器物転生ときどき憑依【チラシの裏】   作:器物転生

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→1860年(万永元年) 超越した科学の魔弾(表)

外界から独立した余の領域の中で、流れた月日を知るのは難しい。

余の成すべき事は生物を殺し、穴へ放り込んで資源へ変える事だ。

それは生命の存在しない領域を維持するために必要な事だった。

余の領域に生命を感じ取り、殺さずに済ませるという事はない。

しかし1人くらいは外へ返さなければ、ヒトの来る事もなくなって困る。

 

領域は拡大し、汚れも目立つ。

領域の中心にある穴へ降り、余は核へ触れた。

掃除の機能を有する壱脚型を生成し、領域へ解き放つ。

しかし、それでは間もなく壱脚型の電力は失われる。

そこで必要となる下僕は、充電の機能を有する参脚型だ。

 

さらに参脚型から充電コードを繋ぐために、仁脚型を必要とする。

余の手で繋ぐことは出来るものの、余の目の届かぬ時もある。

この仁脚型は壱脚型で掃除できぬ大きさの物を、参脚型へ載せる機能もある。

要するに余の領域は掃除を行うために、それ相応の資源を消費していた。

こうして土を剥き出しの汚れたダンジョンと違って、余の領域は清潔を保っている。

 

その余の領域へ生物は入り込む。

あれらは余の領域を維持するための物資だ。

早々に息を止め、資源へ変換するべき物だった。

しかし挑発したものの入り込む数は少なく、資源は稼げない。

黒船来航から時を過ぎるに連れて、その数は減り続けていた。

 

そして、なぜか外に姿を見せると拝まれる。

空中へ姿を消す演出によって、神や仏と思われたのかも知れぬ。

余としては怒り狂って、余の領域へ突撃してくれると資源になって助かる。

異なる世であれば冒険者という職業によって、挑戦者の絶えぬものだった。

この世というか江戸の人々は、冒険心を欠いているのではないか。

 

「天の御使い様、こちらは私の娘にございます。

_この度は天の御使い様に、私の娘を受け取っていただきたく申し出た次第です」

 

そう言う特徴のある髪型の後ろに、小さなヒトは控えていた。

余にとってヒトの顔は区別も付かず、それ以上に言い表す言葉はない。

小さなヒトは震える足で立ち上がると、余の領域へ近く寄る。

領域の向こうにいる小さなヒトは、風邪を引いているのか咳を吐いていた。

そして手を伸ばすものの、空間へ飲み込まれる指先を見て怖れる。

 

小さなヒトは指先を入れるばかりで、なかなか中へ入らない。

その様子を見た余は、端に触れて領域の内側へ戻った。

領域の端で抜き差しされている指を、余は摘まんで引っ張る。

すると小さなヒトは領域へ引き込まれ、余の手の内へ納まった。

それを抱え上げたまま余は、領域の中心へ向かう。

 

「あの、天の御使い様。私は見世物小屋の娘で……」

『ここでは汚れる』

 

「はい……旦那様」

 

顔は丸く、手足は短く、胴体も頭3つ分しかない。

この小さなヒトは、その運命を良く分かっているようだ。

細かい指定のできない零脚型は、小さなヒトを捉えて信号を発した。

いつものように首を折って終了するのではなく、少し加工したい。

そうすると血を無駄にするので、わざわざ運んでいる訳だ。

 

『ここならば汚れぬ』

 

核のある穴の上で、それの首から下を切り離す。

残された頭を掴んだまま待って、水気を切った。

そうして領域の端まで戻り、手に持った物を外へ投げ捨てる。

領域の上に出て反応を見ると、人々は悲鳴を上げて逃げ惑っていた。

小さなヒトの頭を拾う者はなく、それの親と名乗った者の姿もない。

 

『なにか思い違いをしているようだ。余は神や仏ではなく、鬼である』

 

そのように余は宣言した。

もはやヒトは余を拝まず、余に恐れをなして平伏する。

しかし「子を殺した事に怒る」と思っていたので余は首を傾げた。

「子の仇である余を討つべし」と思う者はいないのか。

あの小さなヒトの親と言った者は、いったい何処へ姿を消した。

 

