ドラゴンクエストⅢ~それは、また別の伝説~   作:ルーラー

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第八話 愛の証明(その二)

○リザサイド

 

 ――参った……。

 

 いや、別にあの手紙の内容に参ったわけではない。確かに思うことは色々とあったけれど、それでもわたしの『アレルについていく』という意志は覆せるものではなかったから。というか、わたしの本当の両親も、究極のところ、わたしよりもオルテガさんを優先したのだ。なら、わたしが両親の願いよりも自分の意志を優先したところで、文句を言われる筋合いはないだろう。

 

 もちろん両親の想いが分からなかったわけじゃない。わたしに平穏な毎日を送ってほしいと願ってくれたことが――わたしを母さんに預けたのは、わたしのことをちゃんと考えてくれたからこそなんだ、ということが理解できないわけじゃない。ただ、顔も声も記憶にない両親よりもアレルのほうがわたしにとっては大切だったというだけで。

 

 両親の願いを裏切る代わりに、両親を恨むこともしない。わたしは自分でも驚くほど短時間でそう結論を出していた。だって、母さんに預けられていなかったら、アレルとも出会えていなかったかもしれないのだから。

 そう、アレルだ。結局のところ、わたしの存在理由、存在意義はすべて、アレルが占めているらしい。正直、ここまではっきりと自覚したのは初めてだった。それに気づけたこと、アレルに出会えたことは両親に感謝してあげなくもない。

 ……まあ、とは言っても、両親と会えたときには文句のひとつくらい、言うつもりでいるというのもまた、事実なのだけれど。

 

 ともあれ、だからわたしが参っている理由はあの手紙にではなく、この『いざないのどうくつ』にあった。いや、というよりは、洞窟を進む度に――モンスターに出くわす度に、改めて見せつけられるアレル、クリス、モハレの実力にあった、というべきだろうか。

 

 まず大前提として、わたしは僧侶だ。魔法使いが修得する呪文もいくつか使えるけど、それにしたって魔法力が尽きてしまえば直接攻撃でしか戦闘には参加できなくなることには変わりない。

 加えてわたしは非力な女性である上に、現在、素手。本当はレーベに立ち寄った際に『ブロンズナイフ』を買うつもりでいたのだけれど、レーベに入ったところでアレルらしき少年が仲間二人と東――『いざないのどうくつ』方面に向かったと聞き、そのままアレルたちと合流した地点まで強行軍でやってきてしまったのだ。

 

 別にまだ魔法力が尽きたというわけではないけれど、それでもこの洞窟をどれだけ進むのかがわからない以上、呪文の使用はできるだけ控えたほうがいいに決まっている。

 実際、わたしは回復手段に必ず『ホイミ』ではなくモハレの盗んでくれた『やくそう』を使っているし。というか、それ以外のことが――戦闘に参加すること自体が出来ていないし。

 こうなると、本当、自分の役立たず加減がよくわかる。アレルがわたしを置いていったのも、本当はわたしじゃ戦力にならないと判断したからなのではないかと、思わず邪推したくなるほどだ。

 

 それに比べて、まずクリス。

 彼女は本当に一流の武闘家だった。もちろん『さまようよろい』と戦ったときにみせた『凍覇絶衝拳』という技がすごいというのもあるけれど、怪我を負った際にまったく怯まないその精神力とか、アレルやモハレ、更には後ろに居るわたしやルーラーにまで注意をちゃんと払っているという、戦う際の姿勢というのが、なによりもすごくて。

 

 次に、これは言うまでもないことだとは思うけど、アレル。

 『さまようよろい』との戦闘では、わたしの放った『メラ』を刀身に取り込む、なんて離れ業をやってみせた。先ほど聞いた話では『魔法剣』といって、勇者の血を引く者だけが使うことの出来る特殊な『剣技』なのだという。なんでも旅立つ直前にゼイアスさんから口頭で教わったのだとか。

 『魔法剣メラ』はその中ではもっとも簡単な部類に入るらしいけれど、それでも教えてもらってから三日ほどで使いこなせるようになってしまうなんて、やっぱりすごいことだと思う。もちろん、それ相応の努力もしたのだろうけど、それ以上にアレルの才能があって初めて成せる業だろう。

 そうそう連発できるものではないからなのか、洞窟に入ってから『魔法剣』はまだ一度も使ってないけれど、それでもやっぱり、アレルは剣技そのものが冴え渡っているし、いざとなったら『メラ』を撃つことだって、『ホイミ』をかけることだってできる。

