感想は読んでますが、返しは全部置き終わって時間ができたらになると思います。申し訳ありません
祭壇に寝かせられた木乃香。頭には符がつけられており、身じろぎひとつしていない。
その後ろには千草。木乃香を包み込むように両手を広げ、祝詞を唱え始める。
鬼神を復活させるための儀式だ。事前に敵対行動ではないということを、アリアドネーとメルディアナは認めている。関東は瀬流彦に決定権はなく、交渉すらされていない。今の関西呪術協会の政権を、関東魔法協会は認めていなかった。
「さて、余計なことするんじゃねえぞ」
「本当に、お嬢様に危害を加えないのだろうな」
「それは考え方によるな。言えるのは、最終的にはいい結果になるだろうってことだけだ」
その光景を、千雨と一緒に見ている者がいた。桜咲刹那。関西所属の剣士だ。神鳴流ではなく、関西の。詠春の子飼いだった相手だ。
「もう教えてくれてもいいだろう。何をするんだ?」
「両面宿儺を制御する。ギリギリまで、ずっと近衛の魔力を使って制御し続ける。その間に、巫女の祝詞と神楽、使える者は何でも使って荒御霊を清めて弱める」
「お嬢様の魔力を利用して動きを止めるのか……」
刹那は今、両手を後ろに縛られており、指と指も八の字になるように縄を結んで動かせないようにしている。
「そうだ。その間に鬼神を封印なんかしなくてもいいように弱めるんだ。無理やりの力技では復活させられる。元の力が変わらないからな。けど、ここにいる両面宿儺は分霊であり本物じゃないからな。十分なんだ」
「それは、お嬢様の力を使う意味があるのか?」
制御するには、何百人単位をそろえた大規模儀式ならば可能だろう。しかし、それでは鬼神を弱める側の人間が少なくなってしまう。かといって、不可能なわけではない。
「まぁ、あるもんは使った方がいいからな。それに、近衛が必要な理由はもう一つある。近衛の魔力タンクに負荷を与えて、壊すんだ」
「なっ!?」
「今の近衛には痛みを感じないようにさせている。その間に高負荷な魔力運用をさせることで、魔力を使う機能を奪う」
「貴様等は、お嬢様を壊すというのか!?」
刹那は叫んだ。千雨に向かって噛みつくかのように。
「近衛は変わんねえよ。魔力運用する場所が壊れるだけだ。それで、完全に一般人にする」
「なんだと?」
「一応、近衛は生まれながらにして関西の跡継ぎなんだ。けど、今までは一般人として暮らしてきて裏を知らない。正直、そんなやつ関西にはいらない。無知な上っていうものが自由に動いたらどうなるかっていうものを、身をもって知っているからな。だからといって、魔力がサウザントマスター以上と言われる人間を野放しにはしておけない。だから、一般人として暮らせるように、誰にも利用できないように、魔法を使えなくさせるんだ」
「……そしたら、お嬢様は解放されるのか?」
「もう近衛詠春はいないからな。近衛家は関西で権力をなくしている。一般人の近衛ならばどこにでもいけばいい。ただ、近衛から高魔力の人間が生まれないような呪いはかけさせてもらうがな。普通に暮らすのなら、何の問題もなくなる。お前が関東に所属したら狙われるかもしれないがな」
「私は、お嬢様が幸せならそれでいい」
じっと祭壇を見つめる桜咲。あとは桜咲は見守るしかない。抵抗しても意味がないのだ。ただ、関西の目論見が果たされるのを待つしかなかった。
千雨は桜咲に伝えていないことがある。それは、高負荷で魔力タンクを破壊するという行為の危険性だ。命に別状があるなどと言うものではなく、確実性のなさと言うものだ。
途中で儀式が中断されるようなことがあれば、まったく意味がなくなるのだ。魔力を空にして耐久力をつけたり、魔力容量を広げるという修行法もあるのだから。
「お嬢様、しつれいしますえ」
これから始まる儀式は、千草の復讐。自らが行う復讐のなかで、一番大事なものだ。
両親を大戦へ連れて行って殺した近衛詠春への復讐。そして、サウザントマスター達が成しえなかったものを行うという復讐。そして、近衛の未来を絶つという復讐。
「おとん、おかん、見とってな。ウチは、成功させるからな。関西の未来は、ウチが護ってみせたる」
千草が、儀式を開始した。
「高天の原に神留りまして 事始めたまひし神とき・神とみの命もちて 天の高市に八百萬の神等を神集へ集へたまひ 神議りたまひて――」
鬼神が封印される大岩へ向けて祝詞を唱える。祭壇に寝かされたこのかからは、魔力が光り漏れ、一柱となり輝いていた。
辺りにいる術者は、今か今かと鬼神の復活を待ち構えていた。
唱えられていく祝詞を聞きながら、千雨は周囲を見渡した。ここのは雪広や綾瀬は連れて来ていない。明日菜と春日のみ。長瀬は正確には裏ではないし、龍宮との契約関係は無い。
そして、千雨たちの周りには結界が敷かれていた。見ている者達に、万一がないようにしているのだ。見守るのはなにも千雨たちだけではない。悪意のない行為であることの証明に、セラス総長とドネットが、他の術者に守られながら様子を眺めていた。ネカネは万一のためにと本山に残っている。ネギが寝ているときに鬼神の衝撃などから守るためだ。
