オリジナル能力が登場します、苦手な方はご注意ください。
では、どうぞ。
雨が降る夜に女の子を拾い、女の子と同居している家に帰ったら修羅場になった。
一言で言えばそれだけのことだが、現実的な事象として上条は全身に噛み跡を作っていた。
ヒリヒリと痛む噛み痕は腕を擦りつつ台所に立ち、もやし炒めを作り始める。
「あーっつつつ……インデックスの奴、全力で噛みやがって」
もやしをドバドバと袋からボウルに出しながら、上条は溜息を吐く。
我ながら甘ったるいことをしているとは思うが、雨に打たれて倒れている人間を放っておけなかったのだ。
携帯電話が無いので救急車も呼べず――そもそも、呼んで良い種類の人間かわからないが――いや、スーパーに人を呼びに行けば終わる話だから、結局は言い訳だろう。
耳を澄ませば、バスルームからシャワーの音が聞こえてくる。
ややくぐもったインデックスの声が一緒に聞こえてくるわけだが、半分近くが上条への文句であることはこの際無視するとして。
その声は独り言ではなく、何者かに語りかけるような声であることの方が重要だった。
「う――ん、
ガシガシと頭を掻いて、上条はボヤくように呟いた。
結局、上条はあの黒い少女を一旦、家に拾ってきていた。
実際、一般学生としては
何しろ今、学園都市を騒がせている事件の元凶とも言うべき少女なのである。
それどころか、昨夜美琴が倒れる原因を作った相手なのである。
美琴の性格を考えるとリベンジは考えても仕返しをしようとは思わないが、それでも笑って許せる問題でもない。
では、どうして上条は雨の中で倒れている少女を見つけた時、そうしなかったのか。
「……ごめんなさい、ねぇ」
夢でも見ていたのかどうか知らないが、彼女はうなされるようにそう呟いたのだ。
それが何に対するものなのかはわからないし、そもそも何のために呟かれた言葉なのかもわからない。
ただの寝言の可能性だってある、しかし……何故だろう。
その時の少女の顔を見た時、上条は放っておけなくなってしまったのだ。
同情、と言うわけでは無いはずだが……。
「あっ、ダメだよナズナ!」
その時、バスルームの方から聞きなれた声が響いた。
何事かと思って顔を上げる上条だが、それを彼は3秒で後悔した。
何故なら、そこにおよそ見てはならないだろうものがあったからだ。
例えば、湯に濡れた少女の裸体とか。
ナズナと言う名前に覚えは無いが、上条は人並みの想像力があるのでそれが目の前の少女の名前なのだろうことを理解した。
まぁ、インデックスが聞き出しでもしたのだろう。
「い……っ」
でも、それは良い。
そこまでは良い、しかしそこからが問題だった。
問題は、バスルームの扉からふらりと台所――ベッドルームもリビングも兼用のワンルーム――の方へと出てきた黒髪の少女、ナズナの方だ。
膝までの黒髪の先や、指先や顎、そう言った所からポタポタと滴り落ちる湯の雫。
当然ながら、上条は正面から少女の身体を見ることになる。
黒髪が垂れた肩や鎖骨も、白い肌の上を滑る雫の一つ一つも、成長を始めたばかりの胸や柔らかそうなお腹、緩やかながら曲線を描き始めた腰から太腿のラインも、足首へ向けて流れるような細い足も。
そして、首に巻かれたままの錠前のチョーカーも……全て、見えてしまっていた。
「いいいいいいいぃぃぃいいぃいいぃっっ!?」
上条が慌てて両手を挙げたのは、もちろん自分の視線を遮るためである。
しかし相手にそのつもりが全く無いので、むしろどうしたら良いのかとパニック状態に陥っていた。
ナズナは光の無い瞳でぼんやりとそんな上条を見つめていたようだが、すぐにまたバスルームの中へと連れ戻された。
それはインデックスによる行動であって、しかしそのせいで上条はバスタオル一枚の銀髪シスターの姿を――シスター服は着ていないが――見ることになった。
この時点で、上条は心の底から凄まじく嫌な予感を覚えていた。
そしてその予感は、ナズナを回収した後でバスルームの扉からジト目で睨んでくるインデックスの姿で倍増した。
「いやっ、今のは俺は悪くないだろ!?」
「じゃあじゃあ、何で目を閉じたりしなかったのって、聞いてみても良い」
「それは――――――――…………スミマセン」
上条の運命は、決した。
◆ ◆ ◆
「もー、とうまってば、まったくもう」
上条に対する諸々を済ませた後、インデックスはユニットバスのバスルームの中に戻った。
