とある魔術の員数外   作:竜華零

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一方通行に関するオリジナル設定が出る可能性があります、苦手な方はご注意ください。
では、どうぞ。


第3話:「白と黒と電子の娘」

 窓の無いビル、と呼ばれる建物がある。

 扉も窓も、廊下や階段すらも無い、しかし確かに第七学区に存在する、そんな建造物だ。

 そもそも人が訪れることも無い、例外は「彼」の下をエージェントが訪れる時だけだ。

 つまり、今である。

 

 

「どう言うつもりだ?」

 

 

 通常の方法では入れないそのビルに、大能力者(レベル4)結標淡希(むすじめあわき)の空間移動能力によって入ってきたのは土御門元春である。

 ツインにした髪にチューブトップと言う肌を晒した格好の結標に目もくれずに、土御門は学園都市の責任者に食ってかかった。

 相手にされなかった結標は軽く肩を竦めると、己の能力によって虚空へと姿を消した。

 

 

 土御門元春、上条のクラスメートである。

 彼は学園都市の学生でありながら、そもそもはイギリス清教『必要悪の教会(ネセサリウス)』に所属する魔術師でもある男である。

 魔術師でありながら、超能力を学んだ異端の存在。

 有り体に言うならば、二重スパイだ。

 

 

「学園都市は大混乱だ、各地で能力者が倒れてな。外からの侵入者だけでなく、内側への警戒と統制も緩んでるんじゃないのか。一方通行(アクセラレータ)の件で都市内部のパワーバランスが崩れかけていたとは言え、やりすぎじゃないのか」

 

 

 教室での口調とはまるで違う棘のある口調、それを向けられるのもまた奇妙な人物だった。

 赤い液体を満たされた大きな円柱状の水槽の中に逆さまに浮かぶのは、長い髪を水中にたゆたわせた手術着の「人間」だった。

 男にも女にも老人にも子供にも聖人にも囚人にも見える、そんな「人間」。

 学園都市統括理事長、アレイスターというのがその「人間」の名前だった。

 

 

『……耳が早いな』

「世辞などいらない」

 

 

 吐き捨てるように応じて、土御門は目の前で悠然と構えるアレイスターに睨む。

 実際、学園都市は……特に裏側は大混乱に陥っているのだ、それこそ一方通行(アクセラレータ)の敗北と凋落によって生じた力の空白を狙って鳴動しようとした諸勢力が動けなくなる程に。

 

 

「アレはお前が管理していたモノの一つだろうが、何をまんまとハッキングを許して脱走させているんだ」

『私としても意外だったな』

「吐かせ、どうせ虚数学区の制御法に関する何かだろうが」

 

 

 虚数学区、学園都市の「裏側」とも言うべきもう一つの学園都市だ。

 アレイスターはある目的のためにその虚数学区の制御を行うプランを進めており、そのために過去にもあえて混乱を生み出したことがある。

 その内の一つが、上条当麻と魔術師との邂逅であったりするのだが……。

 

 

片栗(かたくり)ナズナ、能力名『中枢殺害(レジサイド)』――――8人目の超能力(レベル5)だ」

 

 

 腕を組んで片足を前に出し、サングラス越しにアレイスターを睨みながら土御門が情報を語る。

 理由はアレイスターが話さないからであって、土御門の側が自分の考えを述べていちいち確認を取らなければならないのだ。

 

 

「ただし「書庫(バンク)」に登録されていない、理由は彼女の能力に工業的・化学的な応用価値が存在しないからだ」

 

 

 誤解されがちだが、学園都市の超能力のレベル分けは研究によって得られるだろう価値によって決まっている、力の強さは二義的なものだ。

 超能力者(レベル5)の序列が最たる例であって、力の強さよりも価値が優先されている。

 だから例えば第七位が序列で上の第五位より戦闘で強い、と言うことも普通にあり得るのだ。

 

 

 工業価値が無い――――故に正式にレベル認定されていない、超能力者(レベル5)員数外(イレギュラー)

 そしてスパイである所の土御門は知っている、彼女がどうして「監禁」されていたのかを。

 学園都市の抱える、能力者の反乱に備えた――――「抑止力」の存在を。

 

 

『私としても意外だったのは本当だ、まさかまだアレを完成させようと言う輩が残っているとはな』

「……まぁ、起きてしまったことは仕方ない」

 

 

 欠片も信じていない口調で、土御門はアレイスターを見やる。

 

 

「だが――――おそらく、彼女は一方通行(アクセラレータ)に会いに行くぞ。彼女が過去数年の能力開発と実験をほとんど一方通行(アクセラレータ)への妄執で耐えていたことを、お前が知らないはずが無いだろうが」

 

 

