千雨降り千草萌ゆる   作:感満

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18話

「逃がせ? いや、無理だろ。普通に考えて」

「うん、そうだよね……」

 

 顔を伏せる明日菜。

 

「そんなにやばいのか? 関東か連合は」

「うん。それもあるよ。けど、どちらかというと、人を探したいって気持ちの方が強いかな」

「誰だよ、探したい人って」

「……ナギ・スプリングフィールド」

 

 出た名前に、千雨は驚きながらも納得した。

 紅き翼の高畑が連れていたのだ。紅き翼のリーダーに知り合っていたとしてもおかしくない。

 

「おいおい、サウザントマスターか。えらい有名どころが出てきたな。それだったらネギ先生と一緒にいたほうが情報が集まるんじゃないか?」

「ネギは駄目。あいつはナギにはたどり着けない」

 

 明日菜は小さく首を振った。

 

「なんでだ? あいつの周りには情報が入るだろ。今のお前だから言うけど、ネギはメガロメセンブリアへのエサにするから、魔法世界にもすぐにいけるぞ」

「ネギは英雄にされていくだけ。ナギの背中を追ってナギ自身を追った気になっている。逆に遠ざかっていくのも知らずに」

 

 明日菜はどこを見ているかわからない瞳で続けた。

 

「ネギもナギと変わらない自分勝手な奴よ。けど、縛られた自由。決められた範囲でしか動けない、家の中で飼われている猫のよう。ナギはサバンナを駈けるライオン。自由に生きて、自由に動き回る、野生の王だった。かわいがられて王様気分のペットのネギはナギにはなれないしたどり着けない」

「いや、あれはいいように調教されたワンコだろう」

「ならワンコとオオカミでもいいわよ。絵に描かれた理想像しか追い求めていない、本の中の主人公を求めているだけ。父親の本質じゃなくて憧れのサウザントマスターの面影しか追いかけないネギとは一緒にいてもナギには会えない。探しているものが、同じようで全然違うのよ」

 

 明日菜の言葉を聞くに、本当にサウザントマスターと知り合いだったようだ。

 千雨はそう思ったが、それと同時に、危ういとも思った。

 

「お前は、関西でそういうことを言ってはいそうですかって通ると思っているのか?」

「……思わないわ。だって、皆が恨んでるのは詠春とナギでしょう? 皆を不幸にした詠春と、詠春を引き連れていたナギ。それに、多分関西の人を使った理由の一つに、私を助けるためっていうのがあるから、余計恨まれるんじゃないかな」

 

 澄ました顔で言う明日菜。それが分かっていてなぜいうのか。そう千雨が質問する前に、アスナは答える。

 

「連合にいっても、関東に戻っても、どうせ私は操り人形に戻るだけ。記憶が戻った今の私は封印されて、また一から作り変えられる。どうせ死ぬのなら、最後ぐらい自分の足で歩いて、最後まであがいてみたい。そう思ったの」

 

 たしかに、今まで自由を許さなかった人間を、これから急に許すとは考えられない。

 

「それは、今までお前を生かすために封印していたんじゃないか?」

「千雨、あなた馬鹿? ならなんでネギなんかと会わせるの? それに、自由も記憶もない人生なんて、死んでいるのも同じじゃない」

「同じことを言って否定されたんだけどな、私は」

「だって、麻帆良だし」

 

 明日菜の言う『麻帆良だから』には、いつもと違う意味が込められていた。もっともな意味合いでの発言だったが。

 麻帆良の、彼らの求めている答えが常識となるような場では個人の考えも一般常識も間違ったものになる。求められるのはーー

 

「あー、うん、悪かった。まぁ、お前は送り届けるかわからんが、麻帆良には返すぞ。逃げるんだったら麻帆良の内情全部吐いて関東の人員を魔法世界に叩き込んでから戻ればいい。そしたら、逃げ出す機会なんていくらでもあるだろう」

「うん、ありがとう。千雨」

「別に感謝される謂れはねぇよ。全く、最初っからお前がそんなんだったらいい関係になれたかもな」

「ん……それでも千雨とは無理だと思う。私はオスティアの王族だから」

 

 お互いが沈黙を続ける。目と目での会話が二人の関係を醸し出していた。

 

「委員長たちがいる所に行こうぜ。お前の変貌に驚くかもしれないがな」

「千雨はそれを使ってまた麻帆良を責めるんでしょ? いいよ、行こう」

 

 二人は皆のもとへと戻っていく。一緒に夕食をとるために。

 

 

 

 その奥の奥の部屋。

 たくさんの札が置かれている部屋。

 何人もの術者が入念な準備をしていた。

 何人もの巫女が禊の準備をしていた。

 そこに、近衛木乃香も眠らされていた。巫女装束にさせられた少女の額に札が張られている。

 

「これで、すべてが変わる」

「そして始まる」

 

 視界の先には鬼神の封印されている祠があった。

 

 

 

「さて、やっと話は終わったようどすな」

「すみません……」

 

 先に食事をとっていた千草たちのもとへ、瀬流彦とドネットがやってくる。

 

「それで、塩梅はどうだったんや?」

「関東としては要求を呑む気もないと。関西呪術協会の長である近衛詠春を介さない限り話し合いにも応じないと言われました」

「ハッ、アホやないか? 耄碌爺が」

 

 湯葉を口に含みながら、魔法協会の発言を鼻で笑った。

 