扉を開けたことで幾分か冷めたものの、バスルームの中はまだ熱いお湯のシャワーの名残で温かかった。
しかしそのまま立っていれば風邪を引くので、インデックスは目の前でぼんやりと立っている黒髪の少女を白いタオルで包み込んだ。
そのまま、頭からモコモコとインデックス手ずから拭いてやる。
背丈がだいたい似たようなものだからか、その点は楽だった。
強いて難点を挙げるとすればインデックスに他人の世話をする経験値が不足していたことだが、それを頑張りでカバーするだけの一生懸命さがインデックスにはあるのだった。
「ダメなんだよ、ナズナ。傘もささずに外を歩いてちゃ、女の子なんだから」
などと、お姉さんぶったりもしてみる。
ただ、ナズナとインデックスの間にそこまでの年齢差は無いように見えるのだが。
ちなみに何故インデックスがナズナの名前を知っているのかというと、ナズナが首に巻いているチョーカーにアルファベットで名前が刻まれていたからだった。
「貴女、ナズナって言うの?」
「……………………」
雨で冷えたナズナの身体をシャワーで温めていた時、
返答は無いが、頷きはあった。
なので、インデックスはナズナと言う名前を知ることが出来たのだった。
「……ここは、学生寮……?」
「……うん! そうだよ!」
だいたい身体を拭き終えた頃、ナズナがポツリと声を漏らした。
初めて声をかけられたことが嬉しかったのか、インデックスが元気な声を頷いた。
しかしナズナの方はと言えば、インデックスの返答に小さな頷きを返すと、光の無い瞳で。
「……私、ここには、いられない……」
「わっ、わわわっ、ダメダメダメだよっ、また私とうまを噛まなくちゃいけなくなるよ!」
何でだよ! と扉の向こうから声が聞こえた気がしたが、そこは無視した。
インデックスは外に出ようとしたナズナを、後ろから抱きつくような形で止めた。
この時、2人はまだ素肌を晒した状態であるのだが……幸い、上条が再び噛まれるような事態には発展しながった。
◆ ◆ ◆
シャワーで身を温めた後は、何か温かいものをお腹に入れるべし。
と言うことで、上条はリビングのテーブルにたっぷりのもやし炒めを置いた。
何と言うか、小さいながらも立派なテーブルにもやし炒めのみが置いてあるとシュールであった。
どのくらいシュールかと言うと、インデックスが眉を立てて睨みつけるくたいには。
「とうま、この細々とした変なのはなんなんだよ?」
「んまっ、変なのとは失礼な! これは上条さん特製のもやし炒めですことよ!?」
「もやしって何?」
そういえば
「良いかインデックス、もやしとは豆や穀物の種子を発芽させたものでだな――――」
「ふーん、そうなの。それよりもとうま、今日の晩御飯は?」
「目の前に立派なもやし炒めが」
「だから晩御飯は?」
「目の前に立派なもやし炒めがございま――――……っていって!? ちょ、馬鹿お前頭から俺を齧ろうとすんじゃねぇよ! 今日び噛みキャラなんて流行りませんよよよよよ!?」
先に言ったように、学園都市の学生の生活は基本的に都市側が面倒を見ることになっている。
わかりやすく言えば奨学金であって、能力のレベルが上に行けば行くほど(つまり通う学校のレベルが上がれば上がるほど)支給される金額は上がっていく。
わかりやすく言えば、上条家は凄まじく貧乏であった。
それでも何とか生活できているのは、学生向けの生活必需品が極端に安い学園都市だからこそだろう。
まぁ、それでも1人分の奨学金で2人や3人を養うのは無理なわけだが。
「……あ、悪ぃな、ほったらかしにしてさ」
額に出来た噛み痕を擦りながら、上条がもう1人に声をかける。
「…………」
四角いテーブルの一面を占めるその少女は、上条の学校の男子用体操着を身に着けていた。
インデックスもブカブカのシャツ一枚の姿になっているのだが、こちらはこちらで少々……いや、少しどころではなくブカブカな状態だった。
というのも上条の方が体格が良いからであって、上の半袖シャツはともかく、下の短パンは少々危ないことになっている。
――――ナズナ。
その名前を首の錠前のチョーカーに刻まれた少女は、光の無い瞳でテーブルの上のもやし炒めを見つめていた。
ちなみに彼女の衣服は、バスルームの乾燥機能を使って乾かし中である。
◆ ◆ ◆
「えっと……聞いても良いか?」
