黒の剣士のお姉さま! 作:さお=SAO
今は昼休みも終わり、午後最初の授業。私こと結城明日奈は胸の内から沸き起こる苛立ちを隠せないでいた。
その苛立ちの原因というのが――
「う~ん……もう食べられないよ~……むにゃむにゃ」
――隣の席で突っ伏し、幸せそうな寝言をぼやく桐ケ谷さんだ。朝、学校来るなり早弁して、さらに昼休みは昼休みで購買で惣菜パンを買い込んでいたというのに夢の中でも食べているというのか。
しかも窓際最後尾の席ということもあり、先生には見つかっていない。肩甲骨あたりまで伸びた漆黒の艶やかな髪があたたかな太陽に照らされ、柔らかく光る。
まったく、受験が間近に迫り、周りが真剣に勉学に勤しむ中、よくもまあ呑気に寝ていられるものだ。
それなのにも関わらず、この進学校として知られる名門私立学校に特待生として入学し、成績が学年トップだなんて納得がいかない。
ぎりりとノートに走らせていたシャープペンシルを握りしめる。そのせいなのかどうかはわからないが、私は自分を呼ぶ先生の声に気付けなかった。
「――城さん。結城明日奈さん?」
「は……はい!」
慌てて顔を上げると教壇に立つ英語教師が、黒板に書かれた英文を指し示していた。
「この英文を和訳しなさい」
「えっあ……ええっと……」
慌ててノートを見て、そして思い出す。昨日は塾の宿題が忙しく、とても学校の予習まで手が回らなかったということを。
周りからの無言の視線を感じる。この学校は蹴落とすか、蹴落とされるかだ。うわー結城さん、予習忘れちゃったんだーというクラスメイトの含み笑いが聞こえたような気がした。
「……わかりません」
今、おそらく私は苦虫を噛み潰したかのような顔をしているのだろう。そんな私を見て、先生は僅かに驚きに目を見開く。
「あら、珍しい。結城さんがわからないなんて」
「……すいません」
そう謝りながら、口惜しさのあまり、私は血の気が失せるほど強く拳を握りしめる。
今までの私はこんな無様な醜態を晒さなかった。先生の今の言葉に他意は無いのだろうが、それでもその言葉が私の胸に銛のようにズブリと深く突き刺さる。
「じゃあ、仕方がないですね。――桐ケ谷さん、あなたはわかりますか?」
「!」
先生の問いかけに桐ケ谷さんのその華奢な背中がビクン! と痙攣し、やがてむくりと上体を上げる。
途端、露わになるは中性的な桐ケ谷さんの顔。透き通るような白い肌に鮮やかな紅い唇。宝石のように煌めくパッチリとしたその漆黒の双眸――。
同性であるならば誰しもが羨むようなその美貌を、まったりとした眠たげなものに変えていた桐ケ谷さんは、突然の指名にも関わらず、然したる動揺も見せずにポリポリと頭部を掻きながら教科書を手に取った。
そして流れるように目線を教科書に走らせるとまったりと眠たげな、けれども聴いていてとても心地のいい低めのシルキーボイスが教室に響き渡った。
「彼は言った。『朝……それは希望に満ち溢れた一日の始まり。人々はその透き通るような眩しい光を仰ぎ、そして願う、色とりどりの幸福を』」
「完璧です。難しい和訳でしたが、よく訳せましたね」
先生の賞賛の言葉と共に教室が微かにどよめく。
私は羞恥と怒りで顔を真っ赤に染めながら歯を食い縛る。
なぜこんな奴が学年トップなのか。なぜ私はこいつ以上の努力をしているのに勝てないのか。こんな理不尽があっていいのか。
「さっすがぁ、桐ケ谷さん。今のとこ、かなり難しかったのに」
「そうかしら? ふぁ……」
前の席に座るクラスメイトの賞賛に、桐ケ谷さんは欠伸交じりに返答すると、再び机の上に突っ伏す。
残された授業時間、私は桐ケ谷さんに掴み掛りたい思いを必死に押さえつけることで精一杯だった。