 片栗ナズナは、存在するだけで、移動するだけで周囲の能力者に影響を与える能力者だ。

 言ってしまえば、対能力者用能力者であると言える。

 あらゆる魔術を識ることであらゆる魔術師に対抗しようとしたインデックス、その製造理由と極めて近い存在が彼女だ。

 生まれ持った才能を利用して兵器へと昇華された存在、『中枢殺害(レジサイド)』。

 

 

 そして土御門が危惧するのは、彼女が一方通行(アクセラレータ)へと到達することだった。

 彼女は一方通行(アクセラレータ)に対して妄執にも似た感情を抱いている、だからこそ一方通行(アクセラレータ)に影響を与えないよう、彼の実験中にはけして外に出さなかったと言うのに――――。

 ――――そこで、土御門ははっとした表情をアレイスターへと向けた。

 

 

『…………』

 

 

 笑みとも嘲りとも哀れみとも苛立ちとも取れる表情が、土御門を見つめていた。

 

 

『アレは虚数学区に対する極めて大きな脅威だ、幻想殺し(イマジンブレイカー)とは別の意味でな。私はただ、その脅威を利用しているに過ぎない……虚数学区の動きを、促進させるためにな』

「そうして、プランを進めると言うわけか」

 

 

 吐き気を堪えるような声で、土御門は言った。

 

 

「その代わりに、学園都市最高の頭脳を失うかもしれないわけだ。正気の沙汰とは思えないな」

『さて、どうだろうな。もしかしたなら、違うのかもしれない』

 

 

 眉を不快そうに動かして、土御門はアレイスターを見上げる。

 逆さまに浮き続けるアレイスターは、そんな少年の視線に何かを動かされた様子も無い。

 薄い笑みを顔に貼り付けたまま、どこか遠くを見るような目をしている。

 

 

『もしアレが、「彼」の目に留まるような素材であるのならば……な』

 

 

 彼とは誰か、などと土御門はいちいち問わない。

 今までの付き合いとも呼べないような付き合いの中で、聞くだけ無駄だと言うことを学んでいるためだ。

 必要なのは推し量り、予測することだ。

 

 

 そしてその予測よりも少しでもマシな方角に物事を持っていくのが、二重スパイになってまで魔術・科学の両サイドのバランスを取ろうと努力する土御門のような人間の仕事だった。

 その中でも、今回の事態が科学サイドにとって極めて重大だと言うだけのこと。

 土御門はいつものように、アレイスターを見張りつつ学園都市の情勢を見守るのだった……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 自分で言うのもなんであるが、上条当麻の特徴は適応力の早さだと思う。

 底抜けの人の好さと言うものもあるだろうが、そこは本人には認識しにくい所だろう。

 そこで本人が認識している長所として、適応力の早さが挙げられるわけである。

 

 

 インデックスとの生活しかり、御坂姉妹(厳密には違うが)との関係しかり。

 特にインデックスとの生活においては、上条は彼女との出会いの記憶が無いのだ。

 7月後半、それより以上の記憶が全く欠落してしまっているのが彼だ。

 ただ「彼女(インデックス)が自分を知っている」と言う事実を信じて傍にいるだけで、もし彼女が上条を騙している悪女か何かであれば間抜けな話である。

 

 

「はーい、本日の献立は家計の味方のもやし炒めですよーっと。上条さんのもやし炒めはそんじょそこらのもやし炒めとは違いますからね、インデックスさんも満足するに違いない、そう信じたい」

 

 

 が、おそらくはそんなことは無いだろうと上条は思う。

 こういう所が、他人からすれば人が好いということになるのだろう。

 ただ上条としては、今朝家に帰り着いた時にインデックスが見せた心配の感情を――噛み付きまで含めて――偽物だとは思いたくなかったのだ。

 

 

「うお、雲行きが怪しいな……ちょっと急いで帰りますかね。傘持ってきてねーし、もやし濡れたらインデックスが泣くしな」

 

 

 そんなことぐらいで泣かないよ!? と言う脳内銀髪シスターに苦笑しつつ、上条は意識して足を早めた。

 ガサガサと買い物袋の音を立てて、帰路を急ぐ学生達に混じりながら家へと急ぐ。

 そして、こうやって帰り道を歩いていると――――やはり、思い出す。

 

 

 あの、黒い少女を。

 

 

 髪の毛から足の先まで、黒一色で染めた少女だった。

 唯一の例外は、首元で輝く銀の錠前のチョーカーだけ。

 美琴はおそらく、彼女のことは記憶していないだろうと思う。

 

 

 病院で警備員(アンチスキル)の人間に事情を説明した際も、上条は一応彼女のことも話した。

 とはいえ彼自身、話せることはほとんど無いと言う状態ではあった。

 せいぜい身体的な特徴であって、しかも過去、幾度か学園の裏側に関わったことのある上条としては警備員(アンチスキル)であっても信用しきることも出来ない。

 

 

(……正直、よくわからない子だったけど……)

 

 

 名前も能力もわからない、あの黒い少女。

 美琴は命に別状は無かった、ただの頭痛で気を失っただけだった。

 だから良いというわけではないが、少なくとも命を取るために行動していたのではないのだろう。

 なら、何を目的としているのか?