いつまでももやし炒めとにらめっこを続けていても仕方ないので、上条は話を切り出した。
ナズナは相変わらず何も答えないが、しかし拒否もしていない。
とは言えインデックスがいる前なので、上条としては言葉を選ばなければならなかった。
「何で、あんなコトしたんだ?」
「とうま、あんなコトって何?」
「はいはい、インデックスさんもやしおかわりですねー」
「ちょっと、とうまふっ!?」
インデックスの口にもやし炒めを菜箸で詰め込みながら、上条は改めてナズナを見た。
別に手製のもやし炒めを食べてほしかったわけではないが、彼女は特段の反応を示すでもなく正座の体勢でテーブルの真ん中あたりを見つめていた。
その瞳は、やはりどこか虚ろで光が無かった。
ただ上条がインデックスにもやし炒めを詰め込んでいる場面では、何故か上条とインデックスの2人の様子を不思議そうに見ていたが、やはり特に何かを感じているようには見えなかった。
ただそれは上条の主観であって、ナズナはナズナで何事かを考えているのかもしれない。
その考えを知りたくて、上条は問うたのだ。
どうして、美琴を――――と、問いたかったのだ。
「……お仕事だから」
それに対するナズナの返答は、簡潔なものだった。
仕事だから、それはある意味で最強の返答だろう。
何しろ、それ以上の理由が必要ないのだから。
「仕事って……誰かに頼まれたってことか?」
「……わからない」
「わからない?」
「…………」
首を傾げて問い返せば、ナズナは再び沈黙した。
上条は困った、過去に出会ったどんな存在とも違う相手だと感じた。
目的が、無い。
上条が今まで出会った能力者や魔術師は、皆何かしかの目的で動いていた。
動機があったし、信念があったし、譲れない何かがあった。
だが、目の前の少女にはそれが無いようなのだ。
すると不思議なことに、加害者である少女に対して憐憫を超えた何かを感じた。
怒りに近いそれは、何もわかっていない少女に「仕事」とやらを押し付けた何者かに対するものだ。
「なぁ……」
くううぅ……と、質量感の無い軽い音が響き渡った。
上条はまずインデックスを見たが、彼女はもやし炒めを口一杯に頬張ってリスのように顔を膨らませながら首をブンブンと横に振っていた。
もちろん上条でもない、となると……。
「……もしかして、お前か?」
「…………」
上条が尋ねるも、返って来たのはやはり沈黙だった。
その時ふと、上条は改めてナズナの身体を――先程、一糸纏わぬ姿を見てしまったが――見た。
細い、背丈はインデックスと同じくらいだが全体的に骨ばっていると言うか、肉付きが薄いような気がする。
「もしかして……昨日から何も食べてないとか?」
「…………」
「えーっ、それはダメだよ元気でないよ。と言うわけでとうま、ご飯おかわり!」
「……俺の分を食べてください」
空腹の相手にもやし炒めしか出せないと言うのは、なかなか胸に来る物があった。
しかしそれでも食べないよりはもちろん良いので、上条はそっともやし炒めの皿を押しやった。
それでも動かないナズナに、もう一言何か言おうとした時、玄関のインターホンが鳴ったのだ。
「誰だ? こんな時間に……インデックス、あんま食いすぎんなよ」
「わかってるよっ」
ぷーっと頬を膨らませるインデックスに苦笑しつつ、上条は席を立った。
残されるのは少女2人、しかし片方が寡黙なためか会話が盛り上がると言うようなことは無かった。
インデックスはナズナのことについて特に詳しいわけでは無いが、しかし何やらワケありだと言うことは何となくだがわかっていた。
何かをわからないと言っているナズナに、インデックスは。
「ねぇ」
「…………」
「アナタ、会いたい人とかはいないの?」
「…………会いたい人」
インデックスの言葉に、ナズナはオウム返しのように呟いた。
そして、思い出す。
会いたい人、会いたかった人……だけど、自分を拒絶した人。
「……
「あくせられーた? 変な名前だね、お友達?」
「とも、だち……」
会いたかった、会いたかったから生きてこれた。
だから自由にしてくれることの引き換えに「お仕事」をして、会いに行ったのだ。
それが誰の意思によるもので、何を狙ってのことなのかは関係が無かった。
ただ、「やくそく」を果たせればそれで良かったのに……なのに……。
「あれ? 御坂妹じゃん、どうしたんだよこんな時間に」
