そも推敲もろくにできないのに今かけるんだろうか?
戻ってみると、関西の呪術者たちがワタワタしていた。
「どうしました?」
「抵抗する人間がいて、今そいつらを包囲しているんだ」
抵抗している人間というのは長瀬、古、明日菜だった。
刹那は木乃香の身柄がすでに移送されていることから身を引いた。龍宮は元々敵対する必要もない。
「お前等何やってんだ?」
「千雨ちゃん!? 千雨ちゃんが皆をあんなにするなんて思わなかったわよ!」
そう言ってハリセンを突き付けてくる明日菜。そして構える古と長瀬。
「私たちは魔法ばれした人間に対してのマニュアル的な措置をしただけで、誰も怪我はしねぇよ。
実際はネギ先生のこともあるから通常より詳しく説明しなければいけないんだけどな。眠らせたのは今のままだと何人かの頭がパンクしてどうしようもならなくなるからだ、長瀬や古はなんでこんなことしてんだ?」
「ネギ坊主のことは信用しているでござるが、千雨殿の仲間は信用できなかったでござる。それに、明日菜殿が話しているのを聞くと、木乃香殿も攫おうとしたそうではござらんか」
「木乃香は一般人じゃなくてこっちの人間だ。上と下の闘争から遠ざける必要があったんだよ。それに今の木乃香の立場は微妙でな。
そっちでいうなれば今の組織は伊賀の頭領が元甲賀忍で、甲賀の頭領がその義理の息子って状態なんだ。しかも甲賀の頭領ってのが伊賀の頭領の話は聞くが、甲賀の人間の心情を完全無視で伊賀の下につけようとしていてな」
「して、木乃香殿の立場は?」
「甲賀の頭領の娘。ちなみに伊賀の頭領は学園長だ。そしてネギは甲賀を伊賀の下にする為の親書を持っていて、今現在甲賀の直轄地で伊賀忍法を一般人に使った状態だ」
「ムムム……」
楓は苦無を下ろして臨戦態勢を解く。
しかし警戒は解かなかった。その話が本当ならば、処罰されるべきはネギだということを知っているからだ。ただ、楓はその情報の真偽はわかりかねたので、完全に力を抜くことはしなかった。
「とりあえずお前にはこっちで説明した方がいいな、そこのテーブルに座ってろ。古はなんで敵対した?」
「アスナがネギ坊主がやばいって言ってたある! 助けるのは当然アル!」
古は何も考えてなかった。ただ、仲間の危機に対して拳を振るおうとしていた。
その行動は、美徳と考えられなくもないが
「ネギ先生がどんな悪いことしていてもか?」
「ネギ坊主は知らないって言っていたアル!」
時によっては悪手にもなりうる。
千雨は思いっきり投げ出したくなった。面倒くさくなったので胸元にあるネックレスを握る。
『眠りの霧』
充満していく霧。
それを避けることはできなかった。いくら逃げても部屋では逃げ切れずに周りは敵。霧は拳で払うことすらできない。古はそのまま体制を崩し、深い眠りに入った。
「クーちゃん!?」
「眠らせただけだ。ネギ先生だって使っていただろう?」
千雨は明日菜の方に歩いて行った。無防備に、何の構えもせず。
「神楽坂、お前は今何をしているのか分かっているのか?」
「千雨ちゃんこそ! こんなことして!」
「あんただって毎回毎回注意していただろ。
最初は教室で脱いではネギ先生を睨みつけてさ。それがいつの間にかネギ先生のすることをこうやって無条件で相手が悪いみたいに」
「完全にアンタが悪いじゃない! 修学旅行を妨害したり!」
「じゃあなんで妨害されるか分かっているのか? 知っているはずだろ、西と東の仲が悪いのに、なんで歓迎されると思うんだ?
知っているはずだろう? 裏の世界の暗黙のルールは『表に迷惑をかけない』『表に知られない』、そのためにネギ先生も最初は記憶を消そうとしたんじゃないのか? なのになんでお前等は修学旅行を利用して、クラスメイトを盾にして平気な顔してるんだ?」
「私たちは皆を盾になんてしていない!」
明日菜は今にでも襲いかかってきそうだ。しかし千雨は歩みを止めず、明日菜が構えるハリセンの目の前で立ち止まった。
「それは自覚がないだけだ。
知識も覚悟も足りないで、頼まれたからやるってだけでいったい何人不幸にした。
今日だって朝倉がバカなことしなければこんなことにはならなかった。それなのに、お前等は自分たちに害がないというだけで見逃した。
自分だけが良ければいいのか? 仮契約をした宮崎がエヴァンジェリンとの戦闘を行ったら、絡繰と戦ったら、怪我をしないでいると思っているのか?」
僅かに揺れる明日菜のハリセン。しかし千雨に向けられたそれは下ろされることはない。
「自分たちが手を汚さないのなら何をしてもいいのか?
