「今日もちうは元気だぴょーん!」
ちうこと長谷川千雨は麻帆良学園に通う中学2年生だ。
彼女は今、パソコンの前で頭を全開に働かせていた。
寮内の自室とはいえ、他の人にはあまり見られたくない格好をしている。
いわゆるコスプレというやつだ。
「あー、やっぱこっちのほうが落ち着くな。常識があって」
他の人が聞いたなら千雨の常識を疑うだろう発言をつぶやく千雨。
常識というが、決して一般的ではない。アングラな趣味の中でのことであるが、それでも千雨にとっては安心できる常識的な行為の範疇と言えた。
オタクといわれる文化の服に身を包み、ネットで自分が作ったブログとHPの更新作業をしていた。その内容は近況報告や日記、そしてコスプレ写真の投稿だ。
そして、そういったコミュニティのなかで千雨のHPは常にランキング一位を取っている。
千雨自身の更新の細かさや、兼ね備えている美貌といった要素もあるだろうが、他にも要因はあった。
「新しく出てきたこいつは……大丈夫、すぐに飽きるな。こっちは――団体はちと厳しいか。牽制しておこう」
その一つはこうして他のブログなどにも顔を出して傾向を探ったり、自作自演とは言わないまでもネットの情報操作をすることによって常に話題の中心を自分に向けさせることだ。
そしてもう一つは、
「ゲ、更新してねぇじゃねえか」
千雨は携帯電話を取り出すと電話帳に登録されている番号に電話を掛ける。
もう一つの要因が機能していなかったからだ。
なかなかつながらないことにイライラを募らせながらも千雨はHPの更新作業を続けていた。
『はい。千雨はん、なんのよ「何の用じゃねえよ姉さん。更新忘れてんだろ」……いい加減にしてくれまへんか?
もう前逢った時に撮ったのは前回のでお終いです。手元には何にもあらへん』
「ちゃんと服は送っただろ? それ着て写真撮ればいいだけだろうが」
『あのな千雨はん。ウチは別に千雨はんと同じ趣味もっとるわけやあらしまへんのやで?
自分の体や顔見せて悦に浸るような趣味あらしまへん』
「だから代わりに札作ってんだろうが。それに、したくもない近況報告までして」
『それは組織として当然のことやろ』
組織。長谷川千雨は組織に所属している。
その名は関西呪術協会。
以前天ヶ崎千草と会ったその日に京都に連れてかれ、当時の現状。そして麻帆良の真実を教えられた。
魔法の存在、麻帆良に張られた結界、自分の魔力や氣に対する耐性を持っていること。
そして、麻帆良には結界が張られていて、その効果のせいで自分が虐げられていたこと。
周りが常識を常識ととらえなくなっている、麻帆良内の決まりを常識ととらえていることによってその結界の効果が効かない千雨が異常者だと思われていたこと。
今2-Aに在籍していることで千雨は理解できていた。麻帆良が人生を狂わせたと。
自分でも客観的に見れば気が付く、コスプレ趣味というオタクに使った一般とは違った趣味。趣味にとやかく言うということを除いてもそれは逃避に他ならなかった。
小さいころから虐げられて仲間外れにされて生きた長谷川千雨という存在が個を保つために被った殻。
アニメや漫画という非現実とを見て自身を投影する。
さらに千雨には漫画やアニメという非現実と麻帆良を合わせることで自分が間違っている、間違っているといわれていた一般常識を麻帆良の常識に矯正しようと考えてもいたのかなと、今だから思いついていた。
そして周りを見て、麻帆良の外の人と照らし合わせて思ってしまう。
この人たちは人なのか、人形なのかと。
もちろん生物学的には人間で、それ以外の何物でもないのだが、みんながみんな見ていて辛いのだ。
なんでも大げさな個性、無理やりねじれた現実を納得してしまう。
それでいて他の常識には普通に対応できている。
まるで設定されたキャラクターのように思えた。駅の前にたっている人に声をかければ、何度もその駅の名前を言ってくるのではないだろうか。RPGの村人のように。
異常さはいたるところに現れる。
年末にテレビで格闘技の試合を見て盛り上がるのに目の前には中国拳法を使う同級生が人間を吹き飛ばす。