 

 そして、モハレ。

 動きをよく見ていると彼もかなり強かった。武器は『ひのきのぼう』と貧弱だけれど、その貧弱さを補うために、自分の気配をほぼゼロに近いレベルまで消して、背後から不意を突いたり(ついでに、ときどきアイテムを盗んだりもしている)、その素早さを活かしてアレルやクリスと合流、最低でも二対一でモンスターと戦える状況を作り出したりと、少しばかりこずるくも思えるけれど、でも確実で効率のいい戦い方をしている。

 当然、モハレは前衛で戦う三人の中ではもっとも怪我を負っていない。まあ、その理由は『怪我をして『やくそう』を使うことになるのがもったいないから』みたいだけれど、それでも彼がすごいという事実は動かないだろう。

 

 ――あ、けれど。

 

「いや~、わかってはいたけど、やっぱり強いね、皆」

 

 ルーラー。彼はどうなのだろう。

 なんでも彼、すべての呪文を修得しており、わたしの持っている『魔法の教則本(きょうそくぼん)』にも載っていない、初級呪文なんかとは比べ物にならない威力を持つ『魔術』というものまで使えるらしいのだけれど、魔法力が極端に少なく、一日に一回しか呪文を使えないらしい。……すごいのか役立たずなのか、判断に迷うところだった。『さまようよろい』との戦闘時に『魔術』を一度使ってしまったとのことで、今日はすでに『魔法力』が尽きているらしく、こうなるとわたし以上の役立たずにも思えてくる。

 

 ちなみにわたし、彼のことはどうも苦手だった。それは別に、同じ『呪文を扱うポジションだから』とかいう理由で危機感を抱いているというわけではなく、

 

「そういえば、リザ。リザは僧侶なのに魔法使いの呪文も使えるんだよね?」

 

「え? ええ。なによ、唐突に」

 

「いや、それってまるで、『ルイーダの酒場』でいきなり賢者を連れていけるようなものだよなぁって思って、ね。もし実際に出来たら冒険が楽になるだろうなぁ。というか、一番最初に王様から『はがねのつるぎ』と『まほうのたま』をもらえるっていうのも反則だよね」

 

「…………」

 

 意味がわからない。

 そう。わたしが彼を苦手としているのは、こういうところがあるからだった。まるで、モンスターのことだけではなく、わたしたちのことまですべて――いま現在のことだけではなく、未来のことまで知っているかのような口ぶり。それが、どこか底知れなかった。怖かった。……そう、『怖い』んだ。わたしはルーラーのことが苦手なんじゃない。場合によっては敵意を向けることも辞さないくらいに、彼に恐怖を抱いている。

 

「そういえばリザのその衣装って、サークレットがない以外は女賢者のものとまったく同じなんだね。なるほど、『ダーマの神殿』で賢者に転職するための伏線、か」

 

 また意味のわからないことを言っている。アレルはこういう言動になんの不信感も抱かなかったらしいけど、わたしは駄目だ。いちいち彼の言っていることが頭に引っかかってしまう。

 せめて自分の中で膨れ上がる恐怖を緩和させようと、ルーラーにもう少し噛み砕いて言ってくれと要求しようとした瞬間。

 

「ルーラー! なにリザとくっちゃべってんだい! 呪文も直接攻撃もできないんなら、せめて盾になれ! 盾に!」

 

「ええっ!? やだよ! なんでわざわざ望んで怪我しにいかなきゃいけないのさ!」

 

「それすらできないのか。ちっ、使えない奴……」

 

「ちょっ! それかなり傷つくんだよ!? 最近、リアルでも言われたから、本当にへこむんだよ!?」

 

「知ったこっちゃないよ!」

 

 どうやらクリスもルーラーのことは嫌っているようだった。そういう意味では、彼女とは気の合ういい仲間になれるかもしれない。……それにしても、『リアル』というのはどこのことだろう? そんな町、あったかな……。

 

 と、わたしがそう首を傾げると同時、最前列にいたアレルが足を止めた。

 

「行き止まりだ……」

 

「うわ、またかい。しょうがない、引き返そうか」

 

「そうだね。あーあ、僕の憶えている『いざないのどうくつ』の地図がそのままここにも対応してればよかったのになぁ……」

 

「そんな狭い範囲を記した地図があるだべか? ルーラー。まあ、なんにせよ戻るべ戻るベ。――アレル、そんなに落ち込むことないだよ。別に行き止まりだったのはアレルのせいじゃないだ」

 

「当たり前でしょう!」

 

 思わずモハレに突っ込むわたし。というか、ルーラーの発言には誰も突っ込まないのだろうか? どう考えてもおかしいことを言っていると思うのだけれど……。だって、あの発言をそのまま受け取るなら、『いざないのどうくつ』はこの世界に二つあるということに――

 

「リザ! 危ない!」

 

 狭い通路内に響き渡るアレルの声。けど、危ないって……?

