器物転生ときどき憑依【チラシの裏】   作:器物転生

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→1853年(嘉永六年) 外から黒船・内から迷宮(表)

余の征服した異世界に、もはや生物は存在しない。

そうなった後も余は、余の領域の見回りを続けていた。

余の足音は暗闇に響き渡り、その反響を鎧で感じ取る。

掃除を行う1本足の壱脚型も、低く鈍い動作音を鳴らしていた。

あれを余は1本足と言うけれど、物で例えるならば黒板消しと言える。

 

その時、余は【揺れ】を感じて足を止めた。

この世は御日様を中心とした球状の大地に覆われている。

それも今は余の領域と化し、大地は隙間なく鋼に閉ざされていた。

この地で起こる地震と言えば自然ではなく、爆弾による震動に違いない。

そもそも隔離された空間と言える余の領域に、外の震動は伝わらなかった。

 

警報器と言える羽虫もとい零脚型から、異常を知らせる信号を受ける。

この球状の大地を半周するほどの勢いで、その場へ余は急行した。

その間も、円を広げるように零脚型から信号は送られ、そして途絶える。

以前も経験した爆弾による被害と予想したものの、それは違った。

朽ち果てたように崩れ落ちる領域を見て、異変の正体は知れる。

 

他に存在した核を壊した際、その領域は崩壊した。

同じ現象と考えれば、余も領域の核を壊されたに違いない。

余は通路を駆け戻り、この領域で唯一の壁で区切った部屋へ向かった。

もしも侵入者の仕業とすれば、相討ちを成さねば済まぬ。

しかし、部屋に着いて穴へ飛び込んで見れば、領域の核は傷もなかった。

 

廃物に埋もれて輝く核に異常はないとすれば、いったい何事か。

余は核を手にしたまま、領域の崩壊に巻き込まれる。

余の感知も届かぬ闇の中を抜け、どこかへ放り出された。

すると核を光を放ち、崩壊によって失われた領域を展開する。

それは余をヒトから鎧へ変え、余を主と定めた時の光景に似ていた。

 

「なんでぇ!?_御天道様が消えちまったのか!?」

 

展開されて間もない余の領域に、生命の反応を捉える。

核によって展開された領域に、運悪く巻き込まれた生物だ。

真っ暗で何も見えないらしく、空中で手を迷わせている。

余は右手に核を握り、左手で生物の頭部を殴り飛ばした。

おそらくヒトらしい生物は、首を折り曲げて動く事はない。

 

ヒトの死体を核に取り込み、資源へ変換する。

床に飛び散った血も核は吸ったので、掃除をする手間は省けた。

掃除は壱脚型の役目であるものの、下僕は動くほどに電力を消費する。

そこで余は、先の崩壊によって全ての下僕を失った事に気付いた。

しかし核から下僕を生み出す前に、侵入者を片付ける事を優先する。

 

展開されて間もない領域は狭く、端から端まで20歩ほどか。

その間に生命の反応は5体を数え、素早く頭を潰した上で核に取り込む。

安全を確かめるついでに資源を得た余は、核を用いて1つの部屋を生み出した。

前の領域と同じく、廃物を放り込む穴の底へ核を設置する。

充電の機能を有する参脚型と、警報の機能を有する零脚型を1機ずつ生み出した。

 

余は領域の端から外へ出る。

とは言っても、余も領域に縛られる存在だ。

空間に起きた波を越えれば、そこは領域の上だった。

余の領域である事を示す白く濁った鋼で、地面と海は覆われている。

空を見上げれば前の世と違って、太陽の向こうに大地はない。

もっともヒトのような目はなく、余は鎧を通して感知しているに過ぎぬ。

 

どうやら余は、ヒトであった頃の世へ帰還したらしい。

しかし余に感動はなく、喜びの感情も湧かなかった。

余にとってヒトは肉塊に過ぎず、強いて言えば物資だ、

もはや余は、ヒトと混じって生きる事はないに違いない。

余の姿を遠くから見る人々の視線を感じつつ、そのように思った。

 

「御上の御膝元に妖が現れおったぞ」

「江戸は神仏の守りを失ったのやも知れぬ」

「妖ではなく、もしや異人なのではないか?」

 

「そこの主は与力だったろう。何とかせんのか」

「あいつなら真っ先に逃げやがったよ」

「あいつらは肥やしてばかりで肝心な時は役に立たん」

 

海沿いの土地である沿岸に、余の領域は展開したようだ。

海側の地平線に陸地は見える。陸側に高層ビルは見当たらない。

当然のように人々は和服を着て、洋服のスーツやスカートも見当たらなかった。

映画村という可能性を除けば、余の存在した20世紀と思えない。

日本人の特徴のある髪型を見る所、ずいぶんと昔の世に余は帰還したようだ。

 

「これは何事だ!」

 

人々の向こうから出て、偉そうなヒトは声を張り上げる。

しかし刀を差していない所を見ると、それの身分は高くないようだ。

周囲から話を聞くと、次に余を見て、どこかへ走り去った。

余も外の様子を見るために、領域の上から動かなかった。

すると時の経つほどに、余の領域を囲む見物人は増えていく。

 

