爆発音に対し、千雨達はゆっくりと振り返った。
煙が上がっているのは離れ、ネギの眠っているはずの場所だ。
「高畑か」
「何のことかのう?」
とぼけたふりをする近右衛門。千雨は手元にノートパソコンを呼び出すと、映像を見せる。
「ここはな、監視カメラが付いてるんだよ。拘束してるやつの衣類にもな」
映し出されるのは高畑とネカネの姿。
「部屋の中の様子もとってあったからな。確実にこれは侵略行為だ。どう説明する?」
睨みつける千雨に千草。近右衛門は、二人を見ずに奥のセラス総長とドネットを見た。
「セラス殿、ドネット殿、英雄の子であるネギ・スプリングフィールドは救出した。もう我慢することはないですぞ」
二人は……いや、この場にいる全員が何を言っているのかわからなかった。
「もうわかっておるでしょう。このことが明るみに出れば、どのようなことになるか」
わかっている。だからこの場にドネットがいるのだ。
「この場で、関西の横行を止めなければ、魔法世界の存在すら危うくなってしまう」
そうだろう、認識阻害の弊害によって、人格変革まで起こっている生徒が拘留されているのだ。しかも、一般人を巻き込んだ事件によって。
「今、関西をどうにかしなければ、世界で戦争が起きますぞ! 中世の魔女狩りの歴史を知らぬわけではないでしょう!」
確かに、今の状況はまずいだろう。
京都の地にて起きた事件。これが発端となって事態は進行している。
一般人に魔法がばれ、その人物が起こしたイベントによって、同意もしていない一般人がネギ・スプリングフィールドの従者となる。しかもそれを誘導したのが当人の助言役であるオコジョ妖精なのだ。現場での話では、一般人である朝倉は、そのオコジョ妖精と共に『ネギの協力者である』という発言を行っている。その責任はネギに及ぶことになる。一般人を巻き込んだ罪、一般人に魔法ばれしたにもかかわらず、自分の都合によって対処をしなかった罪。
さらにはそのオコジョ妖精は脱獄囚であったのだ。悪意のある行為をするものをかくまっていた罪がさらに乗せられる。しかもそれを京都で、対立組織のおひざ元でやったのだ。
これは関西のみならず、日本全体に対してのメッセージにもなる。
お前等の事なんて、いつでも自由にできるのだ。と
さらにはその後、一旦保護した生徒たちの中に、記憶を封印されていたものや、明らかに不自然な好意をネギに抱いているものがいた。さらには、認識阻害を解いた状況での、他の観光をしている生徒達による被害。これにより、麻帆良の異常性が浮き彫りになった。
意図的にかどうかはわからないが、社会に通じない人間が量産されているのだ。閉鎖されている空間の中で。しかも学校は全寮制。自宅通学にしない理由を邪推することもできる。
ひとつひとつの問題を整理し、まとめてしかるべきところに出せどうなるか。
麻帆良の、魔法使いの危険性を、事件と言う最悪の形で明るみに出すことになる。
それにより、魔法使い全体に対する不信が広まり、戦争が起きてもおかしくないのだ。
ならばどうすればいいか。
近右衛門の結論は、全てをなかったことにする、だ。
近衛詠春に向けた出した親書。それによって起きた事件。予期せぬ関西の下の人間によるクーデター。そこからすべてが狂い始めた。
「この者達をどうにかせねば、すべて終わりぞ! 元老院の方々には既に連絡済みじゃ! 今なら間に合う!」
自身の手に及ぶところでの戯曲だった。親書を渡して終わりになるはずだった。
このかはトラブルによって魔法を知る。知らなくても、その後、仮契約はいつかするはずだった。その為に逃がした欲深いオコジョ妖精。
ネギのために用意した生徒達。才ある者、決して悪意を持たない人間。一から作り上げたわけではない。しかし、都合よく生まれていた麻帆良の培養生徒達。
全てがうまく回っていた。自身の思い通りに動き、関東に繁栄を生んでいた。
それが、たった一つの事件で終わることになった。
ちょっと目を離した隙に。
何とかしなければ、破滅だ。
交渉をしても、長である近右衛門の権威は落ちるだろう。責任を取らざるを得ないだろう。詳しくことを調べられれば、一般人に何をしたかが明るみに出る。
学年末の『魔法の書』のことが表に出た時点で、魔法を利用していることがばれる。そうでなくても、調査が入り、関西との間での話が付かなければ、麻帆良の異常性が表に出される。それでも近右衛門は終わりだ。
近右衛門にとって、少しでも明るみに出ることは、全てを失うことにつながる。
関東魔法協会は何とかなるかもしれない。自治権を奪われても、規模を縮小されても、どうにか交渉によっては生き残れるかもしれない。
魔法世界においても簡単に危機を脱することができる。関東魔法協会でもできる手段だ。それを近右衛門は恐れ、同時にさせるわけにはいかなかった。
近衛近右衛門を切る。
これだけで、他の組織はうまく回るのだ。
責任を近右衛門に押し付ければ、監督者処分となり、ネギは子供として、被保護者の立場になれる。カモをかくまっているのを知りながら放置した責任。麻帆良の生徒、麻帆良の人間に対し、異常を押し付けた責任を近右衛門が取ることによって、他は全てうまく回るのだ。
それを近右衛門は恐れていた。
すべてひょうひょうと躱し、自分の満足へと変え、人の様子を見ていた。
極東の人間でありながら、魔法世界の支部である関東魔法協会の会長の椅子を手に入れた。婿を長にすることで、間接的に関西を牛耳れていた。麻帆良学園の学園長となり、自由に物事を行えていた。
それがすべてなくなるのだ。
ただ、英雄の子を手に入れようとしたがために。
簡単に終わらせるはずだったのに、すべてがうまくいくはずだったのに。
