画で見ているように納得しているのだ。連合からの情報だけで。

連合の情報を無条件に信じているこの状況、同じようなことが麻帆良でもあった。まるで一つの事が完全な真実、最も正しいことであるかのようにされ、それが何の考えもなく肯定される。一方通行の情報と思考。これはまるで中世のヨーロッパ、いや、古代ヨーロッパまで遡ってもおかしくない。

技術も知識もあるはずなのに、それを活かすことはない。

地動説を信じる人間のように全てを鵜呑みにし、魔女狩りの時代のように、一人が挙げた声を全員の声にする。

魔法世界の移民の歴史を紐解くと、紀元が始まる前に既に地球から離れた彼らは、いろいろな思想に出会う機会がなかった。

大きな思想の対立はなく、旧世界・地球の考えは、それはそれ。軸となる考えは変わらなかった。キリスト教でさえ、カトリックとプロテスタントに別れ争いがあったのだ。思想と思想のぶつかり合いの中で生まれた観念であり、勝ち取った市民権だ。それが魔法使いにはない。

貴族が平民を淘汰していた時代の、その価値観のまま進んだ魔法世界と、いろいろな思想や国の争いの結果生まれた世界とではかみ合うことがなかった。いくら技術が進んでいようとも、精神までは進んでいなかったのだ。

今、国連の外交官と関西呪術協会の人間は銃を構えたこどもの我儘をたしなめるように、中世からタイムスリップをした人間に一から教えるように外交をしなければならない。

 

「ほんま、疲れるとは思いまへんか?」

「それは……」

 

 向かい合っているセラスに対し、言葉にのせずに同意を求める千草。

 セラスは表情を崩さずとも、今回の外交が既に失敗していることを理解していた。

 セラスの隣にいる男にはそれは分からないだろう。その男こそ、今回の外交を決めた者なのだから。

 

「それにしても、長谷川殿は顔も見せないのか。こちらが来ていることぐらい、伝えてあるんだろう?」

 

 厭味ったらしい笑みを浮かべ、見下すように言う男。この男、連合の生まれで、連合で職務に就き、その後アリアドネーに来た者だった。思考は半分以上連合のものだった。だからこそ、魔法世界の外交官として有能だったのだ。地位、コネ、アリアドネーに来れるだけの知識。魔法世界では上から数えたほうが早い人間だったが、それも、魔法世界ではのことだ。

 

「すみまへんな。千雨はんには用事があるよって」

「私たちが来ているんだぞ。予定は外せと言っただろう。これだから旧世界の人間は……」

「やめなさいっ!」

 

 男を止めるセラス。男は何が間違っているのかわからなかった。

 

「何を言うのです。これは信用問題ですよ」

 

 千草は値踏みするようにセラスを見る。セラスは想像以上の男の行動に唖然としていた。

 

「そもそも、この者達が英雄の息子を捕らえたと言うこと自体が間違いなのです。そんな権限この者達には無い。連合の支部の指揮下に置かれている島国の属機関でしょう。そんな者達に偉大な英雄の息子の未来を潰すなど」

「やめなさいと言っているのです!」

 

 頭を抱えるセラス。

 

「これ以上の発言は許しません。これ以上侮辱をするのでしたら、あなたをアリアドネーから除名します」

 

 セラスの様子を見て、それを本気ととったのか、男は鼻で笑って言葉を止めた。

 重苦しい空気の中、ふすまを開けて少年が入ってくる。

 そして3人にお茶を配り始めた。

 その少年をみて、セラスは目を細める。

 

「あなたは……」

「クルトはんが置いてほしいと言うはりましてな。秘書に勉強をさせてほしいと」

 

 少年は、クルトの側に仕えている少年だった。

 その少年と、男を比べたセラスは自分を恥じた。少なくとも、もっとしっかり探していれば、物事をしっかりと見つめることができる人間をここに連れてこれたはずだ。

 しかし、今までの経歴と実績から選んでしまった。そして、彼のような人間が変わればアリアドネーが変わる。そこのみを考えてしまった。相手のことを考える余裕がなかったと言えば、しょうがないと言う者もいるかもしれないが、それでもクルトは自分の側近をしっかりと据えている。そこまでの信頼を寄せていた。関西にも、少年にも。他の周囲の人間にも。

 クルトはアスナの用心棒も兼ねて送り出したと言う事情もあるのだが、セラスにそんなことは関係なかった。確実に関西との関係性は連合の元老院の方が進んでいると言ってよかった。