人々の立ち上がらぬ理由を考えて、余は思い付く。

素早く動き回るために、余は武器を用いない。

しかし鋼の余と違って、肉塊であるヒトに武器は必要だろう。

核から生成できる物は下僕に限らず、道具や生物も含まれる。

余は無機物を好む上に食事の必要もないので、生物は出さなかった。

 

ダンジョンであれば宝や罠は必要だ。

宝で物資を呼び込み、罠で引っ掛ける。

しかし余は、奥まで生物を引き込む気はない。

余の領域は直線で構成されているため、容易に進行される。

もちろん領域の形は変更できるものの、無機質な在り方こそ余は好んだ。

 

資源を消費して、余は銃2丁を生成する。

飛び道具ならば力の弱い者も使えるだろう。

手の平サイズで、電池を内臓した電子銃となっている。

次に侵入した人々の内、最後に残した者へ渡して放り出した。

余も領域の端から上に出て、その者の反応を見る。

 

「これは、鉄砲なのか……?」

 

火縄銃はあるのだから、銃の存在は知っているらしい。

しかし、鉄を手に取る事はなく、武士は刀を構える。

やはり武士らしく、刀に固執するものか。

そこで余は空へ向けて、鋼色の電子銃を撃って見せた。

ちなみに横へ撃って見せても余の経験で言えば、領域に引っ掛かる。

 

音もなく光線は発射され、電力の無くなるまで10発を数えた。

また充電すれば使えるものの、その際に消費される電力は多い。

そうして使ってみせたものの、武士の反応は良くなかった。

どうやら電子銃の素晴らしさを理解できないらしい。

実弾であれば音で分かりやすいものの無駄も大きく、あれは余の好みではない。

 

小さな柄から一定の光線を出す電子剣という物もある。

しかし、あれは10も数えれば電池切れとなるため使えない。

悩み抜いたものの、他に適当な物は思い付かなかった。

やはり電子銃こそ最良と思って、外へ返すヒトの手へ渡して行く。

ちなみに電子銃を用いても、余の鎧を傷付ける事は叶わない。

 

 

余の領域は拡大を続け、鋼の羽虫も数を増していた。

警報の機能を有する零脚型は、広さに応じて必要となる。

しかし、領域の拡大と資源の収入は等しくない。

電子銃を撒いた効果はあって、余の領域へ踏み込む物資は増えた。

その後の江戸に起きた大きな問題によって、余の資源は大きく増える事となる。

 

江戸は地震によって焼け野原となった。

冬を2回経験したので、初めて黒船の来航した2年後か。

たしか江戸直下地震の時に元号は、すでに嘉永から安政へ変わっていたはずだ。

明治と同じで、まったく【安】心できない【政】局となる。

吉田松陰の死罪は、この元号の6年目に起きた安政の大獄に数えられる。

 

見通しの良くなった景色に、1つの建物は建てられた。

被災者を収容する避難所らしいものの、そこからヒトは溢れている。

どのように考えても避難所は足りていない様子だ。

人生に絶望した人々は、余の領域へ飛び込んで資源へ変わる。

これまでの資源不足を補うように、人々は死に急いだ。

 

これは良いと思うものの、このまま江戸は滅亡するのではないか。

この焼け野原から復興できる様子を、余は想像できなかった。

人の減少は、物資の減少であり、不安定な資源へ繋がる。

だからと言って支援物資を生成するために、余の資源は消費したくなかった。

そう言えば、これほどの災害となれば死体も山となっているのではないか。

 

『余の下へ死体を持ってくれば、温もりを与えよう』

 

食料の配給は行われているようなので、余の用意した物は電子カイロだ。

余は鎧であるため気温は分からぬものの、夏は過ぎているため寒い事だろう。

熱の発生は電力の消費を早めるため、電子カイロを使えるのは10時間程度しかない。

それでも人々は余の誘いに乗って、1日も続かぬ温もりのために死体を売る。

死体の灯によって、余の懐は暖まって、ヒトの懐も温まった。

 