それを見ていながら格闘技のほうがすごいという。常識が麻帆良の中でずれているのだ。
それに、見ていればわかる。
最近わかったことだが依存度がひどい。凄いでなくひどい。
小さなころからお父さん子な明石優奈は母親の死とともに愛情を父親に傾倒させいまだにお父さんと結婚すると言っている。
いいんちょこと雪広あやかは弟が死産になってから年下の男の子を趣味としている。
小学生からなら同年代くらいがストライクのはずなのだが年下の男の子だ。
10歳の時には10歳には見向きもしなかったが今はストライク。年下であること。弟であることに意識が向いている。
そして神楽坂明日菜。
保護者である高畑先生に好意をいつの間にか抱くようになっていた。
普通ならばそのように身近なものに恋愛感情を抱くことはあまりない。
可能性としてなくはないが結界の効果が享受なのだから恋愛関係がずれ込んでもおかしくない。信愛や友愛が恋愛と混ざって愛になっていてもおかしくはない。
それはともかく
「いいから和服でも和ゴスでもいいから写真撮って更新しろよ姉さん。和服なら眼鏡はずして赤色のジャンバー着てくれ」
こっちのほうも享受してほしいものだ。
ちなみにこのHP。
千雨と相手のの連絡も兼ねている。千雨の日記で麻帆良の日常を。
今は新しく来た先生のことばかりを報告している。
さすがに10歳ということ自体は書いた瞬間に消されたが、なぜか先生が来てから脱げる回数の多い少女。
初日に先生に惚れた男性恐怖症の女の子の話やなぜか飲み物を飲んだら周りの人間が好意的になったことなどを書いていた。
近況報告があるのでこのHPは必要不可欠だと知っているくせに千草は必要最低限しか書いていなかった。
千雨の中では自身の趣味と情報のかく乱を合わせて使っているので最低限の情報のみでは足りないのだ。
ちなみにちうのホームページの裏サイトである『千の草々部屋』では和を中心とした写真が多く、アニメキャラなどはそういったものがたまたまない限りはおいていなかった。
そして千草が赤の着物を着ていたら火の、牡丹なら爆符といったように色と模様で符の種類を時間で枚数を決めていた。
着ないということは符が必要ないのだろうが、その時はその時用で千雨が千草に服を渡しているので本来なら更新がされているはずだったのだ。
「いいからちゃんと更新してくれよ。チェックするからな?」
言うだけ言って通話を切る。
麻帆良ではあまり長い間電話できないのだ。電話しているだけで西洋魔術師に睨まれる。
どんな内容でも確認されてしまう。
最初のほうはイライラしていた千雨だが、最近はあきらめ混じりの呆れ混じりだ。
いちいち細かいことでも睨みを利かせることで自分を保つ魔法使いの態度にあきらめを持ち。
おそらくは自分の正義感までも自分たちの結界で助長させてしまっていることに呆れていた。
そして今や同僚になっている少女が持つ信愛が百合百合しい感情になっていることに節操なしのこの結界の中にいることが恐怖になってきていた。
この結界は常に少量の認識阻害。いや、認識変換の魔法がかかっている。
感受性が豊かになったり、本質的な悪人にはならなかったり、非常識を常識と捉えたりなど……常に1だけ魔法をかけ続けられる。
しかしその1になれたらさらに1、合計2となり次は3となる。それが麻帆良になれるということなのだ。
千雨は常に1以上のレジストがかかる体質のため合計しても0なのだが、いつそれが引き上げられるのかと思うと気が気でない。
なので一応寝る前には符で確認を取っている。
今のところ、麻帆良祭以外は引き上げは確認されていないが、麻帆良祭初日にそれを確認した千雨は、その年の麻帆良祭は寮を出て二日目三日目を休んだ。
そして最近。感覚の問題でだが、気持ち強化されたように見える。そしてその1か月後に2-Aの担任が変わった。
「クソッ……あの餓鬼のせいで」
ネギ・スプリングフィールドという少年に。
そのことを呪術協会に知らせた千雨は、さすがに今回こそ対応がされるものだと思っていた。
なんせ初日に魔法障壁を張ったまま入室。
