咲-Saki- 鶴賀編   作:ムタ

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第五局 [儀式]

「ええっ!?」

 

鶴賀学園の制服を着た女の子が空から降ってきた。

いや正確には落ちてきた。

一回転さながら、オーバーヘッドキックのように見事に右足を上空に

振り上げる女子高生。

天高く舞い上がったバナナの皮。

それはもう、芸術的としか言いようのない程見事なプロセス。

道に落ちていたバナナの皮を踏んで空中一回転をかました少女は、見事

柵を飛び越え、階段下の道へ真っ逆さまに転落した。

 

いや、転落中だった。

 

「いやいや危ない、死んじゃうって!」

 

下の道で一部始終見ていた俺は何とか受け止められないかと必死に駆け寄る。

それにしてもなんて命懸けのドジっ子。走りつつ少女を見る。

赤みがかった桃色の長い髪に白い肌。凹凸の少ないほっそりした体躯。

 

「は? わたし?」

 

 

ゴンッ!!

 

 

頭部に受けた衝撃と共に世界は暗転し、星が瞬いた。

 

 

 

 

「ん~?」

 

うすぼんやりと瞼を上げる。蛍光灯の白い光が目覚めたばかりの視界を

眩しく遮っていた。

 

「あ、……き……た……さ…?」

 

なんだって?

 

枕元に座っていたらしい誰かの声が聞こえるが聞き取れない。

光が眩しくて鶴賀の制服は解るが顔が見えかった。あと誰の声だったかな?

視覚、聴覚がハッキリしなければ触覚しかないよね。うん仕方ない。

誰に言い訳したのか私も解らないが仕方ないのだからしょうがない。

右手を挙げる。

 

とっぷん

 

「ヒャア!?」

 

手のひらに柔らかい、しかしずっしりとした重みが広がる。

これだけのおもちの持ち主は自分の知る限り二人しかいない。ただももッち

ならもうちょっと軽めで弾力があり、感触がとっぷんではなくぷにょんであ

る筈と推理する。

 

「このおもちは……かおっち先輩?」

 

「……せめて悲鳴で識別して下さい」

 

視覚、聴覚が正常に戻る。声をかけてくれたのは麻雀部2年、妹尾佳織先輩。

わたしとももっちの後麻雀部に入部した、髪の毛フワフワでおもちが大きく、

メガネの似合うおもちが素晴らしい部長の幼馴染とゆー可愛らしい先輩だった。

 

「あれー? あー……いつもの保健室だ」

 

「梅子さんは部活中気絶したんですよ」

 

 

それもいつもの事だった。

 

 

 

 

――――鶴賀学園 麻雀部部室

 

 

「……」

 

「考え事か、ゆみちん?」

 

部活動休憩時、お茶請けにと津山睦月が持ち込んだ大量のせんべいを

バリバリと食べていた蒲原智美はカップを持ったまま思案顔をしていた

加治木ゆみに気づき声をかけた。

 

「明後日からのインターハイ予選レギュラーをどうするか考えていた」

 

「そうかーたいへんだなー」

 

「……それは本来部長の仕事では?」

 

「フシギだなー」

 

津山のツッコミにワハハと笑いながら答える蒲原。

 

「でも嬉しいなやみだな」

 

「ああ、二ヶ月前には参加すら危ぶまれていたが、モモにウメ、妹尾が

入部してくれたおかげで各学年二名ずつという理想的な状態になった」

 

加治木は心なし口元を綻ばせながらそう言って目をつぶった。

3人だけだった部活、それぞれ感慨深いものがあったのだろう。

時間にして一分程、静かな時間が流れた。

 

「それでオーダーはどうするんですか?」

 

津山が言葉を切り出す。

 

「オーダーもレギュラーもほぼ決まっている。問題は……」

 

「うめちんだなー」

 

「梅子ですね」

 

コクリ、と加治木は頷いた。

 

「ウメはどういうわけか刻子系以外さっぱり覚えない」

 

「というか覚えると他の役を忘れるぞー?」

 