その後、江戸の復興は意外に早かった。

領域の拡大を予想したのか、周辺は空地となっている。

見通しは良くなって、余の索敵も容易になった。

黒船来航から5年経ち、地震から3年経ち、冬も過ぎつつある。

その頃、外国人らしいスーツを着たヒトは余の下を訪れた。

 

「こんにちは、私の名はハリスだ。貴方の名は何と言うのかな」

『ヒトと違って、余に名などない』

 

「おお、頭の中に声が響く。これが噂に聞いたテレパシーか」

 

発声された英語は分からぬものの、その意味は理解できる。

それに対して余は声を出せぬので、念をヒトへ送っていた。

それにしても、やはり外国人か。

まさかアメリカ駐日総領事のハリスではないか。

日本の金を流出させてインフレを起こし、生活を苦しめた事で有名だ。

 

「おっと、失礼。そうか、貴方は名がないのか……しかし、名がないと困る事もあるだろう」

『困った事などない』

 

「では、私は貴方の事をスティールアーマーと呼んでも良いかな」

『余に名を付けるなど何様だ。気に食わぬ』

 

ハリスと名乗った外国人の話を、余は聞き流す。

ハリスの存在は不平等な通商条約の締結を指し示す。

これによって日本の経済は食い漁られる事だろう。

たしか主食である米も買い漁られて、価格の高い状態になるのだったか。

次は米袋と死体を交換すると言えば、ヒトは釣れるのかも知れない。

 

「ところで貴方の鎧の中身は、どうなっているのかな?」

『その手で余に触れて、確かめて見れば良かろう』

 

「そうしたい物だが、貴方は私を殺したりはしないだろうか?」

『そんな事はせぬ』

 

「残念だが、次の機会にしよう。まだ私は死にたくはないからね」

 

無駄な話の長い奴だ。

もちろん余の領域へ入ったら殺すつもりだった。

余の領域へ踏み込みたい気分になるように、これを挑発するか。

駐日総領事なハリスの機嫌を損なっても、余に害はない。

これを殺しても余に兵は送られず、あれらは江戸へ賠償金を求める事だろう。

 

「ところで死体を1つ持ってきた。これを何かと交換してはくれないか?」

 

ハリスは手を上げる。

すると遠くにある建物の後ろから荷車は出た。

運んでいるのは外国人ではなく、汚れたヒトだ。

ハリスの護衛も姿を隠しているのだろう。

今の日本で護衛を付けずに歩き回る外国人はいない。

 

『ならば米と交換してやろう』

「それは私が異人だからか?」

 

『米の価値が上がるからだ』

「私としては拳銃や温鉄の方が嬉しいのだがね」

 

『知らぬ』

 

温鉄と言うのは、電子カイロの事だろう。

荷車に載っていた桶を持って、汚れたヒトは領域へ入る。

余は木桶の蓋を開けて、表面の塩を除いた。

すると、黒い髪と腐敗した頭皮を感じ取る。

本当に死体らしいので核に吸わせ、米袋を出した。

 

「ほう、これは素晴らしい」

 

ハリスは2袋の米を受け取って喜んでいる。

しかし、米を貰って喜ぶように思えないから演技だろう。

死体を運んだ荷車を放置したままハリスは立ち去る。

汚れたヒトの姿は、どこにもない。

ハリスは1人で帰って行った。

 

 

翌年の夏を過ぎた頃、大きな動きは起こる。

余の領域を挟み込むように刀持ちの武士は配置された。

車輪の付いた大砲も外周に運び込まれている。

汚れた服を着た人々は刀ではなく、竹槍を持っていた。

間違いなく、この世に戻ってから初の大規模攻勢だ。

 

これまでに無かった事だ。

やっと危機感を抱いたのかも知れない。

黒船来航から5年の内に、余の領域は沿岸を侵食した。

江戸の港は余の領域によって、東と西に大きく分断されている。

あと5年も経てば領域は、将軍の座する江戸城へ届くだろう。

 

