黒の剣士のお姉さま!   作:さお=SAO

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第6話 デスゲームの始まり

 間違いなくその場所はゲームの開始地点である≪はじまりの街≫、その中央広場だった。

 俺は隣でポカン、と口を開け、茫然と立ち尽くすクラインと、辺りに目配せし、少しでもこの状況を理解しようと努めている姉貴を見やった後、恐らくは俺たちと同じく強制テレポートさせられてきたのであろう万人の人々を眺めた。

 やがて「どうなってんだ」とか「これでログアウトできるのか?」といった喧噪が辺りを飛び交い始めるのを見て、姉貴が口を開く。

 

 「……どうやらログアウトできないのは私たちだけじゃないみたいね」

 

 しかしその声音には普段の姉貴なら絶対に感じさせないような焦燥が含まれているような気がして、俺の背筋を冷たいモノが伝っていく。どうやら姉貴はこの状況がただ事ではないということを直感的に感じ取っているようだ。

 そんな姉貴に声をかけようとして、その時、クラインが上を指差し、叫んだ。

 

 「あっ……上を見ろ!」

 

 反射的に視線を姉貴から外し、上を見る。そして見たのは、百メートルほど上空を、真紅の市松模様が染め上げていくという異様な光景だった。よくよく見ると、単語が表示されている。【Warning】、そして【System Announcement】――。

 その単語の意味を一瞬、理解し損ね、ああ、ようやく運営のアナウンスがあるのかと悟る。辺りからも喧噪が終息していき、間もなく行われるであろう運営の説明を聞き逃すまいと誰もが耳を立てる。

 そして、空中に出現したのは運営が説明のために用意したのであろうフード付きの真紅のローブを纏った、体長二十メートルほどの巨人だった。いや、正確に言うのならば、人という表現は適切ではないのかもしれない。

 なぜなら、そのフードの向こうにはあるべきはずの顔が無く、底無しの空洞が広がっているのみであったのだから。

 まったくの感情も、表情も感じさせないその空虚な空洞は俺だけでなく、この広場にいる全てのプレイヤーに言いようのない不安を抱かせた。

 不意にローブの両腕が大きく広がる。直後に低く落ち着いた、よく通る男の声が、遥かな高みから降り注いだ。

 

 『――プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ。私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』

 「なっ……」

 

 その言葉に隣で姉貴が驚愕に目を見開く。俺もまた同様の反応を見せていた。

 なぜなら茅場晶彦。それはこのSAOの開発のみならず、ゲームハードであるナーヴギアの基礎設計を手掛けた若き天才ゲームデザイナーにして量子物理学者の名前――コアゲーマーである俺や姉貴が尊敬してやまない人物の名前だったからだ。

 これまではひたすら裏方に徹し、メディアの露出も極力避けていた彼がなぜこんな真似を――?

 しかし、俺のそんな疑問に茅場は答えることはなかった。

 かわりに告げられたのは冗談だと笑い飛ばしたくなるような、冷酷なる現実。

 現実での死が、ペナルティとして課せられる死の遊戯(デスゲーム)の始まりを告げる言葉(チュートリアル)だった。

 

 ――これは、ゲームであっても遊びではない。

 

 かつて、何かの雑誌で見た彼の言葉が、まるで走馬灯のように俺の脳裏に過ぎった。

 

 

 

 

 

 「嘘だろ……なんだよ、これ、嘘だろ!?」

 「ふざけるなよ! ここから出せよ!」

 「こんなの困る! これから約束があるのよ!」

 「嫌あああっ! 帰して! 帰してよぉ!」

 

 茅場晶彦によるSAOのデスゲーム宣言から間もなくして、広場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 一体誰がこの状況を信じられるというのか。受け止めきれるというのか。

 この仮想空間(アインクラッド)での死が、現実世界での死に直結するなんて。

 今、この俺の視界の左上に表示されるHPバーが〇になった瞬間、ナーヴギアから放出される高出力マイクロウェーブが頭の中を焼き払うなんて。

 あまりに唐突すぎて、立ち尽くすことしかできない中、視界の片隅でメニュー・ウィンドウを開き、何やら高速で手を動かす姉貴の姿が目に入った。

 

 「なにやってるんだ?」

 「んー、ちょっとねー」

 

 普段と何ら変わらぬ、落ち着いた声音で姉貴が答える。先ほどの茅場のチュートリアル時に配布された≪手鏡≫によって、プレイヤーは全員現実での姿に戻されてしまっているため、まさに普段通り(現実で)の姉貴である。いや、この異常な状況下でのこの落ち着きようは、ある意味異常というべきものなのかもしれないが。

 

 「これでよし、と」

 

