黒の剣士のお姉さま!   作:さお=SAO

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第5話 悪趣味バンダナ男との出会い。そして――

 「うわあー! 戻ってきたね、キーくん!」

 「ああ!」

 

 懐かしき第一層≪はじまりの街≫の石畳を踏んだ俺と姉貴は、再びこの世界(アインクラッド)に戻ってこれたことに対する喜びと、相も変らぬそのリアリティーへの感動のあまり抱き合ってしまっていた。普通なら変な目で見られるかもしれないが、今も随時、ログインしてくる他のプレイヤーも雄叫びをあげたり騒いだりと、似たり寄ったりの反応をしているので大丈夫だ。

 

 「……で、早速だけど、これからどうしようかしら?」

 

 程なくして、俺から身体を離した姉貴が問いかけてくる。ちなみに、戦闘大好き人間である姉貴のアバターは、初期設定を少し弄んだだけの簡素なアバターだ。曰く、「私ってロールプレイング(役を演じる)よりもバトリたい人間なのよね」ということらしい。どっちにしろ、姉貴の場合は仮想の容姿も現実の容姿もそう大差ないように思えるのだが。

 対して俺は、苦心に苦心を重ねて作り上げた、恥ずかしくなるくらいきらびやかな勇者然とした男性アバター。……いや、せっかくのSAOだしな?

 姉貴の質問に俺は少しうーん、と首を捻り、提案する。

 

 「じゃあ、あの手頃価格な武器屋に行かないか? ほら、あのめっちゃ見つかり辛いとこにある」

 「ああ、あそこね。ベータの時に見つけた」

 「そうそう、そこそこ」

 

 お互いベータ経験者なので話がポンポンと纏まっていく。こうして武器屋に行くことが決まり、足を一歩前に踏み出そうとしたその時。

 

 「――そこの兄ちゃん、姉ちゃん、ちょっといいかい?」

 「「?」」

 

 突然、後ろから声をかけられ、俺と姉貴は同時に振り向く。するとそこには、悪趣味なバンダナを巻いた、赤髪の≪若侍≫とでも言うべき風貌をした男の姿があった。

 部屋でネットやゲームばかりしていて、身内以外との対人スキルが〇に等しい俺が呆然と立ち尽くすことしかできない中、姉貴が対応する。

 

 「何かしら?」

 「あーいや。俺、VRゲーム初めてでよ。見たところお前ら、馴れているみたいだったから、もしやベータテスターじゃないかって思ってよ。ちょいとレクチャーしてくれると助かるんだが……」

 

 その言葉に姉貴は即答した。

 

 「いいわよ。じゃあ、まずは武器屋にいきましょうか」

 「うはっ、まじか! サンキュー! 俺は≪クライン≫。よろしくな!」

 「クラインね。私は≪キリナ≫。こちらこそよろしくね」

 

 ガシッ、と握手を交わす二人。俺は慌てて姉貴に詰め寄る。

 

 「ちょっ……姉貴!?」

 「いいじゃない、減るもんじゃないし。キーくんも自己紹介なさい?」

 「うぐっ……」

 

 そう言われてしまったら、何も言い返せない俺である。クラインと名乗った男に俺は向き直る。

 

 「……あー、≪キリト≫だ。よ、よろしく」

 「おう、よろしく頼むな!」

 

 クラインから差し出された右手を、慣れない動作で握る。

 

 「ところでもしかして、キリ繋がりから見ると、キリナとキリトってリアルじゃ姉弟か何かか?」

 「ええ。私が姉でこっちが弟。お互いゲーム大好き人間だったから、一緒に買ったの」

 

 普通、現実検索はMMOゲームではNGモノなのだが、姉貴は全然そういったことは気にせず答える。まぁ、俺と姉貴が姉弟であるくらい、別にNGでもなんでもないので、話されても構わないことなのだが。

 

 「へぇ! 姉弟仲良くて、イイ感じだな!」

 「でしょう?」

 「「ワハハハハハハハ!!!」」

 

 姉貴とクラインが談笑しながら歩き出す。……出会って五分もしない内にお二人さん、打ち解け過ぎませんかね?