違うな。お前たちは暴力的なことは何もしていないが、今までやっている行動は確実にクラスメイトを不幸にさせている。手が汚れていないように見えているだけ、汚れた手を見ないようにしているだけで、お前は既に戻れないところまでやってしまった。その尻拭いを今私たちがしているんだ」
「なら、なんでその前に何とかしなかったのよ! 千雨ちゃんだってその場にいたでしょう!? 私たちにだけ責任押し付けてんじゃないわよ!」
「それはお前に言われる筋合いはねぇな。私は注意をしたし、止めようとした。それをしなかったのは東、麻帆良学園側であって私たちはやる前に止めてたらそれはそれで問題だったんだ」
千雨は明日菜を気にしながらも周りに目線を移動させた。
既に生徒は楓以外誰もいない。楓とて何をするでもなくあたりに気を配っているだけだ。あと残っているのは新田のみだ。
関西陣営はもちろん他のクラスにも人をやっている。関東陣営の情報では他に魔法先生、魔法生徒はいないが油断はできないのだ。
実際に今回くる魔法先生は一人と報告を受けて、それに対して実際の人数は違ったのだから。
新田はおそらく説明を受けているだろう。しきりに何かを確認するような動きをしながら、明日菜の行動を見ている。
「なんでよ、千雨ちゃんが止めてくれれば何の問題もなかったじゃない」
「朝のあんなに怒ってたお前が私の言うことを聞くのか? 聞かないだろう。それに、麻帆良側はここで止めたくなかったんだ」
「だから、それがなんでって聞いてるのよ!」
その問いをした明日菜に対し、千雨は明日菜の目を見つめる。明日菜はそれに気づき、千雨を睨みつけ、目と目を合わせた。
しかし、それは長くは続かない。千雨の眼孔に、千雨が明日菜の先に見る者に対する敵意の視線に負け、僅かに身じろいで視線を逸らした。
そこに千雨が突き付けた言葉がさらに明日菜の動きを止めることになった。
「うちのクラスがネギ先生のために作られたクラスだからだよ」
寸前に逸らしていた視線を千雨に向ける明日菜。手が、足が、体が硬直していた。長瀬も足を一歩前にだし、注意を完全に千雨に向けた。
「な、なによそれ……」
「態と未熟な魔法使いに魔法を使わせてたんだよ。神楽坂、お前は本当にくしゃみで服を脱がすやつが問題ないと思うのか?
今日のように自分の都合が悪くなると魔力を暴走させる奴を野放しにして本当に大丈夫だと思うのか? お前だって危なっかしい奴だとよく言っているじゃないか」
「だって、それじゃ……」
「もちろん高畑先生は初日に気が付いてたぜ。だけどそれを流したんだ」
「ち、違――」
「違わない。私は笑ったもんだぜ。自分の頭に何の断りもなく触れて心を読んでいるのを見てる高畑先生にはよ。まさか高畑先生は一般人だとは思ってねぇよな?」
硬直していた神楽坂の体は次第に震え、今は目に見えるほど動揺していた。
しかし、その神楽坂の様子を見ても千雨は言葉を止めなかった。
「高畑先生はな、知っていながらお前を殺し合いの場所に送ったんだよ。いや、喜んで送りだしたんだ」
「嘘……」
神楽坂は完全に膝が笑ってしまったようで、崩れるようにしてその場に座り込んだ。楓は直ぐに明日菜に近づき、千雨はそれを無言で許した。
「長瀬、すこししたら連れて行ってやれ」
「長谷川殿、これはいささかやりすぎではござらんか?」
「ちょっと言っただけで聞くならこんなことになってねぇよ。お前も知ってるだろう? こいつの頑固さは」
「しかし……」
「今辛かったとしても、現実を知ったほうがいいのさ。こういう奴は。何もしないで操られている奴を見て笑っている方がよっぽど残酷さ」
千雨はそれだけ言うと、明日菜を楓に任せて千草の側へと向かった。
「お疲れさんや、千雨はん」
「まったくだ。給金は弾んでもらわねえとな」
「今回のはうまくいったら桁が一つ二つ変わると思うから安心しいや」
「そうだな。そうだったらうれしいな」
千雨は僅かに体を千草の方へと倒した。千草もそれを受け入れる。
「まったく、あんさんは前線なんてほとんど出ぇひんのに無理しよって」
「仕方ねえだろ。これは私がしなくちゃいけなかったんだ」
「麻帆良への、決別ってことやな」
「ああ、やっとだ。気が付いたら周りがおかしかった。親も魔法使いにやられて私だけが一人ぼっちだった」
「あんときは小学生やったから独り立ちも出来ひんしな」
千雨の体は既に限界へと達していた。
裏の世界にいると言っても、荒事へはあまり向かう事のなかった千雨にとっては、楓や古と対峙することはかなり体力を使うことだった。
その前にも明日菜やネギ、それに刹那と敵対する立場にあり、そんな彼女の立場ではまともに眠ることすらできていなかった。そもそも万全ではなかった体調。
そして敷かれた魔法陣に対しての効果の確認と人の手配をやれたのはその場にいた千雨一人。
最初から事が起きるまでのすべてを千雨がやっていたのだ。もう千雨には立っていられる体力はなくなっていたのだ。
「今も中学生だから対して変わんないけどな」
「それでも、両親と自分が暮らせるくらいには貯めれたんやろ?」
「あぁ。これでやっとだ」
両親が麻帆良にいる千雨は、事実を伝えてすぐに京都に移動するということはできなかった。今までの経験というものは自然と出てしまう。
麻帆良に住んでいる者は他の地に順応するためにもそれまでの生活資金が必要になる。
そうでなければ麻帆良にいた記憶を消したり、魔法的に一般常識を植え付けるしかないのだ。しかし、そうしてしまったらその人はその人ではなくなってしまう。
千雨は自分のために両親にそれを強いることは、両親を殺すことはできなかった。
符を作って売ることで金を貯めて、少しずつ麻帆良から離れる準備をしていたのだ。
「これで、やっと……」
千雨はゆっくりと瞼を閉じる。そして静かに寝息を立て始めた。千草は千雨を抱えながら壁により、自分の膝に千雨の頭を乗せた。
「ゆっくり休みや。あとは、ウチらがなんとかしたるからな」
千雨の髪を梳きながら千草が一人、つぶやいた。