 わたしは考え事をしていたために足元にやっていた視線を前に向けた。するとそこには、薄汚れたローブを着た『まほうつかい』の姿――。

 

「メラッ!」

 

 『まほうつかい』の唱えた『メラ』がわたしに向かって迫りくる!

 

 しかし、それは髪の端を掠めて、周囲の石壁に当たり、はじけて消えた。わたしがなにかをしたわけじゃない。『メラ』が当たらなかったのは――

 

「リザ、大丈夫!?」

 

 仰向けに転がったわたしの上にいるアレルが大声で尋ねてくる。

 

 きゃ~! アレルに押し倒されちゃった~! なんて言ってる場合ではないだろう。わたしは声も出せずに、ただ無言でこくこくとうなずいてみせる。……正直、押し倒された云々と言える余裕なんてなかったのだ。状況も状況だし、そもそもアレルがわたしを押し倒すというのが、緊急時であろうとあまりにもあり得ないことだったから。

 

 アレルは即座に立ち上がり、また、ルーラーを除く全員がわたしをかばうように前に出た。……やっぱり、わたしなんて足手まといでしかないんだな、と胸がチクリと痛む。

 

 モハレが素早く『まほうつかい』の脇を抜ける。

 一瞬遅れて、もう一度放たれる『まほうつかい』の『メラ』。それはクリスの行動を牽制するためのものだったに違いない。そして、不意を突く形ではなく『メラ』を使ったのは、明らかに『まほうつかい』のミス。

 

 もちろんのこと、『まほうつかい』は知らなかったのだろう。だからミスと呼ぶのは本当は違うのかもしれない。けれど、事実として『メラ』が放たれたと同時、アレルは剣を抜いて呪文を取り込むべく『メラ』を斬っており、そしてそれは『まほうつかい』の敗北に繋がる。

 

 『メラ』を取り込んだアレルが身を低くして、『まほうつかい』へと駆けた!

 

 そして、爆発! これが『さまようよろい』を倒した『魔法剣メラ』の威力――って、あれ? なにかが違うような……。爆発のエネルギーが『まほうつかい』にまったくといっていいほど届いていない? そして火傷を負ったのはむしろアレルのほう……? いや、そんなことよりも!

 

「――アレル! 早くそこから動いて!」

 

 通路にへたり込んでしまったアレルに『まほうつかい』が近づき――

 

「――崩護(ほうご)っ!」

 

 『まほうつかい』がアレルになにかするよりも早く、クリスの両腕と膝が『まほうつかい』の顔面と顎、鳩尾(みぞおち)に突き刺さった!

 

 吹っ飛び、石壁に背中から衝突して昏倒する『まほうつかい』。クリスはそれを見て『武闘家の本領発揮』とでも言わんばかりに、機嫌よさそうに鼻を鳴らした。

 

「しっかし、また暴発したのかい? アレル」

 

「……うん。『さまようよろい』と戦ったときに修得できたと思ってたんだけど……。今回はうまく集中できていなかったのかな。――とりあえず、ホ――」

 

「待ちな。あんたは『メラ』を使うときのために魔法力を温存しておいたほうがいい。――リザ、回復呪文を頼むよ」

 

「え、でも『やくそう』を使ったほうがいいんじゃないの? わたしだって魔法力は温存しておくに越したことはないんだし……」

 

「あいにく、『やくそう』じゃ火傷が引くまでに時間がかかるからね。『やくそう』自体、無限にあるわけじゃあないし。それに、自分だけなにも出来ないっていうのは、やっぱり辛いだろ? リザ」

 

「……あ、うん。それじゃアレル、腕を出して」

 

 裾を捲り上げるアレル。わたしはそこに手をかざして、

 

「――ホイミ」

 

 少しずつ塞がっていく、アレルの傷。それを見ながら、わたしはクリスに問いかけた。

 

「ねえ、クリス。わたし、もしかして沈んだ表情してた……?」

 

「ん? ああ、少しだけ――」

 

「ものすごい沈んだ表情してただよ、リザ。見ているこっちのほうが心配になったべ」

 

 モハレがわたしとクリスの会話に割り込んできた。……そっか。わたしはそんなに――ん?

