やはり俺の文通生活はまちがっている。   作:発光ダイオード

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失敗書簡(其の四)

四月十八日

 

春、それは新たなる世界のはじまり。冥界より現れし精霊が目覚める瞬間をお前も感じただろうか。

 

今日はよくぞ俺の病室まで来てくれた。本来ならば、魔力で厳重にプロテクトされたこの空間への侵入は不可能だが、奉仕部という闇の力が集中する場所で同じ時を過ごした俺たちは言わば闇の霊魂を共有する魂のソウルメイツ。

お前たちは混沌なるカオスの世界へと導かれた。ウェルカムトゥダークサイド。

 

雪ノ下にも見られてしまったが俺のこの包帯に包まれた右脚……表向きは交通事故での骨折という事になっているがそれは世界を欺くためのカムフラージュに過ぎない。実際は封印された暗黒竜が暴れ出すのを防ぐ拘束具なのだ。

この拘束具はプリーステスの神聖なる術によって作られたものだが、暗黒竜を身に宿した俺にとっては如何なる浄化の力も危険な物として受け付けない。今も刻々と封印が弱まり、暗黒竜が俺の身体を奪おうとしているのが分かる。

このままではいずれ封印は解かれ、この病室に張られた結界も破られてしまう。そうなれば様々な機関がこの力を狙ってエージェントを送り込んでくるだろう。

 

この手紙をお前が読む頃、俺はすでに人間ではないかもしれない。抗う事を諦め、弱体化した精神が暗黒竜に飲み込まれ、ただ目の前に映るもの全てを破壊する傀儡になり下がっているかもしれぬ。

そんな気配を今、俺は感じている。だからこの手紙を書いた。

 

雪ノ下雪乃よ、お前には力がある。睨んだ相手を一瞬で氷付けにする様な冷ややかで理知的な眼差し。俺もその眼光と、共に発せられる罵詈雑言に何度も心の灯火を掻き消された。

しかし俺は気付いた。お前こそが俺の中に封印された暗黒竜の闇の炎を抑える事ができる唯一の能力、絶対零度《アブソリュート・ゼロ》の使い手である事に!

悠久の時の流れから選ばれし存在。他の誰でも無い、お前は特別だ!今こそその力を解放し、この俺に新たな封印の術式を施すのだ。そうすれば俺は自我を保ち、お前のサーヴァントとして世界を革命する力となろう。

 

さぁ、時は来たっ!共に世界の果てへと赴こうっ!そうすれば(中断)

 

 

【反省】

 

前回の手紙の反省から他人を真似てはいけないと学んだ筈だが、自分らしく振る舞うにあたってどうしてよりにもよって最も阿呆な中ニの頃の自分を引っ張りだして来てしまったのか。

確かに当時はこれがものすごくカッコいいと思っていた。英語の原書を読み始めてみたり、コーヒーもただ苦いだけなのにブラックに拘ってみたり、自分には特別な力があると信じてオカルト系に思いきり倒れこんでみたり……思い出すだけでも悶え苦しんで爆散しそうになるくらい恥ずかしい。

それにしても暗黒竜とは何だ、絶対零度《アブソリュート・ゼロ》とは何だ、世界を革命する力とか世界の果てとか一体何なんだ。単語のひとつひとつが強烈に光を放ち過ぎて失明しそうだ。

こんな物を雪ノ下に送るわけにはいかない。送れば確実に罵られる。これは押し入れの奥深くにある黒歴史箱《ブラックボックス》に押し込んで封印せねばなるまい。

 

上辺だけの振る舞いではなく、もっと自分をさらけ出すべきなのだろうか。どの程度までが失礼に当たらないのか見当がつかない。

いや、いっそ俺の事は置いておいて、雪ノ下を褒めちぎってみるのはどうだろう。褒められて嬉しくない人間などいない筈だ。そうすれば雪ノ下だって、多少手紙に難があっても気持ちよく読んでくれるのではないだろうか。


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