 

 

 つい先日に学園都市最強の超能力者(レベル5)を倒した少年、上条はもちろん、美琴を含めた学園都市中の超能力者(レベル5)が次々と襲撃されている事実を知らない。

 学園都市に7人しかいない超能力者(レベル5)は、学園都市にとっては貴重な財産だ。

 そこから得られる実験の成果は価値が極めて高く、膨大な利益に繋がる。

 その1人1人は当然、学園都市の実験の産物であって……。

 

 

「あの子も、何かの実験の一部なのかね……」

 

 

 ……周囲にある全ての物が「実験の成果」である街の中心で、上条はそんなことを呟いた。

 光の無い瞳をたたえた、どこか人形めいた造りの黒い少女。

 あの少女はいったい、どんな背景を持つ存在なのだろうか――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 路地裏に入って比較的すぐ、御坂妹は倒れている人間を発見することに成功した。

 表通り寄りの道筋、コンクリート製の壁や道路が何かの力で粉砕されたその場所で彼女は1人の少年を発見したのだ。

 黒髪に白い学ランを羽織った少年、御坂妹は己のネットワークの中に彼の情報を有していた。

 

 

超能力者(レベル5)削板軍覇(そぎいたぐんは)であると確認できます、と、ミサカは意識確認を込めて声をかけます」

 

 

 そこに倒れていたのは学園都市の超能力者(レベル5)、第七位の軍覇だった。

 御坂妹自身は一切の面識が無い相手ではあるが、倒れている相手をそのままにもしておけない。

 うつ伏せに倒れている軍覇を仰向けにし、膝枕のような形でメディカルチェックを行う。

 

 

 オリジナルである美琴ほどでは無いが、彼女もまた優秀な電撃使い(エレクトロマスター)だ。

 微細な生体電気を読み取ることで、心拍数や発汗などを確認する。

 ……気を失っているだけと判断、目立った負傷も無い。

 昨夜から被害にあっている人間の特徴と一致して、御坂妹は彼が一連の事件の被害者であることを確信した。

 

 

「現在、襲撃を受けた超能力者(レベル5)は……第三位、第四位、第五位、そして第七位。すでに超能力者(レベル5)の半数以上が被害にあっていることが確認されています。しかし疑問です、と、ミサカは素直に感じた疑問を口にします」

 

 

 そう、疑問だ。

 疑問は大きく挙げて2つある、まず1つはもちろん「何故、超能力者(レベル5)を襲撃するのか」だ。

 超能力者(レベル5)は程度の差こそあれ、一国の軍隊と対等に戦える能力を持っている。

 正直、望んで潰しにかかる人間がいるとは思えない。

 

 

 例外として魔術サイドの人間がいるだろうが、現在はまだ科学サイドの学園都市とそこまでの関係悪化はしていないはずだ。

 となれば、学園都市の人間の行為ということになる。

 ただ正直、超能力者(レベル5)を襲撃して得をする人間が学園都市にいるのだろうか。

 誰が、何のために……それとも、個人の動機による襲撃だとでも言うのか。

 

 

「そして、どうやって……と、ミサカは方法論についても疑問を持ちます」

 

 

 生体電気を軍覇の身体に流しながら、御坂妹は立て続けに疑問を口にする。

 それはネットワークを通じて1万の頭脳に直結し、様々な可能性を考慮しつつ真実へと向けて思考を進める。

 そして、御坂妹は2つの点に気付く。

 

 

 まず一つは、軍覇の身体に残された痕跡。

 軍覇のAIM拡散力場――能力者が無意識の内に発する力場――に微かな、それも外部的な乱れが存在すること。

 そしてもう一つは、その原因を別の固体、すなわちミサカ・ネットワークが感知したこと。

 その場所は、ここからそう離れてもいない。

 

 

「……上位個体……と、ミサカはここでは無い場所から流れてくる情報に身を震わせます」

 

 

 見上げた空は、今にも雨が振り出しそうな程に暗かった――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――やくそくだよ、と、遠い日に誰かが言っていたような気がする。

 しかしそんなことは目覚めと同時に綺麗さっぱりと記憶から消去して、一方通行(アクセラレータ)は腹部にかかる重みに顔を顰めつつ目を開けた。

 あれからそのまま眠ってしまったらしい、両手を頭の上に組んで横になった状態だった。

 

 

「ちっ……」

 

 