「刻子以外の手を使おうとすると役なし、振聴が頻発します。ですが……」

 

「全く振り込まない。ここ一ヶ月分の牌譜なんだが、稀に初回振込はあるが

放銃率はほぼ0%だった」

 

「……凄いですね」

 

「とはいえツモられればふつーに持ち点も減るし刻子系しか狙えないから

あんまり上がらないしなー」

 

「後は体調だな。最近は鼻血も少なくなってきたと思っていたが、今日は熱く

なってきたからだろうか?」

 

「いやーうめちんの鼻血の原因は体調かんけーないと思うぞー」

 ↑(なんとなく察しがついてる)

 

加治木は『何だ?』と視線で促したが……

 

(まあ後輩の性癖を憶測で語れないからなー)

 

蒲原はワハハと笑って答えなかった。

 

「物覚えの点では妹尾の方が上だな」

 

「変なピラミッド作るけどなー」

 ↑(役を解りやすくする為に配牌を高く積み上げる癖を言っている)

 

「あと稀にトップであがりますよね?」

 

「偶然だと思いたいが、役満を上がる率が高い気がするな」

 

「無欲の勝利かー。なるほどどっちを選ぶか微妙だなー」

 

「ああ」と頷きつつ会話を一区切りし、加治木は腕を組み直し思案する。

 

「予選一戦目の風越、龍門渕はシード。ある程度なら私とモモで取り返せる……

決勝はまた考える必要はあるが、ここは……」

 

「決まったかゆみちん」

 

「ああ、県予選はこのオーダーで行く!」

 

 

 

 

―――鶴賀学園 保健室

 

 

「それじゃ戻りますね」

 

「はい、つい触ってしまってゴメンナサイ。ごちそうさ……ありがとう

ございました」

 

「そ、それはもういいですから!」

 

妹尾は、保健室の扉を閉め部室に戻って行った。

コツコツ……と、遠ざかる足音を確認する。

 

「うふ、うふふふふふふ……」

 

ベッドの中で押し殺した不気味な笑い声をあげた後、右掌を見つめる。

 

「まだかおっち先輩のおもちの感触が残ってる」

 

掌を頬にあてる。

 

「はーーーーっ、ほんのりあったかいかもー」

 

傍から見たらど変態である。

なんだか夢で記憶喪失の手がかりになりそうな事があったような気がしたが、

そんなことは既に意識の彼方から消え去っていた。

 

「その掌をその後どうするっすか?」

 

「どうしよう? ニオイかいじゃったり? うふ、うふふふふ」

 

「ニオイをかいだ後どうするっすか?」

 

「ええっ!? その先行っちゃっていいの? な、舐めちゃったり

……でもちょっと変態っぽいかも?」

 

「……うめっちはもう手遅れっす」

 

「……」

 

 

……桃子がいた。

 

 

「……ももっち、いつから?」

 

「最初からいたっす。かおりん先輩に気付かれないよう、かつその後ろに

隠れてたっす」

 

生ごみを見るような視線がチクチクと梅子を苛んでいた。

 

「……見なかった事に」

 

「無理っす。元親友の残念な姿にドン引きしたっす」

 

「ああっ、ももっちから親友って初めて言われたかも!?凄く嬉しいのに

初めて聞いた時点で”元”ってついてる!? 喜べばいいの? 悲しめば

いいの?」

 

「笑えばいいと思うっす」

 

「ももっちの失笑が痛い! これは違うんだよ、ついとゆーか思わず

とゆーか我慢できずとゆーか……」

 

「どの言葉も違うという言葉と相反するっす」

 

「ごめんなさい。どうかお怒りをお鎮め下さい」

 

梅子はベッドの上でそれは見事な土下座をしてみせた。

 

(……怒る? そういえばそうっすね。わたしも先輩に抱きつきたいし

頬にスリスリしたいと思うっす。性癖は人それぞれだから……怒るのは

何か筋違いっす)

 

「それじゃ、そーゆう行為は程々にしとくっす。あと我慢できない時は

回りを確認してからするっすよ」

 