一時間目に武装解除をくしゃみで起こし(被害者がジャージだったため2回目だと思われる)、二日目に惚れ薬という違法薬。
その後も平然と杖で飛び、しかも住居は呪術協会の長の子である近衛木乃香と同室。
さらには関東魔法協会の長である学園長が近衛木乃香を含めた数名を図書館島に閉じ込めて理由が魔法の書。
さらにはゴーレムで追いかけまわしたのだという。
本来ならば、本来ならば一般人でいさせてやりたいという方針の近衛詠春としても、関西呪術協会の長としても抗議すべきものであるが、そんな様子は一切ない。
そのせいでさらに関西呪術協会に亀裂が走っていた。
さらに今回修学旅行の目的地調査で2-A、その時はすでに3-Aになるが、千雨たちのクラスは目的地が京都になった。
自らの両親を巻き添えにされた者も多い関西呪術協会のテリトリーに、大戦の英雄の息子であるネギ・スプリングフィールドが来る。
そんなことがあったら恨みを持った者たちはどう行動するか。自分を律せないものもいるだろう。
その行為自体が関西呪術協会に対しての挑発行為ととっても過言ではない。
その上修学旅行当日に前線の人間のみならず、ほとんどの人間が、裏方の人間さえ京都から出張した任務を仰せつかっていた。
挑発行為を上が容認していると取る者も多い。そしてその分、亀裂が深まっていく。
千雨にとっては派閥争いはどうでもいいことだ。
自分の住処が守れれば。
自分のテリトリーが侵されなければ。
しかし今、それがすべて侵されようとしている。英雄という名の傀儡と本人たちに都合のいい戯曲によって。
「さっさと転校してぇな。できねぇかな? できねぇよな」
千雨の両親はもちろん一般人であり、転校したい理由など言えない。
泣いて帰ってきても笑いながら流していた両親だ。
あのときは両親を恨んだりもしたが、無意識のうちに麻帆良以上にいいところはないと考えてしまうのだからしょうがない。
両親も昔から、20年以上麻帆良にいるので完全に意識が一般人と離れている。それを修正するにはどれだけの年月がかかるのか。
そして、今の千雨の立場でどれだけの対処が取れるのか。千雨は現状を打破する術を持っていないのだ。
《ピンポーン》
先ほどから何回もなるインターホン。
ドアの前にいるのは件の担任ネギスプリングフィールドだ。今日は腹痛を理由に早退した。
時々我慢できなくなるのだ。
胃が痛くなるのだ。
明らかな理不尽を認められなくなり、それを行っているクラスメイトが人形のように見えてしまう。
そして、最近必要以上に担任に好意的な皆を見るのがひどく辛く限界に達したのだ。
玄関先ではドアをたたく音さえ聞こえ始めた。
いい加減にしろと言いたい。ドアノブをひねる音もガチャガチャと聞こえる。
せめて教師をするなら常識を身につけろ。空気を読め。というか22歳になってから来い。
ヘッドフォンをかけて外の音を遮断してパソコンのキーを叩く。千雨のHPは常に監視されているのだから
ハロハロ~♪ みんな元気―!? 私は超ブルー
今淫行教師の担任が寮の部屋の前にいてドアを叩いてるんだ。
無理やり私を連れ去ろうとしてるの(><)i
周りの子たちは助けてくれないし他の教師も見て見ぬふり。
みんなタスケテ~~
HPを更新してから10分後くらいにうるさかった玄関前が一瞬静かになって少ししてから学校側から電話があった。
今すぐ記事を削除してほしいと。もちろん電話の相手は魔法関係者だ。
しかしすでに50近くのコメントが付いており、削除するとそれはそれで問題になる。
電話をかけてきた二集院先生も悩んだ後にそれでもと記事削除を指定してきた。
ネットでどんな話題になろうとも麻帆良は情報操作をするから問題ないということか。千雨にとってはあまり関係なかったが。
とりあえず学校からの指摘で記事削除をした旨を書いていいことを確認して先生に担任のことを注意する。
先生は「自分たちは自分から魔法先生と言えないから何もできない」といって電話を切った。
つまりは魔法を使っている限り自由に行動できる状況で何も変わらないということだ。
千雨はため息をついた後、HPの記事修正に取り掛かるのだった。