ドラゴンクエストⅢ~それは、また別の伝説~   作:ルーラー

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第九話 愛の証明(その三)

○リザサイド

 

 何度、戦闘を繰り返しただろうか。数えるのも馬鹿馬鹿しくなってきた頃、わたしたちはようやく下に降りる階段を発見した。まったく、この洞窟は迂回路が多くて、本当、苦労させられた。しかもわたしはわたしで、自分に自信を持てる機会もなかったし……。

 

 わたしはここで引き返してアリアハンに戻るべきなのだろうか。最初にアレルがそう望んだように。わたしの本当の両親がそう望んだように。

 ……らしくもない、そんな弱気な考えが頭をよぎる。

 

「さて、ここまで来たらもう一息だよね」

 

 アレルが誰に尋ねるでもなく、そう口にする。それはただ単に『あと一息』とわたしたちを奮い立たせるためのものだったから。

 しかし、それに答える声があった。ルーラーだ。

 

「そうだね。ここを下りたら、あとは三叉路(さんさろ)に出て、向かって右の通路を一直線に進むだけのはずだから」

 

「よく知ってるね、ルーラー」

 

「何度もやったからねぇ~」

 

 一体、なにを何度もやったというのだろうか。しかし、彼の発言にいちいち眉を動かすのも、いい加減、疲れてきていた。

 

「じゃあ、行きましょう。ルーラーの言うことが本当なら、すぐにこの洞窟から出られるみたいだし」

 

「本当ならって……。信用ないなぁ……」

 

 そんなやりとりを交わしながら、わたしたちは階段を下りていく。そうして下りた先には、

 

「キャタピラー!?」

 

「バブルスライムも二匹いるだよ!」

 

 あまりにあんまりな不意打ちに叫ぶわたしとモハレ。一方、アレルは無言で剣を抜き、クリスもまた、同じく無言で拳を構えていた。戦い慣れしている人間と、そうでない人間との差が如実に出るのはこういうときだ。

 

 イモムシを巨大化したようなモンスター、キャタピラーが身体を丸めて、クリスに突っ込む!

 

「――くっ!?」

 

 両腕を前に出してガードする彼女。さらに、後ろに飛んで勢いを殺したようだった。しかしそれでも耐えきれなかったのか、吹っ飛ばされて地面を転がる。……まあ、次の瞬間にはすぐに立ったから、それほどのダメージはなかったのだろうけど。

 

 一方、液体のような形状をしたバブルスライムが二匹がかりでアレルに襲いかかる!

 

「うっ!? 身体が重く……!?」

 

 剣を振り、二匹共を遠くへ追い払ったものの、バブルスライムはその体内に毒を持っているはず。おそらく、飛びかかられたときにそれをうつされてしまったのだろう。どうしよう、『ホイミ』じゃ毒の治療はできないし、解毒の呪文『キアリー』はわたしにはまだ使えない。……本当、自分がなんのためにここにいるのか、わからなくなってくる。

 

「仕方ないだ。ちょっと危険ではあるけんどもっ!」

 

 今度はモハレがバブルスライムの一匹に踊りかかる!

 ……? でも、『ひのきのぼう』を牽制程度に振り回し、むしろ素手でバブルスライムに触れようとしている? あんなの、毒をうつされる可能性が高くなるだけじゃ――

 

「――そうか! バブルスライムは『どくけしそう』を持っていたはず!」

 

 モンスターやアイテムに関する知識だけはあるルーラーが、自身は階段の途中に留まったまま、大声でそう叫んだ。しかし、こうも続ける。

 

「でも、落とす確率も盗める確率も、決して高くはないはずだけど……」

 

「確率なんて関係ないわよ! 蘇生呪文の『ザオラル』じゃないんだから、成功するときは成功するし、失敗するときは失敗するに決まってるでしょ! あとはモハレがどれだけ頑張れるか、よ!」

 

「そうは言うけど、実際には落とす確率というものが存在しているんだよ、A、B、Cの三段階で。バブルスライムは確かAだったとは思うけど、それでも確率は50%を切るはずで――」

 