 

「ちょっと、モハレ。一体どこに行っていたのよ?」

 

 考えてみたら『まほうつかい』の脇を抜けたあと、モハレの姿はどこにも見当たらなくなっていた。わたしはてっきり『まほうつかい』の背後に回りこんだのかと思っていたのだけれど。

 

「ああ、ちょっと宝の匂いがしただべよ。ほらこれ、『聖なるナイフ』だべ」

 

 そう言って、後ろ手に隠していたナイフを見せてくる。

 

「純銀製だからモンスターにはよく効くだよ。特に『さまようよろい』みたいなアンデッドモンスターには効果絶大だべ! それになにより、高く売れるべ!」

 

「結局はそれなのね、モハレ」

 

 クスリと笑みを漏らすわたし。しかしモハレは高く売れると言ったそのナイフをわたしに差し出してきた。

 

「リザ、これ使うだべよ。これでリザも戦えるようになるべ!」

 

「――モハレ……。でも、あなたは……?」

 

「オイラには『さまようよろい』から盗んだこれがあるだよ!」

 

 道具袋からモハレが『どうのつるぎ』を取り出した。

 

「……呆れた。『さまようよろい』からまで盗ってたのね……」

 

 まあ、ある意味、頼もしくもあるけど。

 

「呆れた、は酷いべよ、リザ。とにかく、これを使えばオイラも、もっと……。…………。もっと……」

 

 剣を振り上げ、そのままよたよたとした足取りになるモハレ。どうやら彼程度の腕力じゃ扱えないものらしい。そのまま振り下ろしはしてみるものの、

 

「――うわぁっ!?」

 

 ガキンッ! とルーラーのすぐ近くの床に当たり、二人同時に青ざめる。

 

「…………。オイラ、まだ当分は『ひのきのぼう』でいくことにするだ……」

 

「そうしたほうがよさそうね……」

 

 わたしがそう同意すると同時、ルーラーが手を軽く挙げて、

 

「と、いうよりさ。モハレが『聖なるナイフ』を使って、『どうのつるぎ』はリザが使えばいいんじゃない?」

 

「いや、それは無理だべよ、ルーラー。オイラでもまともに振り回せなかったものをリザが使いこなせるわけないべ」

 

「え? いや、そんなことないよ。盗賊は身軽さが損なわれるから『どうのつるぎ』を装備できないけど、僧侶は意外と力があるから、問題なく『どうのつるぎ』を使えるんだよ。賢者だったらなおさら、ね」

 

「ちょっと、やめてよ! まるでわたしが非力じゃない、みたいな言い方! 大体、わたしの腕はモハレよりも細いのよ!?」

 

「でも装備できるものはできるんだって。試してみれば? 使えたらそれが一番効率いいんだし」

 

「イヤよ! あ、じゃあ、あなたはどうなの? ルーラー」

 

「僕は無理。魔法使いは一番非力だから。ちなみにクリスも無理だよ。腕力があるとかないとかの問題じゃなくて、剣を使うと武闘家の技は活かせなくなっちゃうから」

 

 アレルの火傷はとうに治っていたのだけれど、そのまま考え込んでしまうわたしたち。いや、考え込んでいるのはわたしとモハレだけか。まったく、ルーラーは本当にいらないことばかり……。

 

 やがて、最初に口を開いたのはモハレだった。

 

「――『聖なるナイフ』は、やっぱりリザが使ったほうがいいだよ。オイラには逃げ回りながら攻撃するとか、そういう『技術』があるべ。『どうのつるぎ』はロマリアで売って路銀の足しにすればええだし。――それに、リザがオイラよりも腕力あるというのを見せつけられたりなんかしたら、ちょっとへこむだ……」

 

 いや、それは同時にわたしだってへこむから……。

 

 ルーラーはモハレの言葉を聞いて、やれやれとでも言いたげに嘆息した。

 

「まあ、全員が納得しているんなら、それでいいけど……。――じゃあ、そろそろ先に進もうか、アレル」

 

 そうしてわたしたちは再び、洞窟の最深部を目指して歩き始めるのだった。わたしはこのパーティーには要らない存在なのかもしれない。そんな不安を抱いたままで――。


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