余としては、ヒトの反応は遅すぎると思っていた所だ。

大砲の弾を撃ち込むくらい、すぐに出来た事だろう。

不思議ではあるものの、これは大量の資源を得る機会だ。

余は核から四脚型を生成し、碁盤の目状な領域へ解き放つ。

これは4本の足を有する獣に似た形で、これまでの下僕と違って戦闘用だ。

 

外へ戻る前に、砲撃の重い音は響いた。

領域の内部へ大砲の弾を撃ち込まれたようだ。

余の下僕も、いくつか壊れた事だろう。

警報の機能を有する零脚型の発した信号の下へ、余は駆け付ける。

最初に接した集団は、竹槍を持つ汚れた人々だ。

 

「なんだ!?」

 

いつものように悲鳴を上げる間もなく首を折る。

 

「どうした!?」

 

余は目で捉えられぬほどの速さで動く。

 

「あやかしだ!」

 

灯りを持ったヒトは、余に気付いた。

 

「槍を構えよ!」

 

汚れた人々の後ろに刀持ちもいる。

これらの見張りらしく、その言葉で人々は槍を構えた。

しかし竹槍な上に、突き出す事もなく棒立ちしている。

武士と違って軍人ではなく、どう見ても戦闘訓練を受けていない素人だ。

まさに寄せ集めの集団で、命令を出した刀持ちは離脱を計った。

 

零脚型の信号は、別の場所からも発せられる。

余の領域は広くなったので、まだ余裕はあるだろう。

しかし、余の下僕を壊されると、余計に資源は必要となる。

この場にあった20の命を奪って、領域を出る前に刀持ちを捕まえた。

今回は武器を渡す必要はないので、そのまま殺す。

 

定番ではあるものの、真逆の方角から侵入されているようだ。

その方向へ向かう前に余は、領域の端から突き出た鉄塊を感知する。

撃ち出された砲弾を殴り飛ばせば、その衝撃で爆発した。

真っ暗だった領域は瞬きの間に明るくなり、爆風によって死体は床を転がる。

端から突き出た砲身を蹴り飛ばせば、空間に波を残して領域の外へ消えた。

 

鋼の床を蹴って、余は瞬時に加速する。

ヒトの目と異なる余の感知は、どんな速さでも狂わない。

直線の通路で2回も角を曲がれば、集団の後方へ出た。

後ろから順に命を絶てば、鎧の足音に気付かれる。

2人ほど足を止めて、残りの3人は足を止めなかった

 

「ヤァァァ!」

「ヤァァァァァァ!」

 

悲鳴ではなく、威嚇の声らしい。

床に投げ捨てられた提灯は燃えている。

余は刀の横を普通に通って、2人の首を折った。

余の動きに反応すら出来ず、残った3人も床に転がる。

すると再び、別の場所から信号を受け、余は侵入者の存在を知った。

 

時計のない闇の中、ひたすらに戦った。

それから攻勢は、どれくらい続いたのかも分からない。

余は疲れを知らぬ故、苦に思う事もない。

余の流した電子銃を持った者も現れ、光線は輝いた。

そういえば大砲は兎も角、火縄銃の類いは無かったようだ。

 

やがて攻勢は止み、物資を回収する時間となる。

充電の機能を有する参脚型と、多才な弍脚型を生成した。

弍脚型は死体を切り分け、それを参脚型は核まで運ぶ。

と思っていたら最後の攻勢を仕掛けられた。

しかし四脚型によって守られ、余の下僕は無事だ。

 

もはや、わざわざ死体と米を交換する必要はない。

米は兎も角、電子銃は宝の代わりなので続けるべきか。

刀持ちは多いものの、自殺以外の用事で町民は入ってこない。

領域に遊び気分で入った子を資源へ変え、残した1人に電子銃を渡した事もあった。

あの子は余を怨み、仲間を連れて、資源となるために、ここへ戻ってくれる事だろう。


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