「遅くに失礼します、ですが早急に耳に入れるべき情報が判明しました、とミサカは非礼を詫びつつ話を聞いてくれるよう懇願します」
「いや、懇願しなくても聞くけどさ……」
玄関先に立っていたのは御坂妹で、その姿を認めた上条は頭を掻きながらも部屋の中を示した。
軽く会釈した際、御坂妹は気付いた。
玄関に、見慣れない黒のショートブーツがあった。
そして、御坂妹は間接的にそのブーツを知っている。
「まさか……っ、失礼します、とミサカは焦りを抑えつつ中へと入ります」
「あ、おい御坂妹!」
銃器の入った鞄を抱えなおして、御坂妹は上条家へと足を踏み入れた。
ワンルームなのでそんなに広さは無い、すぐにリビング兼寝室に到達した。
そして、その後ろ姿を見つける。
ネットワークを通じて、全てのミサカに伝達されている情報に一致する少女を。
「アナタは、とミサカは驚愕しつつも確認を行います!」
銃器を鞄から躊躇無く取り出した御坂妹を、ナズナも見た。
気のせいでなければ、ナズナの髪の毛が逆立ったような気がした。
それは、相手が学園都市の第三位に似ていたからだろうか。
いや違う、むしろもう1人、別の……そして、「同じ」人間に似ていたから。
――――彼女が「やくそく」を果たしに行った時、彼の横にはすでに誰かがいた。
目の前にいる御坂妹よりも何歳か小さいサイズだったが、彼女の眼は見間違えない。
御坂妹は、
彼女から彼を奪った、あの。
「あ」
失せろ、と、言われた。
会いに行ったのに、「やくそく」だったのに、彼はそんなことを覚えてくれてなくて。
なのに、彼女は彼の横にいて、だから彼女が、彼が。
首筋、胸元に熱が広がった気がして、ナズナは錠前のチョーカーに触れた。
それを見た上条と御坂妹が顔色を変えるが、しかし一瞬遅い。
次の半瞬後には、ナズナは己の首から錠前のチョーカーを外していたのだから。
「な」
何もかもがわからなくなって、ぐちゃぐちゃになって。
ただ悔しくて、目の前の存在が妬ましくて、抑え方も心得ていなくて。
嫉妬というただそれだけの感情が、ナズナの胸中を埋めた。
「た」
そして、広がる。
ナズナにも制御が出来ない、能力の奔流が始まる。
己の瞳と背を深い紫に染めて、力を解き放った。
「の、せぃ」
それはもしかしたら、初めてのことだったかもしれない。
これまで、ただ言われるままに能力を解放していたナズナにとって、初めてだったかもしれない。
ただ、目の前の、特定の誰かを滅茶苦茶にしてやりたいと思って。
「……っ、でえええええええええええええええぇええええええええぇぇええええええええええぇぇええええええええええええええええええええええええええええぇえぇええええええエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエェェェェェッッ!!」
――――自分の感情を充足させるために能力を使うのは、初めてだった。
◆ ◆ ◆
照明の無い、ランプとモニターの光だけが光源のその部屋。
乾いた老人の引き攣った笑い声が響くだけの、その空間。
そしてもはやモニターすら見ずに、白衣の老人は笑っていた。
涙を流しながら、笑っていた。
「完成した……完成したゾ……ッ」
完成した、と、涙ながらに呟いていた。
興奮のあまり引っ繰り返ったのか、それとも備え付けの椅子の脚が折れたのか、とにかく機材やコードの上に半ば寝そべるようにして転がっていた。
充血し血管が切れたためか、目から流れる雫は透明ではなく赤い。
薬品と錠前が散乱するその中で、白衣の老人は両手で何かを掲げていた。
「か、完成したぞ、皆……
それは、一枚の写真だった。
何人かの白衣の男女が映っている写真で、真新しい研究所らしき建造物の正門での集合写真か何かのようだった。
端の方がいくらか破れ、血のような赤い染みが出来ていて不鮮明になっていたが、それでも1人1人の顔が良くわかる物だった。
男女、科学者の男女が並ぶ正門の看板には、妙に長い名前が刻まれていた。
特例能力者多重調整技術研究所――――略称、特力研。
多重能力者の実現を求めた研究所だったが、同時に副産物としての強力な能力者の「開発」を行っていた場所でもある。
しかし、潰された。
「仇を……仇をとってやるぞ、ふ、ふヒひっ……奴め、アレイスターめ……やはり私達は正しかったのだ、
誰かに向けての言葉は、しかし誰にも届かない。