 しばらくして、姉貴はメニューを閉じると、唐突に俺とクラインの手を取り、駆け出す。

 なされるがままに着いていくと、辿り着いたのは中央広場から間もないところにある噴水広場だった。

 

 「さて、お二人さん。頭の方は落ち着いてますか?」

 「あ、ああ……」

 「……」

 

 少し茶化すかのように言った姉貴の言葉に俺はどうにか頷いたが、クラインの方は直立態勢のまま微動だにしなかった。

 

 「クライン?」

 

 訝しげに声をかけるとクラインはハッ、と我に返ったかのように俺を見た後、再び姉貴を見て固まる。

 そしておもむろに近づき、姉貴の手を取ると。

 

 「くくクラインという者です二十四歳独身」

 「「はい?」」

 

 同時に首を傾げる俺と姉貴を余所に、クラインは姉貴の手をがしっと握りしめたまま言葉を続ける。

 

 「ようやくわかったんですなぜ俺がこれまで二十四年間生きてきて一度も出会いというものがなかったのか全ては今日この日あなたに出会うため――」

 「え、ええーと……?」

 

 盲目的にまくしたてるクラインに気圧され気味の姉貴。どうやら予想外の反応にどうすればいいかわからないようだ。というか、初めて見たぞ、どうすればいいのか対応に困る姉貴。

 しかし俺は悟る。すなわち、クラインは一目惚れしてしまったのだ。茅場の≪手鏡≫よって、あの簡素なアバターから現実(リアル)の姿に戻された姉貴の容姿に。

 気持ちがわからない訳ではない。事実、明るく、その上美人な姉貴が告白されたことは一度や二度の事ではない(いずれも相手方にとっては残酷ともいえる微笑とともに断っていたが)。しかしいや、なんというべきか――

 

 「バカヤロウッ!!」

 「ぐへえっ!?」

 

 俺はクラインの赤髪の頭に思い切り拳骨を叩き込んでいた。言いたいこと――というよりは言うべきことはただ一つ。この異常事態時になに告白してんだよ!

 

 「で、どうしたんだ、姉貴」

 「え、ええ、キーくん……」

 

 頭から煙をもくもくと上げながら地面に倒れるクラインを少し引き気味に姉貴は見つめていたが、やがてその表情をいつものものに変え、綺麗にウィンクしながら言った。

 

 「とりあえずはちょっと待っててね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 「へ?」

 

 姉貴の言葉の意味が理解できず、首を傾げることしかできない俺だった。

 

 

 

 

 

 意味深な姉貴の言葉であったが、それは事実だった。

 あれから十五分後が経つ頃に一人の男性プレイヤーがやってきたかと思うと、また一人、一人とポツポツとプレイヤーが現れたのだ。

 姉貴は現れた彼らを見て、上手くいったと言わんばかりに微笑みを浮かべている。

 

 「姉貴、これは一体……」

 「もうちょっとだけ待って、キーくん」

 

 相変わらずの意味深な笑みを浮かべる姉貴。俺はそんな姉貴が何を考えているのかその意図を読み取ろうとしたが、まるでわからなかった。

 ただ言えたのは、今こうしている間にもぽつりぽつりとプレイヤーが集まってきているという事実。しかし姉貴は一体どうやって、この者たちに連絡を取っていたというのだろうか。

 姉貴はそれからさらにたっぷり三十分、時間を取った。その頃にもなると、噴水広場にはおよそ三十名ほどのプレイヤーが集まってきていた。

 

 「……三百人近くに送って、三十人か……ま、こんなものかしらね」

 

 姉貴がぼそっと何やら呟いたが、生憎聞き取ることができなかった。

 噴水の縁に腰かけていた姉貴は立ち上がると、広場に集まった面々を見渡しながら言った。

 

 「とりあえず、まずはここに集まってきてくれたことに礼を言うわ。私はキリナ。あなた達にメールを送った者よ。よろしくね」

 「「……」」

 

 姉貴の挨拶に――というよりは姉貴のその現実離れした美貌に言葉を忘れて見入っているプレイヤー達をよそに、復活したクラインが俺の耳元で囁いてくる。

 

 「……どーなってんだ、コレ? っていうか誰だコイツラ?」

 「……さぁ?」

 

 そんなやり取りを交わしている間も姉貴は言葉を続けている。

 

 「とりあえず、これから私が話していくことは、あの茅場晶彦の言った言葉が真実であることを前提に話していく、ということをまず言っておくわ。即ち、この世界で死んだら現実でも死に、脱出するには第百層攻略しかないということをね」

 

 そして、次に告げられたその言葉に俺は驚きを隠すことができなかった。

 

 「今日、ここに集まってもらったのは他でもない……力を貸してほしいの。ここから生きて帰るために……――あなた達ベータテスターの力を」

 

 


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