そこで余は恐ろしい可能性に気付いた。

これらの見物人は、本当に見物人なのか疑わしい。

もしも戦闘員ならば、展開されて間もない領域に攻め込まれる。

領域の端から核まで、今ならば最短の距離だ。

そう思っても余は領域の外に出る事は叶わず、先制する事もできない。

 

もしも元の世ではなく、二次元の世界となれば大変だ。

侍は「卍解!」したり、忍者は「影分身の術!」したりするに違いない。

余は領域の中に戻らず、人々を油断なく観察した。

人々の会話から「江戸」である事は、すでに知れている。

そうして聞き取っていると、さらに増えたヒトの中から1つの集団は進み出た。

 

「そこなる面妖な者、神妙にせよ!_世の平穏を乱した罪は重く、見過ごせる物ではない!」

 

ようやく治安機関の名乗りだ。

それらは余を知能のあるヒトとして見ている。

余としては意外に思ったものの、この鎧は人型であるため当然か。

さて、余としては資源を得るため、多過ぎない程度に物資は欲しい。

つまり最初から大軍を突っ込まれると、領域の修復は間に合わぬので困る。

 

ここを江戸の沿岸と知っても、今の時期は分からない。

余の領域は自動で範囲を広げるので、ヒトと敵対する未来は避けられない。

余は資源を得るために、多くもなく少なくもない物資を必要としている。

余を悪鬼と自称すれば、人々は恐れて近付かぬかも知れぬ。

ここは神仏の類いではなく、俗なヒトとして振る舞うべきか。

 

『ここは今日より、余の土地である。これに否と言うのならば、余を討ち果たしてみせよ』

 

「ひいー!_頭の中に声がー!」

「なんだ今の声は!?_これは、あの者の声なのか!」

「南無阿弥陀仏!_南無阿弥陀仏!_神様、仏様ーァ!」

 

余の言葉を受けた人々は悲鳴を上げた。

何事かと思ったものの、よく考えると余に口はない。

余の意思を伝える方法は、余の念を送る事だ。

余の念を受けた人々は、ヒトに在らざる言葉を受けて驚いたらしい。

これによって余の正体はヒトではないと露見してしまった。

 

「御公方様の定めに異を唱えるなど不敬極まる!_天に代わって成敗してくれる!」

 

ヒトの集団は畏れる事なく、余に立ち向かう。

腰に差した刀を抜き、槍のような刺又を構える者もいた。

そうして短い距離を走った集団は、領域に触れると驚いて後退する。

刺又を差し込めば、空間は波を打って飲み込んだ。

一瞬に限って勢いのあった集団は、今や領域の前で右往左往している。

 

『なにを遊んでいる。余の領域へ、恐れる事なく踏み込むべし』

 

「ええいっ!_皆のもの、行くぞぉ!」

「おおー!」「おおー!」「おおー!」

 

何の冗談か、よく分からぬ。

とにかく集団は、余の領域へ突っ込んだ。

余も足を前に踏み出し、波打つ空間を越えて中へ戻る。

すると暗闇で右往左往する集団の、その背後に余は現れた。

余は1人の頭を掴み、捻って息を止める。

 

「灯りを持て!_これでは何も見えん!」

 

最後の1人は、そう言った。

他の者は死んだ事に、それは気付いていない。

全滅よりも行方不明とすれば、また探しに来るだろう。

そういう訳で余は、最後の1人を掴むと領域の外へ放り投げた。

死体を集めて穴へ放り込むと、核に取り込まれて資源へ変換される。

 

床の掃除は黒板消しのような壱脚型に任せる。

余は再び領域の上へ出て、見物人らしい人々を見回した。

遠くから聞こえる人々の会話から、この世に関する情報の収集を行う。

やがて日没は近付き、数人の見張りを残して見物人も立ち去る。

それから一晩中、余は苦もなく領域の上で見張りを続けた。

 

領域の展開から2日目となり、海側から昇る御日様を見る。

朝から人々は集まり、領域の周辺に木材を置いていた。

人々は木の柱を立て、陸側の領域を取り囲むように板を建てる。

露出する肌の多い服装から察するに、武士ではなく大工らしい。

余は領域から出る事は叶わず、その作業を邪魔する事もできなかった。

 

また人々は領域に踏み込むと、余は思っていた。

しかし、余を排除するよりも先に、木の仕切りを建てている。

まさか長期戦になる事を見通していると言うのか。

町中で余のような物を見れば、早く取り除きたいと思うものだ。

長期戦を想定した者は過小に評価せず、油断なく警戒しているに違いない。

 

これに余は困った。

物質を変換しなければ資源は減り続ける。

死体を得られ無いのならば、虫を捕まえて資源を補う事になる。

虫は効率で言うと最低なので、その手段は避けたかった。

核によって自動で行われる領域の拡大まで、資源に余裕はない。

 

「おい、てぇへんだ。浦賀から来た連中が、鉄の蒸気船を見たんだってよ」

「バカを言うなよ。鉄が水に浮くものか。きっと張りぼてだろう」

 

