黒の剣士のお姉さま! 作:さお=SAO
あたしのお姉ちゃんは――
「スグちゃ~ん」
「ちょっ……なに、急に!?」
――変態だ。今も学校から帰ってくるなりあたしはリビングのソファーにてお姉ちゃんの膝元で抱かれ、頭を撫でられている。これだけならまだ姉妹の細やかなスキンシップの一端と捉えられなくもないが――
「あ~、やっぱスグちゃんの匂いって、いい匂いだわぁ~」
「ひぃやっ! お姉ちゃん、首下で匂いを嗅ぐのはやめてぇ!」
人の匂いを嗅ぐのはどうかと思う。あたしだって部活帰りでとてもいい匂いだとは言えないと思うし、それに何より鼻息が当たってくすぐったい。
「やめな~い。だってスグちゃん分を充電しないとお姉ちゃん、発狂死しちゃう~」
「だからくすぐったいんだってばぁ!」
こんなお姉ちゃんではあるが、県内の進学校で有名な名門私立学校に金銭免除の特待生で入学するほど頭がいい。さらには剣道部の主将も務め、中学時代の全国大会では三年連続全二本先取という破格の強さで優勝している。公式戦の記録は無敗。あたしもあたしで剣道を嗜んでいたりするけど、一応全国大会くらいには出場できる腕だけど、お姉ちゃんには到底敵わない。……妹のあたしが言うのもアレだけど、なんというバケモノなんだろう。
「……なんか今、スグちゃん私に変なこと考えたでしょ」
「べ、別にっ、何にも考えてないよ!?」
「嘘だぁ。今、あたしのことバケモノって思ったくせに~」
「なんでお姉ちゃんはあたしの心が読めるの!?」
「ああ、やっぱり本当に思ってたんだー。お姉ちゃん、ショックだわー」
その言葉にあたしは自分が嵌められたのだということを悟り、顔がかあっ、と熱くなる。
そんなあたしを見て、お姉ちゃんは妖艶な笑みを浮かべてウインクする。
「ふふっ。やっぱりスグちゃんってかわい」
「……」
その言葉にあたしはまた別の意味で頬を熱くしてしまう。……だって、お姉ちゃんってあたしの姉とは思えないくらい綺麗で神秘的なんだもん。見方によっては男性のような凛々しさも感じさせるその中性的な顔でにこりと微笑まれたら、男はもちろん、女だってイチコロだ。身内であるあたしでさえ、思わずドキドキしてしまうんだから。
「カズくんは?」
不意にお姉ちゃんが聞いてくる。カズくん、というのはあたしのもう一人いるお兄ちゃんのことだ。ちなみに歳はお姉ちゃんより一つ下。
幼い頃はお兄ちゃんもあたしやお姉ちゃんと一緒に剣道をやっていた。腕もバケモノのお姉ちゃんほどでは無いが、筋がよかったことを覚えている。その頃、
けれどもそれはあくまでも思い出で。今のお兄ちゃんは、あたしには全くもってちんぷんかんぷんな機械やらネットゲームにのめり込んでいて。
お兄ちゃんと同じ趣味を持つお姉ちゃんが仲介に入ってくれるおかげで、たまに話をすることはあるが、それでも昔ほどではなくて。
幼い頃には無かったその距離が、少しだけ寂しい。
そんなことを思いながら、あたしは答える。
「何時もの通り、自分の部屋に籠っているよ」
「そう? じゃあ、おねーさんはちょっとカズくんの所に行ってくるね。聞きたいことがあるの」
「聞きたいこと?」
首を傾げたあたしに、お姉ちゃんが答えてくれる。
「前にカズくんと一緒に応募したゲームのベータテストの抽選結果がネットで公開してるのよ。カズくんはもう見てるはずだから、教えてもらおうと思ってね」
「へぇ……」
そういえば少し前、お姉ちゃんとお兄ちゃんが「世界初のVRMMOキタ――!」やら「茅場さんマジぱねぇスわ!」やら半ば狂乱気味に騒いでいた気がするが、もしかしてそれのことだろうか。
「じゃあ、行ってくるね」
お姉ちゃんは最後に一際強く、抱きしめるとあたしを解放してくれる。
「あっ……」
途端、漠然とした虚しさがあたしを襲ってくる。お姉ちゃんのぬくもりが無くなったことに、無意識のうちに寂しさを覚える自分がいたことに、この時のあたしはまだ気付いていなかった――。