 舌打ちするのは、2つの理由からだった。

 まずいつ誰に襲撃されるかもしれない状況下で眠りこけてしまったこと、彼は以前のように24時間自分の能力に守られているわけでは無いのにも関わらずだ。

 そしてもう1つ、むしろ苛立ちを倍増させる原因が目の前にあった。

 

 

 彼の身体に馬乗りになるような体勢で、彼の胸に手を置きながらニッコニコと笑う少女が1人。

 見た目的には10歳前後にしか見えないのだが、実年齢はさらにそれより低い。

 おそらく0歳だろう、培養槽から出たばかりという意味で。

 まぁ、そんなことは一方通行(アクセラレータ)にとってはどうでも良い。

 

 

「……なァにやってンだァ、お前?」

「むふふー、可愛い寝顔だったよって、ミサカはミサカはニヤニヤしならがらって、うひゃあああああっ!?」

 

 

 首根っこを掴み、自分のことを「ミサカ」と呼ぶ少女を放り投げる。

 少女は思いの外柔らかく床に落ちてゴロゴロと転がると、これまた思いの外素早く身を起こして。

 

 

「何でミサカを投げるの!? と、ミサカはミサカはプンプン怒りながら断固抗議してみたり!」

「てめェが人の上に乗ってンのが悪ィンだろうが」

 

 

 この少女、例の御坂妹……要するに、一方通行(アクセラレータ)が自らが絶対能力(レベル6)に至るための実験のために殺戮した1万の妹達(シズターズ)の一員である。

 それも最終製造番号を持つ二〇〇〇一、打ち止め(ラストオーダー)と呼ばれる存在だ。

 最終信号(ラストオーダー)とも呼ばれる妹達(シスターズ)の上位個体、ほんの少し前、彼女を巡る事件に一方通行(アクセラレータ)が関わって以降なぜか傍にいる。

 

 

「……ンで? いったい何の用だよ?」

 

 

 眠たげに目を細めながら外を見れば、そろそろ夕方と言うべき時間だった。

 彼は実は頭蓋骨を切開して前頭葉を手術するレベルの治療を受けたばかりの身であって、実はかなりの重病人である。

 外と比べて30年進んでいると言う謳い文句の学園都市の医療技術と担当医の腕前が異常なのでそうは見えないが、普通なら植物人間になってもおかしくないような状況なのだ。

 

 

 ただ、担当医の腕以上に彼が問題なく身体を動かせているのは、別の要因もある。

 それは目の前の打ち止め(ラストオーダー)が関係している、簡単に言えば、一方通行(アクセラレータ)が失った前頭葉の部位の演算機能や言語機能を彼女達妹達(シスターズ)に代替してもらっているのである。

 ――――かように、2人の関係性はわかりにくい物になってしまっている。

 

 

「退屈だから、お散歩にでも行こうよってミサカはミサカは可愛くおねだりしてみたり!」

「1人で行け」

「うー、1人で行ってもつまらないでしょって、ミサカはミサカは子供の特権として駄々をこねてみたり!」

「知るか、面倒臭ェ」

 

 

 ――――が、10分後には一方通行(アクセラレータ)は専用の杖をついて病院の周りの道を歩いていた。

 病院の外壁に沿って歩くだけなので、時間的には15分かかるかどうかであろう。

 しかしそれでも散歩に付き合うあたり――本人は「リハビリ」と主張――一方通行(アクセラレータ)は自分の軟弱ぶりに吐き気がしそうなのであった。

 

 

「ふんふふんふーっと、ミサカはミサカは上機嫌で鼻歌を歌ってみる」

「けっ……」

「アナタはやっぱり優しいね、って、ミサカはミサカは笑顔を浮かべてみたり」

「死ね」

 

 

 などと言う会話すらも、一方通行(アクセラレータ)には鬱陶しい。

 が、それでもきちんと返事をするあたり、彼の二面性を表しているとも言えた。

 そして彼自身、そんな自分の一面を鬱陶しく思いつつも否定はしていなかった。

 ただその深層心理にある考えを、まだ見つめようとも思わない。

 度し難い人間の二面性が、そこにはあるのだ。

 

 

 彼自身、打ち止め(ラストオーダー)の傍にいる自分に違和感を感じてはいるのである。

 それでも傍にいるのは、向こうから寄ってくるからか。

 それとも、彼の方から――――。

 

 

「……あ?」

 

 

 不意に、一方通行(アクセラレータ)が顔を上げた。

 その顔がすぐに苦い色に染まるのは、空からポツポツと降り始めた雨のためだ。

 ちっ、と舌を打ち、鼻歌をやめて妙に静かになった打ち止め(ラストオーダー)の方を見て。

 

 

「おィ、もォ良いだろ、戻るぞ」

「…………」

「おい、クソガキ。無視(シカト)してんじゃねェえぞ」

 

 

