ドラゴンクエストⅢ~それは、また別の伝説~   作:ルーラー

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第七話 愛の証明(その一)

○アレルサイド

 

 『いざないのどうくつ』に入ってすぐの石壁を。

 

 『まほうのたま』の起こした大爆発が、一瞬にして吹き飛ばした。

 

『…………』

 

 その威力に、誰もがただただ耳を塞いだまま、絶句。ルーラーなんて『まほうのたま』が爆発したときの轟音(ごうおん)にびびったのか、「これ、鼓膜が破れかねないんじゃあ……。こんな威力のものを毎回、石壁に張りつくようにして使わせてたなんて、僕はなんてことを……」なんてつぶやきながら、ぶるぶると震えていた。

 なんというか、これは本当は『さまようよろい』相手に使うべきアイテムだったんじゃないかと思ってしまう。いや、王様は『いざないのどうくつ』の封印を解くためのものと言っていたから、これが正しい使い方なのだろうけれど。

 それでも、

 

「いまの、爆発系の中級呪文『イオラ』――いえ、下手をしたら上級呪文『イオナズン』並みの威力があったかもしれないわね……」

 

 なんてリザがつぶやくのを聞くと、やっぱりあれは戦闘で使用するほうが賢いんじゃ、と思ってしまうわけで。……アリアハンに戻ったら、王様からもうひとつもらえないかな、『まほうのたま』。

 

 まあ、そんな冗談はともかく。

 

「――じゃあ、行こうか」

 

 崩れた石壁の向こう側へと、足を踏み出す。しかし、

 

「待ちなさい」

 

「待つだよ」

 

 リザとモハレに止められてしまった。そのままリザはずいっと僕に詰め寄ってきて、

 

「アレル? 旅に同行するのは認めるから、というだけでわたしを置いていったことを帳消しにしようなんて思ってないでしょうね? わたしはまだ納得してないわよ。置いていった理由」

 

「いや、だからそれは、危険な旅になるから……」

 

「そんな嘘じゃ騙されないわよ、アレル! じゃあ、なんでクリスさんたちは連れていくことにしたの!? 二人とも、わたしとそれほど実力差ないでしょう!?」

 

 事実だった。

 いや、でも僕は『リザに』危険な目に遭ってほしくなかったから、内緒で旅立つことにしたんだけどなぁ。でもそれをそのまま言うのは恥ずかしいわけで……。

 

 というか、てっきりいまの爆発で流れたと思ったんだけどなぁ、その話は。

 

「おーい。パーティー内に痴情のもつれを持ち込むのはよしとくれよー」

 

 クリスが無気力に、呆れ果てた様子で声をかけてきた。

 どうやらここにくるまでずっと、

 

『どうして置いていったの! アレルのバカバカ!(リザ、泣きながら僕の胸をポカポカ)』

 

『ごめん。リザ、本当にごめん(僕、困り果てながらリザの頭をなでなで)』

 

 なんて光景を見ていてせいで、すっかり脱力してしまったようだ。

 『まほうのたま』を使ったときには気力が戻っていたようだったけれど、再びリザが「どうしてわたしを置いていったのか」と詰問してきたことで、クリスはすっかり無気力状態がぶり返してしまったらしい。「よくこんな痴話喧嘩(ちわげんか)している二人で『さまようよろい』を倒せたもんだねぇ……」とかつぶやいているし。

 

 『さまようよろい』を倒したそのあと。

 満身創痍(まんしんそうい)だった僕たちは、モハレがスライムなどから盗んだという大量の『やくそう』を使って、傷を癒した。

 その際に一度レーベかアリアハンまで戻って、しっかり身体を休めてから『いざないのどうくつ』に向かったほうがいいんじゃないか、と提案したのだけれど、それはモハレの「せっかく使った『やくそう』がもったいないべ!」という主張と、リザの「レーベまでならともかく、いまさらアリアハンに戻るなんてできないでしょ、合わせる顔がなくて。――もしかしてアレル、まだわたしをアリアハンに置いていくつもりなの!?」という正論&涙ぐみながらの糾弾によって却下された。