「だから関係ないの! モハレは何度もモンスターから盗みを成功させてるんだから! それはあなただって知ってるでしょ!?」

 

「信じられないことではあるけどね。というか、そんな『必ず盗める』なんて便利な能力を持った盗賊が本当に存在するなら、次の冒険時にはぜひとも仲間にしたいところだよ」

 

 確かに、必ず盗めるというわけではないのだろう。けれど、モハレなら――

 

「ぐっ!? なんのっ! ……これで、盗っただ! それと、そっちのバブルスライムからも――いただきだべっ!」

 

「やったあっ!」

 

「うわあ。本当に盗んだよ。しかも毒に侵されながら、二匹のバブルスライムから一個ずつ……」

 

「アレル! 使うだっ!」

 

 モハレがアレルに『どくけしそう』を投げ渡す! そして毒をうつされた彼自身もまた、『どくけしそう』を左手の親指と人差し指ですり潰し、口内に投げ入れた。

 

 その刹那!

 

 ――うおぉぉぉんっ!

 

 クリスと戦っていたキャタピラーが、その身をのけぞらして鳴き声をあげた! 同時にキャタピラー、バブルスライムたちをオーラが包み込む!

 

「まさか、『さまようよろい』と戦ったときにわたしがアレルに使った呪文と同じもの!?」

 

「違う! あのときリザが使ったのは、対象がひとりだけの下位呪文『スカラ』だ! いまのは仲間全員の守備力を高める上位呪文『スクルト』! 重ねがけされると厄介――」

 

 ――うおぉぉぉんっ!

 

 言ってる間に重ねがけされたようだった。モンスターたちを包むオーラが輝きを増している。

 

「呪文攻撃にきりかえたほうがいい! 打撃はほとんど効かないよ、特にキャタピラーには!」

 

 さすがに焦った口調になるルーラー。それに一番最初に反応したのはアレルだった。

 

「よしっ! メラッ!」

 

 生まれ出た火の玉がキャタピラーを直撃する! イモムシモンスターの身体から焦げ臭い匂いが立ちこめ、苦悶の声が上がった!

 

「もう一度! メラ!」

 

 ――――。

 

 かざしたアレルの掌からは、しかし、今度はなにも生まれ出なかった。

 

「――メラッ! メラッ! ――くそっ! 魔法力が尽きたのか!」

 

「ひいいっ!?」

 

 上がったのはモハレの悲鳴!

 そうだ! キャタピラーに気をとられてしまっていたけど、モハレはまだバブルスライム二匹と戦っていたんだ! それもひとりで!

 

 本当、わたしはなにをやっているのだろう。こういうとき、近接戦闘に参加できるようにと、モハレに『聖なるナイフ』を譲ってもらったというのに。

 

「モハレ! すぐに加勢――」

 

「来ちゃ駄目だべ! いま毒をうつされたら治す手段がないだ! ――くっ……!」

 

 素早い身のこなしでバブルスライム二匹共の攻撃をかわし、そのうち一匹に『ひのきのぼう』を叩きつけるモハレ。けれどそのバブルスライムはまだ倒れない。それに彼はいま、攻撃を食らっていないのに表情を苦痛に歪めた。心なしか、動きも鈍いように感じる。――まさか!

 

「モハレ! あなた、すでに毒を――」

 

「だから、だべよ。毒をくらうのはもう、オイラだけで充分だべ……」

 

「……っ!」

 

 思わずわたしは唇を噛む。どうしよう。呪文を使う? でもわたしは呪文をあと何回唱えられる? 一回? 二回?

 バブルスライムを倒せても、まだキャタピラーが残っているのに……。

 だったら、せめて――

 

「これを使って! モハレ!」

 

 わたしは腰に提げてあった『聖なるナイフ』をモハレのほうに鞘ごと投げた。彼はそれを受け取り、

 

「助かるだ、リザ! ……っ! ――たあっ!」

 

 苦悶の表情と笑顔を同時に顔に浮かべながら、モハレがバブルスライムに斬りかかる! 一匹をしとめ、残るバブルスライムはあと一匹!