 自分の前で立ち止まった打ち止め(ラストオーダー)の背中を杖先で軽く押すが、しかし反応は無かった。

 あン? と首を傾げて打ち止め(ラストオーダー)の視線の先を見れば、そこに誰かがいた。

 ポツポツと雨音が強まっていく中、一方通行(アクセラレータ)は「彼女」を見た。

 

 

 髪やら何やらの色素が薄く、全体的に希薄な印象を周囲に与える(アクセラレータ)

 しかしそこにいるのは、彼とは対照的な少女だった。

 黒、黒、黒――――圧倒的なまでに黒い彼女は、まるでこれから訪れる夜を従えているかのようだった。

 黒の少女は、白の少年を見て笑った。

 

 

「――――約束だよ、一方通行(アクセラレータ)

 

 

 その言葉に、一方通行(アクセラレータ)は眉間に皺を寄せるように眉根を寄せた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――やくそくだよ。

 

 

(あァ? 約束だァ?)

 

 

 ――――わたしはまだ、あなたのそばにはいられないけれど。

 でも、いつか、おとなになれたら――――。

 

 

(はっ、てめェみたいなのがそれまで生きていられるなンて、思わねェけどなァ)

 

 

 ――――やくそく。

 

 

(ちっ……つゥか、まずてめェの心配でもしてろよ)

 

 

 ――――うん、やくそくするよ。

 おとなになるまで、わたし、がんばる。そうしたら――――。

 

 

(そうしたら?)

 

 

 ――――そうしたら……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

(……あン……?)

 

 

 片眉を下げて見つめる先、黒髪黒瞳の少女がいる。

 ドレスのような黒ワンピースに、付け袖とオーバースカートが一体化した上着を身に着けた少女だ。

 スカートとサイハイソックスの間の白い肌が眩しい、妙に存在感の薄い少女だ。

 

 

 ――――が、一方通行(アクセラレータ)には見覚えの無い少女だった。

 しかし向こうには一方通行(アクセラレータ)に対する何かがあるらしく、彼が眉を顰めて睨んでいるのにも関わらず、何故か笑みを見せている。

 それ所か頬が上気していて、どこか瞳が潤んでいるようですらある。

 

 

「すごく……カッコよくなったね、それに大きくなった」

 

 

 どこか辿々しい喋り方に、一方通行(アクセラレータ)の眉の角度が穏便でない方向に立つ。

 知りもしない相手にそんなことを言われて穏便に済ませる程、一方通行(アクセラレータ)は人格者ではなかった。

 それでもなお、相手は親しげに自分に歩み寄ってくる。

 

 

「私、も……大きくなったよ。だから……」

「――――つゥかよォ」

 

 

 そして一方通行(アクセラレータ)の側には、そうした鬱陶しい相手に対して歩み寄ろうと言う精神性は無い。

 打ち止め(ラストオーダー)のような存在はあくまで特殊なのであって、今現在現時点においてそれ以外の存在に対する態度は以前と何も変わらない。

 警戒と、敵対である。

 

 

「てめェ、誰だ?」

 

 

 ――――その時、彼女が浮かべた表情を何と表現すべきだろうか。

 まず、一瞬全ての表情が消えた。

 そして彼女は現実を確認するように一方通行(アクセラレータ)を見て、そして、母親に見放された幼児のような表情を浮かべた。

 

 

「…………ナズナ」

「あン?」

「片栗、ナズナ……特力研で、一緒だった……」

 

 

 一方通行の(アクセラレータ)の正直な感想としては、やはり「知らない」だ。

 しかし特力研と言う言葉には覚えがある、力を発現させたばかりの彼がいた能力開発に関する特別施設のことだ。

 正式名称は特例能力者多重調整技術研究所、9歳までそこにいたが……記憶はほとんど無い。

 そこに誰がいたかなど、それこそ覚えていない問題だった。

 

 

(あそこに、俺以外の生き残りがいたってか……?)

 

 

 一言で言えば、学園都市の裏側にどっぷり浸かっていた地獄だ。

 その後に在籍した施設や学校も似たようなものだったが、一番最初だったと言う意味ではまだ覚えている方のはずだ。

 だが、はたしてこんな少女に出会っていただろうか。

 ――――やはり、覚えが無かった。

 

 

「――――知らねェな、お前なンざ」

 

 

 告げた時、ナズナと名乗った少女の身が確かにヨロめいた。

 近付いていた足を止め、雨の中で一歩を下がり、現世から意識を手放すかのように身を震わせた。

 カチカチと歯を打つ音が一方通行(アクセラレータ)の耳にまで届いてくるようで、それもそれで酷く不快だった。

 

 

