黒の剣士のお姉さま!   作:さお=SAO

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第3話 桐ケ谷和人から見た桐ケ谷和奈

 自室のネットで俺は今、中学生には少々際どい、『参考動画』を閲覧していた。別の言い方をするならばアダルティーな動画と言ったところであろうか。

 親からしてみれば、到底残念な光景であるだろうが、親の目のとどかない所でこっそり見るという背徳感が何とも言えぬ快感を俺に感じさせ――

 

 「へぇ……カズくんって年上の娘が好みなんだー。それも、お姉さんキャラ」

 「いっ!?」

 

 不意に耳元でそっと囁かれ、俺はビクン! と反射的に身体を痙攣させる。ぎぎぎ、と首を軋ませながら見ると、そこにいたのは――

 

 「ひょっとして、おねーさんのことも()()()()目線で見てたりする?」

 「あ……姉貴!」

 

 肩甲骨辺りまで伸びた艶やかな漆黒の髪、雪のように白い肌、身内と言えども思わず見とれてしまうほど整ったその中性的な顔立ち。

 眉目秀麗を地で行く俺の実姉――桐ケ谷和奈が、胸を強調した何とも妖艶な態勢で、俺をからかうような目で見ていた……って。

 

 「な、なに言ってんだよ、姉貴! 自分の実の姉貴で欲情とか、そんなのありえな――」

 「え、カズくん、おねーさんのこと嫌いなの?」

 

 これまでと打って変わって、涙目で俺を上目使いで見つめてくる姉貴。傷ついた表情をしているが、この手に俺は何度、煮え湯を飲まされてきたか。どうせ、嘘に決まってる。っていうか、よくよく考えたらなんで欲情しなかったらストレートで嫌いに結びつくんだよ。その思考回路、おかしくないか?

 

 「酷い……酷いよ……少し前に寝言であんなにおねーさんを求めていたじゃない……!」

 「はい、ダウトぉっ! 言ってないからな! そんなこと、絶対に言ってないからな!?」

 

 言ってないはずだ。……多分。

 だが、姉貴はそんな俺のツッコミを完全に無視して、その場に崩れ落ち、顔を覆うとその華奢な肩を震わせる。

 

 「ぐすっ……ぐすっ……カズくんに嫌われちゃったよう……」

 「……」

 

 鼻をすすり、嗚咽を漏らす音が聞こえる。まさかとは思うが、本当に泣いてるんじゃ……?

 部屋に流れる何とも言えない雰囲気に耐え切れなくなった俺は、しどろもどろに口を開く。

 

 「わ、悪かったよ。さっきのはつい、むきになって……家族として好きだよ。姉貴は俺にとって、かけがえのない……大切な人だ」

 「……」

 

 広がる沈黙。姉貴は顔を隠したまま動かない。だが次の瞬間――。

 

 「……ふふっ。まったく、カズくんったら素直じゃないんだから」

 

 言うなり姉貴はバッ! と()()を俺に見せてきた。

 見せられたのは小型のボイスレコーダーだった。たしか、数年前にスーパーの福引で姉貴が当てたものだったはず。

 しかし、なぜ今この時にそのボイスレコーダーを俺に見せたのか疑問に思っていると。

 

 『好きだよ。姉貴は俺にとって、かけがえのない……大切な人だ』

 

 ――つい今しがたの俺のセリフ。その部分だけ聞くと意味深なモノを感じさせる俺のキナ臭いセリフが流れ出た。

 

 「うぎゃあああああああああああっ!!! い、いつの間に!?」

 

 俺は半ば反射的に姉貴からボイスレコーダーを奪おうとするが、姉貴はそんな俺の手をひょいっと躱す。その表情はいたずらが成功した子猫のように無邪気なもので、先ほどの嗚咽の時に見せていた悲壮感は微塵たりとも感じられない。

 

 「ふっふっふ、またまたカズくんの弱点をゲットいたしました。これだけ聞くとさぞかし他の人は私とカズくんの関係性に一種の疑念を――」

 「やめてくれぇええええ!!! それ以上は言わないでくれぇえええええ!!!!」

 

 完全に姉貴にしてやられたことを頭の片隅で自覚しながらも、俺は半ば脊髄反射的に上半身全面傾斜態勢――すなわち土下座を披露しながら懇願する。

 

 「なにとぞ! なにとぞその音声を削除してくださいませ、御姉様!!」

 「それよりさ、例のベータテスト件だけど、どうだった?」

 「べぇっはっ!!」

 

 俺の決死の懇願は華麗にスルーされた。もうダメだ。音声については諦めるしかない。

 泣く泣く起き上がると俺はパソコンを操作する。どうせ見るなら姉貴も一緒にと思っていたため、俺もまだ抽選結果は知らないのだ。

 世界初のVRMMORPG≪ソードアート・オンライン≫。そのベータテスト。募集枠はわずか千人。

 その針の穴に糸を通すかのような狭き門には、ゲームハードである≪ナーヴギア≫の初回総販売数の半分にも迫る、およそ十万人もの応募が殺到したという。俺と姉貴もそのうちの一人ということである。

 まもなくして開かれたSAOの公式サイト。その中の≪ベータテスト当選者一覧≫という項目をクリックし、ページを開く。

 

 「ほぇ~、そういえば私たちって抽選番号何番だっけ?」

 「14658と56785」

 

 俺の首元に腕を回して、後ろから姉貴がパソコンの画面を覗き込む。……背中に当たる柔らかいナニかは気にしないようにしよう。

 ところで正直、俺は当選していないだろうと、思っている。というよりは、当選していなかった時のショックを少しでも和らげるために保険をかけておく。

 なぜなら、俺は決してリアルラックが高い人間ではないからだ。……そんな俺に反して、姉貴は何故かはわからないが、異様なほど高かったりするが。

 ともかく、姉弟がそろって当選していたらそれこそ奇跡だ。

 

 「あーっ! あった!」

 

 不意に姉貴が叫び、興奮した様子で画面を指差す。

 

 「56785! 間違ってないよね!? ね!? ね!?」

 「あ……ああ」

 

 確かにあった。例によって姉貴は異様なほど高いリアルラックを発揮したらしい。

 

 「カズくんは?」

 「……今、探してる」

 

 俺は祈るような思いで――藁にも縋る思いで見落としがないよう慎重に番号を探した。14658、14658――。

 そして。

 

 「あった」

 

 14658。俺は再度確認する。たしかに画面に記載されている当選番号は14658だ。

 俺と姉貴は顔を見合わせて。

 

 「「やったあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」」

 

 画面の前で歓喜の雄叫びをあげ、互いを抱き締め合う。胸の高揚が火山の噴火のように爆発し、何がなんだかもうわからなくなってくる。

 

 「今夜は赤飯よ!」

 「ああ!」

 

 俺は自分のリアルラックの高さに感謝した。いや、もしかしたら姉貴と一緒に応募したから俺のリアルラック値も上向きに補正され――とそんなことは今はどうでもいい。

 俺たちはただひたすらに互いの健闘(?)を讃え合う。

 この時の俺は、この一連の出来事がとてつもない悪夢の始まりであっただなんて思ってもいなかった。

 まさか、ただ楽しむために購入したゲームで己の命を賭けて戦うことになるなんて、この時の俺は夢にも思っていなかった――。

 

 『好きだよ。姉貴は俺にとって、かけがえのない……大切な人だ』

 「うぐああ! このタイミングでソレを流すのはやめてくれぇ!!」

 「うふふ♪」

 


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