狂的な笑い声は誰にも届かない、しかも彼の妄執にも似た感情は遠くにまで届く。
妄執で繋がった何かのように、片栗ナズナと言う少女へと。
届き、届いて、届いてしまったが故に――――完成「しなかった」、少女の下へと。
◆ ◆ ◆
悲鳴だ。
悲鳴が聞こえると、上条は思った。
それもそうだろうと思う、
「……っくしょおっ!」
上条自身に効果が無いのは
いずれにしても上条は歯噛みした、やはり連れてくるべきではなかったかと後悔も生まれかける。
だが、
「……っ」
そして御坂妹もまた、その場に踏みとどまっていた。
彼女はインデックスを除けば片栗ナズナの能力の範囲内に入っている、しかも
通常の状態でそこにいれば、オリジナルと同じように激しい頭痛に見舞われて意識を刈り取られているはずだった。
しかし、そうはならない。
今の御坂妹は、一定以上の能力者でありながら片栗ナズナの『
何故か、それは彼女が1万の脳と直接リンクしているからだ。
「ミサカ・ネットワークを介した並列配置機構の活用により、私が受ける痛みを
よって、と御坂妹はゴム弾装填のサブマシンガンを構えた。
肩で銃を支えるような構えをし、銃口を当然のようにナズナへと向ける。
はたして効果があるのかは不明だが、制圧力と言う点で御坂妹はこの部屋の中で最大戦力のつもりだった。
「わったったたた! 待て待て待て待て、なんちゅーもん持ち出してんだお前は!?」
「ゴム弾なので大丈夫です、とミサカは安全性をアピールします」
「インデックスに当たるだろ!」
確かに位置関係で言えば、入り口側の御坂妹と上条、室内側のナズナとインデックスと言う関係になる。
通常であればナズナのすぐ後ろにいるインデックスに間違っても当てることは無いが、痛みから逃れるために脳の一部機能を他者に預けているような現状では、ミスが起こらないとも限らない。
ゴム弾が命中しても死にはしないだろうが、目にでも当たれば大事ではある。
「インデックス! そこを動くなよ!」
「え、えーっと、とうま!? ちょっとこれどういうことか説明してほしいかも――――!?」
事情を説明していなかったことが裏目に出たのか、言葉の通りインデックスは混乱している様子だった。
事態が魔術に関することであれば、むしろ彼女の独壇場であっただろうが……。
残念ながらこれは超能力、すなわち科学の分野である。
そして学生寮中に自身の能力を放出している張本人、ナズナ。
彼女はちょうどインデックスの前に立ち、そして背を向けていた。
つまり、あくまでも正面は上条……いや、御坂妹に向けられていた。
込められた感情は、嫉妬と憎悪。
涙に濡れ、鋭く細まった黒の瞳が、紫の輝きを放ちながら御坂妹を睨み据えていた。
「な、何か……お前、物凄く睨まれてねぇ? さっきも何かお前のせいがどうとかって叫んでたし」
「個人的には覚えがありません、とミサカは己の無実を主張します」
最も、
そういった事情までは知らない上条はとりあえず「そうか」と頷くと、再びナズナを見る。
黒髪の少女は、以前と同じくチョーカーを外した以外は何かをしているようには見えない。
しかし、やはりそこにいるだけで何か圧力のようなものを感じるのだ。
ナズナ自身の身体から何かを発しているようで、どうやらそれがナズナの能力であるらしかった。
非常に予測ばかりの発言で情けなくなるが、上条の知識と洞察力ではそれが限界だった。
特殊な能力すぎて、わからない。
「教えてくれ御坂妹、アイツはいったい何なんだ!?」
「……上位個体が直接能力の余波を受けたため、そこから得た情報から推測する形になりますが、とミサカはあらかじめ推測であることを告げておきます」
首肯して、御坂妹は1万の頭脳で思考を繰り返し、出した結論を告げる。
「――――アレは、対能力者用の兵器へと昇華された能力者です」
◆ ◆ ◆
「対能力者用の能力者、だァ……?」
「うん、たぶん能力の出力自体はアナタにも引けを取らないくらいだと思う、たぶん
内容は、「片栗ナズナの能力について」。
「モロに受けたミサカだからわかるんだけど、構造自体はとても簡単なんだよ。要するに、AIM拡散力場に干渉するタイプの能力なの、ってミサカはミサカは賢そうに講釈を垂れてみる」
「AIM拡散力場ァ……? そんなもンでどうやって能力者を倒すンだよ、第一頭痛の説明になってねェだろォがよ」