 それでもナズナは何事かを呟くように唇を戦慄かせて、一歩を取り戻して二歩前に進んだ。

 もはやあと数歩で一方通行(アクセラレータ)に到達するだろうと言うその距離で、2人の間に立ち塞がった人間がいる。

 打ち止め(ラストオーダー)だ。

 彼女は小さな手をいっぱいに広げて、ナズナの前に立った。

 

 

「ダメ」

 

 

 まるで、何かから一方通行(アクセラレータ)を守るように。

 

 

「ダメ、アナタはこの人に近付いちゃいけない人、って、ミサカはミサカは真摯に説得してみる」

「……っ、オイ、クソガキ。お前はすっこンでろ」

「アナタの力は強すぎて、この人を苦しめてしまうから。だから近付いちゃダメって、ミサカはミサカは抵抗しつつ繰り返し訴えてみる」

 

 

 ナズナの黒い瞳に、打ち止め(ラストオーダー)の顔が映りこむ。

 だからと言うわけではないだろうが、一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)の後頭部に拳骨を入れた。

 

 

「いったーいっ!?」

「クソガキ、邪魔だっつってンだろォが」

「うーっ、ミサカはアナタを守ろうとしてるのにって、ミサカはミサカはジタバタしながら不満を訴えてみたり!」

「だーうるせェうるせェ、良いからもう帰ンぞ、付き合ってられるか」

 

 

 そんな2人の様子は、ナズナの目にはどのように映っただろうか。

 それは、彼女の表情を見れば一目瞭然であったかもしれない。

 衝撃、疑問、疑念、困惑、理解、否定、めまぐるしく感情が入れ替わる。

 

 

 首元、胸のあたりが急速に熱くなる。

 自然と、ナズナの指は錠前のチョーカーに触れていて。

 そして、最後に彼女が浮かべた表情、そこから読み取れる感情は――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「――――倒せッ!!」

 

 

 狂ったような叫びが、その部屋に響き渡った。

 機材のランプとモニターだけが光源の部屋で、赤い痰を飛ばしながら目の前のモニターに向けて叫んだ。

 白衣の老人はキーボードを叩くのをやめ、逆に拳でモニター周りの機材を殴り叩いていた。

 

 

 節くれだった拳の皮が裂け、肉が傷ついて血の飛沫が飛んでもまるで気にした風も無い。

 ガンガンと機材を叩きながら、血走った目でモニターの向こうを睨んでいる。

 モノクロ映像が流れるそこには、白い少年と黒い少女がいた。

 

 

「倒せッ、『中枢殺害(レジサイド)』――――それでお前は完成すル……ッ!」

 

 

 げふっ、と喉が内側から裂けたかのような、そんな血の痰を吐きながら老人が叫ぶ。

 倒せ、殺せ、完成するために。

 学園都市最強の超能力者(レベル5)を、倒せと。

 血と皮に塗れた拳の下では、小さな錠前が砕け散っていた――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「――――――――ッ」

 

 

 息が詰まる音が、小さな喉から響く。

 次いで地面に何かが落ちる音、それは錠前のチョーカーが落ちる音だ。

 そして前者の息が詰まる音は。

 

 

「どうして」

 

 

 ナズナの細い指が、その両手が、もっと小さな打ち止め(ラストオーダー)の首を絞めた音だった。

 絞める力自体は少女らしき非力だ、だが放たれる力は別だ。

 能力を使う者全てに対して有効なそれは、当然、打ち止め(ラストオーダー)にも影響する。

 しかし打ち止め(ラストオーダー)が表情を苦悶に染めたのは、けしてそれだけが理由ではない。

 「どうして」と繰り返すナズナの瞳の奥に、何かを見たためだ。

 

 

「どうして……どうして、どうして、どうして――――どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテ――――――――貴女がそこにいるの?」

 

 

 一方通行(アクセラレータ)に見せた幼い声音は鳴りを潜めて、抑揚の無い、淡々とした……それでいて、ドロドロとした感情の込められた何かだった。

 打ち止め(ラストオーダー)は頭の奥を抉られるような頭痛を感じる中、失われていく空気を求めるように喘ぐ。

 細い体躯が痙攣し、首からミシリと言う嫌な音が響き始める。

 

 

「そこにいるべきは――――私であるべきなのに」

 

 

 打ち止め(ラストオーダー)は、確かに見た。

 ナズナの瞳の奥、そこにある妄執を、狂気を、そして――――。

 不意に、そんなナズナの手を誰かが掴んだ。

 もはや言うまでも無い、一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)の首を絞めるナズナの手首を片手で掴むと。

 

 

「オイオイ……おォいオイオイオイオイオイオイオイオイおいおいおいおいおいおいおいおいおい、おいィ……てめェ、サイコかァ? 頭ァ湧いてンじゃあねェのかァ、あァン?」

 

 

 もう片方の手で首の電極のスイッチを入れて、日常生活用から能力使用用へと切り替えて。

 

 

「ふざけた真似してやがると――――イカしちまうぞォ、アァッ!?」

 

 

 学園都市最強の超能力者(レベル5)へと、変貌を遂げた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 8月31日、一方通行(アクセラレータ)は脳にダメージを負った。

 超能力が脳に開いた回路を利用して使用する物である以上、これは致命的である。

 以降は打ち止め(ラストオーダー)を筆頭とするミサカ・ネットワークの代理演算によって能力を使用しているのだが、今回はそれが仇になった、何故ならば。

 

 

(な……ン、だァ……!?)