 

 「はぁ……」

 

 何とも言えぬ脱力感に襲われた俺は、人知れずため息を吐くとずるずると、そんな二人の後を着いていったのだった。

 

 

 

 

 

 「ぬおっ……とりゃっ……うひえええっ!?」

 

 奇妙な掛け声に合わせて滅茶苦茶に振り回された剣撃が、すかすかっと空のみを切る。青イノシシ――≪フレンジー・ボア≫は、そんな拙い斬撃を身軽な動作で回避したかと思うと、クラインに向けて突進していき、その身体を吹き飛ばす。

 草原をごろごろ転がっていくクラインを見て、姉貴が笑い声を上げる。

 

 「あはは、そうじゃないわ、クライン。肝心なのは初動のモーションよ?」

 「ってて……ンなこと言ったってよぉ、コイツ、動くし」

 「訓練用のかかしじゃないから当然よ。――そうねぇ……初動のモーションを作ったら、何かに引っ張られる感覚が出てくると思うの。その感覚が起こったら、後はその感覚に成されるがままに着いていけば、できると思うわ」

 「その感覚がわからないんだよなぁ……」

 

 ゆっくりと立ち上がったクラインが、ガシガシと頭を掻く。

 姉貴はここ二、三時間、付きっきりでクラインの面倒を見ている。初対面の相手にここまで対応できるのは、やはり流石としかいいようがない。何だかんだ言いつつ、姉貴はお人好しであるし。

 ちなみに俺はその間、暇だったので、クラインに少しアドバイスしながら近場でモンスターを倒して暇を潰していた。お蔭で今はレベル3まで上がっている。

 

 「多分、クラインのモーションが正しくないからシステムが感知していないんだと思うわ。とりあえず、基本技の≪リーバー≫からマスターしちゃいましょう」

 

 そう言って、姉貴がクラインの背後に回り、腕を添えて、正しいフォームを教えていく。

 

 「腰を落として、カトラスは中段に……そう」

 「……」

 

 女性に体を密着され、鼻の下が伸びているクライン。おい、ここは一応仮想空間なんだから、今指導している相手が現実(リアル)でも女性とは限らないんだぞ。……まぁ、実際に現実でも(身内の俺が言うのも何ではあるが)美女であるのだが。

 間も無くして、姉貴に正しいフォームに直されたクラインのカトラスにオレンジ色の輝きが宿る。その光景を見た姉貴が、サッとクラインから距離を取る。

 

 「引っ張られたら着いていく……引っ張られたら着いていく……」

 

 念仏のように唱えながら、クラインは一歩前に足を踏み出し。

 

 「りゃあっ!」

 

 太い掛け声とともに、これまでと打って変った滑らかな動きで放たれた片手用曲刀基本技≪リーバー≫が、突進攻撃に入りかけていたフレンジー・ボアの首に見事に命中し、そのHPを吹き飛ばした。

 

 「うおっしゃあああああああ!」

 

 派手なガッツポーズを決めたクラインが、満面な笑みで振り向き、右手に持つカトラスを高く掲げる。俺は取りあえず、称賛を送ることにした。

 

 「初勝利おめでとう。……でも今のイノシシ、他のゲームだとスライム相当だけどな」

 「ガーン!」

 「でもたった一日足らずでソードスキルを成功させるなんて、中々筋がいいと思うわ。頑張ったわね、クライン」

 「マジ!?」

 

 この構造、俺がムチで姉貴がアメか? いや、俺は何もしていないんだけれども。

 

 「いやーでも、本当にサンキューな、ここまで付き合ってくれて。俺一人だったら何回死んでたかわかんねぇわ」

 「ほんとよね」

 

 頭を掻いたクラインの脇腹を、姉貴が軽く小突く。仲が良くてよろしいことで。

 

 「で、これからどうする? 今の感覚が忘れないうちにもう少し、狩りを続ける?」

 「ったりめえよ! ……と言いてぇとこだけど、そろそろ一度落ちて、飯食わねーと」

 「そう。……あ、そういえば私も一度落ちないといけないんだった。妹と夕方稽古するから」

 

 妹。その単語に爛々とクラインは目を輝かせる。

 

 「えっ、キリナって妹いるのか!?」

 

 そんなクラインに対し、姉貴は誇らしげに胸を張る。

 