 けれど、モハレの身体には毒が回ったまま。彼がバブルスライムを倒せるのが早いか、毒がモハレの体力を奪うのが早いかの勝負になる。また、勝てることと毒を解毒できることはイコールじゃない。この戦闘での勝利は、必ずしもモハレの生存に繋がるわけじゃないんだ。……あまりにも、分の悪い戦い。

 

 わたしは、しばし迷ってから彼に声をかけた。

 

「…………。モハレ! その『聖なるナイフ』はわたしのものなんだからね! 絶対にあなたの手で返すのよ!」

 

 こちらを見ずに無言でうなずくモハレ。その一方では、アレルとクリスもまた、キャタピラーと死闘を繰り広げていた。

 

「――たあぁぁぁっ!」

 

「くらえっ! 飛水連墜撃(ひすいれんついげき)っ!」

 

 アレルが剣を上段から振り下ろす! 続けてクリスが両の拳で、目にも止まらぬ速さで次から次へと殴りつける!

 しかし、アレルの剣も、クリスの拳も、キャタピラーを包み込んでいる『スクルト』のオーラに阻まれ、届かない。

 

 ――と、バックステップしたと同時に視界に入ったのだろう。バブルスライムに襲いかかられているモハレを見て、クリスが目を見開いた。同時、一瞬にしてバブルスライムとの間合いを詰める!

 

「これならどうだ! 轟雷掌打(ごうらいしょうだ)っ!」

 

 掌を開き、クリスがバブルスライムに掌底を叩きつける! バブルスライムを包むオーラにぶつかり――次の瞬間、まるで雷でも落ちたかのような轟音を立て、クリスの掌がそれを貫いた!

 しかも、減速した掌底は殺傷力を失わずにバブルスライムに一撃を加え、その身を跡形もなく弾けさせる!

 

 ――これで、あとはキャタピラーを残すのみ。

 

 しかし、わたしたちもまた、かなり疲弊(ひへい)している。特にバブルスライムから受けたダメージが大きく、モハレが動けずにいた。クリスがせめて体力が尽きないよう、薬草をすり潰し、彼に塗ってあげている。

 

「あ、姉御(あねご)……。助かるだ……」

 

「おい。なんだ、姉御って……」

 

 あれなら、とりあえずは大丈夫だろうか。それよりも問題なのは――

 

「くそっ! まったく効果がない!」

 

 キャタピラーと一対一で戦っているアレルのほう。はっきりいって、アレルがキャタピラーの攻撃をくらうことはない。アレルの放つ剣による攻撃も、充分捉えられる範囲内だ。けれど、どれだけ相手を捉えられてもオーラに阻まれ、ダメージを与えられないのでは意味がない。それに勇者とはいえ、彼も人間。このままではスタミナが尽きるか集中力が切れるかして、動きが鈍り、いずれ決定的な一撃を受けてしまう。

 

 どうすれば……。

 わたしの呪文でなんとかできれば……。そうだ、わたしにはメラの他にヒャドやギラも使える。このどちらかを使えば……。

 

 でも、もし倒せなかったら?

 

 …………。

 

 ……………………。

 

 ……しょうがない、か。

 

「ルーラー。あのキャタピラー、何発メラ、あるいはヒャドを当てたら倒せると思う?」

 

 正直、彼に頼ることだけはしたくなかったけれど。でも、現状を打破する手がそれ以外にないのなら……。

 

「う~ん。すでにメラを一発くらっているから……。メラのダメージは少なく見積もって、9。多く見積もったところで12。ヒャドのダメージ量は大体30で、キャタピラーのHPは50だから……」

 

 また、わけのわからないことを言い出すルーラー。けれど、いまだけは完全に聞き流そう。そして、出した結論を信用しよう。

 

「メラなら最低でも三発。ヒャドだったら二発ってところかな。あ、あとギラでも二発は必要になる。――使えるよね? ギラ」

 

「…………」

 

 ルーラーの返答に、わたしは顔を青ざめさせた。背筋が凍る心持ちがする。

 ……どうしよう。わたしの魔法力はそこまで残っていない。ヒャドかギラなら一発、メラでも二回唱えるのが精一杯だ……。


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