 

 

 代理演算を受け取るために必要な電極――全力戦闘には15分しか耐えられない――のスイッチを入れた途端、脳を貫くような痛みが頭に走ったのだ。

 それは常人ならば即座に意識を失ってしまってもおかしくない程の痛みであって、流石の一方通行(アクセラレータ)も痛みに眉を顰めざるを得なかった。

 ただでさえダメージを負って「シェイク状態」の脳に、過剰な負荷がかかっている。

 

 

「ンだァ、てめェ……どンな手品だァ、あァ!?」

「ち、違……ッ」

 

 

 それでも、彼の能力は正常に発動する。

 身体の表面に触れた物の力のベクトルを操作すると言う、彼を学園都市最強たらしてめている能力は発動する。

 だから頭痛の拍子に手を離してしまったナズナが打ち止め(ラストオーダー)をその場に取り落とし、続け様に自分に触れようとして伸ばしてきた手指を。

 

 

 金属製の泡が弾けるような――――空気が低音で破裂したような、不思議な音が響いた。

 

 

 ベクトル変化、一方通行(アクセラレータ)に触れようとしたナズナが、彼の能力によって手を弾き飛ばされる。

 それは元の力を何倍にも増幅したような力で弾かれて、皮肉なことに、まるでダンスのように道の上をクルクル回りながら吹き飛んだ。

 そしてコマが勢いを失って倒れるように、尻餅をつく形でその場に倒れる。

 

 

「畜生が……ッ」

 

 

 ナズナは倒れたが、しかしどうやら彼女の力の放出は止まらないらしい。

 力のベクトルを知覚できる一方通行(アクセラレータ)だからこそ見えるのだ、ナズナの身から無差別に放たれる不可視の力の放出が。

 そしてそれは放射線やら磁力線やらではなく、もっと別の何か。

 

 

(おィおィおィ、冗談じゃねェぞクソが)

 

 

 それが何なのか、一方通行(アクセラレータ)にもわからない。

 わからなければ、それを『反射』させるためのベクトル変化の演算も出来ない。

 つまりこの耐え難い謎の頭痛は続くわけであって、しかもそれは。

 彼の足元で倒れて動かない、打ち止め(ラストオーダー)をこの力の波動から守ってやることも出来ないと言うことだった。

 

 

「す……」

 

 

 ピクン、と、一方通行(アクセラレータ)がこめかみを震わせた。

 

 

「……○○、○○○……」

「あァ……?」

 

 

 何故ならそれは、捨てた名だったからだ。

 苗字2文字、名前3文字、彼が昔名乗っていた、いかにも日本人と言う名前だ。

 それを知る人間は、いないはずだが。

 

 

「あ、あ……ち、違ぅ、そんなつもりじゃ……」

 

 

 痛みに視界を霞ませながら顔を上げれば、そこにいるのはナズナだ。

 雨に濡れた黒い少女は、捨てられた子犬のような顔をしていた。

 それがまた、一方通行(アクセラレータ)を苛立たせる。

 

 

「あ、アナタを苦しめるつもりなんて、無かった。ただ、ただ……やく、そく、約束を……」

 

 

 地面にお尻をつけて、黒のレースの下着が彼の目に触れるのもまるで構わずに、擦り傷だらけの左手を必死に、地面に転がっている錠前のチョーカーに伸ばしていて。

 一方通行(アクセラレータ)は、それに思い切り顔を顰めた。

 頭痛のせいでも不快のせいでも無く、ただ……。

 

 

 ――――やくそくだよ――――

 

 

 ……ただ、遠いいつかの記憶を刺激されたために。

 いつだったか、目の前にいるような黒髪の女の子に同じような視線を向けられた覚えがある。

 かつて殺した妹達(シスターズ)が彼に向けてきた無機質な瞳とは違う、死や怪我への怯えとは別の、縋り付いてくるような何か。

 

 

「や、やくそく……わ、私」

 

 

 錠前のチョーカーを左手で掴んで、雨とも涙ともつかぬ水で顔を濡らしながら、ナズナは。

 

 

「私、アナタを……その能力(チカラ)から」

「失せろ」

 

 