 

 誤解のないように言わせてもらうけれど、僕にはもうリザを置いていくつもりはない。彼女が居なければ僕たちは『さまようよろい』に負けていただろうし、僕自身、やっぱりリザには精神的に依存している部分が大きいしで、つまり、戦力的にも僕の心情的にも、今後、彼女はこのパーティーに必要だと、あの戦闘を通して痛感されられたのだ。……僕に必要だ、と言わないのは、せめてもの抵抗ということで。まあ、なにに抵抗しているのかは、いまひとつよくわからないけれど。

 だからアリアハンに戻ろうと提案したのは、ルイーダさんに僕たちとリザが無事合流できたことを伝えた方がいいのではないかと思ったからのことであり、そこには本当に他意はない。

 

 しかし、それを口に出して言ってはいないからなのか、リザの嘆き――いまや怒りに変わっている――は止まらない。

 

「大体アレルは昔っからそう! なんでもひとりで抱え込んで! もっとわたしを頼ってよ! それともわたしはそんなに頼りにならないの!? ねえ!?」

 

 リザは僕の服の襟元を掴んで揺さぶってきた。……ああ、確かにこれは痴情のもつれ云々言われても文句言えないかもしれない。

 

「置いていったことは悪かったよ。本当にごめん」

 

 恥ずかしいけれど、いまはそう返すしかない。クリスとルーラーの視線の生温かさがまた一段上がった気がしたけれど。それでも……。

 

「リザが頼りにならないってわけでもない。ただ僕は、その……」

 

 そこから先の言葉が続かない。うう……、リザのことは幼馴染みなんだから、当然、相応に大切に思っているのだけれど、毎日のように顔を合わせていたからこそ、改まって『大切に思っているリザだから、危険な旅には同行させたくなかったんだ』と言葉にするのが恥ずかしいわけで。

 そんなわけでしばし、口ごもっていると、

 

「――あ、もしかして、わたしに傷ついてほしくなかったの? 他の人はともかく、『アレルの大切なわたし』にだけは、危険な目に遭ってほしくなかった?」

 

 リザがニヤニヤしながら、先回りして尋ねてきた。僕はそれに顔を赤くしながらも、無言で首を縦に振る。すると彼女は少しだけキョトンとしてから、今度はニマ~っという表現がピッタリ合う表情になり、なぜか赤い顔で僕の背中をバシバシと叩いてきた。……ちょっと痛い。

 

「なぁ~んだ。だったらそう言ってくれればいいのに~。アレルったら、相変わらず恥ずかしがりやさんなんだから~♪」

 

 なんか、すごく上機嫌なリザ。……ああ、クリスとルーラーの視線がちょっと、なんというか……。

 あれ? そういえばモハレはなにをしているんだろう、と僕が彼のほうに目をやろうとすると、それまでバシバシと僕の背中を叩いていたリザが急に真剣な表情になって、「でもね」と続けてきた。

 

「アレルがそう思ってくれるのは、確かに嬉しくもあるけど、わたしにとってはアレルに置いていかれるほうがよっぽど傷つくの。肉体的にじゃなくて、精神的に、ね。それだけは、覚えておいてね」

 

「――うん」

 

 僕もまた、真剣な表情でうなずく。いまの言葉で、僕に追いつくまでのリザがどれだけ辛い思いをしたのかが、どれだけ僕の身を案じてくれていたのかが、伝わってきた気がしたから。

 

 そうしてから改めてモハレの姿を探す。彼も洞窟の最深部へと向かおうとした僕を止めたのだから、なにか言いたいことがあるのだろう。……と思ったのだけれど。

 

「モハレ、なにやってるの……?」

 

 彼は石壁の崩れた先の床にぺたりと座り込み、なにやら爪を立てていた。

 

 モハレは『さまようよろい』を倒したあと、僕とクリスを見て短く悲鳴を漏らした。僕はよく覚えていなかったのだけれど、なんでも彼、アリアハンの貧民街で僕の財布をスッた少年だったらしい。モハレ、あのときクリスにボコボコにされたもんなぁ、なかなか財布を出さなかったから。彼からすれば、軽くトラウマものの出来事だったらしい。