「本当だってよ。しかも、そいつは異国船らしい」

「ますます嘘臭ぇな。本当に本当だったら、国禁に沿って打ち払わなきゃならねぇ」

 

「だから、てぇへんなんだよ。こりゃあ戦になるかも知れねぇ」

「異国船なんざ打ち壊して、使える部分だけ剥ぎ取っちまえば良いのさ」

 

「ところで、おめぇは木材を取りに行ったんじゃなかったのか?」

 

「それが武具を直すために使うのか、木の値段が上がっててよ」

「御奉行様の言い付けだから、そんな事も言ってられねぇよ」

 

黒船と呼ばれるペリー艦隊の来航から、今の時期は知れた。

余は海側へ意識を移すものの当然、そこに黒船は見えない。

もしや黒船の対応を優先したため、余は後回しにされたのか。

間の悪い時に世へ帰還し、領域を展開してしまったようだ。

余は領域に阻まれて、力を世に及ぼす事は叶わない。

 

領域を展開してから3日目となり、神主は姿を見せる。

御日様の昇る前から祈祷を行って、それから3日間も儀式を続けた。

領域へ侵入する者は居なかったため、朝から晩まで余も不動で張り合う。

そもそも余は無機物なので、同じ姿勢を続けても苦に思わない。

余の精神も相応の程度であり、神主に勝ち目はなかった。

 

領域を展開してから6日目となり、また神主は訪れる。

余のヒトの区別は今一つ及ばないため、昨日の神主と同じと思う。

今日は何をする訳でもなく、余の様子を見ると帰っていった。

大工も仕切りを建てる仕事を完了し、すでに去っている。

木の板で外部から遮断され、余は空を見上げるしかなかった。

 

領域を展開してから7日目となり、余の領域は拡大する。

鋼は海と陸を覆い、領域に飲み込まれて木の板は消滅した。

大工の仕事は無駄となり、白く濁った鋼は月光を反射する。

余の領域は倍の広さとなったものの、まだ狭いと思える。

沿岸に家屋はなく、残念ながらヒトは取り込めなかった。

 

8日目となって日没の頃、鉄を張った船は見えた。

江戸側から船は出たものの、歓迎している様子ではない。

むしろ黒船の進行を止めようと試みていた。

黒船の鳴らした汽笛の振動音は、夕刻の江戸に響く。

江戸側は帆船ばかりで、黒船の速さに追い付けなかった。

 

数日前と違って、今は領域の広さに少しの余裕はある。

歴史通りならば、ペリー提督は国書の受け取りを求めている。

日本としては鎖国を続けたいものの、黒船を持つアメリカと戦えない。

もしも国書の受け取りを拒めば、アメリカは戦争を始めると思われた。

隣の清国は麻薬漬けにされた上、イギリスに攻め込まれている。

 

僧侶の御経は余に何の効果もなかった。

超常の力を持つ者の存在は、まだ確認できない。

それならば強気に出ても、余の力で対処できるか。

江戸の内海へ入り込んだ黒船と、陸から様子を見る人々を見回す。

陸から離れた地点に黒船は止まり、小舟を降ろして水深の調査を始めた。

 

『この日本は余の領域となるのだ。寄せ集めの国が、今さら手を出すつもりか』

 

余は全方向へ喧嘩を売る事にした。

余は領域から手は出せぬものの、声は出せる。

ヒトの声と違って、余の念は遠くへ飛ばせた。

しかし、どこから聞こえたのか分からぬのだろう。

人々は不思議そうに辺りを見回し、頭の中に響いた声の主を探している。

 

『大統領も将軍も、余の前に姿を見せぬ臆病者よ。

_この世に降臨した余へ、その首と共に貢ぎ物を差し出すのが道理であろう』

 

とある慢心王の真似を余は試みる。

余は指揮よりも、戦闘に出るタイブなので苦手だ。

下僕は全て機械であり、固有の意思を持たせない。

これまで余は、多くの資源を自身の強化へ消費した。

それは戦力の集中を起こすため、生物ならば過労死するに違いない。

 

『余は、ここだ。余は鋼で覆われた大地の上に立つ』

 

余は存在を強調する。

声の主は海に在ると、江戸の人々は思い込んでいたらしい。

鋼で覆われた沿岸の上にいる余を見つけると、人々は声を上げた。

そこで余は足下の鋼を蹴って、空へ跳び上がる。

すると余は領域の端に触れて、波打つ空間と共に消えた。

 

外から見れば、空中で消えたように映った事だろう。

そう思うものの残念ながら、領域の中から外の様子は分からない。

警報の機能を有する零脚型は、鋼の羽を止めて床に落ちていた。

充電の機能を有する参脚型からコードを引き出して、零脚型の充電を行う。

充電作業は弍脚型の役目ではあるものの、資源の消費は抑えたい。

 

領域の展開から4日で、資源となったヒトは10体だ。

その物資も初日に得た分で、後は虫で繋いでいる。

異なる世を征服した余も、資源不足に対しては逆らえなかった。

なので、さきほどの喧嘩を買ってくれると余も助かる。

鋼に覆われた領域の中で、余は戦を待っていた。


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