 静寂が場を支配する。それはセラスが思考を巡らす為であった。千草はそれを静かに見つめる。男の方の品定めは済んでいた。上と下の動きや考えが違うことなど、自分たちでよく知っていた。だから今ここで確かめているのだ。アリアドネーの本質を。

 大戦の記録で見る限り、戦争には参加していないものの、その前後は連合と足並みをそろえていると言っていいだろう。そして、内部の人間も連合が浸透していた。

 中立的な軍だという事実は認められたとしても、外から受け入れることの多いアリアドネーは、逆に言えばもぐりこみやすいのだ。その意図がなくとも、染まることがある。それをセラスは実感していることだろう。

 犯罪者であったはずの英雄たちを無条件で受け入れた学園都市の行動に疑問も持たずにサインまで求めていた。それくらい疑問を持っていないのが普通なのだから、染まりやすいのは仕方がないのだろうか。

 

「それで、要件を伺いましょうか」

 

 落ち着き、セラスの様子が変わったのを見て千草が問いかけた。

 

「私たちは新たな教師を求めています。今回の麻帆良の不祥事。これはまだ公表されていませんが、大戦の真実。これによって授業を受ける側も、教える側も考えを改めなければなりません。しっかりとこれからの世界のために判断を下せるものが必要なのです」

「それがうちと何か関係ありますか?」

「魔法世界の人間の、麻帆良の人間の矛盾を捉え、それに囚われていた上に左右されずに事を起こしたあなた方に教えていただきたいと私たちは考えています」

 

 千草はセラスの言葉の裏を考えていた。本当にそうなのか、教えるとして何を教えるのか。それを受け入れるのか。下の者の代表として、目の前の男がいるのだろうが、それは実現するのだろうか。生徒たちとは誰を指すのか。

 

「あんさんは、これについて賛同なんどすか?」

 

 千草は男に聞く。男は一回首を振ってから答えた。

 

「私たちはお前たちに教えることはあっても教わることはない。お前たちが頼むのなら常識を教えてやろう。私たちの考えを受け入れられないのなら、私達と交流をする権利すらないと思え」

 

 千草はセラスの方を見た。セラスは驚いて男を見る。

 

「セラスはん?」

「総長、なぜこのような者たちに助力を乞うのです。連合に頼めばいいでしょう。私が頼めば優秀な魔法使いが連合からやってきます。ネギ・スプリングフィールドの教育は私達で十分です」

 

 この男も含め、今回の話が来たときに教授陣の中で外来のものは気分を害した。実力でアリアドネーにやってきた。それなのに自分たちに頼らずに、ネギを汚した関西に協力してもらおうとするセラスに不信感を抱いていたのだ。もちろん、関西への不信感もあるが、それよりこの男は交渉を決裂させることを目的としていた。

 セラスは男を睨むと、千草の方を向く。

 

「こうやって勘違いしている人間が多いので、千雨さんを講師陣の教師として貸してほしいのです。アリアドネーの人間はネギ君の事しか考えてません。私もそうでしたので強くは言えませんが、魔法世界を上と見て世界を支配していると思い込んでいる元老院、それに支配されている連合。そこから波及している考え方に踊らされている私達。それをこれから生きていく世界の人間に、そして魔法世界の矛盾を知覚している千雨さんに教えてほしいのです」

 

 男は唖然としてセラスを見ている。ネギの指導者として千雨を呼ぶのかと思ったら、自分たちを指導する為だったとは。

 そして見る見るうちに顔が赤く染まっていった。

 たかだか小娘に教えを乞えと言っているのだ。勉学の頂点に近い自分たちに。

 

「セラスはん、そちらの答えがまだ出ていないようどすが」

「関係ありません。間違いを間違いと自覚していれば教える必要などないのです。わからないことを教えるのが勉強であり学問です。その本質すら忘れて知識をばらまくだけの人間でしたら、それはアリアドネーの学者ではありません」

 

 はらわたが煮えくり返っているであろう男の方を向くセラス。男は答えられない。セラスがいったような言い方をされてしまえば、何を言っても無駄なのだ。否定しようがそれは自分が無知である証明にもなってしまう。

 セラスの言葉を最後に、会話が途切れ、会合は一旦の中断を見せた。

 

 

 そしてそれを、別室で見ている者達がいた。

 




外伝はどんなテンションで書いたのか覚えてないけどほぼほぼSEKKYOになってて読み返しながら笑ってる

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