 え、と、ナズナが声を詰めた。

 次の瞬間、その表情は悲痛に歪む。

 何故なら、一方通行(アクセラレータ)は彼女ではなく打ち止め(ラストオーダー)を守っていて、そして雨で濡れた前髪の間から怒りに輝く赤い瞳が彼女を睨み下ろしていて。

 

 

「――――失せろ!!」

「……ッッ!?」

 

 

 力のある言葉で告げられて、ナズナは全身を竦ませた。

 そしてチョーカーを掴んだままヨロヨロと立ち上がると、窺うように一方通行(アクセラレータ)を見た後、しかし彼の感情に変化が無いことを知ると。

 そのまま、どこぞへと駆け出した。

 

 

「ちっ……」

 

 

 自分かナズナか打ち止め(ラストオーダー)か、いずれかに対して一方通行(アクセラレータ)は明確に舌打ちした。

 ベクトルを変化させつつ打ち止め(ラストオーダー)の身体を跳ね上げ、肩に担ぐ。

 そこまでは良かったとしても、病み上がりである彼は限界も早かった。

 

 

(や、べェ……)

 

 

 頭の痛みが和らぐと同時に緊張の糸が切れたのか、一方通行(アクセラレータ)は自分の身体がグラリと揺らぐのを感じた。

 咄嗟に電極のスイッチを切ったのは、バッテリーの節約のためだ。

 担いだ小さな身体が自分の上に乗るのを自覚しながら、彼は3歩目で倒れた。

 

 

 ――――雨が降る。

 涙か血のように降り注ぐそれが、地面に倒れた少年と少女を打ち据えていく。

 そしてそれが、少年の記憶のベールを徐々に剥ぎ取っていくかのように。

 雨が降る――――――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「上条さんとしたことが、うっかりさんだったぜ」

 

 

 バシャバシャと水溜りを蹴るようにして駆けながら、上条はそんなことを呟いた。

 片手に買い物袋、片手に傘を持っている。

 すでに学生はほとんどそれぞれの寮に引き篭もっているのか、人通りは少ない。

 人口の8割が学生であるため、それが引き篭もればそれだけで人口密度は下がる。

 

 

 それでも外出禁止令が出たわけではないので、無能力者(レベル0)の学生などは「俺達には関係ない」と言わんばかりに外でたむろしている様子もチラホラ見ることが出来る。

 まぁ実際、今日の午前授業処置は能力者向けの避難勧告のようなものだ。

 それが無能力者(レベル0)にまで適用されるのは、卑屈に言ってオマケだろう。 

 

 

「あまりの安さに感動して、もやし以外を買うのを忘れてたんだもんなー」

 

 

 それでも良いかと思わないでもなかったが、インデックスが超キレたので再度買い物に出た上条である。

 しかしこの程度の不幸は彼の不幸人生からすると大したことは無い、なので彼は多少雨に濡れる程度のことはまるで気にしていなかった。

 これくらいなら、まだ幸運な方である。

 

 

「……にしても、やっぱ人少ないな」

 

 

 それでもいつもに比べて表通りを歩く人影は少ない、無理も無いとは思う。

 他の面々はそこまで知らないだろうが、超能力者(レベル5)の能力者が倒れるような事態だ。

 美琴は大丈夫だろうか、と、上条は心配する。

 美琴個人の連絡先を知らない上に携帯電話が粉砕されてしまっているので、確認のしようも無いが。

 

 

 そして、超能力者(レベル5)と言えば。

 美琴以外の超能力者(レベル5)を、上条は1人しか知らない。

 かつて、上条が御坂妹を救うために戦わなければならなかった少年。

 学園都市最強の名を持つ彼も、あの白い少年も今回の件に巻き込まれているのだろうか――――。

 

 

「お、あったあったスーパー。まだ開いてたか、今日は客少なくて閉めちゃうかと心配……って、うん?」

 

 

 上条の学生寮の最寄りのスーパーが見えてきた所で、上条は足を止めた。

 スーパーからやや離れた所にあるゴミ捨て場、回収の後なのかゴミはないが、にも関わらずドラム缶型の清掃ロボットが3台ほど集まっていた。

 スーパーの物だろうか、路地裏に繋がるその場所に……ロボットの間に、人の腕が見えたような気がした。

 

 

「……オイ!」

 

 

 それに気付いた上条は、反射的に駆け出した。

 放っておけるほど人間をやめていない、上条は駆け出して近付いて、ロボットを押しのけて。

 そして、息を呑んだ。

 さらに、思った。

 

 

「…………不幸、か?」

 

 

 やや疑問系を浮かべたその後で、上条は倒れているその相手を見下ろした。

 膝まで覆う長い黒髪に、身体を覆う黒の衣服、黒い少女だ。

 黒い少女。

 あの日、美琴と上条を襲った少女が、そこにいた。

 

 


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