 「身内の私が言うのも何だけど、可愛いわよ~。まさに清純な女の子って感じ。成長期に入って胸もどんどん大きくなってきたし」

 「おおっ! マジですか!」

 

 何、暴露してんだ姉貴。変態か、クライン。

 

 「それに強いし」

 「はい?」

 

 クラインの目が点になる。あー、直葉の奴、剣道やってるからなー。

 ふと、思い返されるはまだ俺も姉貴も幼かった頃の記憶。当初から姉貴の剣の腕はずば抜けていて、そんな姉貴を如何にして倒すかよく直葉と二人で相談会を開いていた。姉貴を魔王とかに見立てていたんだっけか。

 思えばあの頃は、何もかもが上手くいっていたような気がする。姉貴がいて、直葉がいて。とにかく幸せな毎日を送っていたような気がする。

 だが、その幸せは壊れてしまった。否、俺が()()()()()()()。あの日、ほんの些細な疑問から俺が≪パンドラの匣≫を開けてしまったばっかりに、知らなくてもよい事実を知ってしまったが故に、結果としてその()()を受け止め切れなかった俺は直葉と向き合おうとせず、距離を取ってしまった。

 あの時、俺はどうすれよかったのだろうか――それは今もわからない。

 

 「クラインくらいなら簡単に倒せちゃうわよ?」

 「エエ――……」

 

 ガクンとクラインは肩を落とす。おそらく、姉貴の言葉に会いたい心が折られたのだろう。

 

 「……まぁ、取りあえず俺は落ちるわ。アンチョビピッツァとジンジャーエールが俺を待ってるんでな。――キリナ、もし機会があれば、妹さんの紹介頼むわ」

 「ええ、任せて」

 「って、諦めてなかったのかよ! っていうか、姉貴、何了承してんだよ!」

 

 俺の言葉にクラインは「会ってみなくちゃ……わからんだろう!?」と吠え、姉貴は「なんというか……その場のノリよ、ノリ」とにへらと笑った。そんな姉貴の言葉に対しては「って、ノリだったのかよ!!?」と俺のみならずクラインもツッコんでいた。

 そんなやり取りを終え、今度こそクラインが右手を振ってメニュー・ウィンドウを呼び出す。そして。

 

 「あれっ」

 

 クラインの頓狂な声が響いた。

 

 「なんだこりゃ……()()()()()()()()()()()()

 

 何の冗談かと、俺は聞いて呆れる。

 

 「ボタンが無いって……そんなのあるわけないだろ。よく見てみろ」

 

 とその時。

 

 「ない」

 

 不気味なほど静かな姉貴の声が、やけに大きく辺りの空間に響き渡る。そこにはクラインと同じくメニュー・ウィンドウを開いた姉貴の姿があった。

 

 「確かにないわ。キーくんも確認してみて」

 「んな馬鹿な……」

 

 訝しげに呟きつつも、俺もまたメニュー・ウィンドウを開く。

 

 「……」

 「……ないでしょ?」

 「……ああ」

 

 信じたくはなかったが、確かにメニュー・ウィンドウにはログアウトボタンが存在していなかった。いや、存在していなかった、という表現は適切では無い気がする。

 まるで元からそんなデザインで設計されていたような――。

 

 「……くん? キーくん?」

 「はっ」

 

 我に返ると、姉貴が心配した表情で俺の顔を覗き込んでいた。どうやら呼びかけられていたのに、返事をすることを忘れてしまっていたようだ。

 

 「なに?」

 

 ようやく返事をした俺に、若干安堵した表情を見せると姉貴は口を開いたその時。

 

 「とりあえず、GM(ゲームマスター)コールしてみようと思うの。それで――えっ?」

 「「っ?」」

 

 俺達はそろって声を上げる。なぜなら今この瞬間、突如、リンゴーン、リンゴーンという古びた鐘の音が大音量で俺達の聴覚を叩いたからだ。

 何事かと辺りを見回すうちに今度は眼前を青白い光で包まれる。

 この現状が、かつてベータテスト時代に何度も味わったことのある≪転移≫現象であるということを、俺は何処か遠い過去のことのように思い出していた。

 

 そして世界は程無くして、その在り様を永遠に、変える――。

 

 

 


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