一瞬で気泡と化してしまうのだ。
受け入れられるものではない。
「さぁ、セラス殿!」
近右衛門の声があたりに響き渡った。
反響し、余韻として残る声が山彦のように錯覚を起こす。
「近衛、近右衛門殿」
静かに、セラス総長は口を開いた。
「さすがに今回の件、驚きました。いかに事を収めるか、私も考えていました。確かに、そういったことをするのも手段の一つとしてあるでしょう」
セラス総長は、千雨と千草を見る。
「しかし、」
近右衛門が、固まった。
「あなたの所業、許せるものではありません。あなたの自己保身でしかないその判決を、下すわけにはまいりません」
セラス総長は静かに右手を挙げる。周りにいくつも浮かぶ魔法陣。
関東の人間が驚くその場、支配するのは銀の鎧。
アリアドネー騎士団が集結していた。
「あなたを、許すわけにはいかない。それこそ、魔法世界のためにも」
近右衛門を見下ろすセラス総長。
「なぜじゃ! なぜあなたとあろうものが――」
「既に遅い。この件は世界に知れ渡っている。そうでなくとも許す気はないが、もはやお前に退路はない。なら、足掻くことで見苦しい姿を晒させるわけにもいかないのでな」
「連合に牙を向けると言うのか!」
「向けませんよ。そちらの言う元老院の方は、どのようなお方か知りませんが、こちらにも元老院議員がおります。既に、この場に」
睨みあう両陣営。その場に、明日菜の姿がないことに千雨は気が付いた。
爆音の先にあったもの、ネギ・スプリングフィールドを起こしている影があった。
「大丈夫かい? ネギ君」
「タカミチ……おねえちゃん?」
「ネギ!」
ネギを支えるタカミチ。その姿を見て涙を流すネカネ。
タカミチ・T・高畑の襲撃によってネギは救出されていた。
「僕は、どうなっていたの?」
「関西呪術協会につかまっていたんだ。さぁ、逃げようネギ君」
高畑の手を取るネギ。場の様子が理解できていないようだ。
「そうだ、他の皆は!? クラスの皆は!?」
「他の皆は学園長たちが動いている、さぁ!」
強く手を引っ張り、引きずっていくように廊下を渡る高畑。ネカネは警戒しながらもその後ろについている。
その時、曲がり角から影が出てきた。
「なにをしているのですか? タカミチ」
そこにいるはずのない人物。メガロメセンブリア、元老院議員の一人。
「なっ……クルト!?」
クルト=ゲーテル。彼が刀を構えてそこにいた。
「ネギ君をどこにやろうというのです」
「……ネギ君、逃げるんだ」
「どこに? 私たちから、本国から逃げてどうすると言うのですか?」
突然の彼の登場に、戸惑いを隠せない3人。
「脱獄なんてしたら、君の罪はさらに重くなりますよ、ネギ君」
「何を馬鹿な! この子が何をしたというんだ!」
「そうです! ネギに罪なんてありません!」
睨み合うクルトとタカミチ、ネカネ。その様相にネギはついていけずにいた。
「一般人を巻き込んでの魔法の使用に仮契約、許せるものではないことを知っていますか? さらに余罪を調べてみれば出るわ出るわ、犯罪者じゃないと言う方がおかしいのではないですか?」
「彼はナギさんの息子だぞ! 彼を拘束する意味を分かっているのか!?」
激昂するタカミチ。それに対しクルトは肩をすくめて返した。
「何を言うかと思えば。なるほど、だからネギ君はこのように育ったと。ある意味納得がいきました」
「なんだと?」
「あなた方は、サウザントマスターを作るために自由奔放な彼を作るために犯罪行為を見逃し、助長させていたのですね」
「え……」
「メルディアナでは禁書庫に入り、優遇されているのにも気づかずに、関東魔法協会と調整の末に飛び級での首席卒業。なるほどなるほど、ナギ・スプリングフィールドの人生を追体験させ、さらに優秀であるかのように周りに印象付ける。そして上に立つものとして作り上げる。理想を押し付けて。そしてそれが自分たちの手から離れようとしたら拉致をするのですか?」
ネギは、クルトの言葉を聞き、呆然とした。掴まれている手に力が入らず。どこを見ているのかもわからない様子で口も半開きになっていた。
「そんなわけないだろう。ナギさんの息子を」
「そう! ナギさんの息子! サウザントマスターの息子! だからネギ君を育てよう! どのように? どうやって? どうすれば? ナギのように育てよう! 英雄の再来だ! そうしよう! 結局君たちはそれしか考えない。そうだろう?」
「ならクルト、君はどうすると言うんだ。この場、この現状でネギ君を助け出さないでどうしようと!」
「償わせる。再教育をさせる。やりようはいくらでもある。しかし、タカミチ、君はそれが汚点になるから気に入らない」
「当たり前だろう!」
クルトは、曲がり角に立っていた。だからわかった。ここにやってくる人間を。
「かつてお前は言ったな、いいじゃんかと。今日のところはハッピーエンドでと」
「な、なにを」
「ならばなぜここにいる! お前等は結局最後に自分たちの思い通りになればいいんだ。何をしようと、自分が満足ならば! そうだろう!」
「そんなことはないっ!」
「ならば、聞こう! なぜ彼女がここにいる! アリカ様は平和を望んだ。ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグは平穏を望んだ。なのになぜ彼女はここにいる。お前は結局自己満足での行動しかとっていないんですよ! そうでないと言うのなら、説明してみなさい!」
走ってきた明日菜が、高畑の目に留まる。
お互いの視線が交錯した。
「さぁ、アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアに、全てを話せ! タカミチ!」