「んもぅ、それを今から説明するんだよ。せっかちさんだなアナタはって、ミサカはミサカは子供なアナタをお姉さんっぽく諭してみだだだだだだだっ!?」
途中、余計なことを言った
AIM拡散力場とは、能力者が無自覚に放つフィールド・エネルギーのことだ。
まだ研究途上ではあるが、中にはこの能力者の放つフィールドから逆算して能力者の能力制御に干渉したりすることが出来るらしい。
片栗ナズナの能力は、いわばその
それも、最悪の方向性。
学園都市の能力開発の思想からすれば、まさに逆の方向に進化を果たした能力者だ。
すなわち、その能力は。
「他人のAIM拡散力場から能力者の『
学園都市の学生は、学校のカリキュラムで脳に超能力を使うための「回路」を開かれる。
そして超能力の才能に目覚めた子供達は、「超能力がある現実」を自身の中に持ち、それが『
片栗ナズナの能力は、突き詰めればこれを破壊する能力なのである。
AIM拡散力場から『
頭痛は、その進行による肉体の拒絶反応だ。
そしてナズナの能力は強すぎるが故に、対象を選べない。
「それにしても、あの人はアナタのことを知ってたみたいだけど? ってミサカはミサカはこの間見たドラマの真似をしてみる」
「また妙なもン見やがって……つゥか、あンなサイコな女に覚えは……」
――――やくそくだよ――――
「…………」
――――おとなになれたら――――
「……どうしたの? ってミサカはミサカは再度確認してみたり」
「……いや」
――――わたしのチカラで、アナタを――――
「――――なンでもねェよ」
◆ ◆ ◆
ここから出してくれるって言った――――だからそれで彼に会えると思った。
でもいざ会いに行った時、彼の横には別の誰かがいた。
彼はその子を守って、自分のことは拒絶した。
それどころか、自分は覚えていた「やくそく」を彼は覚えてもいなかった。
自分は、一時も忘れたことが無かったのに。
哀しかった、悲しかった、悔しかった、口惜しかった。
そして――――切なかった、だから。
「私が……私だけが、彼を救えるのに……!」
どうしてわかってくれないのと、叫ぶ。
だって自分の
錠前のチョーカーを外し、タガを外せば――――救えるのだ、自分は、彼を、彼らを。
「
彼の横にいた女の子、それと「同じ」存在である少女に向けて。
「邪魔をするなああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッッ!!」
力を強めて、叫ぶ。
今まで無意識に行っていたそれを意識的に行って、ナズナは叫んだ。
相手に能力者としての死を与えるために、叫んだ。
それを受けるのは御坂妹、1万の脳によってダメージ軽減を行っている能力者だ。
だがそれは逆に言えば痛みとダメージを他の9999の脳に拡散しているとも言える、だからナズナの能力がムラという形で指向性を持ち始めた今、それは非常に危険な意味を彼女に与えていた。
だが、そんな御坂妹の前に上条が出る。
形の無い何かを掴むかのように右手を掲げて、彼は言った。
「俺は、お前が何の話をしてるのかはわからねぇよ……けど、一つだけわかってることがある」
「何だ……」
「お前自身の結果を、他の誰かに背負わせようとしてるんじゃねぇよ……!」
「何だ、お前はあああアアアアアアァァァッッ!!」
何だと問われれば、上条は一つしか答えを持っていない。
「お前、そいつ……そいつさえ、いなければ……!」
「違うだろ……誰のせいだとか、そう言うことじゃないだろ。お前がやりたかったことを、たぶん、他の誰かがやったってだけで――――それだけだろ!」
ナズナにとっては、それが最重要なのに。
何も知らない人間が、しゃしゃり出て来て好き勝手なことを。
「お前が誰を助けたかったのは、俺にはわからねぇよ。けど、一つだけ……お前が救いたいって言ったそいつは、本当にお前にそれを願ったのかよ、望んだのか!?」
「――――!」
――――ちっ……つゥか、まずてめェの心配でもしてろよ――――
「…………う」
……あの時、彼は。
胸が――――首が、「熱い」。
「う……ぅ、うるさい、うるさい、五月蝿い五月蝿い五月蝿い――――ウルサイ、ダマレ! 私が、私が私がワタシが、ワタしだけガ、あの人を救える……「あの人の
「……お前の、その幻想を」
ぐっ、と右拳を握り込んで。
泣き喚くナズナに向けて、上条は宣言した。
「この右手で――――ブチ殺す!!」