 で、アリアハンの王城の地下にあった牢屋でリザはバコタという盗賊に頼まれ、彼女はその足で貧民街へ。クリスによってあちこちに打撲を負っていたモハレに回復呪文をかけてやり、一緒に旅をすることに。そして、いまに至るというわけだ。

 

 『いざないのどうくつ』に向かい始めたばかりのモハレはもう、僕から見ても可哀相になるくらい、クリスにびびっていた。しかし、何度かモンスターと戦闘になった際、僕はリザを背にして戦うことが多かったからか、必然的にクリスはモハレをかばうように動き、結果としてモハレのクリスに対する恐怖感はだいぶ和らいだようだ。まあ、クリスが大声を出したりすると、いまだにビクッとはするようだけれど。

 

 で、そんな彼は、僕からはなにをしているのかさっぱりわからない行動を続け。

 

「――あっただ!」

 

 床の一部が横にスライドし、浅く狭い空洞の部分が覗いた。そしてそこから姿を現したのは、一枚の黄ばんだ紙と一枚の巻物。モハレがその二つを手にし、紙のほうに目をやる。そうして「なになに」と、ためらいなく紙に書いてある内容を読み上げた。

 

「――これを読んでいるということは、あなたはアリアハン王に『まほうのたま』を託され、魔王バラモスを倒す旅をしているのでしょう。私たちはそれが勇者オルテガの息子、アレルであることを願ってやみません。

 

 私たちは、かつてオルテガと共に旅をした者たちです。そして、ネクロゴンド大陸に辿り着く前に、パーティーから離れた者たちでもあります。なぜ離れたのかといいますと、オルテガがバラモスを倒せなかったときのことを考えたからです。もしオルテガが敗れるというのなら、バラモスを倒せるのは彼の息子以外には存在し得ないでしょう。

 そう思い、私たちはアリアハンへと戻り、ここにある『旅の扉』に封印を施し、その封印を破壊するための『まほうのたま』を作りました。いつか逞しく成長し、バラモスを倒すために旅立つであろうオルテガの息子、アレルに渡してほしいとアリアハン王に頼んで。

 

 もっとも、それはただの言い訳なのでしょう。私たちがオルテガの元を去ったのには、もうひとつ理由があるのですから。というのも、オルテガと旅をしていたとき、私たちは子供を授かりました。そして、それを知ったオルテガが私たちに当時使っていた地図を渡し、パーティーから抜け、どこかで子供と一緒に三人で暮らしたほうがいいと言ってくれたのです。

 私たちもまた、そう思っていたため、結果としてパーティーから離れ、彼の故郷であるというアリアハンを目指しました。

 

 途中立ち寄ったレーベでその子を産み、数ヶ月ほど私たちは穏やかに暮らしていました。しかし、ひとりバラモスとの戦いに身を投じたオルテガのことを案じない日などあるはずもなく、私たちはその子が産まれてから一年ほどが経ったある日、アリアハンにある『ルイーダの酒場』の女主人に愛する我が子を預け、その一年の間に作っておいた『まほうのたま』を、前述した通りアリアハン王に渡し、ここ、『いざないのどうくつ』に『封印の呪法(じゅほう)』を(ほどこ)しました。

 

 すべては、これから再びオルテガと合流するためです。バラモスが倒されたという報せはアリアハンに届いておらず、ならば彼はまだ打倒バラモスの旅を続けているということになります。それなら、せめて合流し、力になりたいのです。

 実の娘を放ってまでやることなのかと責められる覚悟は出来ています。ただ、そう責められてもなお、私たちは最愛の娘をそばに置いておくことは選べませんでした。なぜなら、『最愛の娘』だからです。それ以外の理由などありません。

 私たちのもっとも愛しい我が子に、争いと血にまみれた道を歩ませたくはなかったのです。たとえ私たちのその選択を知ったとき、娘が私たちのことを恨んだとしても。

 