と、桃子はなんだかよく解らないお説教をしたのだった。

 

 

 

 

 

―――下校時、某公園

 

 

今回の出来事を思春期男子に例えるなら、荒ぶる若きパトスを解放する為の

聖なる儀式であるが絶対人に見せられない自家発電の最中に、好きな女の子

にその行為を目撃され、あげく『あんまりやり過ぎないようにね(呆れた笑

い)』と蔑んだ目で言われたに等しい。

 

どちらかといえばMであるが、女性の裸を見ただけで鼻血を吹き出し、気絶

するメンタルの弱い桜井梅子が落ち込み、部活終了後も『もう少し休んでい

きます』と保健室のベッドからしばらくの間出てこなかったのもしかたのな

いことであった。

 

「はーっ、ももっちに変態と思われたかも……」

 

随分前から思われていたので、その心配事態は杞憂であった……悪い意味で。

 

「あれ?」

 

傷心を癒すため立ち寄った公園で、ベンチに座る見慣れた後姿を見つける。

 

「ももっち?」

 

声をかけられた少女がビクン!と跳ねた。

 

「うめっちっすか……ビックリしたっす」

 

普段誰かに気付かれる事がない桃子にとって、声をかけられる行為自体に

免疫がなかった。

 

「元気ない? なにか……あうっ」

 

隣に腰かけつつ、微妙な呻き声をあげる梅子。

 

「どうしたっすか?」

 

「あの……元気ないのは本日お見苦しいモノをお見せしたからでしょうか?」

 

「……ああ、そんな事もあったっすねえ」

 

どこか遠くを見つめる桃子。

 

「違うんです! やっぱりおもちはももっちのが絶対美味しくて、あれは

浮気とかではなく!」

 

「ホントに何の話っすか!? 全く……実はさっき先輩と帰った時少し

話したんすよ」

 

「うん」

 

「『先輩は3年生っすよね』って」

 

「……」

 

梅子は無言で桃子のおでこに手を当てた。

 

「……病院行こう? 付き添うよ?」

 

「違うっす! まだ出だしの部分だから聞いてて欲しいっす!」

 

「『明後日の県予選で負けちゃったりしたら私と先輩が一緒にいる意味って

なくなっちゃうんすか?』って」

 

「……も、ももっち」

 

「先輩は答えてくれなかったっす」

 

「県予選明後日だったの!?」

 

「そこっすか!? って何で知らないっすか!? うめっちレギュラーっ

すよ!?」

 

「えーっ、そうなの!? そういえばぶちょーが大事な話があるって言って

たけど、一緒にいたかおっち先輩に合わせる顔がなくて、布団からでれな

かったんだ。『じゃあ明日話すぞー』って」

 

「……ああもう、うめっちと話してると悩んでるのがバカみたいっす」

 

「うん、そっちは悩む必要ないでしょ」

 

「? どういう意味っすか?」

 

「県予選負けなければいいんでしょ? ももっちもかじゅっち先輩も

ぶちょーもつっちー先輩も強いから大丈夫だよ。わたし全然勝てないし」

 

梅子の空色の瞳がキラキラと輝き、つられて桃子の口元が綻ぶ。

 

「うめっち……その全然勝てないうめっちがレギュラーっすけど

大丈夫っすか?」

 

「それは……どうしよう?」

 

「なんかもうクタクタっす」

 

桃子はもう堪えきれない笑みを見られないようにそそくさと立ち上がり、

そして……

 

「頑張るっすよー!!」

 

大きな声で叫んだ。

 

「はい?」

 

「うめっちはもっと頑張らなきゃ駄目なんすから、うめッちも続くっす!」

 

「う、うん?」

 

「それじゃ、せーの」

 

「頑張るっすよー!!」

 

「お、おーっ!!」

 

 

きっと一人でも笑えた。

 

でも二人だから大笑い出来た。だから……

 

(頑張るっすよ、皆で頑張るっす!!)

 

 

 

そして……

 

 

インターハイ県予選が始まる。

 

 




次話から県予選です。

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