「自分の言うこと聞く人間じゃないと話し合いに応じないとか、なめとんのか?」

「関東側としては、長が代替わりしたという話は聞いていない。まだ関西の長は近衛詠春だと」

「なんで配下でもないのに知らせなあかんねん。味噌汁で顔洗ってきたらどうや?」

 

 瀬流彦は、ただ縮こまるだけだった。

 

「ドネットはんは何か話はったんですか?」

「えぇ。途中でネカネさんから念話がありましたので、ネギ・スプリングフィールドの所属に関することも確認してきました。私達メルディアナは修行先として麻帆良を指定しただけであり、それを利用したのが関東魔法協会です」

「切り捨てるってことでいいんですかな?」

「純然たる事実ですから」

 

 千草はドネットと瀬流彦を交互に見た。

 明らかに瀬流彦の顔色が悪い。それはそうだろう、瀬流彦は本来、このようなところにいる立場ではないのだから。

 

「瀬流彦はん、関東からは他に人間は来ないんどすか? 交渉相手するの、正直しんどいんとちゃいますか?」

「しかし、そちらの長の近衛詠春との会合を、学園長は要望として出しておりますので」

「学園長やなくて、会長な。それをごり押ししてどうにかならないことくらいはわかっとるはずやけどな」

 

 湯豆腐を取り出して、薄口しょうゆに付ける。瀬流彦に食事を出すように仲居に言おうとして、途中で言葉を止めた。今日の用意できる食事は湯豆腐や懐石料理と、すき焼きなどだ。瀬流彦には肉を出そうかと思ったが、明らかに食べれるような体調をしているようには思えなかった。

 

「瀬流彦はん、食事なんやけど、すき焼きよういしとったんやけど、うちらみたいに湯豆腐の方がええかな?」

「あ、すいません。お願いします」

 

 食事の用意されていない卓に座る。

 

「ウチが言うのもなんやけど、早く代役立てたほうがええよ。うちも我慢の限界があるし、このままだと魔法世界側の人間にも切られるで」

「……何と言ったらいいか、僕もわからないや」

 

 憔悴しきった様子の瀬流彦。

 

「千草さん、もうそれくらいにしてくれませんか?」

「ああ、すみまへんな。セラス総長」

 

 隣で黙々と食事をしていたセラスが横やりを入れてきた。その間に、ドネットと瀬流彦の分の食事が持ってこられる。セラスとドネットは、聞くまでもなく湯豆腐の方を選択していた。

 

「私としましても、今回の件は関東の人間がやりすぎた結果というものが見て取れます。その結果として起こったものなら、アリアドネーとしても話を聞かなければなりませんから」

 

 関西の要求である国外追放は、つまりは反逆の芽を摘むということだ。

 自分でさばけないやつを国内に置くわけにはいかない。正直、ウェールズもアリアドネーもそんなことはどうでもよかった。

 聞けば聞くほど、ネギを手中に収めようと画策する関東の思惑が見て取れた。そんな組織をかばうほどの間柄ではなかったアリアドネーは、関西と交渉することで、ネギの処遇を良くしようとしていた。このままでは、魔法ばれの責任などを取らなければいけないのだから。

 しかし、このまま関東が悪いことになれば、すべて関東の仕業であり、ネギ少年ははめられただけの被害者にすることも可能なのだ。

 主犯であるアルベール・カモミールを捕まえなかったせいで起こったことなのではないかと。10歳の少年に、犯罪者を捉えろということも、善悪の判断をすることも難しい。なので少年法などもあるのだ。

 それなのに、少年の行動を正しもせずに、犯罪者を助言者としてそばに置いていた関東にこそ問題があるのではないかと。

 ネカネが送ったエアメールにはそれを注意する旨が書かれていたにもかかわらず、カモミールがネギの側にいるということは、メルディアナの忠告を関東が無視したという言い訳もできるのだ。ネカネはもとより、ネギを助けるために来ていたので、ネギを助けられる可能性が上がるのなら、それにかけるようにしていた。

 

「それは……」

「ふふ、後で話しましょうか。考えておいてくださいね」

「私たちとしましても、預けた先で修行以外のことでこんな問題が起こった理由を聞かねばなりませんね」

 

 ドネットが瀬流彦に向かって言う。瀬流彦は腹部を抑えて唸るしかなかった。

 それからは、沈黙の続く食事だった。

 5人が食べ終わるまで、静かに咀嚼の音だけが鳴る。

 食後のぜんざいを食べ終えて、お茶で一息ついているときに、千草が4人に向かって話しかけた。

 

「今宵、関西呪術会は、近衛詠春が使役していた荒御霊、両面宿儺を呼び起こします」

 

 4人が一斉に千草を見る。

 

「鬼神を甦らせるというのか! それをどうするつもりですか!」

「瀬流彦はん、落ち着きなはれ。関東に侵攻なんてせえへんよ」

 

 千草はお茶をすすりながら言う。

 

「しかし、今宵の儀式によって、関西の新たな力を皆様に見せることになるでしょう。見たい方は、結界の外側から見てくだはって結構です。再度言いますが、関東に侵攻するつもりなどあらへんし、どこにも敵意のある行動ではありまへんので、どこに連絡取っていただいても結構です。結界を張って人払いと防音は完璧ですが、外から見ることは容易にできるようになっておりますよって、遠見でも見れるかもしれへんな」

 

 瀬流彦の方を向いて、ニヤリと笑った。


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