 この手紙を読んでいるのがオルテガの息子ではないとすれば、誰とも知らぬあなたに長々と私事(わたくしごと)を語ってしまい、申し訳ありませんでした。本来なら私たちは、ただ『この手紙と一緒に隠してあるオルテガの使っていた地図を託す』とだけ書けばよかったのですから。

 しかし、勇者と呼ばれた者と共に旅した者であっても、ときに心を強く保てず、誰とも知らぬ者に心情を吐露(とろ)したくなるときがあるのです。弱音を吐きたくなるときがあるのです。娘と永遠に(たもと)を分かったいまだから、なおのこと。どうか、そのあたりはお察しください。

 

 そして、もしこれを読んでいるのがアレルであるならば。どうか私たちの娘、リザだけはアリアハンで穏やかに暮らさせてやってください。もし打倒バラモスの旅に同行しようとしても、平和な世界に――アリアハンに留まるよう、説得してください。

 私は祖母、バーバラのように豪胆(ごうたん)にはなれそうにありません。その旅の最中(さなか)に娘が命を落とすのでは、と想像しただけで身が凍るような心持ちになります。

 

 最後に、これを読んでくれているであろうオルテガの息子、アレルがよき仲間に恵まれるよう、祝福を。

 そして、できることならばこの手紙を私たちの愛娘、リザに届けてください。この手紙はあなたと私たちを繋ぐ唯一の絆であり、私たちがあなたを偽りなく愛していたのだという、確かな証なのだ、と言って。

 

 リザ。私たちの愛する娘よ。

 どうか、あなたに永久(とわ)安寧(あんねい)を。

 

                 ボルグ&ローザ」

 

 ――っ……!

 

 これは、リザの本当の両親からの手紙……。

 

 こんなところにあることに、まず驚いた。そりゃ、『まほうのたま』を作ったのは一体誰なのかと疑問に思わないではなかったけれど、だからって、そこからリザの両親の存在を連想するのは、いくらなんでも不可能だろう。

 そして、それよりもずっと、ずっと大事で、僕の心を揺さぶった後半の文章。それは僕の一番最初の選択を肯定してくれているものであり、いまの僕の行動を否定するもの。

 

 最初に動いたのは、リザだった。こんな重い内容だとは思っていなかったからなのか、固まってしまっているモハレに近づき、

 

「――モハレ。その手紙と地図、渡してもらえる? それはわたしとアレルが持っているべきものだと思うから」

 

「あ、そうだべな。でも――」

 

「いいから」

 

 明るい声のままモハレの言葉を遮り、リザはこちらを向いた。

 

「まず、これだけ。――アレルはちゃんと『わたしを置いていく』っていう、わたしの両親の望む選択をしたんだからね。いまはわたしが勝手に追いかけてきて、旅に同行したってだけ」

 

 サラッと言って、更なる地下に続いている階段へと向かう彼女。僕の横を抜けるときに「これはオルテガさんの使っていた地図なんだから、会ってちゃんと返さないとね」と地図を手渡してくれる。同じ歳である場合、女性のほうが精神年齢が高いというのは本当だな、と心の底から思った。そして、リザは本当に強いな、とも。

 

「――じゃあ、行きましょうか!」

 

「……って、なんでリザが仕切ってるのさ!」

 

 笑顔でそう突っ込み、僕は先頭に立って階段を下りた。さっきまでの、罪悪感ともつかない感情の大部分を意識的に振り払い、リザの両親がそうしたように、僕もまた、彼女の両親に責められることを覚悟して――。

 

 ◆  ◆  ◆

 

 ――それからしばらくのときが経ち。

 リザの両親に会い、責められ、僕は激しく後悔することになる。なぜあのとき、ちゃんとリザを突き放さなかったのか、と。

 いや、正確にはリザの両親に会うよりも前に、なのだけれど、自覚したのがそのときだったのだから、やっぱり本当の意味で後悔に襲われたのは、間違いなくそのときなのだろう。

 

 そう。嫌われてしまっても、憎まれてしまってもよかった。すべてが遅くなってからその人を愛していたのだと思い知る、そんな苦しみに襲われることに比べれば――。


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