「……雁夜おじさん?」
間桐桜は困惑していた。
今日は蟲蔵に行った筈の叔父が何故、リビングに居るのか。蟲に犯されてボロボロになった体や髪が何故、元に戻っているのか。
普段は優しい叔父が何処か違う人に見えた。
『雁夜、このガキがお前が救いたいって言ってたガキか?』
「ああ、そうだ……ってグリード。何をする気だ!?」
グリードはニヤつきながら桜に歩み寄る。
「お、おじさん?」
『残念、俺は叔父さんじゃあねぇな』
後退りする桜に面白い物を見つけたとグリードはニヤニヤとしていた。
「おい、グリード!」
『心配すんなよ、傷物にする気はねーよ』
「そんな心配じゃなくて!」
桜は混乱した。
叔父の口から二つの声が発せられてるのだ。
一つは大好きな叔父の声。もう一つは知らない声で叔父の声からグリードの名が聞こえた。
『つうか、雁夜。声の使い分けしてないから、お前の声も全部、外に出てるからな』
「え、内部的な話じゃ無いのか?」
『そうしたい時は内側に話し掛けりゃいいんだよ。中で俺達だけの話も出来るし、基本的には表に出てる奴の声が優先されるが今はどっちの声も出るようにしてるだけだ。後で教えてやる』
一つの体で繰り広げられる会話に桜はオロオロとしていた。
どうしたら良いか分からないのが答えだが。
「と、兎に角。桜ちゃんを困らせるな」
『はいはい、だがよ挨拶くらいは……ん?』
話し合いが終わったのか会話を打ち切った雁夜とグリードだがグリードが何かに気付き、桜の前に片膝を付く。
「あ、あの……雁夜おじさっ!?」
『………ふーん』
「おい、グリード!?」
桜と雁夜は驚愕した。
なんとグリードは桜の胸を触り始めたのだ。雁夜の体で。
「や、おじさ……ん……」
『おい、グリード!俺の体で何をしてるんだ!』
恥ずかしさから身を捩る桜に自身の体でセクハラをしているグリードに怒る雁夜。
『おい、雁夜。あの爺の本体は別に居るって言ってたな?』
「ん、ああ……そうだが」
『この嬢ちゃんの体に居るな。多分、心臓に』
「なっ!?」
グリードから発せられた言葉に驚きを隠せない雁夜。
『この嬢ちゃんの中から別の命を感じる……恐らくだが、あの爺は本体を絶対に見付からない場所に隠したかったんだろうよ』
「あの糞爺……何処まで桜ちゃんを傷付ければ……」
グリードの説明に歯をギリギリと鳴らす雁夜。
『ま、取り除く方法は二つだな』
「取り除けるのか!?」
グリードの言葉に雁夜は乗っかる。
『ああ、一つは聖杯に願いを託せば良い』
「そ、そうか何でも願いを叶える聖杯なら……」
聖杯に桜の体を治すと願う。これで改めて聖杯戦争に出る理由も出来たと雁夜は思った。
『もう一つは俺が桜の体に入って蟲を殺して体を再生させる事だが……まあ、無理だな嬢ちゃんが死ぬ確率の方が高い』
「ど、どう言う事だ!?」
『賢者の石は元々人間の体で耐えきれるもんじゃねーんだよ。強大な精神力が無いと普通に死ぬな』
グリードの淡々とした説明に絶句の雁夜。
「じゃ、じゃあなんで俺は無事なんだ!?」
『お前は自分じゃ自覚は無いんだろうが、お前の精神力は相当高い。この嬢ちゃん助ける為に一年近く耐えてきたんだろ?他の魔術師よかよっぽど見所があらぁ』
雁夜は元々、桜を助ける為だけに聖杯戦争に参加していた。一年近く刻印蟲に苦しめられたがそれに耐えられたのは雁夜の精神力のおかげに他ならない。
そして雁夜はその精神力で賢者の石の力に負けずに賢者の石を内部に取り込んだのだ。
「仮に俺の体が持たなかったら……」
『普通に死んで聖杯戦争も終わってたな』
告げられた言葉に自分が相当ヤバい位置に居たと改めて自覚した雁夜。
『へっ……つー訳だ。改めてヨロシク頼むぜ相棒』
「ああ、聖杯を……この手に」
グリードと雁夜が改めて聖杯戦争に参加すると決めて絆が深まった瞬間だった。
すると雁夜の体に異変が起こる。
「戻った!?」
なんと体の主導権が雁夜に戻ったのだ。
『その嬢ちゃんにも説明しといてやれや。蚊帳の外じゃ満たされない欲ってもんもある』
グリードの声が内部から頭に響く。これが先程グリードが言ってた内部会話かと思う雁夜。
そしてグリードが気を遣ってくれた事の嬉しさが胸に込み上げていたのだが……
「お、おじさ……ん……」
「え、あ……桜……ちゃん?」
不意に聞こえた声に雁夜は意識を戻す。目の前には顔を真っ赤にして頭から湯気が出る程に震えている桜。
そして気づく。自身の右手は先程グリードが桜の胸に手を当ててからズッとこの位置だったと。
大好きなおじさんに胸を触られ続けた桜は遂にオーバーヒートを起こしてパタリと倒れてしまう。
顔を赤らめたまま目をグルグルと回す桜を雁夜は慌ててベッドまで運ぶのだった。