千草の祝詞は続き、終章へと差し掛かる。近衛から放たれる光が増え、光が触れる面積が広がり、大岩へと差し掛かろうとしていた。
「来るぞ、準備しろ!」
術者の一人が声をあげた。大岩が完全に光に飲み込まれ、下から4本の腕と、二つの顔が現れた。
『祓いたまへ清めたまへ――』
完全に鬼神が現れる前に、術者が荒御霊を鎮めにかかった。
完全にできる前に、体から魔力が浮き出ているのが見て取れた。
「始まったな」
「ええ、そうですね」
見守る者
「お嬢様、少しだけ耐えておくれやす」
行う者
そして、祓う者
全ての人間が、鬼神が消滅する、その瞬間を固唾を飲んで見守った。
その瞬間、
「なめた真似してくれるじゃないか。え?」
不協和音がそこに混じった。
「マスター、結界弾、セットアップ」
「やれ」
「了解」
いったいどこから現れたのか、神楽舞をしている術者の中心に、一人の少女が現れた。金髪の少女、ここにいるはずのない相手。
「やめろ! エヴァンジェリン!」
刹那が叫ぶ。このかが一般人の道に進めるはずだった。それが壊されていく。
「お嬢様、危ない!」
千草がこのかを抱えて、結界弾から守った。自分の身を盾にして。
鬼神が結界に包まれる。小さくはなってきたものの、まだ鬼神の両面宿儺と呼ぶにふさわしい荒御霊のまま。
「リクラク ララック ライラック――」
エヴァンジェリンの行動を、誰しもが止めようとした。しかし、そもそも術者の中に、飛行能力を瞬間的に行えるものが少なかった。攻撃を加えようにも、隣にいる従者がそれを許さない。障壁が攻撃を通さない。
「終わったな、失敗だ」
千雨が、刹那に聞こえるようにつぶやいた。
「関東には敵意は無いと伝えたはずなんですがねぇ、どうなんでしょう? セラス総長」
「信じられるものではなかったということでしょうか」
「親書を出してくるような仲ですよ。こっちはともかく、あっちは信頼関係を持ちたいと思っていたはずです。それなのに信用がないんですね」
自分たちは悪くないと、セラス総長とドネットに伝える千雨。
人払いはできていた。安全も確認し、実際に被害はありそうになかった。なのに邪魔が入った。
事前通告はしたはずなのにだ。
その相手が関東にくくられているはずの『闇の福音』エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
彼女の攻撃によって、鬼神は氷に包まれた。
「とこしえのやみ! えいえんのひょうが!! “おわるせかい”」
エヴァンジェリンが指を鳴らす。そして、鬼神が砕けた。また封印をしなければならない。このような儀式、次にいつできるのか。近衛このかが、一般人として暮らせる可能性はなくなった。奇しくも自分の祖父の策謀で。
「フッ……」
エヴァンジェリンが降りてくる。
関東の侵攻、しかも、元600万ドルの賞金首を使った。
「ハッハッハ! ぼうやは返してもらうぞ、長谷川千雨!」
「返してもらうぞも何も、そっちが話し合いに来ないのに返せるか。それとも関東は侵略行為でも決めたのか? それより、なんで麻帆良にいなけりゃいけないはずのアンタがここに来れたんだ?」
「修学旅行は学業の一環と認めさせたんだよ。忌々しい呪いだが、今は機能していない。全盛期の力そのものだ!」
無意味に魔力をほとばしらせるエヴァンジェリン。
「下らない呪いをごまかしたのか? 解く気配もねぇから態と解いてないと思ってたよ」
「何が下らないだ! たしかに、いや、くだらないが……そんなことは関係ない! 私に喧嘩を売ったんだ。報いを受ける覚悟はできているのだろうな」
両手に魔力を込めるエヴァンジェリン。それに対し千雨はポケットに手を突っ込みながらセラスの方を向いた。
「ケンカ売ってきたのは関東だ。それに、あんたに喧嘩を売ったつもりはねぇ。今回の鬼神復活もそちらを攻めることが目的ではないと言ったはずだぞ。ここに魔法世界側の証人もいる」
セラスとドネットの方を向く千雨。
「たしかに、私たちが聞かされた場に、瀬流彦さんもいたので確認済みのはずです」
「そもそも、遠見で見えるようにされていたはずでし。あの祝詞と神楽舞をみて、侵攻するための手段だという見解が出るのがおかしい。あなたがここにいるのも、遠見で座標を確認できたからでしょう」
二人に証言されたのを聞くエヴァンジェリン。しかし、そこには食い違いがあった。
「いや、お前等の姿など見えなかった。ジジイは交渉などしてないと言っていたぞ」
「確かに、そっちが認めてねえからしてないな。もしかして、担がれたのか? あんた」
千雨がエヴァンジェリンに聞く。いや、ただ考えたことを口に出しただけなのかもしれない。しかし、その言葉にエヴァンジェリンが反応した。
「担がれた、だと?」
「そうだ。お前がここにきても、元犯罪者の暴走になるからな。たまたま結界を抜け出されたとでもいえばいい。お題目は英雄の息子を殺しにきたとかな? しっぽ切りは簡単さ。騙されたんだよ、お前。こっちは事前に通達したし、危険性がないのを知っているはずだ。遠見ができるはずのものを見せずに虚言を言って敵地に飛ばす。鉄砲玉さ」
千雨の言葉に、エヴァンジェリンが固まった。